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  3月30日(金)
■乃木坂の「はーといん乃木坂」で、第35回創作ラジオドラマ大賞の贈賞式。理事会の会議のあとであったので、ひきつづき参加した。今回、大賞を受賞したのは「答えは、昼間の月」(金戸美苗作)で、佳作が2編。応募総数は234編であったという。

■ぼくは選考にからんでいないので、受賞作なども読んでいないが、受賞者3人に初々しい姿は印象に残った。
 3人とも34歳の同じ年。一人は数ヶ月前、京都から東京に出てきたばかりで、小劇場で俳優、脚本、演出をやっていたという。一人は制作会社などでドラマのプロットを書いたりしており、一人は高校の家庭科の講師。
 それぞれどのような理由で「書こう」と思い立ったか、背景を聞いたが、なるほどと思ったことだった。

■大賞作と選評などは月刊「ドラマ」5月号に載るそうだ。
 ラジオドラマは現在、NHKでFMシアターと青春アドベンチャーのふたつのレギュラー枠があるばかりで、消滅寸前である。一度もラジオドラマなど聞いたことのない人も多いのではないか。しかし、ラジオドラマには独特の深みがあるし、映像に頼るテレビや映画にない良さも十分にある。育てるのは視聴者である。ぼく自身、最近あまり聞いていないの、つとめて聞くようにしたいもの。

■終わって簡単な立食パーティのあと、受賞者をふくめ関係者10数人で六本木の近くの、屋台店の雰囲気がある店にいき、歓談した。本日、旧防衛庁後に立ったミッドタウンというビルのオープンとかで、この界隈はにぎわっていた。
 日本の「勝ち組」の象徴であるが、ぼくには興味がない。

■なんでも一品300円という店だが、雰囲気がよく盛り上がった。制作側もふくめラジオドラマの作り手が多く、話題も当然、ラジオドラマの過去と現在の比較等になり、話はつきなかった。プロアマ問わず、悪条件の中、みんな頑張ってなんとか自分の作品を形にしたいと思っているのだが。
 内側の悪戦苦闘ぶりは、あまり人の目に触れることはないが、大変なものである。険しい山に登るなどと同じエネルギーと忍耐が必要である。(ごく一握りの人をのぞいて)努力の割になかなか報われないというのも、現在の「物書き」の置かれている状況である。
by katorishu | 2007-03-31 16:31
 3月29日(木)
■京浜急行に乗ったら朝方、この路線につながっている都営浅草線で「人身事故」があり、ダイヤがかなり乱れていた。乱れは夜になっても続いていた。恐らく飛び込み自殺である。最近、電車への飛び込み自殺が多い。世の中おかしくなっていることの端的な表れである。

■怖い記事が本日発売の週間新潮にでていた。評論家の櫻井よしこ氏が「日本ルネッサンス」の「拡大版」の前編で記しているのだが、このまま温暖化が進むと海中の二酸化酸素が大量に増え、人類は絶滅の危機に瀕するという。
 温暖化で南極の氷がとけて海面の水位が上昇するという脅威がある。それより怖いのはメタンハイドレートの増加であるという。
 メタンハイドレートは海洋中のメタンが水の分子に取り囲まれてシャーベット状に固まったもので、「メタンの地球温暖化効果は二酸化炭素に比べて実に24倍、恐るべき温暖化物資だ。大気中に36億トン、地中にはその3000倍の量が眠る」とのこと。
 メタンの層で、海溝などの深海流に多く蓄積されており、日本近海の埋蔵量だけで、現在の日本の天然ガス使用量の約1600年分に相当するらしい。

■櫻井氏の論は首都大学東京の西澤潤一学長とエコシステム代表の上野博士の共同研究結果を踏まえたもので、地球温暖化のもたらす二酸化炭素の増加は、極めて由々しい状況であるという。
 現在、大気の0,038パーセントを二酸化炭素が占めているが、これが濃度3パーセントになれば人類は窒息死する。大気中の二酸化炭素濃度を上げないためには、地中や海中に閉じこめられているメタンを空気中に放出させないことが大事なのだが、海洋資源の掘削などで、メタンハイドレート層を破り大爆発を起こしたりする。

■地震によっても大爆発が起きるが、海流の温度上昇によっても起きるという。今年2月に発表されたICCP(気候温暖に関する政府パネル)の第四次報告書によれば、地球規模で人類が膨大な量の化石燃料を使い続ければ、今世紀末の気温は最大6,4度上昇する。温暖化と大気中の二酸化炭素濃度の上昇は「悪魔のサイクル」といわれ、密接な相互関係にある。

■現在、人間は日々凄まじばかりの化石燃料を燃やし二酸化炭素を排出し続けている。それらは大気圏や陸地にとどまらず深い海に吸収されつづけ、それが噴出する危機に瀕しているのだという。これまでは深層海流が大量の二酸化炭素を吸収してきたが、限界にきており、今後、一気に「ラムネの栓を抜いたとき」のように二酸化炭素が一斉に噴出する可能性が強いと、櫻井氏は警告している。

■そうなったら、二酸化炭素が濃度3パーセントに達するのは、それこそ「あっという間」であり、人類は死滅する。二酸化炭素は植物の育成には好都合であり、太古の巨大植物群が出現することになる。そんな危機が80年後に迫っているというのである。科学者の研究データに基づいているだけに、怖い。映画「不都合な真実」が人気を呼んでいるのも、そんな科学的裏付けがあるからだろう。

■まだ「仮説」であり、そうならない可能性もあるが、一度なってしまったら最後なので、この警告を無視するわけにはいかない。
 今の社会システムを根本から変えていかないと、本当に大変なことになる。しかし、多くのヒトは現在の便利な生活を手放したくないので、目の前に迫っている危機に目をつぶったままだ。80年後には生きていないから、いいや、というのではあまりに無責任すぎる。

■マスメディアはもっと温暖化の危険を指摘すべきである。そうすると、産業の発展のブレーキになると考えているとしたら、愚かなことだ。人類が死滅するとしたら、元も子もない。危機が目に見える形で迫ったときでは、もう決定的に襲いのである。環境問題に対して、多くの人が恐ろしく鈍感なのが、ぼくには不気味でさえある。
 
by katorishu | 2007-03-30 00:20
 3月28日(水)
■上野駅の近くの東京文化会館小ホールで行われた神谷満実子さんの「おしゃべり音楽会」に行く。神谷さんは二期会所属のオペラ歌手で、ぼくの作演出のミュージカルに出てもらったことがある。チャーミングで知的な女性。小原孝氏のピアノと薗田憲一とデキシーキングズのコラボレーションで、大いに楽しめた。
 なにより神谷さんの姿勢のよさと声のきれいさに魅せられる。彼女の気品と人柄の良さが存分に出ていた。

■薗田憲一とデキシーキングズのメンバーで、クラリネットを演奏していた背の高い男性が神谷さんの旦那さんであることを本日初めて知った。優しい面持ちの好男子で、満実子さんにしてこの旦那ありと思ったことだった。
 日本社会から気品や品格がどんどん失われる中、神谷さんのような歌手は貴重な存在である。彼女のジャズを初めて聴いたが、味があった。

■彼女の声はとにかく澄んでいて清流を感じさせてくれる。久々に心が洗われる2時間であった。開演前に上野駅界隈を40分ほど歩いた。カミサンと一緒にいったのだが、聚楽食堂がまだ残っていたのは嬉しかった。ただ、この界隈もチェーン店が雨後の竹の子のように増え、看板などもけばけばしく、なんだか東南アジアの街の一角という印象だった。
 同じ東京でも銀座界隈と相当ちがう。ぼくは庶民的な上野や浅草も好きだが、銀座のハイカラも嫌いではない。

■豊かさとは文化の多様性であり、カネがあるなしではないのだと思う。心の豊かさはカネでは買えない。買えると思って買ったものは、フェイクである。
 ところで、「おしゃべり音楽会」で舞台監督をつとめ黒子役で舞台にも登場した男は、ぼくのよく知っている役者兼脚本家兼演出家の三宅充氏。「なんだ、なんだ」といった挨拶。人の良さの模範ともいうべきコメディアンの松ちゃんも、神妙な顔で黒子で舞台に登場していた。終わって会場にきていた某女優、某オペラ演出家などもまじえ軽く一杯。久々に楽しい夕べであった。たまにはこういう日がないと、「人間やっていられない」。
by KATORISHU | 2007-03-29 01:00 | 文化一般
3月27日(火)
■俳優の植木等さんが死去した。享年80。昭和という時代を画する典型的な人であり、こういう人の死を聞くと、ある時代が終わったと改めて感じる。ぼくなど植木等他のクレイジーキャッツの演じるコメディをテレビや映画でよく見た世代であり、ずいぶん楽しい思いをしたものだ。ばかばかしさの中にユーモアやウイットがあった。

■80年代のお笑いブームで、いろいろな「お笑い」が出てきて、今や「お笑い」が娯楽の主流になっているが、今の笑いにはどうも「ユーモア」が欠けている。
 一口にいうと「下品」。吉本興業系のお笑いに、そんな傾向が強い。下品な笑いもあっていいのだが、それが圧倒的な力をもち、ユーモアのある笑いを駆逐してしまった。

■週刊誌によると、吉本興業で「お家騒動」が起きており、一部暴力団の関与がいわれているという。「女興行師吉本せい」という本を大変興味深く読んだことがあるので、吉本興業の成り立ちについては、多少とも知っているが、最大、最強の芸能プロとなったことで、多額のカネが集まり、悪い面が強く出ているのだと思う。

■結局は受け手の問題である。受け手が下品になれば、自然の流れとして演じ手の多くも下品になっていく。
 今週発売の週刊朝日で電通総研前社長の藤原治氏と田原総一郎氏が「新聞とテレビがなくなる日」というタイトルで対談をしているが、藤原氏によれば、新聞は現在、「自前でコンテンツを作っている」が、テレビはジャーナリズムを標榜しているわりに、番組製作をどんどん下請け孫請けに出しており、ネットとテレビが融合すると今のようなテレビ局はいらななくなる、と語っている。
 藤原氏が最近だした『ネット時代 10年後、新聞とテレビはこうなる』(朝日新聞社)という本にからめた対談だが、非常に興味深い内容だった。
 この本をテレビ局の中堅、40代50代にぜひとも読んでもらいたいと藤原氏は強調していた。この対談を読んで、ぼくも氏の本を読みたくなった。

■「あるある大事典」で不祥事を起こした関西テレビが民放連から除名になった。準キー局としては初めてのことだという。本日、民放連に行く用事があったが、ある階に数多くの取材陣が集まっていた。この件で記者会見を開いたのだろう。
 この不祥事をきっかけに、今度こそ本気でテレビ局の「自浄作用」と番組の質の向上を願いたいものだが。一時しのぎでやりすごそうとしたら、「テレビに明日はない」。藤原氏の発言が強い現実味をもってくるというものだ。かといって、今の「インターネットテレビ」の内容も「いやはや」と思われるものが多い。
 依然として日本は「タイタニック号の上でポーカーゲームをやっている」状態を続けていて、誰も本気で舵を切ることをしない。
by katorishu | 2007-03-28 00:23
 3月26日(月)
■新宿武蔵野館でフランス映画「パリ・ジュテム」を見た。一編が5分で18本を、ケニア生まれのグリンダ・チャーダやオーストラリア生まれで日本でも人気のあるクリストファー・ドイル等が監督した作品群である。日本からも諏訪敦彦が脚本・監督として「ヴィクトワール広場」という作品で参加している。

■諏訪監督の作品は、カウボーイの存在を無邪気に信じていた息子を一週間前に亡くし、泣きくれていた母が、ある日、息子の声が聞こえたので道路に飛び出すと、そこにカウボーイがいた――といった現実と妄想の織り混ざった作品。
 ぼくにはパントマイムの男の哀感を描いた「エッフェル塔」や、長年舞台でコンビを組んでいたカップルが刺激を求めて歓楽街ピガールにやってきて展開するもの悲しい味わいの「ピガール」、初老のアメリカ人と別居中の妻がパリで久々に顔を合わせることで生じる細波を描いた「カルチェラタン」などが面白かった。

■「カルチェラタン」では、妻役にジーラ・ローランズ(脚本も担当)、夫役にベン・ギャラザ、そしてちょい役だがバーのマネージャーにジェラール・ドバルデューといった芸達者で豪華なキャスト。パリのエスプリの効いた物語に堪能した。
 もちろん、18編の中には「いただけない」と思われる作もあり、全体に統一感がなくバラバラという印象も受けるが、試みとして大変面白く、示唆を得た。土地と映像そこで織りなす人間模様――という狙いは十分に生かされていたと思う。

■東京でも試みてみたい気持ちになる。5分では短すぎるので10分から20分の短編オムニバスドラマなら十分可能である。「パリ・ジュテム」の中にはほとんどモノローグだけの作品もあったが、このスタイルは使えると思った。素人でも味があって、存在感を示す人を、ある風景の中におき、いろいろと動いてもらったりする。そんな情景に味のあるモノローグを流すのである。モノローグを読むのはプロの俳優にすべきだろう。
 ホームビデオでつくれば安くできる。この発想を頭の片隅に置いておけば、いずれ発酵するかもしれない。触媒としてオカネが必要になる。毎度のことながら、これが悩みの種である。
by katorishu | 2007-03-27 00:47 | 映画演劇
3月25日(日)
■ヒッチコックの代表作『めまい』を修正技術版DVDで見た。ビデオでは見ているが、画面がかなり劣化していた。修正版によってヒッチコック演出の細部がよく理解できる。
 元刑事の「めまい」という病気を巧みに利用した殺人が織り込まれた作品で、ラブロマン・サスペンスの「教科書」ともいうべき佳作。伏線の張り方が巧みで、引きずり込む力はすごい。ジェームス・スチュアートの押さえた演技がいいが、キム・ノヴァックが「何を考えているかわからない」不思議な役割の女性を好演している。

■伏線と小道具を巧みに使った心理サスペンスを音楽が盛り上げる。ヒッチコックのサスペンスに音楽の役割は大きく、この映画にもしヒッチコックと常連コンビのバーナード・ハーマンの音楽がなかったら、面白さ、サスペンスは半減してしまうだろう。

■ラストに盛り上げていく手法は圧巻で「お見事」というしかないが、「未解決」のまま終わってしまう要素もあり、それではお客は満足しない、と配給会社では考えたのだろう。ラストについて製作当時、海外の配給会社から「圧力」がかかり、ヒッチコックは「別バージョン」のラストを撮らざるを得なかったようだ。最近、その別バージョンが発見されたという。
 別バージョンは平凡な終わり方で、「理屈」をつけているようだ。「わかりやすく」と「ラストで謎がすべて解決されるべき」という「常識」が、映画をかえってつまらなくしてしまうのである。
 テレビドラマなどで、とくにその傾向が強い。

■映画修復の専門家による修復版DVDは、アマゾンで購入したもの。そのほか、ヒッチコックの作品を数作、格安料金で買ったが、これから見るのが楽しみである。執筆のためにヒッチコック作品を見ているのだが、全作品を見たい気分になる。

■起きて間もなく能登半島で強い地震発生のニュース。一瞬、東京で起きたら――と想像してしまう。いずれ東京にも強烈が地震がやってくるはずである。その対策は心許ない限りだ。古いマンションなど「耐震偽装設計」のマンションと大同小異のものが、相当数あるに違いない。「その時」自分がどこにいるかが、運命の大きな分かれ目になるだろう。
by katorishu | 2007-03-26 01:17 | 映画演劇
 3月24日(土)
■知人の作家で芸能界の情報に詳しい金沢誠氏から書き下ろしサスペンスの最新作『ダウンロード殺人事件』(桃園文庫)を送っていただいた。
 過日、お会いしたとき話に聞いていたが、出たのですね。金沢氏は『視聴率捜査殺人事件』というミステリーなども書いています。本日、手にしたばかりで、もちろん読んでいないのですが、音楽配信事業と地上デジタル放送の利権をめぐる暗闘を背景にして物語とのことで、面白そう。
 興味のある方は、ぜひ読んでみてください。

■午後、シナリオ教室での授業。受講者全員が女性で、みなさん真剣な面持ちで聞いている。プロ作家にはそう簡単になれるものではないが、可能性に向かってチャレンジする姿勢は頼もしい。終わってすぐその足で北千住の脚本アーカイブズ準備室に。全体会議の終わりのほうに出席。4月からの新年度にむけて、新たな気分で取り組み、一定の成果を出したいものだ。

■帰路、最長老の水原明人さんと一緒の電車なので雑談をしたが、水原さんは78歳になろうとするのに、大変にお元気で体のどこも悪くないという。脚本ゼミで講師もしているし、大学の江戸関係の講座ももちさらにこの春から別のところで江戸関係の講師をするという。代々、江戸っ子の家系の出なので、江戸語にも詳しく、講談社現代新書で江戸言葉の事典のような本も出されている。

■「水原さんがお若いのは、いろいろなところで教えているからではないですか」とぼく。その通りであるとのこと。教えるために、一定時間、しゃべり続けることは、ホルモンの分泌にもいいようだ。
 年をとっても社会とつながっていないと、認知症の症状がでるし、体も弱る。その点、水原さんの生き方は将来の参考になる。なにより人柄が良く、威張ることもなく、自然体なのが素晴らしい。90歳を過ぎても現役の監督である新藤兼人氏などと共に見習うべき人である、と改めて思ったことだった。
by katorishu | 2007-03-25 01:10 | 文化一般
 3月23日(金)
■作家の城山三郎氏が亡くなった。経済小説の草分けの作家で、骨のある作品を書くとともに本人も硬骨の人であったと思う。「総会屋錦城」や、東京裁判で唯一人、非軍人で絞首刑された広田弘毅首相の生涯を描いた「落日燃ゆ」ほか、数編を読んだだけであったが、エッセーなどから垣間見える姿勢は毅然としていて、爽やかであった。

■個人情報保護法案を成立させた小泉首相を公然と強く批判した。首相になる前の小泉氏は城山氏に擦り寄り、いろいろとアドバイスを受けたとのことだが、城山氏の強い危惧を聞き入れずに、問題のある法案を成立させてしまった。
 城山氏は経済人にもファンが多かったが、権力者や金持ちに擦り寄る姿勢は微塵も見せなかった。流行作家になり「有名人」になると、権力者や金持ちに擦り寄り、さりげなくヨイショをしたり、自分自身が権力の権化になってしまう人もいるが、城山氏はそういう人とは対照的な生き方であった。

■本日の新聞の一面に顔写真が載っていたが、枯れた味わいがあり、じつにいい顔をしている。何十年も生きてくると精神性が顔に出るものである。城山氏のように「いい顔」「味のある顔」をした人がじつに少なくなった。
 損得でしか動かない人は、それなりの顔の持ち主になり、「味もそっけもない」顔になる。損をしても、いうべきことをいい、正すべきことを正す人は、次第に「いい顔」になっていく。すくなくとも、ぼくはそう思っている。従って、初対面の人でも、会って数分話すだけで、その人が何者であるかがわかる。初対面で受けた印象が、その後、崩れることは滅多にない。もって生まれた顔の美醜とは関係ない。日々、生きることは、自分の顔を作るということでもある。
by katorishu | 2007-03-23 23:25 | 文化一般

都知事選始まる

 3月22日(水)
■都知事選挙の公示。石原氏と浅野氏が現在のところ、五分五分の情勢のようだ。週刊誌等によれば、双方「負」の面をかかえているようだ。あらゆる人間についていえることだが、「光」あれば「影」があるものである。完璧な人間など、この世にいるはずもない。政治家に「ベスト」などありえないので、より「ましな」ほうに投票するしかない。

■20数名の参加者のうちで、ぼくが下から2番目に若いという「昼食会」にいった。NHKの報道局内にあった外国放送受信部のロシア班関係がメインのOB会。廃部になって丁度30年だという。NHKの中でも「特異」な部であったので、商社や大学の教官に転身していった人も多い。参加者名簿を見ていたら、3分の1が元も含め大学教授だった。文筆業はぼく一人。
皆さん、国際関係、国際情勢に強い関心をもっているので、拙作「北京の檻」が話題になった。買って読んでくださっている人も多く、「面白かった」「一気に読めた」とのお褒めの言葉。作者冥利につきるというものである。

■次作に意を注がなければいけないのだが、このところ心労が多く、一日の予定が計画通りに進まない。大半の人がそれぞれの「心労」をかかえながら生きているのだろう。世の中ままならぬもの、であることは十分知っているつもりでも、いやはやということが多すぎる。

■過日、1000円で購入したDVDの映画「羅生門」を見た。黒沢明監督作品でベネチア映画祭で受賞した名作である。以前に見ていたが、あらためて見ると忘れていることも多く、京マチ子の演技力はこんなにも素晴らしかったかと感嘆した。
 千秋実の坊主役もいい。三船敏郎、志村喬、森雅之など、みんな個性的で堪能した。この映画の特性は、構成の巧みさにある。

■同じ事件や同じ人についても、見る人によって評価が天と地ほども違ってしまうことは現実生活でしばしば経験することである。入ってくる情報と受け取る人の「過去の生活体験」とが掛け合わさって「その人なりの評価」が出てくる。物事の評価というのは、むずかしいものである。記憶というのも、時間によって変形するし、そもそも記憶に定着する段階で無意識のうちにも取捨選択をしている。人はどうしても「見たい」ものを見て「見たくない」ものは見ない。見たくないものは「見えない」のである。
by katorishu | 2007-03-22 23:42
 3月21日(水)
■雑誌「ダカーポ」が「右肩上がりの業界、右肩下がりの業界」という特集をしている。本日、散歩の途次、北品川近くのコンビニで買ったきたのだが、各業種の20年後について「有識者」10人の採点評が載っていた。それによると、最も格付けが高いのは「情報・通信・同関連ソフト」で以下「人材・教育」「精密機器」と続く。

■紙媒体が衰退の一途をたどるとのことで、最下位に位置するのが「新聞」。その上が「デパート」「生保」「スーパー」だという。「テレビ」も下から数えたほうが早い。「ゲーム」や「外食」が中位に位置している。業界全体を推測して出した数字であり、ひとつの業界内で栄える組織もあれば衰退していく組織もあることは、もちろんである。あくまで推定であり、当たるかどうか未知数であるが、残念ながらある程度的を射た指摘であると思う。

■活字文化の中で育ち、途中からテレビにかかわってきたぼくなど、出来れば「当たらないで欲しい」と願いたいが、こういうことに限って当たってしまうのかもしれない。
 いずれにしても、情報通信関連が「日の当たる場所」になるのは間違いないだろう。10代20代では、紙に印刷された文字を読むのは億劫だが、携帯やパソコン上の文字を読むのは苦にならない人が増えているようだ。紙に印刷された本に近づきにくいという背景には、恐らく学校教育の国語の授業が関連しているのだろう。国語教育というと、七面倒くさい文法などがあり、受験勉強に結びついてしまい、それで距離を置きたくなるのだろう。

■教師の教え方にも問題があるのではないか。教える人に何より人間的な魅力がなければ、生徒はついてこない。とにかく教師は読書の面白さを情熱をもって生徒に伝えて欲しいものだ。肝心の教師が本を読んでいないという声も耳にする。 
 読書の面白さに触れた人はその後もずっと本を読み続けるし、その後の人生で計り知れないプラスをもたらすものである。若者でも本は面白いという人が相当数いるので救われるが。

■文字から映像などを喚起させる能力は、映像や漫画の氾濫によって相当程度衰えている。忍耐力の減退も読書離れにつながっているのだろう。何度も記しているが、人は思考する際、言語を使っているのである。従って読書離れからくるボキャブラリーの劣化は思考の劣化につながる。便利さ快適さを追求してきた社会が、文化的に劣化への道を歩み始めているとしたら、大いなる皮肉である。

■思うように執筆作業が進まない。本日、川柳句会の日だが、それどころではない。気分転換に森銑三の伝記文学「初雁」の中の「堀部安兵衛」ほか数編を読む。昭和16年に出た本の文庫の復刻版であるが、森史学の精髄の一端が読み取れ感銘深いものだった。なにより文章がいい。豊富な語彙と豊かなリズムあり、読んでいて心地よい。森鴎外などにも通じるもので、漢文の素養が基盤にある。先人が心をこめて記したものには、じつに味わい深いものが多い、と改めて思ったことだった。
by katorishu | 2007-03-22 01:19 | 文化一般