カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

暑すぎる夏に寒すぎるクーラー。善か悪かの「二元論原理主義」が多すぎる

 7月28日(水)
■この暑さに耐えられず、10日ほど前から家でクーラーを使いはじめたら、やめることができず、夜寝るときもずっとつけっぱなしだ。高めの温度設定にしてあり、仕事部屋は扇風機にしか使わないが。この時期、どこへいっても建物にはいるとクーラーがききすぎていて、かえって気持ちが悪くなる。職場でもクーラーの効き過ぎで体調をこわし会社をやめる女性があいついでいる、と過日新聞にでていた。

■ぼくのように喫茶店、コーヒー店で仕事をすることが習慣化している者にとっては、クーラーの効きすぎは「ありがた迷惑」そのもので、ときに防寒着をもっていかなければならない。会議などでも、必ずといっていいほど「クーラーが効きすぎだから、もっと下げて」と注文する。自然の寒さと、人工的に冷温化した空気の寒さとは違う。こういうことに鈍感になっている人が増えたということだろうか。そういえば、食堂や飲み屋などにはいって気づくことだが、どこもかしこも味が濃くなっている。塩分と糖分が効き過ぎなのである。これでは素材の味が生かせないではないか、とよく思う。もっとも素材の味の悪さをごまかすために味を濃くしているのかもしれないが。高級な素材を使う「高級店」の味はあまり濃くない。(そういう店には滅多にいかないが)

■ドラマや映画なども同様で、すべてにオーバーアクションで、白か黒かが強調され、「灰色」の部分がなくなっている。メリハリがあるという見方も成り立つが、微妙な情緒が消し飛んでしまう。善か悪かの二元論が、社会全体にはびこっていることの端的な反映だろうか。自分は「絶対に正しい」と主張する人が以前にくらべて飛躍的に多くなっているようだ。そういう人は、自分の意見にあわない人のことを「間違っている」「悪だ」ときめつける。ちょっと引いてみたり、歴史の長い時間のなかで見ると、善悪など逆転するもので、じっさいなにが善でなにが悪か、わからないことが多い。グレイゾーンが、じつは大変重要な意味をもつのである。

■昨日は、恵比寿で8時間ほど新しいウェブマガジンの「収録」に立ち会った。新選組の土方歳三の物語の収録である。「台詞」「漫画」「イラスト」「活字」「音楽」「効果音」などの要素で構成され、音だけ聞いてもわかる「ラジオドラマ」の要素ももった「マガジン」である。マガジンの柱のひとつの「新選組」のシナリオを担当しているのだが、最初からウェブ上の「アプリ」として流す「マガジン」という新しい表現は、刺激的で、面白い。土方役の「イケメン俳優」の声は大変魅力的で、演技力もあり、彼は今後かなり「売れてくる」役者だと思った。(げんに大変売れてきている、と聞いた)
 12月発売で「企業秘密」でもあり、この程度しか記すことはできないが、「大手企業」がこの方面に続々進出しており、一気にメディア状況がかわる可能性も高い、とあらためて思った。

■「新選組」のシナリオを担当しているので、このところ幕末の新選組や土方歳三の資料を読み込んでいるが、一人の人物についても、置かれている立場によって評価がまるで違うことに、あらめて驚く。明治維新を成立させた長州系から見たら、長州系浪士を抹殺した新選組など単純な「暴力集団」にしかみえないが、佐幕からみたら、これほど頼もしい集団もない。農民の出でありながら、「誰よりも武士らしく生きたい」と願い、なにより強い組織をつくることに命をかけた、クールな土方像。魅力的な土方像に迫るために知恵を絞っている。全12回。すでに4回分書いたが、この夏から秋にかけては「新選組づくし」である。

■参考のため、土方歳三を描いた司馬遼太郎の『燃えよ剣』と池波正太郎の『近藤勇白書』を読み比べた。当然のことながら、ずいぶん違った印象だ。『燃えよ剣』が一般には有名だが、ぼくには「江戸っ子」池波正太郎の淡々とした描写が、面白い。もっともこちらは近藤勇を軸に書いたものだが。両作を参考にし、それとはまた違った「土方像」をある程度だせたかと思う。近藤勇や土方歳三の故郷の武州日野から1里(4キロ)以内の「浅川の上流」で生まれ育ったので、以前から彼等には親近感を抱いており、この仕事の注文がきたとき、願ってもない話と思った。新しい産業につながる「新しい表現」がいまほど必要なときはない。これに限らず、関連分野で、ない知恵をいろいろと絞りたいものだ。
by katorishu | 2010-07-28 17:13 | 文化一般