消費低迷。お金をいかにつかわないかに、快感を覚える人が増えているらしい
 2月3日(金)
■2日は東京駅近くの丸ビル7階の丸ビルホールで行われたデジタル文化財創出機構のシンポジウムに参加した。6時間ほどの長丁場。前夜飲み過ぎて睡眠不足でもあり、疲労困憊。司会者より、突然、発言をもとめられたが、頭の回転がにぶく、見当外れのことをいったのではないか。終わって懇親会にちょっと顔をだしただけで、帰宅。炬燵で3時間ほど仮眠し、やった脳が正常に働きはじめた。

■消費の低迷がつづいているようだ。お金をいかにつかわないかに腐心し、そのことに快感を覚えている人も増えているときく。江戸のエコ社会のようなシステムになれば、それもいいが、資本主義という枠組みのなかでそんな節約の空気が醸成され支配的になると、多くの企業、とくに中小零細は成り立たず、いろいろなところに「不幸」が現出する。将来的には、「お金のかからない」社会、システムに移行していくことに異論はないが、今は一定の消費水準をたもたないと、倒産、失業者が急増する。多少余裕のある人には、とにかくお金をつかってもらわないと、経済的に壊れる人が続出する。



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# by katorishu | 2012-02-03 03:44 | 社会問題 | Trackback | Comments(0)
日本の混迷を打開するには、まず政治を変えないと
 2月2日(木)
■政治の混迷がつづく。自民党政治がだめだからと、民主党に政権交代したが、まるで期待はずれ。かといって、自民党もぼろぼろで「元にもどしたら」さらに劣化の坂を転がり落ちる。一方で、世界大恐慌は目前にせまっているし、今後なにが起こっても不思議はない。さらに4年以内に70%の確率でやってくるという大地震。こんな状態では、人の心は萎縮するばかりで、ますます世相は暗くなる。

■この空気を短期的にダイナミックにかえるには、政治をかえることである。6月解散説が流れていて、維新の会が躍進するとかの観測がある。自民も民主も政策がどう違うかわからないし、国民は選びようがないので、観測通り維新の会が予想外の票を集める可能性がある。ここで政界をいったん「がらがらぽん」にして、政界再編成を行い、根本的に新しいシステム構築をしていくしかない。出来るかどうかは別にして。

■時代の閉塞感、先行きの暗さにおいて、今は昭和初年と酷似している。昭和初年は軍部がつっぱしり打開策として中国大陸に軍事進出した。いまはそれにかわるものは、近隣諸国での「戦争」かもしれない。「同盟国」のアメリカの指導層の一部に現状打開のために局地戦争を渇望している者がいるし、危ない状況である。中東か東アジアでの局地戦争が、近い将来起こる確率は東京を襲う大地震の確率と、どっこいどっこいではないのか。本日は丸ビルでデジタル文化財創出機構のシンポジウム、さらに「100人委員会」の結成式。戦争や紛争による解決ではなく、文化の興隆によって窮状を打開できないか、と思うのだが。さて、どうなりますか。
# by katorishu | 2012-02-02 11:20 | 政治 | Trackback | Comments(0)
田中防衛相がぼろぼろだと新聞に。未曾有の危機なのに、お粗末な指導者が多すぎる
 2月1日(水)
■風邪がはやっていて、喉が痛い。インフルエンザではなさそうで、ほっとする。さて2月である。あっという間に1ヶ月が過ぎてしまい、ゆるく設定していた予定の半分もこなせていない。未曾有の危機だというのに、政治は相変わらず迷走をつづけている。田中防衛大臣が答弁を棒読みしたり、質問をとりちがえたり、答弁につまったり、ぼろぼろとのこと。防衛のことを何もわかっていない素人だから、こうなる。自民党時代は官僚の上にのった「帽子」という大臣が多かった。それでは駄目だと政権交代したのに、相も変わらず「帽子大臣」ばかり。

■こんな状態で「脱官僚」をいっても駄目である。東大法学部卒で頭の回転のよい官僚をおさえるには、まずその方面の専門知識をもつこと、それと迫力、人間的魅力、バックグラウンドの教養、政治哲学がなければ問題にならない。選挙民がいちおう「正当な手続き」をへて選ぶ議員が、あまりにお粗末すぎる。これは選ぶ選挙民のお粗末さでもある。この弊があらたまらない限り、日本の政治はよくならないし、日本は転落の坂をころげるばかり。一言でいうなら「基礎的教養」の問題である。大臣になりうる素材、資質、哲学をもった本当の政治家(ステーツマン)が当選できない「土壌」ができあがってしまっているのである。それは国民の教養のレベルの低さであると記すと、怒る人がいるかもしれないが、否定できない現象だ。数十年前に比べて、レベルの低い人が重要な地位につきすぎる。まず「知の土壌」を豊かにしなければ、どうしようもない、と今朝の朝刊をみて思ったことだった。さて、本日夕方、下北沢で「業界関係者」と歓談の会。その前に、もろもろ仕事をかたづける予定。まず頭をすっきりさせるため、午前7時前の電車にのって本を読むなどして頭のトレーニングをしようと思う。
# by katorishu | 2012-02-01 06:39 | 政治 | Trackback | Comments(0)
大地震の起きる確率について、「売る」ためにますます過激に走るメディア
 1月31日(火)
■本日も東京は厳しい寒さ。午前中、赤坂溜池で放送作家協会の打ち合わせ。午後は新橋にでて汐留で打ち合わせ。その間、地下鉄等の乗り物に乗ると、今にも大地震が襲ってきて首都は壊滅といった週刊誌の中吊り広告の氾濫だ。キオスクの夕刊紙にも「日本壊滅」といった過激な文字がおどる。テレビのワイドショーでも似たような内容の情報をながす。確かに大地震がいつきてもおかしくないとはいえ、過剰にセンセーショナルにあおるのもどうかと思う。新聞も週刊誌も売れ行き不振、テレビも同様なので、いきおい過激に走るのだろうが。

■こんな萎縮した空気のなかでは消費ものびない。多くの人が最低限度の衣食住に金銭を費やすものの、そのほかのことにあまりお金を使わない。この傾向が今後も続く、というよりその傾向が強くなりそうだ。当然のことだが、経済は一層落ち込む。一方、政府は消費税増税に異様に精力を費やしている。野田総理はいったい何を考えているのか。本日、某業界の人が電話で、「この業界売り上げが25%減ですよ」と悲鳴に近い声。多くの人が財布の紐をしめてしまい、メディアは生き残りのためますます過激な内容をながす。それがまた人の心を萎縮させ消費減につながる。減るからさらに過激になり、さらにまた人心が冷え込む。完全にマイナスのスパイラルに陥っている。昭和初期とますます似てきた。憂慮すべきことである。

# by katorishu | 2012-01-31 18:57 | 社会問題 | Trackback | Comments(0)
映画『ALWAYS三丁目の夕日64』を面白く見た
 1月29日(日)
■映画『ALWAYS三丁目の夕日64』を見た。昭和30年代に材をとった西岸良平のマンガが原作で、これが3作目。山崎貴監督。吉岡秀隆、堤真一、薬師丸ひろ子、小雪、堀北真希らが出演。以前、1作目を見て、なかなか良くできた娯楽作品と思った。たまたまこの映画の1作目が製作されているとき、拙作『子役という仕事』の取材で、ある子役のマネージャーに取材したとき、三丁目の夕日の映画にその子役がでていて、撮影現場で非常に評判がよかった、とマネージャー氏は話していた。拙作に、その子役も登場しています。ただ、そのころは「昭和30年代」などたんなる過去のことで、こんな映画は当たるのかどうか、関係者も危ぶんでいたという。試行錯誤であったが、上映されると大評判で「昭和30年代ブーム」の火付け役になった。今回は三度目の映画化。時代はすすんで、東京オリンピックが開かれた昭和39年が舞台である。

■第一回の登場人物がほとんどそのまま3回にも登場する。今回は3D作品も作っているようだが、ぼくの見たのは従来通りの画面。大衆娯楽の骨法にのっとった典型的な作劇で、笑って泣かせて癒しをあたえてくれる。テレビがはじめて家にやってきたときのシーンや、東京オリンピックに一喜一憂する庶民。そして、恋愛あり、仕事の悩みあり。売れない小説家一家と車の修理屋のふたつの家庭に焦点をあわせ、そこで日々起きる悲喜劇を、かなり作為的にではあるが、無理なくはめこみつつ、劇的に展開していく。素直に楽しめる一級のエンターテインメントに仕上がった。最初、売れない小説家を演じる吉岡秀隆のオーバーな演技が気になって画面にはいっていきにくかったが、しだいに違和感も薄らいだ。マンガが原作ではあるが、かなり緻密な組み立てで、お客をひきつける工夫が随所に仕込まれていて、楽しめる。5点満点の4といったところ。劇場は珍しく8割の入り。現実に疲れた人に、とくにおすすめの作品である。
# by katorishu | 2012-01-29 17:28 | 映画演劇 | Trackback | Comments(0)
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