カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

<   2004年 09月 ( 12 )   > この月の画像一覧

教えるということ

 9月29日(水)。雨。
 早稲田大学第二文学部表現芸術系シナリオ演習の後期、第一回の授業。台風の接近にともなう豪雨で、靴など水浸し。天候も影響したのかどうか、出席者は13名。登録者の三分の一ほどだ。出席はとらず、授業を受けたいひとだけくればいい……と最初から宣言しているので、後期になると、毎年こんな調子だ。
 このくらいの数のほうが、こちらの言葉が相手に届きやすい。理想は5,6人というところか。そういう場合は、よりきめ細かに言葉のキャッチボールができる。
 
 ところで、人に「創作」を教えられるものなのかどうか。依然として少々の疑問が残る。
 試行錯誤を繰り返しながら、努力して得るものに加えて、当人がもっている素質、センスがうまく融合したとき、開花するのが「創作」であるとすると、開花のための肥料作りを教える程度のことしかできないのかもしれない。
 初歩の技術的なテクニックや約束ごとは教えることができるが、創作の神髄となると、壇上から教えることなど、まず無理と思ったほうがいいかもしれない。
 それでも、コーチやアドバイスはできる。その場合、「先人」であるぼくが相手から何かを得られるようだと、逆にこちらから相手に無形の何かを与えることもできる。
 ドラマとはつきつめると、人間の「関係」を描くものだと、今日も強調したが、「教える」という行為が有効になるには、教える方と教わる方の「意志」や「心」が相互交流することが必要だ。週に一回、90分という時間の制約の中では、なかなか理想の形にならないが、、生徒に書かせた作品を批評し、質問をしたりすることで、本人がまだ曖昧模糊としていた部分に気づいたりする。ときに最初の「返球」とはちがった力強い「球」を投げ返してくることがあるが、そんなときである。ささやかながら教え甲斐を覚えるのは。

 本日出席した生徒は、比較的熱心に聴講している生徒で、目の輝きも悪くない。ものを書くことの意味や、創作の意味、基本の精神をはじめ、雑談ふうに40分ほど話し、あとは生徒が前期のレポートとして提出したストーリーを講評。前もってインターネットで受講者に本日とりあげる分の原稿を送付してあるので、それをもとに、ぼくなりの意見をいい、書いた本人に作品の意図やなぜこの題材をとりあげたか、などについて質問する。

 すでに100人ほどに、ぼくの自己流シナリオ術を教えているが、その中から一人でも二人でも有為の書き手が育ってほしいものだ。
 俗に人間は自分の脳細胞の一割か二割程度しか活用せずに死んでいくという。脳の働きは神秘的でまだ未解明のことだらけのようだが、活用次第では大変な働きをする。
 ぼくは、どんな人もなんらかの「才能」をもっているのだと思いたい。才能の「ある」「なし」ではなく、才能を「引き出す能力」があるか、ないか。これによって、芽が開くか開かないかが決まってくるのではないか。才能を引き出すには、当然、努力がいる。修練が必要で、工夫もいる。そうして、あれこれ試みては失敗し、失敗からまた学ぶのである。
 
 なにしろ脳細胞の8割は未使用なのである。(俗説で真実かどうかは定かではないが、少なくとも未使用の脳細胞は莫大な数にのぼる)。膨大な未使用の脳細胞をうまく活用すれば、人間相当なことができるはずである。
 そんな思いこみのあるひとが、人生で何事かをなしとげるのだろう。「どうせ、俺なんか」「どうせ、わたしなんか」と最初からあきらめていては何事もはじまらない。
 よく「オプティミストは成功する」といわれる。少々おめでたいといわれようが、物事、楽観的に考え、一歩前にでる生き方をしたほうがいいのかもしれない。とくに、こういう時代閉塞感の漂う時代にあっては。
 これは、常に安易に流れようとする自分自身への自戒の言葉でもある。
by KATORISHU | 2004-09-30 01:49

閑話

9月28日(火)。
 脳がなかり疲れている。やるべきことが山とあるのに、なかなか予定したように進まず、結局は睡眠時間を削るのだが、するととたんに脳の働きが鈍り、一応「知的労働」なので鈍化した脳では、進むべきことが進まない。たとえ進んでも、質がともなわず、改稿を重ねなければならない。悪循環である。
 文筆業に専念するようになってから25年近くになるが、毎度同じようなことの繰り返しだ。こうやって、書きたいと思っていたことの三分の一も消化できずに、時間ばかりがいたずらに経過し、気がつけば棺桶……というのだろうか。それでは、ちょっとたまらない。今のような時代、必要なのは長生きである。サバイバル。そうして、この国というより世界の、10年後、20年後がどうなっているか、この目でじっくり見てみたい。そのとき目の前に展開している光景は……「だからいったじゃないか」か「なるほど」か「予想外に良い」か、あるいは「見なければよかった」惨憺たる光景か。
 いずれにしても、先が楽しみである、といったら、そしりを受けるだろうか。
by katorishu | 2004-09-29 00:10

日本人の顔

 9月27日。
 本日、小泉改造内閣が発足。閣僚になった政治家の顔を見ていて、つくづく政治家も「小物」になったなと思う。善し悪しは別にして、以前は首相クラスの政治家に、例えば岸信介、田中角栄、大平正芳……など、それなりの強い存在感をもった政治家が多かった。
 野党にも浅沼稲次郎や市川房枝など、ひとかどの人物であることを風貌や態度から感じさせる政治家がいた。経済人や俳優、作家などの文化人も、そうであった。
 小泉内閣の閣僚の顔を見ていると、子役人や町工場の親父さん……といった風貌の人が多い。あるいは優等生の官僚。
 ぬきんでて力をもった政治家、権力者がでるより、まし、という意見もあるが、民族の活力のなさがもたらした風貌である。 彼らはいやしくも日本国をひきいるリーター中のリーダーなのである。この人たちに国の命運をまかせて安心できるだろうか。ぼくはノーである。こんな人たちの舵取りで同乗している船が沈没してはたまらない。

 俳優についても、昔の存在感のある顔がいなくなった。三國蓮太郎や高倉健、丹波哲郎、京マチ子、高峰秀子、山田五十鈴といった存在感を感じさせる役者はいるのもの、その人が画面に登場するだけで、ある雰囲気やオーラを漂わす役者は希有の存在になってしまった。
 思いつくだけでも列挙すると、嵐寛寿郎、大河内伝次郎、藤田進、志村喬、片岡知恵蔵、三船敏郎、岡田英次、佐分利信、笠智衆、中村伸郎、森雅之、田宮二郎、殿山泰二、天知茂、エノケン、古川ロッパ、渥美清、原節子、杉村春子、東山千栄子、細川ちか子、高橋豊子、美空ひばり……等々の存在感のある人はいなくなってしまった。
 文学者でも、夏目漱石や森鴎外、芥川龍之介、坂口安吾、谷崎潤一郎、宇野千代、などの存在感をもった作家が、現在何人いるだろうか。

 昭和20年代、30年代までは、子供でも100人に一人くらい、どこから見ても「坊ちゃん顔」「嬢ちゃん顔」というものがあって、そのほか多くの「ガキ」とは一線を画していた。高度成長とともに、食料事情が改善されたことがおそらく最大の原因なのだろう、全体に「坊ちゃん・嬢ちゃん顔」が増えてきた。そうして、野良犬のような「ガキ」が激減してしまった。
 貧富の差がなくなり、平等になった証拠……かもしれず、それはそれで悪いことではないが、平均化された金太郎飴のような顔が多くなったことは、文化の多様性の観点からは、あまり嬉しいことではない。
 立ち居振る舞いも含めて、気品のある人が、ぼくの子供のころでも、町内に一人や二人はいたものだが、そういう人もほとんど消えてしまった。逆に容貌魁偉な人間や、いかにも悪ガキといった顔もいなくなった。要するに両極端が減って、みんな中庸、平凡な顔になったのである。

 戦後民主主義のおかげで、結構なことといえないこともない。確かに、極めて個性的な風貌の政治家というと、独裁者に多い。20世紀最大の独裁的な指導者といえば、ヒトラー、スターリン、毛沢東だが、いずれも一癖もふた癖もある顔をしており、大変な存在感がある。同じ独裁者といっても、北朝鮮の金正日など足下にもおよばない。あれは町工場のオッサンの顔である。
 その意味では、中庸、平凡な顔の羅列のほうが、好もしい……といえなくもないが、政治家はともかく、顔や風貌で勝負する役者については、もっと個性あふれる風貌の人間が現れないものか、とぼくは映画やテレビを見る度に思う。
 現在活躍中の役者で、ぼくが魅力を感じる顔といったら、多くが外国人である。アル・パチーノ、ショーン・ペン、、カトリーヌ・ドヌーブ、古いところではジャン・ギャバン、ジャンヌ・モロー、チブルスキー、マスロトヤンニ、エリザベス・テーラー……等々、存在感のある役者はいくらでもあげられる。ある風貌の持ち主になるには、それなりの歳月を要するので、外国人俳優といえでも、若い人はすくない。

 ところで、なぜ、個性的な風貌の持ち主が減ってしまったのか。
 子供はともかく、心のあり方、つまり精神性が顔には微妙に表れるのではないのか。最近、容貌魁偉な人は少なくなっていて、一番多いのが、ふやけた顔である。おたふく顔というのか、耳の下あたりまで肉でふくらんでいる人が多い。腹がつきでてヨタヨタあるき、権力欲、金銭欲だけは旺盛で、傲慢にふんぞり返っている。
 私見では、暖衣飽食も影響しているのだろうが、やはり、精神がふやけている結果だと思う。そもそも、ぼくにいわせれば暖衣飽食の日々を送ること自体、「ふやけた」証拠なのである。
 ハレとケというものが日本社会にはあった。たまさかのハレの日のために、日頃精進して質素に暮らす。それが、日々「ハレ」になってしまったころから「ふやけ」顔が多くなったという気がする。
 日々がハレではハレの意味もなく、結局、日本社会からハレもケもなくなり、だらだらと昨日が今日に、今日が明日にのびる生活をする人間に満ちてしまった。
 別の言葉でいえば「しまり」がないのである。
 
 最近、重い病気をわずらった人に何人か会った。彼らが病気をする前より、ずいぶんといい顔になっていることに驚いた。
 親からいただいたものだからどうしようもないという人がいるが、人間の顔は変わるのである。よく30すぎた顔は自分でつくった顔であるから責任をもて……といわれる。
 美男美女をいっているのではない。ぼくは人と会うとき、「顔」「風貌」で判断することが多い。精神的な人であるかないか。セコイ人間か、心の優しい人間か。ずるがしこい人間か、一見優しげでじつは冷たい人間か。嘘つきか正直ものか……。もちろん会話のやりとりなどからも無意識のうちに判断しているのだが、顔で判断する要素が強い。これが結構、あたるのである。
 人間の、顔や風貌は、ごまかしがきかないのだろう。いくら気取っても飾り立ててもだめである。気取りや飾りの底から、本質がすけて見えてしまう。それが顔であり風貌である。
 この観点から日本人の顔を見ると……自分の顔や風貌はさておき、いやはやという気分になってしまう。
 
 


 






by katorishu | 2004-09-28 02:28

町が仕事場

 9月26日(日)。
 子供のころ「落ち着かない子」といわれた。じっとしているのができないのである。よくいえば「行動的」なのだろうが、悪戯ばかりしていて隣家の柿を棒でつついて全部落としてしまったり、ろくなことはしなかった。それでいて自意識過剰故の「内弁慶」で、学校ではいちおう「優等生」の振る舞い。
 自分でも、嫌な性格だなと思い、なんとか性格を改善しようと努力してきたのだが、「落ち着かない」ところは、三つ子の魂百までといわれるように、なかなか治らない。座業である「文筆」の仕事なのに、家でずっと机に向かって仕事をする時間に耐えられないのである。そのため、パソコンはもちろん、ワープロもない時代は、原稿用紙をもって喫茶店にはいり、何時間もねばって書いた。一日数軒まわり、平均すると5,6,時間はいたのではないか。

 店主に嫌な顔をされることもあるが、たいていは馴染みの喫茶店であり、客のいない時間をねらっていき、こんできたら退出する。勤めの傍ら書いていたため、いつも時間が不足し、30分でも時間があくと、喫茶店にはいり原稿用紙をひろげる。そんな生活習慣も、影響しているのだろう。今でもぼくは携帯パソコンを手に外出し、喫茶店で4,5時間は仕事をする。補助のバッテリーがあるので、計10時間続けることも可能だ。
 大量の資料を傍らにおいてかくノンフィクションの場合は、そうもいかないのだが、パソコンのなかにかなりの程度資料をとりいれることができるので、ますます外での仕事の時間が増える。いわば町が仕事場のようなものである。

 静かすぎる環境より、適度に騒音がいりまじり、ガラス窓から外の道路の光景が見えるところのほうが執筆の意欲がわくのである。社会学者のリースマンが『孤独な群衆』という本のなかで、「群衆の中の孤独」という言葉を解説していたが、ぼくにとって一番孤独になれるのは、都会の喧噪の中であることが多い。
 
 ところで、すでに半年になるが、文芸評論家の末延芳晴氏が中心になって、オペラ歌手やピアニスト、作曲家ら、おもに「芸術家」が中心になって「ガンジーの会」という、ささやなか組織をつくった。ブッシュ政権のイラク戦争と、これに追随する小泉政権のイラク派兵に反対するため、「ハンスト・リレー・マラソン」という意思表示を考えたのである。
 発起人、5,6人が中心になって、ほぼ週に一回、自主的に24時間、ハンストを行う。それをガンジーの会のホームページに報告し、メルマガなども発行し、じつにささやかではあるが、「市民の市民による不服従運動」として、リレー形式で自発的につづけている。ハンストは「自己申告」であり、どこでなにをしていてもいいが、とにかく24時間、水以外はなにもとらず、無言の意思表示をする。
「そんなことをやったって、なんの力ももたず、自己満足におわるだけ」という声も聞こえてきそうだが、地道に愚直に継続することで、なにか意味をもってくるはず……と思っている。「定点観測」というのがある。四つ角を定期的に写真に撮ったりするのだが、一ヶ月や二ヶ月ではなんの意味ももたない写真でも、5年、10年と続くと、大きな意味をもってくる。それと同じで、愚直に続けるところから、なにか意味や力がでてくるにちがいない。
 主催者の末延氏は頑張って週に3回ハンストを続けており、おかげでこの半年で、15キロちかく体重が減ったという。70キロを超える体重がへって、すっきりし、体調も悪くないという。
 ぼくもちょっと気を許すと67,7キロになるが、週一日のハンストのおかげで、現在、169・5センチの身長で、体重は63.5キロ。これは20歳のときの体重で、健康診断でもどこも悪くなく、階段の上り下りにも楽である。
 ホームページでのエッセーで、ことあるごとに指摘しているが、いまのような資源の大量消費をつづけていれば、この文明はかなり早い時期にほろびてしまうだろう。21世紀の最大の問題は「環境問題」だとぼくは以前から思ってきた。
 イラク戦争も、本質は大量生産、大量消費文明の申し子であるアメリカの「グロバリゼーション」の動きがもたらしたものである。アメリカという国のシステムには、いろいろ見習うべき点があるが、自動車文明に象徴されるような地下資源の大量消費の点では、まったく賛同できない。
 資本の論理で、伝統文化を破壊し、一種の宗教的使命感をもって、世界を画一化しようとしている。要するに儲かればいいのである。ブッシュ政権を背後で支えているネオコンの論理だが、文化の多様性こそが、「豊かさ」であると思っているぼくには、相容れない価値観だ。
 で、末延氏の呼びかけに賛同して、ほそぼそと続けている。デモをして声高に「戦争反対」などと叫ぶのは、どうも恥ずかしい。効果もあまり期待できない。だからといって、個人が自発的にハンストを行ったとしても、権力をもった人間にはなんの脅威でもなく、「ゴミ」のような存在であるかもしれない。ただ、塵も積もれば山となるという言葉もある。点滴巖をもうがつ、という言葉もある。少なくとも3年続ければ、賛同者も増えてくるはずで、なんらかの影響力をもつかもしれない。
 そんな淡い期待を抱いて、本日も正午からハンストにはいった。といっても、座り込んだりして抗議の姿勢を示すわけではない。いつもと、ほとんど変わらない生活をつづけているが、気持ちの底では「抗議」の姿勢をしめしている。そうして終わったら、ガンジーの会のホームページに報告をする。
 
 ぼく個人にとっては、「ガンジーの会」を通じて、いろいろな人と出会えたことが嬉しい。このホームページも、ガンジーの会にくわわったからこそできたのである。ガンジーの会のホームページをボランティアでつくってくださり、メルマガ発行の編集を引き受けると共にホームページの管理している山下美樹さんのボランティア精神のおかげである。 どうか、少しでも興味をお持ちのかたは、当ホームページのリンクから「ガンジーの会」のホームページにアクセスしてみてください。

 さて、ハンスト中でも、ぼくは喫茶店に出かけることが多い。もちろん、コーヒーを頼むものの、水しか飲まない。本日は珍しく、一日も家をでなかった。もっとも24時間、食事をしないといっても、正午から翌日の正午までである。ぼくは普通、昼頃起き、食事は一日二食なので、一食抜くだけであるが。
 若いときとちがって、この程度の空腹はあまり苦にならず、翌日のハンスト明けの食事が、じつにうまい。水のうまさも、改めて実感できた。健康のためにもいいし、飽食社会について、いろいろと考えることになる。
 試みでも結構ですから、一度、ハンストをしてみてください。そうして、月に一日くらいは、世界のあり方、社会や政治、経済のあり方について、果たしてこれでいいのか、なにかが間違っているのでは……等々、深く思いをめぐらせてください。少しは物の見方が変わるかもしれません。物の見方を変えなければどうしようもない時期にきていると思います。
by katorishu | 2004-09-27 00:07
 9月25日(土)。
 17時30分より、月に1回ほどおこなっている早稲田シナリオ義塾の講師。受講者が少ないので雑談風に展開。30代半ばの人が多いのは、なにか理由があるのか、ないのか。みんな熱心に聴講しており、やる気もあるようだ。プロの脚本家になるのもかなりハードルが高くなっているが、それ以上に、「続ける」ことが難しい。プロでやっていくためには「才」のほか「運」が必要で、さらに必要なのは「鈍」であると強調。つまり粘り根気である。
 文筆業は他にいろいろあるが、シナリオ・ライター、脚本家ほど、忍耐力が必要とされるジャンルはない。小説やノンフィクションも書いているぼく自身が、そう思うし、同業の脚本家なども同意見である。

 もちろん、小説なども忍耐や根気は必要で簡単な作業ではないが、何十人、何百人もの人間がかかわる映画やテレビの土台作り(脚本)は、また独特の世界である。
 「自己表現」を何より重視するなら、ぼくは志望者に小説を書くことをすすめる。売れる売れないは別にして、小説は書いて活字にしたり、インターネットで公開したりすれば一応の「完成品」だが、シナリオや脚本はそのままでは「未完成品」であり、映像化されなければならない。
 映像化には必然的に多額の金銭がからむので、「金を出す人は口もだす」ことになり、意に沿わない「直し」などもしばしばである。意見が衝突し「おりる」「おりない」で紛糾し、企画そのものが挫折してしまう場合など日常茶飯である。志望者は一見「華やか」に見える裏に、そんな「現実」があることを、知っておいたほうがいい。

 実数はわからないが、文筆業の志望者は依然として多いようだ。「自己表現」がそのまま職業として成り立つものは、あまり多くはない。多くの職業は「ルーティン・ワーク」で毎日似たようなことの繰り返しであるといっていいかと思う。
 そんな繰り返しの中にも、もちろん「自己実現」の楽しみ充実感はあるのだが、文筆業とくに小説やシナリオなど「創作」を主体にしたものほど、個人のオリジナリティや個性を重視されない。
 ところで、音楽家や画家、俳優……等々の「芸術」関連の職業は「自己実現」「自己表現」が命で、文筆業などと似ているが、個人がその職業にふさわしいか、その能力をもっているかいないかが、わりとはっきり判る。スポーツ選手になると、なおのこと、はっきりと素質のあるなしが、わかる。
 それにひきかえ、言語を駆使することによって成り立つ文筆業の場合、その人に才能があるかないかは、そう簡単に判別できるものではない。最後にものをいうのは「才能」だとしても、隠れた才能というものもあるはずである。

 現に、若いとき、たいした作品もかかず「お前は作家なんかになれない」といわれた人が、その後、文学史に残るような作家になったケースもある。自分で発見し、努力や修練でのばしていく「才能」というものもある。
 オリジナリティは豊かでなくとも、資料を収集し、分析し、そこから抽象する能力に秀でていれば、歴史作家として業績をあげることもできるだろう。体験をそのまま記すだけで、波瀾万丈の物語になるような希有の体験の持ち主もいる。当初、表現力が豊かでなく、稚拙な印象の文を書いていた人が、5年、10年たつうち、見違えるように達意の文章を書く場合もある。

 その人なりの独特の「視点」「物の見方」を獲得し、修練の果てに、ひとつの表現(文体)を編み出したとき、そこに作家が誕生するのだが、試行錯誤の時間が早いひとと、10年も20年もかかって、結論めいたところに達するひとがいる。
 前者の場合は比較的早く世に出やすいが、後者の場合だと、今のような「若年偏重」の時代は、芽をだすのは容易ではない。

 以前、評論家の中村光夫が「文学は老年のものだ」といって話題をよんだことがあるが、昨今の「文学状況」を見ていると、ひたすら若い人がもてはやされている。作者が若ければ若いほど「売れる」からなのだろう。テレビや映画界においても似たような傾向である。
 団塊の世代を中心に、これだけ「中高年」および「老年」人口が増えた時代はないのに、多くのジャンルで若者偏重……。
 ぼくはこれを日本の「7不思議」のひとつだと思っている。べつにぼくが「中高年」になって、仕事の注文が減っているからいっているのではなく、自分のことはさておいて、虚心に日本の文化、社会状況を眺めてみて、そう思う。とくにここ15年ほどの日本が、おかしく、きわめて「いびつ」な状況になっている。
 
 なぜ、こういう状況になったのか。冷戦構造の崩壊にともなう世界情勢の変化などもふくめて、いろいろな問題が複雑にからみあって生まれた状況であり、一口に理由を説明できるものではないが、ぼくはひとつだけいいたい。
 今の若者はだダメだとか頼りない、覇気がないと嘆いている「オッサン、オバサン」がいるが、じつは彼らにこそ問題がある場合が多い。過去の「成功体験」によりかかって、その尺度でしか物を見ていない、柔軟性に欠ける凝り固まった人たち。社会や人間を見るには、いろんな物差しがあるはずで、物差しひとつ代えれば、否定的に見えていたものが、輝きを増すことだってある。

 日本社会に連綿とつづく「差別」問題ひとつとっても、そうである。旧来の価値観から一歩もでられず、偏狭な価値観の物差しからしか、見ることができない人たち。彼らが差別をつくりだしているのである。差別の心理の裏側には、コンプレックスがひそんでいる場合が多い。
 それなりに社会への影響力をもっているリーダークラスの人間に、この種の「オッサン、オバサン」が多い。リーダーにのし上がる課程で、ある種のコンプレックスがバネになったのかどうか。上昇志向にあふれた人間の根っ子に、案外差別心が潜んでいたりする。

 そして情けないのは、こういったオッサン、オバサンにちょっとは反抗するものの、「そっちが得だから」といって、結局は、オッサン、オバサンの軍門にくだり、これの旗振り役を演じる若者、青年たちの存在である。
 この人たちが、おそらく社会のリーダーになっていく可能性が強い。なにしろ社会への影響がもっとも強い政界、経済界で、「世襲」が堂々とはびこっている社会である。
 ところで、世襲による支配の典型的社会が、北朝鮮である。多様な価値観、多用な世代がいりまざって、人や社会の価値判断をする尺度、物差しが多様な社会。そういう社会こそが選択の自由があり、「豊かな社会」であると思うのだが、どうもそういう方向にいっていない。
 そして、学校教育も画一、商店もコンビニに代表されるように画一、テレビ番組も金太郎飴のように画一……。世の中、確実に価値観の「画一化」にむかって進んでいる。
 
 来年は「個人情報保護法案」も施行され、さらに「言論の自由」が制限されるだろう。そうして、憲法改正が俎上にのり……。
 いやな時代の到来を予感させる。ぼくは「安保世代」とも「全共闘」世代とも縁のない「非政治的」な人間だが、そんなぼくでさえも危機感を募らる時代になってしまった。
 そんな時代の空気を敏感に感じ取って登場したのが小泉首相だが、やっていることは、いやはや……である。
 結構な年金をもらい貯金もある程度あるオッサン、オバサンたちは、「構造改革、結構」といいながらも、本音の本音では「現状維持」である。なぜなら、そのほうが「楽」だから。
 変化に立ち向かうには、それなりのエネルギーがいるし、覚悟がいる。「楽」な生活に慣れてしまった人間は、汗をかきたくないのである。
 かくて……。
 日本は文化の面でも、かなり早い速度で衰弱していくだろう。
 テレビでも映画でも文学の世界でも、老若男女の個性がいりまじって、それぞれが個性を発揮し、「百花繚乱」となる状況こそ願いたいのだが……。
 残念ながら、野鳥でいえばどん欲なカラスのような、「数字」を武器にした「猛禽」が幅をきかせ、ほかの鳥たちは背を縮め、小さくなって絶滅の危機に瀕している。
 このままどん欲な「猛禽」の餌食になってはいけない。暇でお金もあるオッサン、オバサンたちに希望したい。
「もう少し、本を買って読み、タダで見られるテレビではなく、劇場に足を運んで映画や演劇にも時間をさいてください。なにしろ、あなたがたは、一番、層の厚い世代なのですから、その気にさえなれば、世の中はかわるのです」
 そんな期待をこめて、細々と文字を連ねているのだが、状況はいい方向に回転していかない。お前の書くものが、たんに面白くないだけだよ、といわれれば、返す言葉もないが。それでも、まだぼくの書くものを「面白い」といってくれる人もいる。
 それを支えに、書き続ける。

 オッサン、オバサンの多くは、昔は、「文学青年」であり「文学少女」であったはずである。
 せっかく暇になったのであったら、青年のころの客気をとりもどしてほしいものだ。そうして、へんに隠居ぶらずに、熱くなってほしい。中村光夫が書いていた「老年の文学」をあらたに起こすような心意気をもってほしい。
「いやあ、もう年だから」などという老人でもない、中年がよくいるが、こういう人と過ごす時間は「空白」の時間で、要するに時間の無駄である。従って、その類の人とはつきあわないことにしている。
 才能があるかないかわからず、前途への不安と期待の中で揺れ動きつつ、それでも夢を捨てない若者が、ぼくは割と好きだ。中高年でも同じである。自足している人間ほどつまらない人はいない。
 だからこそ、ボランティア精神で、交通費に毛のはえた程度の安い講師料で、教えたりしているのである。願わくば、この中から、おっと思わせる才能が出てきてほしいのだが、砂浜でダイアモンドを探すような気分になることも、しばしばである。

 
 
by katorishu | 2004-09-26 03:02
  9月24日(金)。
 清瀬市にあるハンセン病の療養所、多磨全生園にいく。「アバ音楽の森」というNPO代表で作曲家の高橋如安さんと午後3時、西武池袋線の清瀬駅で待ち合わせた。
 多磨全生園の退所者で、ハンセン病であったことを実名で記した本『証言・日本人の過ち』(藤田真一編著・人間と歴史者)の証言者、森元美代治氏と夫人の美恵子氏に会って、いろいろとお話をきくためだった。
 藤本氏は現在、66歳。2年前、療養所を退所し、清瀬市内のアパートで、夫人の美恵子氏(59歳)と一緒に暮らし、ハンセン病への、いわれなき差別の問題に真摯に取り組んでいる。
 氏はハンセン病であることを実名で公表し、この病気に対する誤解、偏見、差別などを訴えた。ほとんど初めての試みで、そこに踏み切るまでの氏の苦悩は深かった。なにより、家族親族が猛烈に反対し、氏は何度も窮地にたたされた。
 
 氏は喜界島の生まれで、中学生のとき発病した。「らい予防法」によって強制隔離されてから今日に至る氏の歩みは、「聞くも涙、語るも涙」の物語である。
 「アバ音楽の森」で、森元氏の体験をもとに子供向けのミュージカルをやろうということになり、その台本をぼくが書くので、ご夫妻のお話をうかがうことにしたのである。
 ハンセン病は「らい病」「レプラ」などといわれ、つい最近まで極めて恐ろしい業病として、恐れられてきた。「らい予防法」という法律によって患者は、社会から強制的に隔離され、地域社会ばかりでなく家族からも「絶縁』同様のあつかいを受けてきた。
 ようやく患者や関係者の努力が実り、8年前「らい予防法」は廃止され、ハンセン病は「ごく普通の感染病」のひとつと認められた。感染力は極めて弱く、21世紀になってから我が国で新たに発生した患者は年に5人ほどだという。
 現在13ある国立の療養所と2つの民間施設に計3600人ほどの入所者がおり、平均年齢は76歳を超えているという。ただ長年、社会から隔離されていた上、高齢でもあり、社会復帰は容易ではない。
 特効薬の開発や生活環境の改善で、我が国では感染者が激減し、すでに過去の病になりつつあるが、海外ではインドなどを中心に例えば2002年度だけでも72万人もの新しい患者が発生しているという。

 森元氏の夫人の絵美子さんは太平洋戦争で、日本がインドネシアを占領したとき、日本兵と現地インドネシア女性とのあいでにできた混血児で、日本に留学しているときの昭和42年、ハンセン病を発症し、多磨全生園に入所。そこで出会った森元氏とやがて結婚した。
 絵美子氏によると、インドネシア でのハンセン病への偏見、差別は日本以上で、今もなお夫婦が元ハンセン病患者であったことは、現地では明かしていないという。

 一族からハンセン病患者がでると、親族の結婚、就職などにさしつかえるからと、家族はひたかくしにしてきた。病気というより患者そのものの「抹殺」を主眼にしてきた「らい予防法」や関係機関の無知、無理解がこの傾向に拍車をかけたようだ。
 じっさい、森元氏の語る差別の実態はすさまじいもので、病の苦しみの上に更に、偏見、差別と戦わねばならなかった。
 そんな偏見、差別の重圧をのりこえ、家族の猛反対を押し切って「カミングアウト」した森元氏。勇気ある行動を土台に、「家族からも切り離される」患者の悲しみと、これを克服していく勇気を土台に、台本を書いてみたい。
 ハンセン病といえば、学生時代に読んだ北条民雄の『命の初夜』という作品が思い出される。川端康成の推薦で文芸雑誌に掲載されたもので、当時「らい病」といった病に冒された青年の絶望がひしひしと伝わり、慄然とした気持ちになったことを、覚えている。
 この問題を主題にすえ松本清張は『砂の器』を書いた。映画化もされたが、主人公の苦悩がせつせつと伝わってくるいい映画だった。最近TBSで放送された連続ドラマ『砂の器』は、ハンセン病という主題を敢えてはずして描かれたもので、森元氏は「あれは……」とまったく評価していなかった。

 森元氏は人にいえない苦悶に50年以上にわたってさらされてきたのだが、患者の中では比較的軽症のほうで、外見からはハンセン病の患者であったとは感じられないほどだ。しかし、森元氏は右目は失明しており、一時は耐えきれない痛みに懊悩し、一方、ひたすら病を隠し、住所をも隠す生活をつづけていた。
 氏がカミングアウトしたことで、兄姉たちからの反発、怒りをかい、ようやく今年の5月に、兄姉たちとの完全な「和解」が成立したという。それまでの氏の苦しみはどんなものであったのか。氏の境遇に身をおいて想像すると、言葉を失ってしまう。
 どのようなミュージカルにしあがるか。基礎となる台本をどう書くか、そう簡単には書けないなと、さまざまに思いめぐらせながら、3時間近く、お話をうかがった。
「最後は明るい光が見えてくるものにしたいですね」
 とぼくがいうと、森元氏も同じ意見だった。フィクション部分も付け加えることになるかと思うが、さて、どんなものができあがるか。ぼくも含めて、関係する多くのかたがたは、ほとんどボランティアである。
by katorishu | 2004-09-25 00:51
9月23日(木)。
 東京にもようやく涼しさがもどった。これからは「読書の秋」で、最も脳が活性化する時だと想うが、残念なことに本を読まない人が年々多くなっているようだ。マスコミで仕事をしているぼくの知り合いの中にも、ほとんど本を読まず、「読書」といえば週刊誌程度といった人もいる。
 ひどいのは、新聞、週刊誌もほとんど読まず、情報jはテレビから……という人もいる。それなりの業績をあげた人で、特に目が悪いわけではない。読書は根気がいるので、それを厭うのだろう。話題の本は誰かに読んでもらって、そのエッセンスをあたかも読んだように人に語る。過去の「成功体験」によりかかっている人に、この類の人が多いようだ。

 読書は抽象度が高い知的体験で、人間だけがもっている固有の習慣であり、これが文明を発展させてきた。そもそも、人がものを考えるのは、言語を獲得したからである。これは水尾比呂志という美学者からの受け売りだが、「花はなぜ美しいのか」。大学の講義のはじまりなどで、ぼくは学生にそんな問いを発する。
 「花って、きれいだから」「真っ赤だから」美しいのでは……といった答えが返ってくる。じつは「花が美しい」のは「美しい」という言葉があるからなのである。言語をもたない動物には、花の美しさは感じられない。抽象的な概念はすべて言語があるからこそ存在するのである。
 「悲しい」という言葉があるから、われわれは「悲しい」のであり、「切ない」という言葉があるからこそ「切ない」感情を抱けるのである。「わび」や「さび」にしても同じである。欧米には「わび」も「さび」もない。なぜなら「わび」や「さび」という言葉がないからである。

 それほどにも言葉は大事なのであり、人間と動物との違いを一言でいうなら、言語をもっているかいないかである。イルカやコウモリなど、「信号」はもっているものの、言語まで高まっていない。言語の特性は、抽象的な表現ができるという点である。
 そんな言語がぎっしりつまった本。これが軽視されつつあるのが、現下の悲しい状況である。言語駆使能力の貧しさは、思考力や想像力の貧しさに直ちに通じる。
 読書の習慣が身につけば、読書は決して苦労がともなうものではなく、知的に興奮するし、快楽に通じるものなのだが。
 考え想像し、創造することの楽しさ、充実感を味あわずに、国語を単に受験のための技術として処理し、、学校を卒業後は本とは無縁の生活を送る人も多い。ぼくにいわせれば、愚の骨頂である。

 なにも読書などしなくても、その道一筋の職人などがインテリなど足下にも及ばない寸鉄人を刺す言葉をはくこともある。 そういうひとは、日々の仕事の中で自己研鑽し、そこから凝縮したものをつかみだしているだろう。しかし、10代や20代で、そんな境地に達せられるものではない。
 精神の土壌を肥やすのに、一番お金もかからず、誰でもがとりかかれるのが読書である。幸い図書館も至る所にあり、本も比較的安く手にはいる。新古書店などというものもできており、今のように読みたい本が手軽に手にはいる時はなかった。
 若いときの読書はその後の人生に決定的な役割をおよぼす。このことを銘記してもらいたいものだ。

 ゲームや音楽もいいが、精神や思考力の基礎になるのは、なにをおいても読書である。読書、読書、読書。プロ野球を騒がしたスト問題で、活躍したヤクルトの古田選手のことを「報道ステーション」で取り上げていたが、野村元監督が、「ヤクルトの選手には珍しく、古田は移動のとき、列車や飛行機の中でよく本を読んでいた。頭がいいんです」と語っていた。
 ひいでる人間は、スポーツ選手であっても、よく本を読んでいるのである。

 それにしても、本の価値もさがったものだ。同業者への配慮もあって、ぼくはなるべく新刊本を買うことにしているが、ブックオフにもときどき足を運ぶ。 本日、コーヒー店にいった帰り、ブックオフで3冊本を買った。
「イスラームとアメリカ」(山内昌之・中公文庫)、「風俗学」(多田道太郎・ちくま文庫)。「外圧国家ニッポン」(ポール・ボネ・角川文庫)。この3冊でしめて200円である。セールということであったが、いかにも安い。安すぎる。この3冊にどれほどの知識、見識がつまっていることか。
 テレビ関係者の中で「本は高いですね」といったバカがいたが、本ほど安くて豊饒なものはない。今時、本を読まない人は、ぼくにいわせれば、愚かとしかいいようがない。現実主義的、功利主義的に考えても、若いときに本を読む読まないで、その後の人生は変わっていくだろう。今後、世界は一部の「創造的な人間」と、多数の「消費的な人間」に分化されていくにちがいない。
「創造的人間」の部類にはいるなら、まず読書。一にも二にも、読書である。断っておくが「創造的人間」が上で「消費的人間」が劣るといっているのではない。
 ただ、ぼく個人としては、せっかくこの世に「知恵をもった「人間」として生まれてきたのである。「創造的人間」であり続けたいし、そうでなかったら、ほとんど生きている甲斐がない。
by katorishu | 2004-09-24 00:14

異常気象の行く末

 9月22日(水)。
 東京は今日も真夏日。単なる自然の気候変動とはちがうものを感じてしまう。
 昨日、テレビで新橋周辺の気温が以前と比べ数度上昇していると報じていた。学者のコメントでは、東京湾ぞいにたてられた高層ビル群が海風をさえぎることに加え、ビルそのものが熱の放射源になっていて気温の上昇をもたらしているのだという。

 深刻に考えている人は少ないようだが、アメリカのペンタゴン文書でも温暖化の影響はテロより深刻……と指摘している。
 有限の地下資源を大量に消費する文明をこのまま続けていけば、どういうことになるのか。
 急増する人口を考えると、行く手には恐ろしい事態がまちかまえており、心ある科学者などはしきりに警告を発している。しかし、大きな世論となっていかない。
 世の動きに大きな影響力をおよぼす政官財の人たちが、そもそも我が身のこととして真剣に考えていないのである。真剣に考えているとしたら、彼らの中で一人ぐらい徒歩、あるいは自転車で国会や会社にやってくる人がいていいのに。
 昔、国鉄の総裁であった石田礼助は、ハイヤーなどに乗らず、湘南電車で通勤していた。政府臨調で大きな役割をはたした土光敏夫も、目ざしの朝食に象徴されるように、質素な生活ぶりであったときく。現在の政官財のリーダーで、石田礼助や土光敏夫に恥じない行動を自ら実践している人は果たして何人いるだろうか。
 
 まるで年中行事のように繰り返される「汚職」や「不祥事」。リーダー層のなかに、下の者に範をしめそうとする人間が少なさ過ぎるのである。驕り、慢心、傲慢……といった形容詞があてはまる人ばかりで、それが特権であると思っている人もいるようだ。
 リーダーとは、そういう驕慢さをより強くもった人……といいたくなる。「下は上を見習う」のは世の常である。上を見習わない部下は排除されがちだ。かくて、「ミニ・金正日」「ミニ・ミニ・金正日」がいろんなところにはびこって、世の中を住みにくくさせている。
 
 環境の劣化のあとに、いずれやってくるのは、食料難である。すでに食料を自給自足できる国は急速に減ってきており、一方で人口は急増し、資源を大量消費する文化がはびこっている……。
 この果てになにがあるか、小学生でもわかる。先進国の人間が傲慢さをあらため、危機を自覚し、文明のシステムを変える努力をすれば、まだ引き返せるのだが……。
 しかし、彼らこそ「便利さ」「快適さ」になれきった人間である。そう簡単にこのシステムを手放しはしない。
 
 「公害」が問題となったときのように、環境が劣化し、いきつくところへいかないと、多くの人は動かないのだろう。異常気象は世界的規模で起きており、「公害」問題のときのように、短期間で解決することはむずかしい。釜の水にはいったカエルは、じょじょに熱せられると、熱くなったことに気づかず、たまらなくなって飛びだそうとしたときには、すでに茹でられてしまっているという。
 同じようなことが、今、地球規模で起こっているのだが、それにしては、ぼくもふくめて、みんな暢気なものである。このままで文明が50年、100年続いたら、お慰みである。
by katorishu | 2004-09-22 22:14

不眠の効用

 9月21日(火)。
 15時半、新宿京王プラザホテルの「樹林」で、映画の打ち合わせ。といってもまだ企画の段階で、今後どういう展開になるか。原作、監督、主演女優は決まっており、実現すればぼくがシナリオを書くことになるはずだが。この役は誰それ、この役はあの人に……とそれぞれが思っている「希望」を話すときが、一番楽しいときかもしれない。2時間ほどが瞬く間に過ぎた。まずは実現にむけての第一歩。

 朝の5時、6時まで起きていることがしばしばで、そんなときは、なかなか眠れないので、睡眠薬を飲む。子供のときから「不眠症」気味で、ぼくは自分の「宿痾(しゅくあ)」であると思っている。目下、ほかはどこも悪くはないのだが、これだけは治らない。

 普通に眠れたら、おそらくぼくは違う道を歩いていただろう。明日が試験とか重要な会合、打ち合わせがあるとなると、気持ちが冴えてしまって、なかなか眠れない。受験のとき、英語の試験で突然、睡魔に襲われ、困惑したことがある。もちろん、前夜ほとんど眠れなかったからなのだが、あのときもし睡魔に襲われなかったら、合格していたかもしれず、その後の自分の人生は大きくかわっていたはずだ。
 不眠による注意力散漫で、これまでどれほどミスを犯してきたか。主に不眠が原因で、今でも週のうち三日ほどは「時差ボケ」状態であり、そんなとき書いた原稿は誤字脱字も多い。以前、あるプロデューサーに「香取さんは出来不出来の波がある」といわれたが、不眠からくる時差ボケが主な原因のはずだ。

 不眠症などとは無縁の人が、羨ましく、かつ憎らしい。
 日本人一般の通弊として、睡眠薬を飲むことはなにか悪いことのように感じている人がまだまだ多い。あれほど不眠に悩んだぼくが睡眠薬をはじめて利用したのは、15年ほど前のことである。それまでは眠るためにアルコールを飲んでいた。これがじつは、睡眠不足をもたらす元凶だったようである。アルコールの力で比較的容易に眠りにつくものの2,3時間で目がさめてしまい、以後眠れなくなる。アルコールには、そういう作用があると医師から聞いてた。 以後、アルコールに頼ることをやめたのだが、どうしてもっと早くこれに気がつかなかったのか。気がついていれば、過去に犯した数々のミスも半減していたであろうに。

 ただ、睡眠薬を飲めばいいというものでもない。以前、アメリカにいってドラッグストアでいろいろな睡眠薬を買いこみ、服用するうち、一種の「中毒」症状にかかってしまったこともある。常用していると、薬の常でだんだん効かなくなって量が増える。すると肝臓にも負担をかけるし、夕方、突然、ものすごい睡魔に襲われることもある。心臓にも悪いようで、医者にいき睡眠薬を処方してもらうことにした。
 しかし、一般の開業医や内科の医者だと、どうもおざなりで、自分の体質とあわない。診療もせず、受付で頼むと自動的にだしてくれた医院もある。副作用もそれなりに強く、昼間、呂律がまわりにくくなったり、知らない人には、「いい加減なやつだ」とか「昼間から酒を飲んでいる」などといわれたりした……。

 数年前、若林の神津クリニックにいき、睡眠薬では比較的軽いレンドルミンを処方されてから、副作用もなく、今はこれを飲んでいる。といっても、毎日飲んでいるわけではなく、根をつめて仕事をしたときとか、朝まで起きていて眠るときなど。時間の効率化のためにも、レンドルミンは欠かせない。
 引っ越しをしたあと、神津クリニックが少々遠くなったので、一時、三軒茶屋病院にいったことがあるが、レンドルミンまがいのへんな薬をだされ、口のなかが苦くなるとともに、頭が昼間でもぼーっとすることが多く、やめた。行くたびに医者がかわり、ぼくのような「軽症」の患者には、どうもおざなり……といった印象を払拭できなかった。

 再び神津クリニックにいくようになって、今はなんの副作用もない。日本人の5人に1人は不眠症とか、なにかの記事にでていた。アメリカはもっと比率が高く、不眠とどう向き合うかは、現代人にとって大きな問題である。横になればすぐ眠れる人には、理解できないかもしれない。
 ただ、不眠症がマイナス面ばかりかというと、そうでもないところが、人生の面白いところである。ぼくなど、不眠のおかげで、いろいろとミスも犯したものの、どれほど多くの本を寝床で読み、どれほど多くの妄想をたくましゅうしたことか。それらは、フィクションを書く上で、かなり役だっている。一日を思い返し、ああでもない、こうでもない……と思い悩み、こう有りたい自分、こうあって欲しい自分などを、さまざまに思い描く作業は、そのまま創作の作業につながるものだ。

 勤めている時期、眠れないので、夜中に起きて原稿に向かったことなど、しばしばだった。おかげで、勤め先にいったときは疲れきって、居眠りをしたりミスをしたり。「いい加減なヤツだ」と思われていたにちがいない。たしかに注意力が散漫になるので、いい加減になってしまい、そのためにも一日でも早く作家という自由業になろうと、それなりの努力はした。
 不眠症であったからこそ、おかげさまで、作家になれた、といってもいいかもしれない。
 世の中、プラスだけのことがないのと同様、マイナスだけのこともない。光があれば影があり、逆に影があれば光がある。マイナスのカードをあつめると、強力な手になるトランプ遊びのように、状況が逆転する。さらにまた逆転、そして逆転。これがなくてはゲームは面白くない。人生航路というゲームも同じである。
by katorishu | 2004-09-22 00:10
 9月20日(日)。敬老の日で国民の祝日だが、フリーの物書きで、年など忘れているぼくには関係がない。もう何10年も前から「生涯一書生」を貫こうと思い決めている。
 人を管理したくもないし、されたくもない。まさに「自由業」であるが、これは今のような世の中になると、かならずしも自由で楽な生き方ではない。
 学生時代の友人で50歳をさかいに日本での仕事を一切やめてマニラに移り住んだS氏が、「自由業とは不自由業なんだよね」といつかいっていた。いわんとするところは「仕事をほされる自由」「お金がはいってこない」つまり「貧乏になる自由」も充分すぎるほどあるということだ。

 ぼくは「日本放送作家協会」というところに所属している。放送に関係する台本などの執筆を主な仕事としている人の集まりで、一種の「貧乏」文化団体である。一定の業績があり会員2名の推薦があれば、月に会費1000円で誰でも会員になれる。会員は現在1000人前後いるが、このうち「文筆」で「食べられる」だけの仕事を常時している人は(平均的サラリーマンの収入を得ている人)、おそらく3分の1もいないのではないか。
 金銭という面から考えたら、労多くしてむくわれない仕事である。出版不況の折り、活字の分野で「文筆」を業としている人も大同小異だろう。業界の実態を知らない人は、本を出したり、テレビ画面にクレジットで名前が出たりするので、「さぞ、おいしい思い」をしているにちがいないと考えているムキも多いようだが、実態を知ったら唖然とするにちがいない。

 活字の分野でも映像の分野でも同じだが、「良心的で」「誠実な」仕事をすればするほど、収入は低下し、「やっと食べている」という人が、ほとんどである。
 一握りの「売れっ子」が目立つので、「優雅な印税生活」などと冷やかす人もいるが、それは実態をまったく知らない人の言葉である。
 分野はちがうものの、ひところ「日本映画監督協会」の会員の平均年収が300万円であると、ある監督から聞いたことがある。多くの作家、脚本家も、その程度のものである。組織で保護されている人たちのほうが、はるかに「高給」をはんでいる。

 そんな「自由」という名の「不自由業」ではあるが、仮にもう一度生まれてくるとしたら、ぼくは、また「文筆業」を選ぶにちがいない。まちがっても、毎朝ネクタイをしめて同じ場所に通う仕事にはつかないだろう。
 例えば小説。仕上がった結果の出来、不出来はともかく、すくなくとも書いているときは自分が世界の中心におり、一種「神の立場」にたって「一つの世界」を創造している。時間を忘れるほど熱中することもあり、そういうときは「もう一つの現実」に立ち会い、その世界を「生きて」おり、人物とともに怒り、泣き、喜んだりして、興奮する。
 いつもそういう状態にあるわけではなく、その場にふさわしい文章や台詞が出てこずに、呻吟し、冷や汗をかき、懊悩するのであるが、壁を抜けて瞬間、作中人物になりきることがある。そんなときは筆が走り、精神が高揚する。たまさか訪れる、あの瞬間は、なにものにも代え難い。それと完成したときの達成感。

 よく役者と乞食は三日やったらやめられないといわれるが、作家にもあてはまる。もっとも、ある程度、自分の思っていることを自分の好きなように書ける限りであるが。
 ひたすら自分を殺して「注文主」の気にいるよう、気にいるように……と書いていたのでは、よほどの収入をもらわない限り、割にあわないし、ストレスも多く、文字通り「割に合わない職業」である。

 別途収入や不労所得があるひとは別だが、筆一本で「食べて」いる人は、注文主の意向を無視することは直ちに「無収入」に直結するので、意向にそった方向で書きながら、随所に自分の書きたい要素をいれていく。自分の書きたい要素こそ、その作家の個性であり、持ち味なのだが、そちらを前面に押し出すと、おうおうにして注文主とぶつかる。そのへんの微妙なせめぎ合いは、体験した人でないとわからないかもしれない。
 もっとも、一握りの「売れっ子」は別で、とにかく「我が儘」がきくので、自分の書きたいものを書きたいように書ける。
 ただ、「売れる」ものを数多く書く人は、今の時代、なにを書けば売れるかを、よく知っており、自然に「消費者」の意向にそって書く「クセ」がついているようだ。

 本当は自分の切実に訴えたいもの、書きたいものを最優先で書くべきなのだが、「職業」となると、そうもいかない場合がある。何十人もの個性がかかわる映画やテレビドラマなどは特にそうで、いろいろな条件、注文にがんじがらめにされて、極めて不自由さのなかで書くのである。
 あれもだめ、これもだめ、と手かせ、足かせをはめられて、それでも限られた条件のなかで何を表現できるか。ぎりぎり追求して思いがけぬ効果をあげたとき、そこに喜びも生まれる。
そんなことに喜びを見いだせないひとは、プロの文筆家にならないほうがいいだろう。

 サービス精神などを一切排し、「自分の書きたいものしか書かない」と断言している人もいるが、皮肉なことに、それで傑作ができるかとなると、必ずしもそうでなはい。
 世界的な文豪のバルザックやドストエフスキーがある時期、借金返済のために短期間にしゃかりきになって書きに書いた。つまり「お金」のために書いたのだが、それらの作が駄作かというと、そんなことはない。
 じつは書く上の動機や経緯などは、どうでもいいのかもしれない。要は書き上げた作品が面白いか、面白くないかである。「面白さ」の定義はむずかしいが、「面白くなさ」の定義は簡単である。それを読んだ(見た)人が、「ああ、時間を無駄にした」と思えるような作である。もっとも、人によって面白さの位置づけが違うので、ややこしい。
 25年近く文筆業をやってきたが、他人の感ずる「面白さ」の意味をはかりかねる。ぼくの作に限っても、ある人の面白いと思うところが、ある人にはつまらない部分であったり、作品の評価はわかれる。願わくば、ぼくの「面白い」と思う部分を面白いと思ってくれる、編集者やプロデューサーや監督などと組みたいものだが、これがなかなか一致しないことも多い。
 かくて「不自由」さという重荷からなかなか解放されない。
by katorishu | 2004-09-21 00:31