<   2007年 09月 ( 27 )   > この月の画像一覧

 9月29日(土)
■暑かったのが急に寒くなった。風邪をこじらせたのか、咳がなかなかとまらない。本日ラジオドラマの収録に立ち会ったが、終始咳がとまらなかった。副調室にいたので収録に迷惑がかかることはなかったが。漢方薬その他、いろいろ飲んでも、なかなか治らない。自然環境の悪化のせいにしておこう。

■ラジオドラマの主役は中国籍の魏涼子さん。祖父母は上海生まれで広東語しか話せないという。一方、魏さんは「中国語」については北京語しか話せない。小中学校を中華学校ですごし、中国語文化でそだってきた。中国語が母国語だが、日本語の駆使能力も相当なもので、微妙な感情表現ができ、しかも爽やかな風を感じさせる。

■中国人が日本語で演ずるラジオドラマの主役を張るようになったか、とある感慨を覚える。ボーダレス化はいろいろな分野で進展しつつある。考えみれば、スポーツ界などはボーダレス化が進み、イチローなどがアメリカ大リーグで活躍している。「村社会」日本も、大きく変わりつつあるようだ。

■異文化の共生する社会が、一般的になっていくのだろう。その際、大事なことは違いを違いとして認めて、お互いを認め合うということである。認め合うために必要なのは寛大な心と柔軟な思考である。

■魏さんは韓流ドラマのアテレコを数多くやっているが、ラジオドラマはこれで3回目の出演だという。爽やかな声の持ち主で、「生き直す」の主人公として「はまり役」であったとあらためて思った。終わって主な出演者などと食事をしながら歓談。「なるほど」と思われる情報や卓見を聞いた。
 心弾まない「情報」が多いなか、「爽やかな風」を感じた一日だった。
by katorishu | 2007-09-30 03:39 | 文化一般
 9月28日(金)
■長井カメラマンがミャンマーで殺されたことは、日本のマスコミでも大きく伝えられた。軍事政権というものがいかに悪であるかを、多くの日本人に知って欲しいものだ。軍事政権とは言論の自由のないことである。逆に言論の自由のない国は軍事的圧政政権であるといっていいだろう。

■なにより大事なのは言論の自由である。言論の自由さえあれば、少々おかしな政治家や権力者、傲慢な経営者、セコイ官僚が出てきても、強い批判にさらされるので、是正される。言論の自由こそ、民主主義をなりたたせるための基礎の基礎である。

■ところが最近、日本でも言論の自由を阻害させる出来事が増えてきた。ノンフィクション作家、草薙厚子氏にたいする検察の家宅捜査など、異例中の異例の事態で、言論の自由にとって極めて懸念される。その他、個人情報保護法という美名のもと、取材が制限されるようになった。確かに言論による「暴力」も否定できないが、だからといって言論の自由に制限を加える措置は望ましいことではない。

■交通事故死が多いからと車は悪であり乗車を禁止する――といったことにならないのと同じことで、マイナス面があるからといって一方的に規制をしていいものではない。名誉毀損のおそれがあるからと、まず制限ありきというのは危険な兆候である。現実に名誉毀損があれば、その法律で訴えればいいのである。弁護士費用など法曹にかかわる費用が高いことも問題ではあるが。

■本日、ラジオドラマ「生き直す」の本読みにつきあう。事実上の主演である山本陽子さんとはじめてお会いしたが、からっとした性格で、対していて気持がいい。「とってもいい脚本で感動しました。泣けました」という言葉にお世辞はなかったと思いたい。他の出演者も「殺伐とした世の中にこういう爽やかなドラマは貴重ですね」といっていた。こう記すと「自画自賛」で「嫌み」とお思いの方もいるかと拝察しますが、ぼくとしても思いの丈を記せたし、好きな脚本のひとつです。

■ただ、気持をこめた分、長くなり4分の1程度カットしなければならなくなりそうで、それがちょっと残念ではある。カットしてもドラマのエッセンスは伝わるはずですが。放送日は11月3日(土)、NHK・FM22時より。ご視聴いただけましたら幸いです。
by katorishu | 2007-09-29 00:36
9月28日(金)
■ミャンマーのデモ取材をしていた日本人フリーカメラマンが死亡した。流れ弾にあたったという報道があったが、デモを鎮圧する軍隊によって意識的に狙われれた可能性も捨てきれない。
 ミャンマーでは軍事政権が長くつづいており、アウンサン・スー・チー女史に対する軟禁状態も長期にわっている。

■ビルマとよばれていたころから、日本とのつながりが強く、親日的な人も多い国だ。以前、日本に滞在して働くビルマ人一家の自宅に伺い取材したことがあるが、みなさん温順で、人間の良さが言動にあらわれていた。

■軍事政権は僧侶なども多数拘留し、群衆への発砲などで、すでに多くの死傷者をだしている。こういう軍事独裁社会に対しては周辺諸国や関係国などが、軍政をやめさせるよう、もっと具体的な努力をすべきだろう。ひところ日本はミャンマーへの援助を減額したりしたのだが、経済的理由から依然として軍政への援助をつづけている。

■中国にも対ミャンマー貿易で儲かる人物や組織があるのだろう。軍事独裁に対して中国政府の対応は極めて甘い。もっとも中国には、国民のデモや集会を軍部が弾圧した「天安門事件」があり、他を非難することは「天にツバする」ことになるの。それで甘いのかもしれない。

■イラクのように外国勢力が力で「軍政」を転覆させるのは論外だが、国際社会は軍政への抗議の意志を強く表明すべきだろう。
 死亡した長いカメラマンは中東などでも単独で危険な地域にはいり、映像による報道をつづけてきた。貴重で、勇気のある人だ。日本政府はミャンマー軍事政権に強く抗議をし、場合によっては援助を停止するくらいの措置をとるべきだろう。
by katorishu | 2007-09-28 10:00
 9月26日(水)
■読売新聞の世論調査で福田内閣支持率は57・5%で、不支持率は27・3%であったという。ぼくは60パーセントはいくのではと、このブログで予測したが、ほぼその通りになった。この支持率は内閣発足直後のの調査(1978年発足の大平内閣以降)では、小泉内閣の87・1%(電話方式)、細川内閣の71・9%(面接方式)、安倍内閣の70・3%(電話方式)に次いで4番目の高さだという。

■あれだけテレビで長時間放送され続けた「効果」が如実にあらわれたといっていいだろう。支持理由について安定感があるという人が多かったとのことだ。前の安倍政権が不安定であったので、テレビ好きの国民は一層そう感じるのかもしれない。

■ただ現状で安定してもらっては困るのである。今後どういう展開になるか、与党が多数派をしめる参議院での論議で決まってくるだろう。政治とカネのスキャンダルが出ないという可能性は薄いので、この面から支持率低下をきたすのではないか。

■年末には内閣支持率は40パーセントを前後する状態になっている、と予想しておこう。具体的に根拠のある数値ではないが、なんとなくそんな気がする。年が明け、支持率30パーセント台になったところで、解散総選挙……といった展開になるのだと思う。
 その結果がどうなるのか予測がつかないが、政府は多くの国民が先行き、なるべく不安の少ない社会にするよう舵取りをしてもらいたいものだ。そうでなくとも、人間は不安だらけの世界に生きているのである。政治が不安を助長する装置であってはいけない。
by katorishu | 2007-09-27 01:25
9月25日(火)
■銀座和光裏の「銀座シネスイッチ」でイタリア映画『題名のない子守唄』を見た。『ニューシネマ・パラダイス』や『海の上のピアニスト』『マレーナ』などの傑作をつくったジュゼッペ・トルナトーレ監督作品なので、ぜひ見ておきたいと思っていた。たまたま銀座に出る用事があったので、期待して見た。

■ロシアのサンクトペテルブルク生まれの舞台で鍛えた主演女優、クセニア・ラパポルトの演技は素晴らしく、エンリオ・モリコーネの音楽も良質だった。舞台は北イタリアのトリエステ。「ウクライナからきた」というイレーナという女性が高級アパートの掃除人としてようやく職を得る。が、彼女には何か暗い「過去」があるようで、フラッシュバックで過去の「女奴隷」のような映像が随所に挿入される。

■何があったのか。「トラウマ」といったものなのかどうか。あるいは、犯罪にからむことなのか等々、フラッシュバックで示される過去が物語の興味をつないでいく。
 後半のストーリーを記すと、これからこの作を見るかもしれない人の興味を減ずる可能性もあるので、敢えて記さないが、「母性」というものを描いた作である。ただ、彼女をめぐる過去の「情報」があまりに少なく、見終わっても疑問符がいくつも残ってしまった。

■イタリア・アカデミー賞の作品賞、監督賞、主演女優賞を受賞したほか、モスクワ国際映画祭でも監督賞と観客賞を受賞した作である。ただ、いくつかの「謎」が解明されないままであり、事実関係を敢えて曖昧にした――といった印象をぬぐえなかった。それが素直な感動の阻害要因になっていた。

■もちろん典型的なハリウッド映画のような「ご都合主義」にもついていけないが、こういう、展開の上で「よくわからない部分を宿す」映画にも、欲求不満が残る。人間存在の不可思議さや心理のアヤの部分で人の心は、「不可解」というのならいいのだが。
 事実関係において、どういうことなのかな、という疑問点が最後まで解消できなかった。

■「それはお前の理解力が足りないのだ」といわれれば、何をかいわんやである。あの『ニューシネマ・パラダイス』の監督ということで、かなり真剣に見ていた。それが過剰な期待感となって、やや裏切られたという印象をもったのかもしれない、と敢えて記しておこう。
by katorishu | 2007-09-26 01:42 | 映画演劇

 安倍首相の記者会見

 9月24日(月)
■午後、睡眠不足なので仮眠したあとテレビをつけると、慶応病院での安倍首相の記者会見がはじまるところだった。現れた安倍首相は相当疲れた印象で、病後というより、病中といった様子だった。未だ入院中なので「病中」での記者会見である。

■首相在任中に、とにかく国民に訴えたいという気持はわかるが、あまりにも弱々しく、形だけの会見といわざるを得ない。「美しい国」と「戦後レジームからの脱却」を標榜して、戦後生まれ初の首相として登場したのだし、参院選で惨敗後も続投すると強い意志を示したのだから、最後まで初志を貫くべきだった。

■最後の力を振り絞って、「国民には受け容れられなかったけれども、私の主張は間違っていない。不幸にして病気で倒れてしまったが、他の人が私のやれなかったことを引き継いでいってもらいたい」程度のことをいえば、「男」もあがったのに。
 自ら語る体力がないのであったら、一部を代読してもらってもよかった。この方にはまともなスピーチライターもいないのだろう。

■日本の政治も、複数の作家的資質をもったスピーチライターを傭ってアピールをすべき時期にきている。国民の声を常に聞くとともに、為政者の意志を的確に国民に伝え、説得する技量が求められている。一人の人間の出来ることには限りがあるので、優秀なブレーンを置き、知恵をもらう必要がある。これまでの自民党政治はブレーンが官僚であった。しかし、「学校秀才」の彼らだけでは複雑多岐な国際政治を乗り切ることはできなし、国内問題の解決にも有効ではない。

■次の首相が選ばれるまでは、安倍氏は日本国の最高指導者である。首相代理もおかないで、やっていくのだったら、ポーズであったとしても、「指導者」の顔を保たなければいけない。こんな意志薄弱で胆力のない男に日本国の運命をまかせていたのかと思うと、肌寒い思いがする。人の真価は引き際や逆境のときに出るものである。

■安倍首相は参議院選挙で惨敗したとき、責任をとって直ちに辞任すべきであった。さらにこの人を総裁・総理に選んだ自民党員たちは自らの不明を恥じるべきだろう。本来なら、衆議院を解散して民意に問うべきである。やがて福田政権が誕生するが、なるべく早い時期の解散、総選挙を期待したいものだ。それが民主主義の常道である。
by katorishu | 2007-09-24 23:16
  9月23日(日)
■東京はようやく涼しくなり「例年並み」にもどった。毎年毎年「記録的な暑さ」を更新すると、この先どうなってしまうのか。気候温暖化で日本は熱帯に限りなく近づくのではないか。
 仕事の打ち合わせで久しぶりに三軒茶屋にいく。時間があれば三軒茶屋シネマなどで古い映画を見ようかと思ったが、以前、いきつけのコーヒー店で原稿を書く方をとった。「ワーカーホリック」といえばいえる。

■自民党総裁選挙は、予想通り福田康夫氏が勝った。ただ、対抗馬の麻生太郎氏が197票とったことは今後「福田政権」に響いてくるだろう。外国特派員協会での両者の「討論」の模様を昨日、一部テレビで見たが、麻生氏のほうが政策がはっきりしており、良い悪いは別にして「筋」が通っていると思った。
 
■福田康夫氏の「答え」は答えになっていないし、曖昧に誤魔化すことが多かった。ソフトな印象であり、自民党の旧来の派閥均衡の大臣でかため、小泉改革にブレーキをかけるのでは……と思われ、当初、世論調査では60パーセント近い支持率をとるかもしれない。しかし、説明責任が問われる場面に遭遇した場合、あの曖昧さでは、切り抜けられるのか。福田氏も今後の政権運営の難しさを自覚しているのか、総裁に選ばれたときの顔は強ばり、暗かった。

■内外ともに難題をかかえている日本の舵取り役としては、心許ない「宰相」だ。来年春に衆議院解散、総選挙と考えている政治家が多いようだが、そこまでもつかどうか。
 参議院で与野党が逆転したことで、これまでの自民党政治では対処できない。自民党がかつて経験したことのない「新しい事態」が待っているのである。

■福田氏もまた「世襲政治家」の弱さを見せてしまうのではないか。泥まみれ汗まみれになって「勝ち上がって」きた政治家とは、胆力が違う。小泉政権の官房長官は、「小泉純一郎」という特異なキャラクターがいたので、比較的無難につとまったが、自分が矢面にたつと、どうなのか。

■政治評論家などは、「小沢さんは(福田政権出現で)やりにくいだろう」といっているが、「海千山千」の策士、小沢一郎とは、役者が二枚も三枚も違う。国会で答弁につまる「福田首相」の姿が目に浮かぶようだ。田中角栄元首相は福田赳夫と争って総裁選挙に勝ち、首相になった。総裁になったときのテレビ中継を覚えているが、角栄氏は自信満々で、手をあげ得意げに周囲を見廻していた。良くも悪くも、これぞ一国のリーダーという風貌をもっていた。

■福田氏にはそんな田中角栄の片鱗もない。一方、小沢氏はそんな田中角栄から、「人の動かし方」や権謀術数等々を学んだはずである。勝負はおのずから明らかである、と思うのだが。
 断っておきますが、ぼくは民主党シンパでもなく、時々は政権交代をすることこそ民主主義の定着のためにぜひとも必要と思っている「無党派」の、一国民です。
by katorishu | 2007-09-24 01:04

IT関連の勉強会

 9月22日(土)
■昨日の金曜日、渋谷での広告関係者主体の「勉強会」に出席。役者や能楽師や漫画家、フィンランド人なども参加する20人ほどのユニークな集まりで、今回の講師はフラッシュを使ってパソコン上の動画をつくっている「ウェブデザイナー」の市川香苗さん。大画面にパソコンの画像を見せながら、フラッシュの初歩のテクニックなどを披露してくれた。

■さらにフラッシュをつかった「作品」なども見せてくれた。市川さんは10年ほど前、独学でこの技術を獲得したとのことで、初期のころはパソコン通信をつかったもので未だ社会的に認知されていなかった。が、それが幸いし、機器類も安く手にはいったし、関係者も手探りでいろいろな試みをしており、大変勉強になったとのこと。

■IT業界の進歩は早く、それだけに競争も激烈である。短所もあるものの、デジタル化の流れはとめようもない。すでにビジネス面ではパソコンなしでは、ほとんど仕事が成り立たなくなっている。パソコンにまったく接しない人と、パソコンを「日常のツール」として使いこなしている人との間で、生活意識まで「差」が出てきつつあるようだ。

■ぼくなど、野次馬精神旺盛なので、「新しもの」がでると、どんなものか、まずとびついてみることにしている。社会的に有用でないものは、一時の流行としてすたれていく。パソコンが出現したとき、これは「一時の流行」ではすまない、使い方によっては世界を変える、と思ったものだ。

■事実、インターネットなどが世界を変えつつある。良い方に変えるのか悪い方に変えるのか、時間が経ってみないとわからない。イギリスで起こった「産業革命」は世界を決定的に変えた。手工業から脱皮し、「輝かしい未来」を招くはずであったが、大量殺人兵器など負の面も強くでてきたし、この「革命」によってエネルギー消費が膨大になり、環境の悪化をもたらした。
 産業革命が結果として、人の住めない環境をつくってしまう――という皮肉な自体が、現実のこととなっているのである。インターネットが世界をどう変えていくのか。出来れば良い方向の変えて欲しいものである。
by katorishu | 2007-09-22 22:40 | 個人的な問題

ひとり芝居・天の魚

 9月20日(木)
■「難しい」内容の脚本を「期日」通りになんとか仕上げて、先方にメールで送ったあと、都営新宿線の船堀駅に行く。はじめて降りた駅で、「江戸川区船堀」という地名から予想していた駅周辺の雰囲気とは違っていた。以前、西葛西駅におりたときも感じたのだが、新しいビルとチェーン店だらけで、一見「きれい」に見えるのだが、「どこにいっても同じ」という印象を受けてしまう。

■それはともかく、19時開演の舞台『天の魚(いお)』の開始に間に合った。知り合いの役者、川島宏知氏の一人芝居で、東京不知火座が主催。「仮面劇」で、水俣病患者の苦悩を描いた石牟礼道子の『苦界浄土』が原作。川島氏の演劇上の師であった故砂田明が1993年倒れるまで556回もの公演を続けた作という。砂田が自ら脚本を書いた作で、それを川島氏が去年につづいて2度目の公演をしたのである。

■数日前の朝日新聞2面の「とき」欄で写真入りで大きくこの芝居のことが紹介されていた。読売新聞などもとりあげることになっているという。川島氏は高知出身なので、高知新聞でも大きくとりあげたということだが、残年ながら今回は東京公演だけである。
 同じく石牟礼道子原作の「劇・苦界浄土」の巡演に川島氏は過去参加しており、その縁もあって砂田師のあとを引き継いで、今後とも自分の「持ち芝居」のひとつとして公演していくつもりのようだ。

■口を大きくあけた陶器の仮面をつけて演じるのが特色で、水俣病にかかった老いた漁師が、ひさしぶりに焼酎を飲み、酔ってくだくだ語る形をとる。「姉さん」という呼びかけが随所にさしはさまれ、孫やその他についての「思い出」が語られる。そんな漁師の繰り言の中から、この人の人生とともに水俣病の過酷さが浮き上がる。川島氏の身振り手振りや語りにしがたい、仮面に「表情」が生まれ、多彩に変化をするようだ。

■水俣の方言で、しかも酔っぱらいの「繰り言」なので、意味のわかりにくいところもある。例えば「あねさん、魚は天のくれらすもんでござす。天のくれらすもんをただで、わが要ると思うしことってその日を暮らす。これより以上の栄華のどけえいけばあろうかい」などといった調子である。が、意味ははっきりわからなくとも、漁師の心のありようや、魚とりを生業としてきた人の思いや、そんな人生が水俣病によって断ち切られてしまったことの無念さ、等々が素直に伝わってくる。川島氏は良き素材を得たと思う。篠笛と筑前琵琶が加わり、効果をだしていた。

■新聞等で報じられたため、満員になっているかと思ったが、「客が少ないんですよ」と関係者の声。暗い題材であり「見て楽しい」とか「面白い」といったものではない。それと水俣病など「過去」のことを思われているのかどうか。会場に足を運んだ人は、それなりに何かを感得して帰るのだが、見る前から「楽しそうじゃない」と思われてしまうようだ。

■ぼくなど、どちらかといえば、笑えて面白い芝居が好きだが、最近、そっちを志向するものがあまりに多すぎる。ときには、『天の魚』のような作品も見た方がいいとお奨めしたい。
 22日(土)まで「タワーホール船堀」で公演しています。当日、2800円。www.tennoio.jp
がホームページです。連絡先は03-3653-1130 石橋こどもクリニック内、東京不知火座。

■終わって、川島氏ら関係者らと居酒屋で歓談。風邪がなおらず、公演中、何度か咳がでて困った。川島氏は還暦前後だが、老いた漁師を演じているときと、ラストでガラッと現役の漁師時代にもどって「衣装替え」をして法被姿で出てくるときは、別人と思うように違っている。体を鍛えており、この年代の普通の男のような、ふやけた贅肉はいっさいない。役者魂がこもった作であり、繰り返し演じていってもらいたい作である、とあらためて思う。
by katorishu | 2007-09-21 14:58 | 映画演劇
 9月19日(水)
■アメリカの住宅ローン「サブプライム・ローン」は、世界経済に今後かなり深刻な事態をもたらしそうである。過日、このローンのこげつきによって世界の株価が暴落した。あわてたアメリカの金融当局は膨大な資金を市場に投入し、パニックはまぬがれた。日本をはじめとする先進国の金融当局も相当額の資金を投下したが、あくまで「急場」をすくっただけではないのか。

■金融には素人で株も買ったことのない人間だが、先行きが懸念される。本日、テレビで次のようなケースを報じていた。月収17万円のアメリカ人がプールつきの住宅を購入し、当初は比較的低金利であったのが、何年かたつと金利がはねあがり、ローンの支払いだけで月に23万になるという。これで破綻しないほうがおかしい。
 表面「裕福そう」に見える多くのアメリカ人は「大借金王」であるようだ。

■バブル崩壊直後、日本でも土木建築業界に金をまわすため、比較的簡単に組める住宅ローンを提供した。それまでマイホームを購入できなかった「中低所得層」の需要を掘り起こそうとする政策で、若い層を中心にこのローンを借りてマイホームを買った人も多い。
 ところが5年ほどたつと、金利があがる。給料の上昇がのぞめないまま、ローン返済額があがり、やがて家計が破綻、マイホームを手放すケースが急増した。

■プライム・ローンはそれを大規模に行ったようなものである。アメリカの金融界ではリスクを分散させる意味もあって、ローンを債権やファンド化することによって細切れにして、海外の投資家などにも販売した。そのためアメリカ国内での破綻が海外の金融や投資家を直撃したのである。グローバリゼーションのもたらした「悪い」結果である。

■サブプライム・ローンの問題が顕在化してくるのはじつは来月から半年くらいの間であるという。心あるエコノミストは相当懸念している。日本では大都会を中心に「景気が回復」し、これからようやく地方や中小零細関係者などに、その「恩恵」の余波がやってくるかと「期待されて」いた。そんな中、サブプライム・ローンの衝撃波が日本を直撃すれば、「余波を期待していた」層はあっさりと切り捨てられる。

■いやな予感がする。この20年ほど、なにもかもがアメリカ一国を中心に動いてきた。経済も文化も、もちろん軍事も。例えば、「対テロ戦争」。ブッシュ政権の始めた戦いだが、テロの撲滅どころか、テロの拡散につながっている。イラク戦争も泥沼で、出口なしという状態である。「美しい国」をかかげて登場した戦後生まれの総理も「破綻」してしまった。

■とにかくアメリカにべったりとつきあってきた日本。結果として「幸福である」と感じる人が多数派であるなら、結構なことかもしれないが、最近はどうも「幸福感」のうすい人が多い。生き甲斐をもちにくい社会になってしまったのである。今と未来について不安に思っている人が圧倒的多数ではないか。そういう社会が「良い社会」であるはずがない。

■なんでも「数字」に換算して、これを唯一の尺度にして世界をきりまわしていこうとする考えが、破綻しつつある証拠でもある。この価値観を地球規模にひろげたのは、世界の超大国「アメリカ」である。今、アメリカの終わりの始まりが始まった、といったら、極論すぎるだろうか。では、何が始まろうとしているのか。隣国、中国の屋台骨も相当怪しい。北京オリンピック後が、心配である。ロシアも、ソ連帝国にもどりつつあるようだ。

■環境問題も悪化する一方である。前を見ても後ろを見ても、上も下も、どんづまりの様相を呈してきた。それでも人は生きていく。生きようと努力をする。努力の積み重ねの中から曙光が見つかるといいのだが。11月3日(土)22時より放送の、理学療法士を主人公にしたラジオドラマ『生き直す』の脚本(NHK・FMシアター)には、そんな思いの一端をこめたつもりです。
by katorishu | 2007-09-20 01:37