コラム


by katorishu
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静かな感動を与える仏伊合作映画『ある海辺の詩人-小さなヴェニスで-』

 3月20日(水)
■銀座四丁目といえば、三越デパートと和光の時計が有名だが、和光裏にひっそりと建つ映画館のあることを知っている人は案外すくない。以前は『並木座』という古い名画などを上映する映画館がみゆき通りにあって、映画ファンがよく通ったものだ。和光裏にあるのは「シネスイッチ銀座」という渋い印象の映画館。テレビで大々的にPRするような映画は上映しない。ヨーロッパやアジアの映画を中心に邦画でも主に「単館上映」の小品を放映する。客はたいてい1割程度。これでは経営も楽ではないなと思いながら、こういう映画館が消えていかないよう、ぼくとしてはできる限り足を運ぶことにしている。

◾足を運んでガッカリすることはすくない。それほど佳作、良作が多いのである。過日は、ここで仏伊合作映画『ある海辺の詩人-小さなヴェニスで-』を見た。小さなヴェニスと称されるイタリアの漁師町を舞台に、出稼ぎの中国人女性と初老のイタリア移民男性の心の交流を描く、恋愛物語というより一種の「友情物語」といってよい。

■中国から出稼ぎにきた女性を演じるのは、『長江哀歌(エレジー)』のチャオ・タオ。詳しい背景説明はないが、一種の「中国マフィア」が背後で彼女らに「一時金」を貸し付け、働きながら借金を返させる「年期奉公」の仕組みがある。彼女は故郷に一人息子をおいてはるばるイタリアまで出稼ぎにきているのである。はじめは服飾工場で働いているが、小さなヴェニスの酒場で働くようにと上からの指令。その酒場にやってくるのは中高年の無職者や年金生活者ばかり。

■漁師をしている初老の男ペーピが彼女に淡い恋心をもつことで、周囲にさざ波が生まれ、彼女は上から、あの男とつきあうと「年期奉公」が元の木阿弥になると脅される。結局、彼女は服飾工場に復帰。その間に、失意の初老の男は死んでしまう。突然、彼女の年期があけ、一人息子と劇的な再会があり、彼女は「自由の身」になるが、そのとき衝撃的な事実を知らされる。失意のなかで病死した初老の漁師が彼女のためになけなしのお金をはたいて、彼女の年季明けのために動いたのだ……。

■ハリウッド映画や最近の日本映画に見られがちな「劇的な展開」や「お涙ちょうだい」はなく淡々とした描写のなか、静かに感動がわきあがってくる。マフィアも静かで荒々しいとことはまるでない。中国人女性も「運命に従順」で物静か。漁師町キオッジャの古く懐かしげな風景のなか、時間がゆったりながれ、見方によっては「退屈」という印象を持たれるかもしれないが、ここにはハリウッド映画や最近の邦画にありがちな感動の押しつけがない。淡々とした描写がかえって静かな感動を呼ぶのである。

■ただ、こういう「静かな作品」は目につかないのか、ぼくが見た夕方の回は、観客が10人ほどで、寂しい限りである。派手に宣伝され、「みんなが見ている」作品しか見ない人が多いのだろうか。地味でも、しみじみとした情感をつたえる作品をもうすこし多くの人が見てほしいと、毎度のことながら思ったことだった。
by katorishu | 2013-03-20 10:04 | 映画演劇