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 10月31日(月)
 今年もあと2ヶ月を残すのみ。予定していたことの5分の1程度しか出来そうもない。書いても活字にならなかったり、これをやりたいという企画が通らなかったりということも多い。
 とにかく「数字」なのである。「数字がとれない」といわれるとどうしようもない。ぼくの書きたいこと、やりたいことは、どちらかというと地味なので、少数派むきなのかもしれない。
 世論調査などで多数派をしめる項目、現象、人物などに賛同できることはほとんどない。少数派は片隅に追いやられ、マスが大手をふって歩く世の中……。
 
 それでもいくつか来年芽を出せそうな「種」はまけたかと思っているので、来年に期待したい。
 午後1時にJR大森駅に。10数年前に一度おりたことがあるが、ほとんど馴染みのない駅。鈴木正信さんにあい、駅ビルで中華の「おこげ定食」を食べ、そのあと2時間ほど貴重な話を聞く。

 帰路、青物横丁駅近くのコーヒー店に入り、パソコンでDVDを見る。映画「風の絨毯」。日本とイランの合作映画で、榎木孝明、三國蓮太郎などが出ている。
 三國さんに一昨年、インタビュー取材して話を聞いたとき、この映画の話をしていた。まあまあのデキか。イランの光景が新鮮だった。
 昨日ハンストをしながら見たDVD「赤い月」は最悪だった。満州を舞台に歴史のうねりの中に生きる人間の苦悩を描いたものだが、紋切り型で人間造形が薄く、退屈する。原作者の中西礼氏も怒っているのではないか。
 脚本も悪いし、降旗監督の演出もよくない。昨日見たアンソニー・ホプキンス主演の「白いカラス」などと比べると、格段の差だ。
 降旗監督といえば、高倉健主演の映画を数多くつくっていて、「冬の華」などの佳作もあるが、倉本聡氏のシナリオによりかかっていたからなのか。最近つくるものは、いやはやである。去年見た特攻隊員を題材にした映画も良くなかった。過去の成功体験によりかかっている人の悪い典型的な見本。
by katorishu | 2005-10-31 23:40

訂正

 10月30日(日)
 「白いカラス」の主演俳優はアンソニー・パーキンスではなく、アンソニー・ホプキンスの間違いでした。本日「白いカラス」の後半を見ました。人種差別問題と老年のセックスをからめた非常に面白い映画でした。
by katorishu | 2005-10-30 23:16
 10月29日(土)
 17時半より19時半まで高田馬場でシナリオ義塾の講義。土曜ゼミコースとのことだが、登録者数が減ってきているようで、本日は2人。ペラ20枚の課題シナリオを書いてきた2人なので、じっくり彼等の書いたシナリオを講評し、こうしたら面白くなる……等々、実践的に教えることができた。
 先月、ぼくが言及した「運命じゃない人」の映画を、一人は見ており一人はシナリオを読んでいた。学ぶ者は素直さとフットワークの良さが大事である。相手の真剣さに、こちらも熱が入ろうというもの。

 本日もコーヒー店などを3軒まわり、計6時間ほどパソコンに向かう。
 カミサンは上野の友人宅の誕生会に。カレーの面白い食べ方を試みた。玄米と白米の「残飯」が少々残っていたので、それにインスタントカレーをかけ電子レンジであたためたが、量が少ないので冷蔵庫に残っていた豆腐半丁をいれた。豆腐とカレー。あまり取り合わせがよくないと思われそうだが、案外いけた。赤ワインを飲みながらの一人の夕食。こういうときはジャズボーカルの音楽が合う。

 品川駅構内の書店で初めて本を買う。『西太后』『中国人の愛国心』『日露戦争の世紀』。いずれも最近出たばかりの新書。仕事関連の本だが、それとは別に読むのが愉しみだ。
 DVDでアンソニー・パーキンズ主演の『白いカラス』を見る。時間も遅いので一部見て、残りは明日。ニコールキッドマンも出ているが、存在感がある。退廃した雰囲気の役や怖い役がじつによく似合う女優だ。
 
 旧知の編集者、針谷順子さんが出版社をやめ独立して「編集工房 球」を11月からスタートさせる。成功を祈りたいものだ。来年、そこでぼくの本も出す予定。全体の構成および目次などをそろそろ考えなければ。完成までかなり時間がかかるかと思う。手前みそながら、未来へとつながる仕事があるというのは生き甲斐になる。退職し年金生活という「閉じこもり」生活をしている人はどんな気分で毎日を生きているのだろう。
 年金などほとんどアテにならない(資産も貯えもない)フリーランスは「山あり谷あり」で、野生の生き物のように死ぬまで餌をとりつづけなければならない。しかし、安逸で可もなく不可もない「動物園」の「保証された」生活より、ずっと面白いはず。この不安定さ、あやうさを愉しまなければ「野生」でいる意味がない。
by katorishu | 2005-10-30 03:00
 10月28日(金)
 14時より六本木の放送作家協会の理事会。「自己犠牲的な」ボランティアの問題点について、やや議論が沸騰した。難しい問題である。
 ボランティア活動は結構なことなのだが、関わっている作業が次第に重みをまし、当人はボランティアでも他のひとはそうでない場合がある。ボランティアだから、これ以上は関われないとなると、そこから作業が進まなくなり頓挫しかねない。するといろいろと問題が派生する。そういうリスクを避けると結局「何もしないこと」が良いということになってしまう。
 放送作家協会の活動は基本的にボランティア活動なのだが、脚本アーカイブズなどはやがてボランティアではすまなくなる。そのとき、どうするのか。膨大な赤字が出たりボランティアの限界を超えて相当の時間がとられたりすると、自分はなぜこんなことをやっているのかという疑問も生じる。だからといって、動き始めた歯車をとめることはできない。
 で、関わった人が疲労し、責任を問われ、出費を強いられたりするのでは、意欲をなくしてしまう。どなたかがいっていたが、人は名誉と金でしか動かない。至言である。
 ボランティアの域を超えて動いた人にはそれなりの金銭的報酬を払うようにすべきだが、今の世の中、そうそう人はお金をださない。利潤追求が目的になっては、所期の目的からずれてしまうし、利潤目的に動かなければなかなか関係者に相応の報酬を与えるだけの余裕がでてこない。
 時間的にも金銭的にも余裕のある人ならいいのだが、今の社会、そういう余裕のある人はボランティアなどにかかわらず、更に金儲けにいそしんだり、遊びに大金をつかったりしている。ぼくの知る限り、あまり余裕のない人こそボランティア活動に関わっている。
 今の日本のダメな点のひとつである。

 夕方、渋谷で元ハンセン病患者の森元さんや、息子さんがハンセン病の療養施設で働いている門屋さん、女優の松岡さんと会いいろいろと話し合う。
 森元さんは喜界島の出身だが、少年のころの昭和20年代、飼い犬を食べる習慣があったと聞いて驚いた。当時、12頭の犬を飼っていたが、食用であり、それがご馳走であったという。琉球列島が「本土」とやや違った文化圏であったことがよくわかる。
 各家庭で塩をつくっていた話とか、以前、森元さんが参議院選挙に民主党から立候補したときの話など大変面白く、喫茶店と居酒屋で5時間ほどがまたたくまに過ぎた。
by katorishu | 2005-10-29 00:23
 10月27日(木)
 木曜日は恒例の脚本家アーカイブスに11時から17時まで詰めるボランティア。階下の足立区立図書館で著作権関連の本をかりて勉強。いろいろ難しい問題がからんでいる、と実感する。中国関連の図書も一緒に借りる。
 帰路、秋葉原でおり電気街でパソコンの周辺器機などを買う。秋葉原は活気に満ちていた。やはり今を代表するのはIT関連なのだろう。
 ぼくの知り合いにはパソコンをまったくやらない人が多いが、「デジタルディバイド」のことを心配する。今後ますますパソコン、インターネットが生活の場にはいってくる。パソコンに無縁ということは、電話と無縁であることの比ではなくなる。活字と無縁で、筆で書いた文字にしか接しないようなものとなるかもしれない。
 筆文字に固執した漢学者などは、すでに絶滅品種である。
 パソコン、インターネットの害はあるものの、この流れは押しとどめようもない。社会にがっちり根を張っている「既得権益」を崩す強力な起爆剤だと思う。
 ぼくと同年かそれ以上のひとには暖衣飽食をやめて「太らないほうがいいですよ」という言葉とともに「パソコンをやったほうがいいですよ」とすすめるのだが、キーボード・アレルギーがあるのか、現役で仕事をしている人の中でもやらない(出来ない)人が多い。

 退職して年金暮らしをしている人こそ、「脳軟化」を防ぐ意味でも、インターネットを試みたほうがいい。インターネットで世界とつながるネットワークを築いたりいろいろと新しい試みが出来ると思うのだが、「いまさら」という人がいるんですね。
 若い人にバカにされないためにも、もっと好奇心を発揮したほうがいいと思うのですが。

 「主義」として断固やらないという人は、それはそれで見上げたものだが、パソコンアレルギーでやらないという人は「絶滅品種」の覚悟をしなければならないだろう。
 そろそれ光ファイバーをいれようかと思っている。家庭の70パーセントぐらいに光ファイバーが普及すれば、情報の流れは劇的にかわる。もっとも、それが多くの人を幸せにするかどうかはわからない。
「幸せはつかみとらなければ」とはぼくがこの夏、上演した「チバリヨ」の歌詞の中で強調したことです。いつになっても「精神の若さ」だけは保ちたいもの。精神の若さは脳の若さである。柔軟で、しなやかに動き、新しいものにも古いものにも「少年(少女)の好奇心」をもって対しないと、ホルモンも活性化せず、第一つまらないじゃないですか。 
by katorishu | 2005-10-27 23:06

ご近所のよしみ

 10月26日(水)
 引っ越してきたので、ご近所のよしみで、女優兼芸能レポーターの井波ゆきこ氏と、劇団朋友代表の小島敏彦氏と青物横丁で飲食。お互い年齢も年齢だし、「昔話」に花が咲く。しかし気持ちは若く「生涯いち書生」の気概を保ちたいもの。お二人とも年齢よりはるかに若々しい。
 フリーランスなので、今後ともいろいろ「イベント」をやっていこうと話し合ったりした。井波氏は手製のイヤリングをつくっているとのこと。実物を見せてもらったが、シンプルで清潔感のあふれたデザインで、いかにも彼女らしい。
 年末にはぼくの手打ち蕎麦をご馳走するなどといって別れた。

 有馬頼義の「金庫」という短編ミステリーを面白く読む。中国文革関連の本を数十ページ読む。そのほか「ホテル家族」というタイトルの小説にとりかかっている。出だしで難航。少々肩に力が入りすぎているのかもしれない。
by katorishu | 2005-10-27 00:09

定期健康診断

 10月25日(火)。
 年に一回の健康診断。「文藝美術健康保険」というところに入っており、10月に「定期健康診断」がある。希望者は無料で受けられる。ひところから毎年受けることにした。
 今年から場所が芝の大門の近くにあるクリニックにかわった。広々としていて明るい。採血、採尿、眼底検査、血圧、レントゲン検査など健康診断の「定番」メニューで、最後に「問診」がある。
 血圧は正常で、中性脂肪も少なく、これまで特に問題はなかった。その後、不眠と眼精疲労などをのぞけば、自覚症状なども特にないので、健康に関しては、このままの食生活を維持していくのがよいようだ。

 日本人の食生活は昭和39年、東京オリンピックのころのものが一番理想的と去年、受診したとき、問診のドクターが話していた。若いころから肉類はあまりとらず「老人食」などといわれており、今もその延長にある。
 根菜類が主で、どちらかといえば「粗食」。玄米もよく食べる。運動はもっか何もやっていない。重い鞄をもってなるべく歩くようにしている程度。

 特に長生きをしても、仕方がないと思うが、生きている間は、自由に動きまわり、自由にものを考え、自由に書きたいもの。ひとの世話や厄介になる「寝たきり状態」などは避けたいものだが、交通事故や自然災害もあるし、明日はどうなるかわからない。
 そろそろ東京に大地震がきてもおかしくはない。そのときの備えなども、全然していない。「神の思し召し」とでも思うしかない。 

 芝の港区図書館で中国関連の図書を3冊借りる。読むべき本が多く、本日も結局、テレビは見なかった。もっとも寝床でイヤホンつきの携帯ラジオでテレビのニュースなどを30分ほど「聞いて」はいるが。
 戦前の日本統治時期、台湾と韓国ののハンセン病療養所に強制収容された入所者計142人が、ハンセン病補償法に基づく補償を求めた二つの訴訟の判決が東京地裁であり、台湾訴訟と韓国訴訟で、両極端の判決がでた。
 ぼくの関心をひいたのは、その問題とTBSと楽天の問題程度。自民圧勝以来、どうも政治に対して「虚無感」「無力感」がぼくの中に生まれている。「どうともなれ」という気分を多くの日本人が内心もっているのではないか。それでも、とにかく生きているのだが。この手応えのなさは、ぼくだけの「個人的な」気分なのだろうか。
by katorishu | 2005-10-26 02:15
 10月24日(月)。
 秋晴れの良い天気だった。起きたり眠ったりよくわからない内に朝になった。ハンストの影響なのかどうか。世の中思うようにいかないことが多く、それも一種のストレスになっているのか。
 本を読んだり雑用をこなしているうちに午後1時近くになってしまった。1時に慶応大学の女子学生が品川シーサイドまでくることになっており、何も食べずに出かけた。
 友人の文芸評論家の末延氏が慶応で教えた学生のO嬢。永井荷風の「異郷の恋」というニューヨークを舞台にした芝居を12月に慶応の日吉校舎で上演することになっているが、戯曲は何分古く、演出もする彼女が改訂するという。脚本をはじめて書くので、プロに見て欲しいとのこと。
 費用の関係もあって「朗読劇」に近いものにし、出演者も2人に絞ったという。前半はいいとして、後半、肝心の「葛藤」の部分が弱すぎる。具体的にアドバイスしたが、さてどうなるか。
 学校側への「配慮」なども働くようで、今の若者らしく、そのことにこだわっているようであったが、「作家」を目指すなら、そんな「権威」などぶち破らなければ……とアドバイスした。
 頭の回転の良さそうな学生で、意欲も十分なので、飛躍へのワンステップにして欲しいものだ。

 そのあとイオンの地下でカミサンと一緒に食べた広島のお好み焼きは冷えていて最悪。その反動もあって、夕暮れ時、旧東海道の一角にある味のよさそうな料理店にはいってしまった。金目鯛の兜煮や芋の煮物など、まずまずの味だ。店の客は中年オジサンが圧倒的に多く、若い人は皆無。若い人は無国籍料理か居酒屋チェーン店にはいるのだろう。食文化の面でも確実にジェネレーション・ギャップはひろがっている。
 DVDをビデオレンタル店で5枚借りた。一週間借りられるが、恐らくぼくは2本ほどしか見られないだろう。世田谷にいたときは三軒茶屋シネマなどで二本立てのロードショー落ちの映画を見ることができたのだが。残念ながら、このへんには歩いていけるところにそういう所はない。考えてみれば引っ越してから映画館で見た映画は1本。芝居も見ていない。
 映画帰宅して「ドラマ」誌の原稿ほか、雑文を書くうち、一日は終わる。誰を恨むでもないが、時間の経過があまりに早すぎて、茫然とする。
by katorishu | 2005-10-25 01:09

天王洲アイルまで散歩

 10月23日(日)
 10時起床。日曜日は正午から24時間、恒例のハンスト。朝食を兼ねた昼食後、寝床で中国満州関係の本を読んでいるうち睡魔に襲われ3時間ほど眠ってしまった。妙に現実的な夢を見て目覚める。
 一息ついて、 カミサンと天王洲アイル方面に散策。案外近く10分ほどでいける。高層ビル群の間に公園があり、整えられた野球場などがある。「トレンディドラマ」に出てきそうな天王洲アイルは運河に面しており、「時代の先端」をいっているのだろう。アメリカだなとまず感じた。ニューヨークあたりのアメリカの大都会を見事真似ている。
 若い人が多い「人口都市」。メカニックで清潔で、美しくないことはない。そこから7,8分歩くと旧東海道の品川宿。こちらはぐっと庶民的な旧来の東京で、途端に老人が多くなる。老若男女とりどりで、これも悪くないと思った。

 ポランスキーの古い映画「チャイナタウン」をDVDで見るが、もうひとつ面白くなく途中でやめる。やはり本にはかなわない。本棚から目についた司馬遼太郎の「街道を行く」シリーズの「モンゴル」編や『ドイツの悲劇』(マイネッケ)などを取り出し、拾い読み。ヒトラー政権が誕生するにあたって「大衆の欲望」が後押ししたことを論理的に社会学的に論考したもの。
 放送作家協会のホームページに載せるかなり長い原稿の校正ほか、いくつかの懸案の原稿を数時間、執筆。メールのやりとり。それで一日は終わる。新聞はざっと拾い読み。テレビは見ない。
by katorishu | 2005-10-23 23:35
 10月22日(土)
 午前中、執筆。午後3時、渋谷で作曲家の如安さんに久しぶりで会う。将来展望について話し合ったが、なにをやるのにも「先立つもの」がないと動けない。悲しいことに、それが現実である。
 同じ喫茶店で某プロデューサーに遭遇した。ぼくがシナリオを書いた映画のプロデューサーである。まずいところで会ったという表情が一瞬浮かんだ。
 映画のほうは頓挫したままだが、理由はただひとつ、資金の問題である。制作した独立プロは「自転車操業」で新しく映画制作が出来る状況ではないようだ。彼はひとと待ち合わせており、雇われプロデューサーで資金面の責任者ではないので、それ以上深く聞かなかった。
 映画の制作も大変である。途中で頓挫してしまった映画は、恐らく完成した映画の何倍もあるにちがいない。シナリオ段階では恐らく、未完の映画のほうがずっと面白いものがあるはずなのに。
 途中で頓挫すると、それまでに使った資金も回収できず、誰かの肩に重くのしかかる。1000万単位のマイナスのお金がのしかかると、死にたくなるに違いない。なんとかこれまで制作した映画が少しでもヒットして資金を回収し、新たな一歩を踏み出して欲しいものだ。

 夕方から「ガンジー村通信」の原稿書き。いつも同じようなことを書いているような気がしてくる。今回は書評を書こうと思っていたのだが、そのエネルギーも時間もなく、いつもの「持論」を形を変えて書くことになった。 メールのやりとりを7通ほど。
by katorishu | 2005-10-22 22:56