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<   2005年 02月 ( 12 )   > この月の画像一覧

芝居ベンチ、初日

 2月24日(木)。
 三軒茶屋の小劇場で、3人の脚本家による競作「ベンチ」の初日の幕が開く。稽古とはまた違った緊張感が漂い、これはこれで面白い。
b0028235_261699.jpg3者3様の作劇術で、一人の観客として、面白く見た。終わって、スタッフや芝居関係者と、近くの飲み屋で恒例の飲み会。欧米と比べて、芝居が国民の中に定着されていない、欧米ではごく「普通の人」が日常の習慣として劇場に通う……と海外公演が多かった某役者は語っていた。
「芝居なんて、面白くない」という人に限って、ほとんど劇場に足を運んでいない。芝居にもピンからキリまであり、たまたま面白くない舞台を見たため、そう決めつけるケースもあるようだ。
b0028235_27117.jpg テレビでも映画でもない、「ライブ」の芝居の良さを、もっと多くの人に体験して味わって欲しいものだ。
 ぼく自身、以前はあまり舞台を見にいかなかった。が、舞台脚本を書いたり演出をするようになって、しばしば舞台を見る。面白くないものも確かにあるが、舞台ならではの新鮮で胸がときめく舞台というのがあり、これは他のジャンルでは味わえない。
b0028235_2161324.jpg
日本文化を活性化させるためにも、もっと多くの人が、とにかく劇場に足を運んで欲しい……と話し合ったことだった。
 
by katorishu | 2005-02-25 02:19

したたかに、しなやかに

 2月21日(月)。
 西武鉄道の社長が自殺をした。いたましいことである。高級官僚出身であり、テレビのニュースを見る限り、いかにも線が細そうで、典型的な「優等生」タイプのようだ。
 汚職事件などがあると、よく会社や役所の中間の管理職が自殺し、結果として「巨悪」は生き残るというケースがあるが、今回は社長である。
 といっても、彼は一種の独裁者である堤義明氏のあやつり人形のような存在で、堤氏を「守る」ことの義務感と良心のせめぎあいの中で、疲れ果ててしまったのだろう。
b0028235_2362645.jpg一方、本日のTBSのニュース23は、コロンビア女性、アニータとの「単独インタビュー」を放送していた。例の青森県の子役人が十数億の公金を貢いだ相手である。
 売春容疑で逮捕され、拘置所の中庭でのインタビューであったが、煙草はスパスパ吸うし、悪びれた様子はまったくなく、陽気に「これが人生よ。上、下、上、下がある。今日は下だけど、明後日は上になるかもしれない」などと、ラテン気質まるだしで明るく語っていた。
「したたか」という形容が一番だが、今の時代、したたかで、しなやかな精神をもっていないと、なかなか生き抜いていけない。

 アニータの態度は開き直りといってもいいが、見ていて「学ぶべき」点もあるという気がした。
 彼女はどんなことがあっても決して自殺などしないし、最後の最後まで、死力をつくしてサバイバルの知恵を絞るにちがいない。
 わたしなりの「才覚」で堂々と生きているわよ、それがなんだっていうの……といった、ふてぶてしいまでの開き直りと自己肯定。
 日本の小心な国民の多くがもっている「自己犠牲」とは対極のものである。「自己犠牲」というのは、一見「美しく」賞賛をあびやすいが、それによって「助かる人」「得をする人」がいるのである。助かる人間が愛する家族などなら、まだ救われるが、権力をもった政治家や社長、高級官僚などがホット安堵の息をつくことが多い。
 今回も、恐らくその類だろう。
 つい60年ほど前には、国家から自己犠牲を強いられ、戦場に散っていった国民の、なんと多かったことか。強いられる人間がいるということは、それを強いる人間がいるということである。
 人の犠牲の上にあぐらをかき、のうのうと生きている人もいる。

 こういう時代、アニータの開き直りの精神が必要ではないのか、と画面を見ていて思った。もちろん法を犯すことはいけないが、時と場合によっては許されることもある。
 以前、コンゴ共和国からやってきた技術者にインタビューをしたことがあるが、コンゴでは外国から送った荷物がそのまま届くことは、ほとんどないという。空港で、中身の一部が必ずといっていいほど抜かれてしまうのである。
 治安が悪いのですね……と質問したぼくに、コンゴ人は、
「彼らは間違っていない。許されるべきことだ」という意味のことをいった。なぜかと質問すると、彼はこういうのだった。
「彼らは、もし盗まなかったら、その日、家族もふくめて食べるものがないんですよ。飢えてしまうんですよ。飢え死にするわけにはいかないから、盗むんです。ぎりぎりのところで、生きるために盗む。それを非難することはできない。彼らは正しいんです」

 コンゴやザンビアでは長く内戦が続いていた。政治家の失政もあるが、欧米列強の植民地にされた結果、教育も産業も育たなかったことが、大きな原因である。
 生き残るためには、敢えて盗む。少々の罪も犯す……。
 現在の日本では飢え死にすることはないにせよ、経済的に追いつめられたり、人間関係のストレスから心を病んでいる人も多い。鬱かその一歩手前の人を含めたら、膨大な数の「自殺予備軍」をかかえているといっても過言ではない。
 義務感や責任感の強いということは人間としての美点だが、それにこだわるあまり過大なストレスをかかえて、自らを死に追いやる人が多い。
 キリスト教徒にとって自殺は重大な罪だが、一応仏教徒の日本人は、死によってすべてを清算する傾向が強い。もともとメランコリックな気質の人が多い上に、過剰なストレスが至る所に存在している。
 繊細な神経の持ち主には生きにくい世の中だが、死んでしまってはなんにもならない。
 アニータの陽気さ、したたかさを見習って欲しいものだ。
「拘置所の食事はおいしい。ハッピーだ」とのたまうアニータ。西武鉄道の社長に、あのしたたかさ、しなやかさの10分の1でもあったら、悲しくも傷ましい死を選びはしなかっただろう。

 彼の死がその後の堤義明氏の「疑惑」解明を封ずることになってしまうのかどうか。堤氏に限らず「巨悪」は今ものうのうとして生きている。
 彼らの犠牲や楯となって、自ら命を絶つなど、犬死にそのものである。
 アニータのインタビューを見ていて、思わず笑ってしまった。同時に、今の日本人に必要なのは、あのあっけらかんさであり、あのしなやかさ、したたかさである……と改めて思ったことだった。
by katorishu | 2005-02-22 02:55
 2月20日(日)。
 ホームページの不具合をなんとか解消することができた。ちょっとしたことで、簡単に解決することでも、インターネットの場合、解決に時間がかかってしまう場合がある。
 原稿執筆には大きなロスタイムだが、行きつ戻りつをやっているうち、インターネットやホームページの構造と、欠陥がわかり、これはこれなりに良い「勉強」になった。
b0028235_0394250.jpg現在、インターネットをフルに活用して30代前半で莫大な資金をつくりだしたライブドアの社長と、フジテレビが真っ正面から衝突し、経営の支配を争っている。
 マスコミや与党の政治家等の援護もあって、フジテレビ側の「勝ち」で終わりそうだが、今後、この種の争い、戦いがいろいろな分野で起こるにちがいない。
 プロ野球騒動のとき、堀江社長が「金でできないことはなんにもない」と雑誌かなにかのインタビューで答えているのを読んで、いやな感じがしたが、その後、マスコミの「巨像」ともいうべきフジ・サンケイ・グループに挑んで、現在のところ一歩も退かない姿勢を見せている。
 あまり好きな人物ではないが、「強いもの」に果敢に挑んでいく姿勢は、面白いし、一定の評価をしたい。
 もし、この勝負に彼が負けて、ライブドアが倒産か身売りでもしたとしたら、「われこそは」と密かに思っている若者に、無力感や挫折感をあたえるにちがいない。

 いくらルール違反をしていないとはいえ、金の力でなんでもできるという風潮がはびこるのは問題だが、閉塞感の漂う世相に風穴をあけたことについては、意味のあったことではないのか。一種の「護送船団」で守られているテレビ界に一石を投じたことの意味は大きい。
 今後、どう展開するかで、放送界に激震が走るにちがいない。
 
 良い悪いは別にして、いよいよ「下克上」の時代にはいってきたようだ。「無気力」といわれた世代にも力感あふれる人間がでてきたということで、ひょっとすると社会の閉塞感に風穴をあけるかもしれない。
 ただ、「古い」ものが壊れたあとに「新しいもの」が価値として付け加わらないのではこまる。
 一層荒涼とした荒れ地や荒野がひろがりつつあるというのでは、単なる「壊し屋」の行いであり、はた迷惑な存在である。
 
 ところで、 一人一人が砂粒のようで、ばらばらな時代、さてどう生きたらいいのか。明確な答えなどあるはずもなく、自分のあまたで考えて、それなりの答えを出していくしかないのだろう。
 そんな人間が心のよすがとすべきものがいくつかあるが、そのひとつは「古典」である。
 小説でも哲学でも美学でも、宗教でもなんでもいい、とにかく「古典」に値する本を読み、過去から今を深く考えること、そこから個性的な考えや人間が生まれてくるだろう。
 誰であったか、昔の哲人はこういった。
 『深く悩んだものが常に正しい』
 至言である。
by katorishu | 2005-02-21 00:57
 2月19日(土)。
 最近、ホームページの更新、管理などを自分でやりはじめたのですが、どうもぼくの持っているホームページ・ビルダーが古いバージョンで、傷もあるようで、うまく更新できません。
 文字なども不統一で読みにくいのでは……と思います。

 近々、新しいホームページ・ビルダーをインストールして、読みやすいものにするつもりです。
 ホームページ・ビルダーも使いかたが楽になって、こういうホームページも割合簡単につくれるようになったのですが、慣れるまでに時間がかかります。
 本日も、ほとんどの時間を、ホームページの更新作業に費やしてしまいました。
 原稿の執筆が大幅に遅れています。
 関係各位には、陳謝、陳謝……。
by katorishu | 2005-02-19 05:32

京都議定書、発効

2月16日(水)。
 前日、朝まで起きていたので、午後起き。こういう日は一日の終わるのが早い。ホームページの更新、管理などが山下美樹さんの手からぼくの手にうつったので、それに慣れるため、パソコンに向かっているうち、朝になってしまった。
b0028235_05456100.jpg慣れればむずかしいことでも何でもないのだが、概略を頭にたたきこむだけで時間がかかる。ホームページの仕組みは頭にはいった。ホームページ・ビルダーを使っているので、ややこしいジャバ言語などで記す必要はない。
 近くの喫茶店にいって、資料読みやテープ起こしなどをしていると、もう夜の8時。書かなければならない原稿がいろいろとたまっているのだが、遅々として進まない。

 ところで、本日、京都議定書が発効した。地球温暖化防止を目指して先進国の温室効果ガス排出削減の数値目標を定めたもので、16日午後2時、発効した。
 京都市で97年に開かれ議定書が採択されてから7年2カ月。この間、世界最大の排出国のアメリカが離脱を表明した。さらに発展途上国には削減義務がないなど実効性に問題があるものの、政治的には大きな意味がある。
 日本には2008~12年の平均で90年比6%の温室効果ガス削減が義務づけられているが、現状では極めて厳しい。経済活動に支障がでるとのことで、経済界、産業界からは議定書に反対の声も聞こえる。
 
なにしろ、アメリカが離脱したことで、意義は半減した。しかし、地球の温暖化がもたらすマイナス面ははかりしれない。
TBSのニュース23でとりあげていたが、温暖化で例えば水面が1メートル上昇すると、東京の江戸川区や江東区などの下町や都心部までも水没してしまう。
 日本は島国なので、砂浜の90パーセントが消滅するという。まったく、他人事ではないのである。
 便利さを至上のものとして追求する生活スタイル、システムをあらためなければ、危機が近い将来現実のものとなる。現実のものとなってしまってからでは、どんな手をうっても遅いのである。
 電化製品、車など「便利」で「快適」な製品が街にあふれ、膨大なエネルギーを消費しつづけているが、便利さ快適さの代償として、大変な危機を呼び寄せているのだということ。そんな意識をもっている人がそもそも少なすぎる。
 社会全体のシステム、ライフスタイルを変えるために、真剣に知恵を絞るべきときにきている。
  しかし、企業は目先の利益におわれて、おざなりな「環境対策」しかやらない。
 こういうぼく自身、どれほど日々、天然エネルギーを消費していることか。ただ、都内に住んでいて必要がないので、車には乗らないことにしたし、移動は基本的に電車か自転車、しょうしょうの距離なら歩いていくにしている。
 紙の消費は普通より激しいほうだが、たまにご馳走を食べる以外は、粗食を心がけ、週に一日はハンストという名の断食をしている。

 江戸時代の生活にもどれといわれても無理があるが、せめて東京オリンピックが開かれた昭和39年のレベルにもっていけないものかと思っている。
 当時と同じとはいかないにしても、あの時代のエネルギー消費のレベルに近づけることが必要だろう。もちろん、日本一国がやってもだめで、最大のエネルギー消費国で軍事大国のアメリカに変わってもらわないと、どうしようもない。
 一方、一人一人が意識を変えていく必要性があるが、少数の人間が実践してもだめで、マジョリティの意識が変わっていかないと危機は回避できない。すでに事態はそこまできているのである。
 地球温暖化の果てにどういう事態が起こるのか、環境保護にかかわる人達が、科学的データももじえて繰り返し「危機」を強調していくしかないだろう。学校教育でも、強く訴えていく必要がある。
 価値観の根本的な転換である。過剰なエネルギー消費をしなくても「生き甲斐のある人生」、「楽しい生活」を送る手だてなど、いくらでもある。

  素人考えだが、ぼくはこの10年ぐらいが、人類にとって極めて重大な時期だと思う。ここで特に文明国の人間が率先してブレーキをかけ、別のライフスタイル、システムを構築していかないと、きっと取り返しのつかない事態になる。
 多くの土地が水没し、人間が住めなくなってしまったら、経済成長もなにもないのである。
 しかし、「利潤追求の価値観」に凝り固まった世のリーダーたちは、 行き着くところまでいき、危機がすぐ目の前に見えてこないと、抜本的な対策をとらず、その場しのぎをして問題を先送りしている。
 日本の財政危機と同様、もう先送りする余地や余裕はないはずなのに。いやはやである。
by katorishu | 2005-02-17 01:27

地球温暖化と大国のエゴ

2月14(月)。
 「エスキモー」とばれてきたイヌイットが、「地球温暖化の影響で生存が脅かされている」として今年4月にも、アメリカの人権委員会に「人権侵害」だとして申し立てをするという。(朝日新聞記事)。
 大量のエネルギー消費によって地球が温暖化すると数々の実害が地球にもたらされる。これをふせぐため、いろいろな国が集まって、二酸化化炭素などの廃棄ガスを削減させるため「京都議定書」ができたのだが、世界最大の排出国のアメリカが「経済活動に支障をもたらす」として離脱したままである。
 自分たちが「高度の消費社会」を保てれば、他は少々犠牲をこうむってもいいというのだろう。大国のエゴイズム以外のなにものでもない。
b0028235_11371890.jpgイヌイットはアラスカ、カナダ、グリーンランド、ロシアに計約15万5000人が暮らし、狩猟によって生計を維持しているのだが、地球の温暖化によって、氷がとけたりして、彼らは生存を脅かされているという。
 朝日の記事では、彼らの住んでいるカナダ北部では、海の氷結は昔は10月ごろだった。それが最近では12月下旬にずれ込んだうえ、氷も薄くなったため狩猟中の転落事故が増加。氷河が解けたため小川が激流に変わり、おぼれる人も出ている。永久凍土が解けるなどして沿岸部が浸食された結果、移転を迫られている集落もあるという。

 また、朝日新聞の記事によれば、海底に閉じこめられていた有害物質が温暖化で海水中に溶け出し、それを体内に取り込んだ魚やアザラシを、人が食べて健康を害するという懸念もある。スズメバチなど本来南方に生息していた昆虫や鳥も増え、数年前の夏には30度前後の暑い日が1カ月も続いたという。

 今はごく一部に限定されているが、このままアメリカ主導で大量のエネルギー消費が続けば、南極の氷なども溶け出し、海面は上昇し、世界の気候もかわり、多くの地域の人々の生活に甚大が影響がでてくる。
 そうなってから手をうっても、もう遅いのである。環境を汚染するのは簡単だが、これを浄化するには膨大なエネルギーと時間がかかる。
 「京都議定書」からの離脱を宣言したのは、ブッシュ政権だが、あの政権とこれを支えるネオコン・グループ、およびキリスト教福音派の人達は、自分たちだけの「幸福」を追求するあまり、どうも他への配慮、とりわけ「弱者」「少数者」への配慮に欠けているようだ。

 地球温暖化がこのまま進めば、気候が激変し、海流の変化もあって、ヨーロッパがシベリアなみの寒さになると、かつてアメリカのペンタゴン文書でも指摘していた。
 地上の寒暖には自然のサイクルがあり、すべてが人の消費活動の結果とはいえないが、アメリカや日本、そして急速に台頭する中国などが、大量にエネルギーを消費することによる、環境悪化については、研究者が早くから指摘し警告をしている。
 しかし、経済の論理が先行し、目前の利益を追うあまり、「あとは野となれ山となれ」の気分で地球を痛めつづけている。

 イヌイットの生活圏がおびやかされはじめているのは、一つの警鐘であり、やがてこれが全地球上におよぶことになる。
 マスメディアもこの種のニュースを繰り返しとりあげ、「大量生産、大量消費」や「便利さ至上主義」のもたらすマイナスの面をもっと強調すべきではないか。それこそ連続キャンペーンをはってしかるべきことだ。
 エネルギー消費を抑えるには、先進国の人間が率先して、便利さ至上主義を改めるところからはじめなければならない。車より自転車、自転車より歩くこと。一例をあげれば、そういうふうにライフスタイルを改めることだ。
 じつはぼく自身、そのことを実践して「暖衣飽食」をできるだけ排しているが、健康的になったし、世の中の見方もかわったし、なんの支障もない。精神性が強くなり、世の中がよく見えてきたし、当然のことながら、書くものにも良い影響がでてきている。

 過日受けた健康診断の担当の医師が話していたが、日本人の食生活は昭和39年の東京オリンピックのときが理想であるという。
 あのころの食事をしていれば、糖尿病などの成人病も激減し、健康な人が増えるはず……と担当医は真剣な顔で話していた。 
 地球が今、重大な岐路にたっていることは確かなようだ。
 50年100年後の人間などどうなっても、今の自分たちの生活が良ければそれでいい……というのは、あまりに無責任の事なかれ主義である。
 まだ遅くはない。 国の為政者は経済人にはあまり期待できないにしても、一人一人の意識を変えていけば、彼らも変わらざるを得ない。
 そうしなければ、人類は生き残れない時期にきているのである。
by katorishu | 2005-02-15 11:38
 2月11日(金)。
 ハンセン病ミュージカル『チバリヨ』が、川越市民会館大ホールで行われた。ハンセン病患者で初めて実名で講演をし本をだした森元美代治さんをモデルにしたもの。公演に先立ち、森元さん本人の短い講演があった。
b0028235_23425052.jpg社会はもちろん家族からも「亡き者」として扱われた、この病気への偏見、誤解を軸に、日本兵とインドネシア人女性との間に生まれた混血女性との結婚、母の死、出席できなかった葬儀、ようやくお墓参りを果たしたことなどを点描する台本にした。
 ミュージカルなので、あまり多くの情報をいれることはできない。それと準備の時間がすくなく、しかもプロとアマチュアの混成なので、正直いってどうなることか一抹の不安があったが、皆さんの努力で無事公演を終了した。
b0028235_23431997.jpgNPOに対する川越市の文化助成事業の一環でもあり、完成度をどうこういうより、多くの人がそれぞれの力をだしあって、ひとつのイベントをなしとげたことの「価値」を評価したい。観客は400人ほど。
この種のイベントの場合、関係者だけの「自己満足」に陥りがちだが、回収された7,80枚のアンケートでも「感動した」「ハンセン病への差別がよくわかった」との感想が多かった。
 こういう作業を通して、これまで接することのなかった、いろいろの人たちと知り合いになれたことが、ぼくにとっては大きな収穫である。
 今回の公演はあくまで「ワンステップ」であり、ふくらましたり削ったりしながら、さらに感動的なハンセン病ミュージカルを……という点で関係者の気持ちは盛り上がった。
 いずれ都内公演、さらに地方公演を行い、最後は森元美代治さんの故郷の喜界島で公演をやりたいものである。そしてこれは「夢」のまた「夢」かもしれないが、インドで公演できれば、などと話し合った。
 森元さんは前日、南アフリカで行われたハンセン病患者の集会からもどったばかり。打ち上げの席で、ゆっくりとお話をしたが、南アフリカの最大の問題は「貧富の格差」であるという。
 黒人の患者は病気や誤解偏見との戦いと同時に貧との戦いに直面しており、悲惨さそのものだという。現在、ハンセン病は特効薬の改良で治りも早く、毎月数錠の薬を投与するだけで劇的に病状が改善するが、彼らは貧困故にその特効薬が手にはいらない。
「貧富の格差が極端になる社会は問題ですね」という森元さんの言葉には実感があった。戦後の日本の繁栄の基礎になったのは「平等社会」であり「中間層」の厚さであるが、この10年ほどで、日本でも経済格差はひろがり、富む者は更に富み、貧しいものはさらに貧しくなる傾向が顕著になっている。
 つまり「中間層」の激減である。貧富の差の拡大は、教育の機会均等も奪うことになるし、社会のモラルの荒廃にもつながる。少子化の遠因にもなっており、日本が直面している大きな問題のひとつである。
by katorishu | 2005-02-12 23:45

「不良少年の夢」試写会

 2月8日(火)。
 日比谷の飯野ホールで行われた映画「不良少年の夢」の試写会に行く。知り合いの映画プロデューサーが見て欲しいというので出かけた。確か「ヤンキー先生」とかいうタイトルでb0028235_0414280.jpgテレビ
ドラマになった作品で北海道の余市にある北星高校の教師の体験に基づいている。北星高校は全国で初めて「高校中退者を受け入れる」高校として知られた。映画は家族からも学校からもはじきだされ行き場を失った義家という生徒が、おもむいてくるところからはじまる。暴力沙汰をふくめさまざまな「問題行動」のはてになんとか高校を卒業するまでの義家少年の葛藤と、真野響子演じる女教師の努力を軸に展開する。教師たちの努力で「夢」をもてるようになった少年はその後、大学を卒業し、この高校に教師として赴任してくる。感動的な場面が随所にあり、終わったあと開場から大きな拍手がわいた。
b0028235_0324476.jpg(義家氏は実在の人物で、舞台挨拶の写真左の人物)よくある話といえばいえるが、監督の花堂純次は斜にかまえたりせず、問題に真っ正面からあたって「真っ向勝負」をしている。
「教育とは方法論ではなく、ぬくもりなんだ」と原作者の義家氏は挨拶で語っていたが、その言葉が素直に迫ってくる感動の作だ。真野響子の女教師役もよかった。
 小さな独立プロの作なので、まだ劇場公開が決まっていないというが、多くの人に見てほしい作品だ。軌道からはみでてしまった若者を勇気づけるものと確信する。
by katorishu | 2005-02-09 00:45

 韓国ブーム余波

 2月6日(日)。
 東京新聞ウエブ版によれば、ソウルにある結婚情報会社で韓国男性と結婚したい日本人の女性会員が急増中だという。
 「冬のソナタ」で火がついた韓国ブームの余波なのだろう。韓国の結婚情報会社「楽園コリア」(本社・ソウル、池漢鎮代表)には日本女性が続々入会しており、昨年2月に日本支社が川口市に開設され、当初女性会員は2人であったが、今や約3800人に急増しているとか。
b0028235_23554757.jpg女性の大半は30代半ば以降のキャリアウーマンということだ。
 一方、韓国男性は昨年、5291人が新たに会員になった。医者や弁護士、パイロットと花形の職業につく高学歴の男性が目立ち、韓国男性にとって日本女性を妻にすることは一つのステータスなのだそうだ。
 以前、国際結婚についてのノンフィクションを書いたおり、現実に日本人と結婚をした外国人女性たちを取材したことがあるが、異文化を背にしたカップルが一緒に住んでうまくやっていくのはそう簡単ではない。
 同国人同士でもさまざまな問題があるのに、異なった価値観の持ち主同士の間には、さらに複雑微妙な問題が加わる。結婚とは「妥協の産物」ともいわれるが、同国人同士とちがって異国人同士の夫婦では、妥協の形も違う。
 ボーダレス時代、国際結婚は今後とも増えていくだろうが、別種の困難さを覚悟しなければならない。困難を乗り越えるところから新しい価値観、つまり文化が生まれるかもしれない。そうして、社会がうまく変わっていく端緒になれば幸いだが。
 一時の流行にのって結婚をするとしたら、いずれ破綻となるケースが多いのでは……と、他人事ならが心配してしまう。流行にのっていると、見えるものも見えなくなる。自信のある人間ほど、かえって見えなくなる。人間存在の不可思議さであり、だからこの世は面白いのかもしれないが。
by katorishu | 2005-02-06 23:58
 2月4日(金)。
 川越市民会館・大ホールで行われるハンセン病ミュージカル「チバリヨ」の稽古を見に川越市まで行く。台本はぼくで、作曲は高橋如安氏、演出は飯村孝夫氏。
b0028235_295974.jpg諸般の事情で稽古日数が少なく、演出の飯村氏も苦慮しているようであったが、参加者の熱意で補って、きっと素晴らしい舞台になるであろうと、実感した。 写真は実在の人物、森元美代治氏役のオペラ歌手、平良交一さんとその妻役の神谷満実子さん。久々にオペラ歌手の稽古風景を見たが、さすがに歌のプロは違う。合唱団はアマチュアの人たちだが、こちらも一生懸命さで特色をだして、うまくハーモニーをつくっていくと思う。
b0028235_213363.jpg本番は2月11日、13時30分開演。小中高生とシルバーは無料。そのほかは賛助金として1000円をいただきます。会場は1300人入れるところです。きっと感動をもたらすこと、請け合いです。ぜひ、見にいってください。
by katorishu | 2005-02-05 02:16