コラム


by katorishu
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都をおおう陰鬱な空気、昭和初期のように「エログロナンセンス」が流行るのではないか。

3月14日(月)
■東日本大震災地震の全貌がかなりはっきりしてきた。三つの地震があいついで起こったこともあって被害は広範囲にひろがり、被害者の数は万単位に上るという。傷ましいことである。心からご冥福をお祈りするとともに、大津波で家や生活の手段を瞬時に失ってしまった人に、国家が全力をあげて救済の手をさしのべて欲しいと願う。

■大津波に勝るとも劣らない厄介な問題がもちあがった。原子力発電所の炉心溶融である。まだ予断をゆるさないが、アメリカのスリーマイルズ島のような災害に発展する可能性は捨てきれない。地震大国日本に原子力発電所は似合わないという意見に拍車をかけるだろう。原子力発電を強く推し進めた責任は誰にあるのか、今後検証が必要になる。

■目下の課題は劣化の一途をたどる経済を、どうやって救うかである。経済が更に劣化の坂を転がりおちると、地震の被災地や被災者に有効な手立てをこうじることもできない。口惜しいことに、ここまで経済を疲弊させ財政を悪化させてしまっては、政府としても有効な手立てをとりにくいに違いない。バブルをつくりこれを一気に締め、結果として財政赤字を膨大にした自民党および当時の大蔵省(現財務省)の失政に、まず第一の責任がある。





■管政権に象徴される民主党もいただけないが、かつての自民党もさらにいただけない。非常事態というのに、積み重なった膨大な赤字がネックになって有効な手立てをくだせない。情けないことである。有効な手立ては口先だけでは意味がなく、金銭の投入をともなわないと意味がない。税金のことである。「ニューディール政策」などと一部の政治家がいっているが、どうなるのか。

■この際だから、日本はいっそ「逆ODA」で世界に援助をもとめたらどうだと言いたくなる。今度の大災害は日本経済をノックダウンさせ、暮らしの成り立たない人を大量に生み出す。すでに「あきらめの境地」の零細企業主やビジネスマンもいるようだ。実情を知れば知るほど、慄然とする。

■マスメディア界も今後、大変な事態に遭遇するだろう。7月の「地デジ移行」など無理である。経済活動が停滞の一途をたどりそうなので、テレビCMのうてない企業が続出し、民放は窮地にたたされる。NHKも、ただテレビをもっているだけで受信料をとるというシステムが危うくなる。新聞を買う人は一層減るし、メディア業界も崩壊の危機に瀕するだろう。

■関東大震災のあとの大不況、閉塞感、憂鬱感のあと、これを吹き飛ばすようにエログロナンセンスが流行った。都会のあだ花のようにはやり、そこに庶民はしばしの慰謝を見いだした。今の沈滞し、陰鬱な空気のなか、次第に刹那的気分がうまれ、そういうものの土壌の上に成り立つエログロナンセンスがはやる可能性が強い。歴史上、社会が行き詰まり、どんづまり状態になると、常に「エログロナンセンス」がはやり、それが逆に時代の閉塞感を切り開いていく。

■戦国末期に流行った「かぶき(歌舞伎の前身)」、幕末熱狂に流行った「ええじゃないか」、敗戦直後の「カストリ文化」等々、社会が行き詰まると、欲求不満で鬱々として楽しまない民衆のエネルギーが沸騰し、型破りな行動にでるものである。現代は若者の数が少ないので、エネルギーの沸騰も、かなり穏やかというか、隠微で内向的になるかもしれないが。手近な所、おもにWEB上で、「エログロナンセンス」が芽をだし、一気にひろまっていくだろう。

■日韓の少女が集団で腰をふりふり、エロチックに歌い踊る現象が、熱狂的に迎えられているのも、充分エログロナンセンスの萌芽に通じる。否定的にいっているのではなく、閉塞感を切り開いていくには「きれいごと」ではすまないといいたいのである。もっとも閉塞感、どんずまりを切り開く有効な手立ては古来より「戦争」であった。しかし、これだけはごめんこうむりたい。だとしたら、せめてエログロナンセンスである。既成の価値観をひっくりかえす「奇想天外」で「エロっぽく」「アホな試み」によって、文化が新しい芽をはやす。妖しい花、豊かな実は、きれいな土壌より腐りに腐った土壌から生まれる。それが、どうも人間社会という営みの実相のようだ。
by katorishu | 2011-03-15 08:02 | 文化一般