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大儲けしている銀行はもっと「文化」にカネを出すべき

 2月5日(月)
■紛失したキャッシュカードの再発行の手続きなどで、りそな銀行に午後3時直前急いで行った。銀行の窓口は午後の3時に閉まるものと思っていたのだが、3時をすぎても営業を続けている。案内をしている人に聞いたところ「うち(りそな)は2年前から午後5時まで窓口の営業をしています」とのこと。他の三菱東京……等の銀行は今でも3時で閉まってしまう。

■以前、川越に仕事場があったときに作った口座で、ほとんど利用していなかったが、りそなを「復活」しようと思ったことだった。もっとも、振り込むカネもないのだが。「なにかの間違い」で拙作がベストセラーにでもなったら、りそなに振り込んでもらうことにしよう、などとラチもないことを思ったことだった。

■大銀行は国から多額の税金を注ぎ込んだりしてもらう一方で、あずかったカネにはほとんど利息を払わず、消費者金融などに貸し付けたり、ATMなどの膨大な数の手数料等で、相当の利潤をあげているようだ。
 ひところ、駅前の「一等地」はたいてい銀行の支店が占めており、夕方になると、その一角だけ暗く、オカネに縁のないぼくの目には建物が「巨大な粗大ゴミ」のように映っていた。

■学校の同級生にも、銀行等に就職した人が何人かいるが、よくあんなところで「一度しかない貴重な人生を費やせるもの」と思っていた。銀行勤めは公務員などと同じく20年30年勤めると、いろいろと関連の会社に「天下り」ができ、死ぬまで「安楽な生活」が保証される――と内心思っている人もいたようだ。 
 銀行は経済の動脈であり、資本主義経済にとって重要な役割を果たしていることはわかるが、少しは余裕ができたのなら、資金をもっと「文化価値を高める」分野に出してもらいたいものだ。儲けたものを社会に還元する。この精神の乏しい「成功者」が多すぎる。

■過日、久々に会った同業者に「芝居はやらないのですか」と聞かれ「カネがないので出来ないのです」と答えた。自分の納得できる素材で自分なりに納得できる世界を構築するためには、今の時代、ある程度、自分で資金をだして「基盤」をつくらないとむずかしい。なにか文化的な「イベント」をやると、必ずといってよいほどオカネがらみのことでもめる。舞台化したい素材や映画化したい素材などいろいろあるのだが、もめごとが先にイメージされると意欲が薄れてしまう。

■東京では、一部の人や組織にカネが極度に集中している。そのカネのごく一部でも文化方面にだしてくれると、日本社会もずっとましになるのだが。
 今の「勝ち組」と称される者の多くは、昔の貴族がもっていた「ノーブレス・オブリッジ」など微塵もなく、自分の快楽でカネを使う以外は、すべて「投資」と考え、金銭的な見返りをすぐに期待する。喜捨の精神が乏しいか、ないのである。

■キリスト教のボランティア精神のないところに、この精神を土台として人口的に築かれたアメリカのシステムを強引に接ぎ木しようとしたところに、今の社会の退廃の根があるのだと思う。当たり前のことを忘れている人が多いようですが、日本はアメリカではないのです。
 キリスト教徒でもないのに、キリスト教の行事に喜々としてして参加したりしないで欲しいものです。また、小学生に英会話などを習わせる時間があったら、国語である日本語の読み書きをしっかり教えこんでもらいたいものだ。日本人を日本人たらしめているものの根本にあるのは、日本語です。
by katorishu | 2007-02-06 01:43