コラム


by katorishu
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今村昌平監督の傑作ドキュメンタリー『にっぽん戦後史 マダムおんぼろの生活』

 5月17日(木)
■京橋のフィルムセンターで今村昌平監督のドキュメンタリー『にっぽん戦後史 マダムおんぼろの生活』を見た。1971年の作品で、日本映画新社制作のテレビ向けドキュメンタリーである。大変面白い内容で、ひきずりこまされた。戦後日本のドキュメンタリーの傑作だと改めて思った。

■今村昌平監督の作品はほとんど見ているのだが、この作などテレビドキュメンタリーについては見逃していた。内容についてはこの作に深く関わったスタッフからいろいろと「裏話」を聞いていた。今回、フィルムセンターのホールで見て感嘆し「これはすごい」と思った。
 今村昌平・黒木和雄監督追悼特集のニュースレターに、今村監督の本質はドキュメンタリストであると書いたが、その通りだと再確認した。

■マダムおんぼろは、横須賀のアメリカ兵がお客でくる「おんぼろ」という名のバーのマダムであった。敗戦時、彼女は15歳。アメリカから久しぶりに日本に一時帰国した彼女に、戦後史のエポックメーキングのニュース映像を見せて、その印象などを直接、今村監督が聞くという形を基本にしている。今村監督の接し方、話しの引き出し方がうまいのだろう、「ここまで語るか」と思われるほど、彼女は率直に自分の性体験を中心に語る。いろいろな男との性体験が彼女の「戦後」であり、彼女の「今」を形作っていた。

■この作品の背景には被差別問題があり、彼女がある時期から創価学会に傾斜していくなど、大変微妙な問題がからんでいる。そのため、相当程度カットされているのかと思ったが、冒頭から赤裸々な屠殺場のシーンが出てきた。当時の一般的なやり方に従い、引き出された牛の前頭部に「市営処理場」の人間がハンマーをたたきこむ。牛は一発で倒れ、すぐさま解体されどす黒い血が流れる。その解体された牛の生々しい肉片に、ベトナム戦争で殺されたベトナム人の子供や女たちの無惨な映像がフラッシュではいる。モノクロ画面である。何を暗示しているか明瞭で、そこに「マダムおんぼろ」のあっけらかんとした語りがかぶるのである。見る人は一挙に作品にひきずりこまれる。

■牛肉処理の闇商売なども語られる。彼女が警察の「手入れ」を予防するため、警察官と男女関係になるところなど、ひどくリアリティがあって、しかも笑わせてくれる。一家はパチンコ屋を営んだりして、差別はされてはいたものの経済的には裕福になった。裕福が幸せにはつながらず、関係した相手の相手の警官は警察をやめ彼女に「寄生」するようになる。彼の暴力も大変なものだ。

■面白いのは、「彼」および、腹いせに彼女が「浮気」をした相手の「早稲田大学の学生」が、オッサンとなって画面に登場し、当時のことを語ることである。その後、横須賀で深い関係になるバーテンをふくめ、やや気の弱そうな男たちである。共通するのは、いずれも相当ハンサムであったと思われることだ。彼らはよく「出演」をOKしたものである。

■その後、彼女は横須賀に出て、米兵相手のバーを開き、一方、父親の違う3人の娘を産む。彼女のたくましい生き方や、ニュースに対する彼女の感想は、ときに観客の笑いを誘う。彼女のもらす「比喩」が巧みなのである。この女性は相当頭の良い人ではないかと思った。美智子妃のご成婚記念のパレードについて、彼女の発する言葉も秀逸だ。そのほか、自分の目で見て手で触れたものしか信じないという彼女の「人生哲学」が随所で語られる。

■このドキュメンタリー撮影のために、彼女は年若い夫の水兵と一緒に日本にやってきたようだ。冒頭、屠殺シーンの前に彼女の母親が登場し、「ギャラの交渉」のシーンがある。この母親も、大変「したたかな」人のようで、女優の清川虹子のような雰囲気を漂わす。さらにマダムの産んだ長女が出てきて、エピソードを語る。祖母・母・娘3代の「戦後史」が浮き上がるのである。
 たくましく、かつ滑稽な印象の「野生動物」のような生き方といっていいだろう。彼女たちに戦後の日米関係が色濃く影を落としている。今村監督は、ニュースフィルムと彼女達の話を絶妙な編集で交錯させて「戦後にっぽん」を巧みに切り取った。

■ぼくは戦後日本を描いたドキュメンタリーで、これほど面白いものを見たことがなかった。いろいろな制作の枠がはめられ、今村監督やスタッフは制作当時、必ずしも満足すべきものではないと思っていたようだが、時間をへて見ると、鮮やかに「戦後にっぽん」を描いている。妙な正義感やイデオロギーなどを一切はさまず、人間の生きる「現実」を「現実」として淡々とつないでいく。それが逆に強い効果をあげているのだろう。 創価学会の池田大作名誉会長の「若かりし日」の姿がちらっと出てきたり、現在の安倍首相の祖父の岸信介元首相もニュースフィルムに登場したりする。現下の政治情勢を考慮して見ると、なにやら暗示的だ。

■大変、貴重なドキュメンタリーであり、もっと多くの人に見てもらいたいものだが、現在のテレビで放送することはむずかしいかもしれいない。ホールは4割程度の入りで、年配の映画関係者と見られる人が多かった。若い女性の姿も目立った。おそらく日本映画学校の生徒なのだろう。彼女たちの目に、「マダムおんぼろ」の人生はどう映ったか。聞いてみたいものである。

■現在、今村昌平監督の作品はDVDでほぼ全作出ている。ただ、ビデオレンタル店などにはこの作品は置いていないかと思う。
 戦後ドキュメンタリーの傑作であり、面白さでは映画作品より、むしろこちらのほうが……と思ったくらいであった。いずれにしても、今村昌平監督は「いい仕事」を残してくれた。今後、20年、30年たったあと、あらためてこの作品は高く評価されるだろう。
 6月早々、もうひとつの今村監督のドキュメンタリーの傑作『人間蒸発』を、フィルムセンターに見に行くつもりである。
by katorishu | 2007-05-18 03:57 | 映画演劇