コラム


by katorishu
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中上健次原作の映画『軽蔑』を見た。フランス映画風の味わい

 7月3日(日)
■昨日、久しぶりに新宿にいった。拝借していた今村昌平監督の取りたかった「幻の作品」、『新宿桜幻想』のシナリオをお返しするため。新宿中央口の、以前は「滝沢」といっていた喫茶店。業界関係者がよく打ち合わせすることで知られていたが、いまは「椿屋」になり、料金の比較的高い普通の喫茶店になった。混み合っていて、順番待ちのお客が並んでいる。カウンター席があいていたので、入った。こんな事は珍しいことなので、店の人に土曜などはいつも混み合っているのか聞いたところ、そうですとのこと。

■新宿もかわった。石原都知事の「浄化作戦」が功を奏したというのか、この街に漂っていた「妖しさ」が消えた。ただ、若い人もふくめて人が多く、どの店も盛況で、活気が感じられた。盛り場はお客でごったがえしていないといけない。ただ、以前の新宿をよく知っているだけに「怪しさ」「妖しさ」「猥雑さ」が消えてしまったことは、残念。カウンターでコーヒーを飲みながら、現況の映画界について今村プロ社長と意見交換した。一言でいえば「よくない」である。





■宣伝費をかけられない映画は完成しても映画館で上映すらできない。このままだと邦画はどんどん地盤沈下する。現場のスタッフの技量も落ちてきている。なにより問題は配給‥‥等々。そんな中、地方で「自主上映」がひろがりを見せつつあるとのこと。自主上
映のいいところは上映後、参加者との間で意見交換ができることだ。ここに突破口があるのでは、とぼくの意見。

■新宿まできたのだから、何か映画をと思った。昔アートシアターがあった一角に角川シネマがあり、そこで中上健次原作の映画『軽蔑』をやっているので見ることにした。座席60程度のミニ映画館。『軽蔑』は癌で亡くなった中上健次の遺作とのこと。ぼくは読んでいないが、中上健次の作品というのでは見てみようと思った。

■中上健次は新宿ゴールデン街の常連で、暴力沙汰におよぶことでも有名だった。『岬』で芥川賞をもらって颯爽とデビューしたころの中上健次には何度か会っている。中上健次は同人誌「文芸首都」に属していたが、そこで一緒に文学修行をしていた人たちが「文芸首都」廃刊後、「散文芸術」をたちあげた。あとになって、ぼくもその同人となったので、中上健次のことは毎度話題になっていた。中上健次が芥川賞を受賞した直後、同人の集まりに呼んだ。そのときの意気軒昂ぶりは記憶に残っている。

■そのあと飲み会になり、中上健次らしさと次第に発揮した。ぼくは当時「某国営放送」の職員だったが、そのことを知ると、中上健次はもっていたコウモリ傘の先端部分をむけてきた。こちらが血の気がおおければ殴り合いにでもなるのだろうが、そこはやんわりとかわして、文学論議になったのだと記憶する。その後、新宿ゴールデン街を中心に中上健次の数々の面白いエピソードを聞いた。

■あの中上健次の原作を、どう映画化するのかと思って見たのだが。監督は『ヴァイヴレータ』などをつくった廣木隆一。『白夜行』の高良健吾、『吉祥天女』の鈴木杏が主演。欲望のままに生きる遊び人の男と天涯孤独のポールダンサーの「逃避行」をフランス映画風のタッチでまとめた。ハリウッド的表現、テレビドラマ的表現を排したのはいいのだが、なにか芯がかけているなと、見終わったあと感じた。

■随所に胸に迫るシーンがあるのだが、この男女に素直に感情移入しにくいのだ。小説と映画とは違う。小説を読んでいないので、なんともいえないが、中上の世界だと、もっと凄まじさが漂って、その果てに清冽なものが流れる――といった味わいになると、御の字である。ただ、ぼくは素直に楽しんで135分の長丁場を異空間に遊んだ。音楽の入れかたがダサイなどとWebでのお客のコメントがあったが、そうは思わない。これでいいのである。テレビドラマなどの「わかりやすさ」に食傷しているムキには、おすすめの一作である。
by katorishu | 2011-07-03 09:23 | 映画演劇