コラム


by katorishu
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「戦後日本」は良くも悪くも「東京裁判」から出発している。

11月29日(日)
■僕は新聞をコンビニで買うことにしている。以前は一般紙と経済紙とスポーツ紙を3紙、宅配でとっていたこともあったが、ちゃんと読む時間がなく、部屋にたまるばかり。日本には世界で類をみない「記者クラブ」制度があって、そのクラブに入っているメディアに、特に官庁は優先的に情報をながす。そのため、各新聞、テレビ等、どうしても似たような内容のニュースになる。

■最近は安倍政権をめぐって、昔の芸能新聞であった「都新聞」の血をひく東京新聞が「反安倍政権」の姿勢を鮮明にしていて、「世相ウオッチャー」としての僕にとっては貴重な情報源のひとつだ。コンビニにいくとさまざまな新聞がならんでいるので、週刊誌を買う感覚でどれかを買い、「街の仕事場」であるコーヒー店に入って目を通す。
「戦後日本」は良くも悪くも「東京裁判」から出発している。_b0028235_1283729.jpg

■本日目についたのは東京新聞の一面、東京裁判をめぐって半藤一利氏と保阪正康氏による対談だ。半藤氏は17歳で東京裁判を傍聴しているという。A級戦犯の一人として裁かれた元イタリア大使の白鳥敏夫の息子さんと旧制高校時代の友人であったことから、関係者席に入ることができたのだという。半藤氏がまず感じたのは、戦争のリーダーたち(被告のA級戦犯)がみんなくたびれた老人であり、これじゃあ戦争に勝てるわけがないと思ったとのこと。
戦争が終わったとき、僕は2歳11ヶ月。今でも鮮烈に覚えている光景がある。横浜に上陸した米軍の戦車部隊が横浜街道をへて八王子から横田に向かうとき、僕は祖母に手をひかれて、ゴーゴーと地響きをたてて走ってくる戦車部隊をこわごわ見ていた。イラク戦争でバクダットに進行してきた米軍の戦車を見守っていたイラクの子供たちの映像を見たとき、往事の光景が蘇った。

■いまでも、はっきり覚えていることがある。僕の後ろにいた日本人の男が戦車の列をみて「こんな凄いのが相手じゃ勝てっこねえよ」といった。半藤氏も東京裁判を傍聴したとき、こんなよれよれの老人が指導者では勝てるはずがないと思ったという。(敗戦当時、僕の父は徴兵されていて満州にわたり、消息不明。あとでわかったことだが、シベリアに抑留されていて、日本に帰国したのは昭和24年。僕が小学校にあがった年だ。したがって、僕は子供のころ「父親」というものを知らないで育った。)

■その後、僕は縁あって「東京裁判」を基軸にしたNHKの大河ドラマ「山河燃ゆ」の脚本を書くことになるのだが(市川森一さんと共同脚本)、ホテルに缶詰になって、戦争によって敵味方になってしまう兄弟の相克の姿を描いているとき、いつも祖母に手をつながれて見た米軍の戦車部隊のこと等が脳裏に浮かんでいた。八王子は進駐軍の兵士や家族の「消費市場」になっていたので、日々彼らの姿を見る機会があり、勝者と敗者のあまりに大きい落差に愕然とし、戦争にまけたのだから当たり前と、思ったりもした。僕など「日本の貧しい子」の典型例として米軍兵士からずいぶんと写真をとられた。当時、腹をすかせていた子供たちが進駐軍にギブミーチョコレートと手をだし、ねだったというニュースがよく流れたが、僕は一度もそれをやった記憶がない。祖父から厳にそういう浅はかなことはするなといわれていたこともある。
「山河燃ゆ」の原作は山崎豊子さんの小説「二つの祖国」だが、原作にない部分も当然相当量ある。

■右翼やアメリカ大使館から圧力もあったと聞いていた。そういうことには敢えて耳を傾けず、なぜこんな戦争が起きてしまったのか、第一次世界大戦であれだけに惨状を残しながらまたも……と、内外の指導層の浅慮に嫌悪を覚えつつ、鉛筆で原稿用紙を埋めていた。最近のドラマは「直し」が10回以上もあるのが普通とのことだが、直しはほとんどなく、僕の書いた台詞、シーンがそのまま放送されたと記憶する。

■最近、何人もに「山河燃ゆ」は毎回、劇的な場面が豊かで、面白く勉強になった。あんな面白いものをなぜ再放送をしないのか、といわれたことがある。夏にDVDボックスが出たので、全巻をまとめて見ることができるが、難点は前編だけで2万円近くと値段が高いこと。(全部で50巻あるので、けして高くないという意見もある)
ひところNHKオンデマンドで見ることができたが、まだ見られるのかどうか。
若い人に「山河燃ゆ」を見たことがあるかと聞くと、そんな番組があったこと事態を知らない人が多い。地上波で放送すれば、多くの人が無料で見られるのに、という知人もいる。
本日の東京新聞の半藤・保坂対談を読んで、さまざまに思いをめぐらせたことだった。
 
■ところでアメリカ占領軍による統治下の八王子周辺の出来事を、10歳の少年の目から描いた「お十夜」という小説を完成させたのだが、「長い」とか「アナクロニズム」とかいって、未だ氷漬け。もっと時間が経過して「時代物」になったときに出るのかどうか。そのとき、僕はもう黄泉の国にいっている……。
by katorishu | 2015-11-29 12:09 | 政治