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「若い人」の芝居、『楽園』を見る。

 1月21日(土)
 東京は久しぶりに積雪。午後2時半から高田馬場でシナリオ義塾の講義。3時間ぶっつづけで話したので、まだ風邪が完全に治ってはいない身にはつかれた。月に1度ある「薄謝」の講義だが、人の前で自説を開陳することはホルモンも活性化するし健康保持には良いようだ。
 
 夕方、下北沢の「劇小劇場」で『楽園』を見る。「宇宙堂」という劇団の土屋良太の脚本。若者に人気のある人なのだろうが初めて存在を知った。演出の中村和彦(レクラム舎)、6人の出演者の一人、松坂わかこ(レクラム舎)の二人を知っているので、見にいったのである。過日のレクラム舎の公演後の飲み会でこの芝居のことを聞いていた。
 中村和彦については「役者」としてしか知らなかったが、演出も何本か手がけているとのこと。脚本の土屋良太は役者としてもこの公演に出ていた。ほかに東京乾電池や壱組印の役者らが出演。

 大学時代、聡は3人の同級の女子学生とドライブしていたところ、交通事故にあい、松坂わかこ扮する志保は死ぬ。それを20年近く後から回顧し、現在の夫婦(事故の車に一緒に乗っていた女学生の一人と結婚)の心のすれ違いを、もう一人の生き残った現在カメラマンをやっているさゆりとのやりとりから浮かびあがらせる。
 リアリズム演劇だと、「よくある話」になるが、ここにカッパの群れを配し、この世とあの世を自在に行き来させ、その中に死んだ志保も登場させるなどの複雑な構成にし、狭い劇空間を大きく見せていた。

 若者に人気の小劇場では、「よくある仕掛け」なのかもしれないが、このところリアリズム芝居ばかり見ているぼくには新鮮に思え、なかなか面白かった。この種の芝居は一歩間違えると、作り手たちの「自己満足」に終わり、観客は白けることが多く、現にその種の舞台を何本か見てきた。始まり直後、その類の舞台かと思ったが、土屋良太扮する青森なまりのタクシー運転手が登場するあたりから一気に引き込まれた。
 土屋良太は40半ばと思われるが、じつにいい味を出していた。この人はカッパのボス役も演じており、エンターテインメント役者として極めて優秀。
 さゆり役の菅川裕子の歯切れのいい台詞、対照的に「旧来の役者」の演技を漂わす聡と良子夫婦を演じる藤本浩二、杉嶋美智子、そして聡の失踪した兄役兼カッパ役の草野徹や志保役の松坂わかこ等、6人しか登場しないのだが、カッパと人間を交互に演じたりするので、10人ほどの登場者と感じられた。6人が6人とも、それぞれ危なげない、テンポのあるやりとりで、見る者にとって心地よい空間を創り出していた。これは、とっても大事なことだ。
 音楽の使い方もよく、中村演出は悪くないと感じた。
 
 テンポがよく、リズムのあることが「心地よさ」の理由なのだろう。ユニークな舞台装置の中、過去と現在、この世とあの世、人間世界とカッパ世界を自在に交差させ、しかも混乱がない。内容自体は「他愛ない」ともいえる単純なもので、「深さ」という点では、やや物足りなさを覚えたものの、エンターテインメント作品として十分に楽しめた。貴重なお金と時間を使って見て「損をした」という気分にさせないのは、プロの作り手がまず心がけることだ。
 そのレベルをスタッフ、出演者とも見事クリアーしていた。

 惜しむらくは、ラストだ。共働きで子なしの聡夫婦が駅から二人してタクシーで帰る途中、カッパが現れ、死んだ志保と思われる女性運転手のもと、「天国」と思われる、あの世に昇天のドライブをしていくところで幕となるのだが、やや尻切れトンボの印象だった。
 土屋良太扮するカッパのボスが演歌のメロディに乗って登場するところなど、赤テントの唐十郎が舞台に登場するときのように、大衆演劇の骨法にのっとって派手やかで颯爽とした趣がある。それに類した華やかで、あでやかな終わりであったら、なお良かったのにと思った。

 終わって演出の中村和彦と立ち話をしたが、彼は「若い人向きの演出にした」と話していた。
 若い人といっても、出演者のほとんどは30代半ばから40代にかけてなのだが、今の時代、その世代は「若い人」の部類に入る。
 ともあれ、テレビだけ見ていたのではわからない、新しい息吹、胎動といったものを感じ取ることができた。一種の「義理」もあって中高年の役者が出る芝居を見に行きがちであったが、今年は「若い人」の芝居も見てみようという意欲をかきたててくれた舞台であった。

 今のテレビ関係者はこういう舞台を見ているのかどうか。
「(最近のテレビ関係者は)不勉強だね」という声をよく聞く。もっとも、本日の芝居も、テレビ画面という小さな枠に固定してしまったら、つまらないものになってしまうであろうが。
 やはり、「ライブ」の良さである。聴覚と視覚だけのテレビ、インターネットに対して、人間の5感で感じ取れる「ナロウキャスティング」の狭い空間での表現。昔の「寄席」である。今後、この分野が一層重要になるだろう。「お金」にはほとんど結びつかないかもしれないが、この分野にチャレンジする人たちにエールを送りたい。そうして、金銭的にもむくわれるようになって欲しいものだ。そのためには、とにかく多くの人が実際に公演に足を運ぶことだ。
 「時間」と「お金」に余裕があるといわれている「団塊の世代」の方々、家でくだくだとテレビ等を見ることをやめて、ぜひ、こういう空間にもっと足を運んでください。
by katorishu | 2006-01-22 04:41