コラム


by katorishu
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アメリカの脚本家たちの「権利意識」の強さが、良い作品を生む

 11月19日(月)
■アメリカのライターズ・ギルド・アメリカ・ウエスト(脚本家組合)が19年ぶりのストライキを行い、テレビのトーク番組がストップするほどの影響が出ているという。テレビ番組や映画のインターネット配信をめぐる「利益配分」をめぐって映画・テレビ経営者側との交渉が決裂した結果、ストに踏み切ったとのことだ。すでに今月5日から無期限のストに突入し、まだ決着の見通しはない。

■アメリカのライターズ・ギルドは1万2000人もの組合員をかかえており、組合員でなければ脚本執筆ができない。「自由競争」がアメリカの常識と思われているが、個人の権利を守るためには、立場の弱い人たちが一致団結しており、「規制」も数々ある。アメリカではフリーランサーの立場は「無規制」の日本に比べると高く、経済的にも相応の評価をされている。

■日本にも脚本家連盟があり1000人強の組合員がおり、さらに映画のシナリオを主に書いているシナリオ作家協会の会員400人強がいる。この人たちがテレビや映画の脚本・台本を書いていると世間では思われているが、そうした組織に入っていない「脚本家」もかなり多い。脚本家連盟などではNHKや民放連などと協議をかさね「最低料金」を決めている。それが脚本家の生活を守るために役立っているのだが、アメリカと違って個人の「権利意識」の薄い日本では、「ただでもテレビドラマを書きたい」という人もいる。

■「とにかく書かせていただければ」ということで、映画テレビ会社に「安売り」する新人脚本家も多く、発注側にとっては脚本料を「「買いたたける」一因にもなっている。何人もの若い脚本家から「脚本家連盟などにはいると、仕事がこなくなるから入らないほううがいいのでは」という話を聞いたことがある。正社員を減らし、非正規社員が増えている世間の風潮と見事一致している。

■誰でも脚本を書けてオカネをもらえるのは、一見「良いこと」のように思える。それで作品の質が向上し、海外からも「日本の映画、ドラマはすごい」という評価が得られるのなら結構なのだが、お世辞にもそうはいえない。最近特に脚本家・構成作家が「使い捨て」られている状況が顕著になり、キャリアが評価されないので、劣化にもつながっている。

■地道に努力を重ね、10本20本と書き力がついてきたところで、脚本料があがると、注文がこなくなるケースも多い。もちろん例外はあるが、現在のテレビドラマの相当部分がプロデューサーの言いなりに書く「脚本家」によって書かれている――といった話を、ベテラン脚本家や長くこのこの業界に関わっている人から聞く。本音を語らせれば、それこそ「怨嗟」のオンパレードである。

■個人と大組織では、圧倒的に個人が弱い。弱い個人が「努力の成果」を「安売り」するところからは、新鮮な感動を呼ぶものは生まれてこないだろう。そもそも、そんな「悪い労働条件」のところには有為の才能が集まってこない。
 日本は数々の規制があって弊害がある。だからアメリカのようにしなくては――という大義名分のもと「改革」とやらが実施されてきたのだが、本家本元のアメリカでは個人の権利を守るため、きちんとした「規制」が行われているのである。こういう点をマスコミはもっと報道して欲しいものだ。

■別にそれによって「既得権益」を守るというのではなく、脚本家の仕事を社会的に評価し、経済的にもそれなりに保証することで、良質で意欲的な作品が生まれてくることを、アメリカは「歴史」から学んでいるのである。映画やドラマの成否は、ほとんど脚本の善し悪しで決まる。そのことをハリウッドのプロデューサーや経営者もよく知っている。だからこそ、「創り手」を尊重するのである。役者にしても同様で、日本のように「素人」同然の「役者」が主役を演ずることはない。

■もっとも、とにかく儲かればOKという映像関連会社の経営者も多く、だからこそ「実害」を辞さずにストをやっているのだが。もし、日本で脚本家たちがストをやり、番組に穴があき再放送が相次いだら、国民の非難は脚本家に向けられるに違いない。日本では「人に迷惑をかけるな」という名文のもと、一部の人間が得をするような構造が出来ている、といっても過言ではない。

■ライターズ・ギルドには1万人以上のメンバーがいることから考えると、ここに加入するための「壁」もそれほど高くはないと思われる。そうして、ライターズ・ギルドのメンバーになったからといって、「談合」があるわけでjはなく、仕事が次々やってきて生活が安定するわけではない。厳しい競争が展開され、そこから新鮮で面白く、深みのある映画やドラマが生まれている。

■「野獣のような」競争社会のマイナス面を歴史的に体験した結果、関係者の努力で生まれたシステムである。こういうことこそ「多民族」「多文化」社会アメリカから学ぶべきことなのに。
 現在、日本脚本家連盟所属の1000人ほどの脚本家・構成作家で、「公務員並」の収入のある人は2割もいないのではないのか。生活保護程度の収入しか得られていない人も多い、と推測される。もちろん退職金や手厚い年金などもなく、収入がコンスタントに続く保証もない。そんな「貧しく労ばかりが多い」業界に、素質や才能がある若者はやってこないだろう。来ても逃げていってしまう。


■テレビなどの映像の与える影響力は強大である。その基層部分を支える人たちをないがしろにしたところから、文化の隆盛はあり得ない、と改めて思ったことだった。
 尚、25日よりロスとニューヨークに行く予定で、アポがとれればロスでライターズ・ギルドの脚本家諸氏と意見交換をしたいと思っている。アメリカには、これまで日本が「学んでこなかった」事の中に「学ぶべきこと」が多い。
by katorishu | 2007-11-20 03:29 | 文化一般