2010年 06月 28日 ( 1 )

能舞台「道成寺」を見た

 6月28日(月)
■昨日、国立能楽堂で行われた能舞台、奥川恒治さんの会にいった。奥川さんとは以前からの知り合いで、今回の出し物の「道成寺」は「大変むずかしいもので、一生をつうじてそう何回もやれるものではない」と聞いていた。600人はいれる会場をどう埋めるかも大変と聞いていたが、ほぼ満員の盛況。太郎冠者がでてくる狂言も味があった。ひきつづいて本番の「道成寺」。観客の1割ほどが和服というのも情緒があって良い。

■以前、歌舞伎で「道成寺」を見ているが、能舞台とは趣を異にする。鼓の比重がこんなにも大きいとは思わなかった。ポンとうち、さらにタタタとたたみかけ、気合いがはいる。この舞、響きは「生」でないとなかなか味わえないのではないか。途中の「静」が後半「動」にかわるところが見所で、鼓と謡い、笛、そして奥川さん演じる白拍子が渾然一体となって特異な空間」を劇的につくる。釣り鐘がおちて、白拍子がなかにはいり、やがて鐘がひきあげられたとき、赤い髪をした骸骨顔になっている。はっとする瞬間だ。このへんの呼吸のあったリズムをつくりだす作業は大変であろうと、苦労がしのばれた。寺僧たちの張りの聞いた台詞も面白く、久しぶりに異空間に遊んだ。

■終わって旧知の7人ほどと代々木駅近くまであるいてビールで乾杯。国立能楽堂はこれで二回目だが、小振りの矢来の能楽堂などとはまたちがった趣がある。席が前のほうであったので、堪能できた。日本の伝統文化の「所作」や「作法」という言葉もすでに死語になっているが、これは保存して後世にぜひ伝えていくべきものだ。所作や作法が現実生活でもう少し「生きて」いれば、数字万能社会の弊も多少すくなくなるのに、と思ったことだった。
by katorishu | 2010-06-28 10:56 | 映画演劇