2009年 01月 18日 ( 2 )

政官財の曲がり角

 1月18日(日)
■政財官とも大きな曲がり角にきている。戦後60数年で築き上げてきたものが、崩壊に淵にたっているのだと思う。歴史を読めば当然のことで、同じ状態がそうそう長く続くものではない。山あれば谷あり、盛者必衰であり、古いものが滅びるところに新しいものが生まれる。

■新しいもの(若いもの)もいずれ古くなり、肥大化し、腐臭をはなち、新しいものにとってかわられる。自民党を離党した渡辺喜美議員がマスコミの脚光をあびている。ある世論調査では『首相にしたい人』のなかでトップは小沢一郎、二位が小泉純一郎、そして三位に渡辺議員の名前があがっているという。麻生首相は四位とか。

■その渡辺議員に江田憲司議員が協力し、どうも新しい党をたちあげるようだ。江田議員については、一家言をもった「ステーツマン」というにふさわしい政治家として評価している。以前、江田氏が、ぼくの作・演出の舞台を見にきてくれたからいうのではない。江田氏のブログをときどき読み、マスコミでの発言も見ても、元霞ヶ関の官僚にしては、なかなかの人物である、と思う。

■ひとつ危惧されることがある。渡辺議員が「小泉純一郎」になる可能性もあるというのである。これは、じつは民主党に政権をとらせないための「策略」であるという読みも出ている。つまり、渡辺議員が新党をたちあげ、自公攻撃をくりかえすこと、つまり「自公をぶっこわす」という言葉が、そのまま小泉氏が「自民党をぶっこわす」といっていたワンフレーズ・ポリティックスに重なるのだという。これによって民主党にいきそうな票を食い止め、結果として「既得権益」擁護に利することになるのでは……という見方である。

■なるほど、そういう見方もあるのかと一応の説得力はある。が、国民もそうバカではない。といいたいところだが、じつはぼくも含め相当バカなのだが、バカにはバカなりの矜持もある。「良識」は残っていると思いたい。
 ここは既得権益にしがみついていた政治屋とその取り巻きをいったん政権から引き離すことが、何より必要である。民意を得た政権が経済の難局にあたらないと、展望は開けないのではないか。前例を墨守し、変化を好まない習性が骨身にしみこんでいる官僚には、今の危機を打開できないと思う。民主党も内部はばらばらで、あまり信用できないところがあるが、一度政権をとらせることが必要だろう。どうせ同じという人がいるが、政権交代が起きればきっと何かがかわる。

■ところでアメリカは駄目といいながら、依然として世界の大国であり、他への影響力も大きい。オバマ大統領には、手腕を発揮して、今後訪れるかもしれない「最悪の事態」をなんとか切り抜けてほしいものだ。「最悪の事態」が訪れれば、急激なデフレが進み、企業倒産や失業者が激増する。年金も健康保険もいろいろなシステムが破綻するし、社会は相当メチャクチャになる。一度すべてが破綻し、敗戦直後のようなところから再出発したほうがいいという気もするが、若い人はともかく、中高年にはかなりきつい。本日は図書館により、その後、喫茶店で5時間ほど連続して推敲作業。あまり疲れなかったのは、まだ若さが残っている証拠かと少し安堵する。
by katorishu | 2009-01-18 23:17 | 政治
 1月17日(土)
■イスラエルのガザ攻撃がとまらない。イスラエルという国が存在す限り、中東は不安定な情勢がつづき、戦争の火だねは消えない。ユダヤ人がナチスに迫害されたことには同情するが、今のイスラエルのやり方には賛成できない。

■第二次大戦後、米英があの地に強引につくってしまった国である。ほんとうはアメリカ合衆国内部に、ユダヤ人の国をつくればよかったのではないか、という識者も多い。イスラエルが存続するためには、つねに軍事的優位をたもたち、アラブ民族を威嚇しつづけなければならない。因果な国をつくってしまったものである。ユダヤ資本が世界を牛耳っているという「謀略史観」にくみするわけではないが、今後ともイスラエルの存在そのものが世界大乱の原因になるにちがいない。一部の軍需産業は歓迎しているかもしれないが。

■半年ぶりに長崎にいった。ブリックホールで行われた「子育てフォーラム」である。今後の展開もあるので、進行の模様を見学させてもらうことと関係者と意見交換することとが主な目的。「鼎談」と「子守唄協会」の子守唄の二本立てで感動的なものであった。
 市電にT氏と乗ったところ、東京ではなかなか味わえない体験をした。泊まっているホテルに行くのにどの駅でおりていいかわからず、前に腰掛けていた乗客に聞いたところ、初老の男性と中年の女性、さらには女子高生までが、ここかな、あそこかな、と丁寧に教えてくれた。初老の客など、わざわざ立ってきて路線図を指さしながら、この駅でおりて、乗り換え券をもらってべつの路線に乗ればいい……とじつに親切に教えてくれた。これには感激した。

■市電の乗車賃は100円で、乗り換えて別の路線に乗っても100円ですむ。そういえば、東京に以前走っていた都電でも、1枚の切符をかうと何度乗り換えてもその切符でいけた。たしか15円であったと記憶する。車の邪魔になるからと都電を廃止すると聞いたとき、バカなことをするものだと思ったことを記憶する。

■すべて効率最優先で社会を運営していってはいけないのだと思う。一見無駄と思えるような「遊び」が欲しいし、そんな遊びがない社会は息苦しいし、情味に欠ける。
 以前は知らないオジサン、オバサンでも、子供がなにかしていると、よく声をかけたし、悪戯をしていると注意もした。気分が悪くなったしゃがみこんだりすると、すぐどうしたのですかと声をかけてくれた。

■今は、人が倒れていても知らん顔の人が多い。見知らぬ人が子供に声をかけると、それだけで警察に通報されかねない。無関心、猜疑心が増幅されている。かさついた社会になったものである。表面は豊かそうになったが、心はむしろ貧しくなっている。今や、物的豊かさも怪しくなってきた。
 
by katorishu | 2009-01-18 02:04 | 社会問題