コラム


by katorishu
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黒木和雄監督の『日本の悪霊』を面白く見た

 4月29(日)
■京橋のフィルムセンターで黒木和雄監督の『日本の悪霊』を見た。去年亡くなった今村昌平・黒木和雄両監督の追悼特集が、6月初めまで毎日行われている。
 この映画の撮影を担当した知り合いの堀田カメラマンの映画第一作作品でもあると聞いて、ぜひ見てみたいと思った。昨日、咳がひどく夜も絶えず咳の発作で、本日一日寝ているしかないかと思っていたところ、お昼頃目をさますと、咳がおさまっていたのでカミサンともども足を運ぶことにした。

■昔新宿のアートシアターで封切られた作品で、「大阪万博」の話などもでてくる。原作は高橋和己の同名の小説で、福田善之が脚色した。主役は異能の俳優、佐藤慶。本庁から捜査に所轄に出向いた刑事と、本部のヤクザ組織から小さなはヤクザ組織に派遣された男の二役を演じている。ヤクザの男は学生運動の過去をもち、刑事の「入れ替わり」を受け容れる。この映画が制作された当時、新左翼の人達が賞賛する高橋和己原作ということで、重苦しい作品ではないかと思い、時間がなかったこともあり、見なかった。

■今回、拝見し、案外コミカルな味わいのある「諷刺劇」であることを知った。当時、人気絶頂であったフォーク歌手、岡林信康が随所で世相や政治を皮肉る歌を歌い、暗黒舞踏の土方巽が出演するほか、早稲田小劇場の異色の役者たちが数多く登場する。アングラ的雰囲気も背景に漂っている。ホールも9割の席が埋まっていた。
 堀田さんの話では、『日本の悪霊』は制作者の著作権の関係でその後、ビデオ化などもできなかったのだが、3年前、制作者が亡くなったこともあって、OKになったのだという。高橋和己はドストエフスキーの『悪霊』を下敷きにして書いたはずで、それも興味深かった。

■殿山泰二がちょっと顔を出すほか、「著名役者」としては佐藤慶と観世栄夫だけで、ほかは「無名」の役者ばかり。それがかえってリアリティがあり、面白かった。当時の早稲田小劇場には、こんな個性の強い役者がいたのだなあと思った。こういう中から異能の俳優、白石加代子が出てきたのである。怪優というにふさわしい人も多かった。
 モノクロフィルムの90分の作品。低予算であったため、現場ではいろいろと苦労があったようだ。
 ぼくはフィルム・センターのニュースレターに「映画とカネの悩ましい関係」というエッセーを書いたが、堀田さんも読んでいて「香取さんのいう通りです」とのこと。今も昔も、映画監督の頭の半分を占めているのは、オカネである。

■黒木監督は前作『キューバの恋人』が興行的に失敗し、大借金をつくった。『日本の悪霊』の撮影のときは、ヤクザ風の借金取りが何度もやってきて、大変な思いをしながら撮りつづけたそうだ。黒木監督の夫人とお嬢さんが見に来ていて、終わって立ち話。堀田夫人の女優の松岡みどりさんはこの映画で助監督をつとめた後藤監督と俳優養成所時代の同期であるという。作家の中村真一郎氏夫人もまじえ、堀田夫妻とぼく、カミサンの5人で銀座ライオンで軽くビールを飲みつつ歓談。
 堀田さんは映画第一作であったので、夢中で監督にいわれるまま撮ったということだが、カメラワークも悪くない。モノクロフィルムの良さが出ている意欲作といっていいだろう。

■『日本の悪霊』は発表当時、映画評論家の佐藤忠男氏から「失敗作」といわれたとのことだが、そうかなと思った。ぼくには充分面白く、今に通じるものをもっていると思えた。出所してくるヤクザの親分を演じたのは早稲田小劇場の高橋辰夫。この人のコミカルな演技と独特の存在感は強く印象に残った。その後、この「異能」の俳優は自殺をしてしまったという。生きていれば、個性あるバイプレーヤーとして独特の存在感を示したにちがいない。昭和初年の浅草あたりに、こういう役者がいたのでは――と感じさせてくれる。
 この映画に出ていた他の役者もその後、自殺をしてしまったとか。繊細な神経の持ち主にとって、いつの時代も生きにくい。

■賢くてソツのない官僚や大企業のホワイトカラーなどより、社会からはずれたヤクザ者や中小零細で悪戦苦闘している人間のほうがはるかに面白いし、人間的である。とくに「はみだし者」には「はみだし者」の良さがある。もっとも身近にそんな人がいると、厄介ではあるだろうが。
 40年近く前の作品の内容が、あまり「古くなっていない」ということに、驚くと同時に、今という時代の歪みについて思いがいった。そうして映画は時代を映し出す鏡であるとあらためて思ったことだった。帰宅してまた少し咳が出たが、京橋まで出向いてよかった。明日から毎日10数時間、執筆に費やす日々が続くことになるので、しばしの息抜きになった。
by katorishu | 2007-04-30 03:22 | 映画演劇