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よいお年を!

12月31日(月)
■大晦日である。振り返って、日本も世界も、自分自身もあまりパッとしなかった一年であったと思わざるを得ない。むしろ振り返りたくない、忘れてしまいたい事件、現象が多かったという気がする。

■で、夢や希望を来年(明日)につなぎたいのだが、良くなる材料はあまり多くはなく、悪くなりそうな材料なら沢山ある。それでも日本はまだましなほうというべきだろう。田中字氏のメルマガで知ったのだが、アメリカで・ロサンゼルスの郊外には、鉄道線路と飛行場の間の荒れ地に、住宅ローン危機で自宅を失った人々のテント村ができており、テントの数は今年7月の20張から、年末には200張へと急増していると報じられている。

■アメリカでは国民の1割以上にあたる3500万人がろくな食事にありつけない状態で、食事を与えてくれる貧困救済施設を利用する人が増えているが、米政府の財政難と食品価格の高騰などによって、今冬は配給できる食糧が不足する救済施設が増えている。世界一豊かなはずのアメリカで、飢餓に苦しむ人が増えているのである。他の国は推して知るべしである。

■このままいくと世界大恐慌の再来も現実味をおびてきた。日本国内では、1月から11月までの11カ月で企業倒産は1万件を突破しているという。特に中小零細企業の倒産が目立つとのことだ。原油や素材など原材料高が経営を圧迫しているようだ。

■サブプライム・ローン問題が深刻化するのは来年の春ごろというから、その余波に見舞われると、庶民の暮らしはどうなってしまうのか。政府はよほど腰をすえて有効で果敢な金融政策を打ち出さないと、大変な事態になる。
 ぼく個人に関しては、来年はそれなりに意味のある仕事にかかわることになるはずだが、それも経済情勢がどうなるかに左右される。多くの人々が憂いなく過ごせる年になって欲しいと祈念したい。

■当ブログ、サッと脳裏をかすめた事柄を、短時間で記すだけなので、たいして深いことも、ためになることも記せませんが、一年間、お読みいたいた読者の皆様には感謝いたします。また、来年もしばしおつきあいくだい。読者あってのブログですので。
 それでは、良いお年を!
by katorishu | 2007-12-31 22:41 | 個人的な問題
12月29日(土)
■昔流にいうと、いよいよ今年も「押し詰まって」きた。近くのスーパー・イオンに足を運ぶと、お節料理の材料を買い求める客でにぎわっていた。お節料理もコンビニで買える時代だが、出来るだけ家で手間暇かけて作りたいもの。ぼくも多分、数品はつくる。

■本日も品川シーサイド駅と大井町駅周辺で、資料読みなどをしながら時間をつぶす。時にぼやっとしながら、来し方、行く末を考える。懸念されるのは日本の医療制度である。財政赤字を解消しようとキャリア官僚が真っ先に思いついたことは、医療費を削るということだった。

■中曽根政権時代から、イギリスのサッチャー首相の「改革」を見習って医師の削減をはじめ医療改革に手をつけてきたが、根底にあるのは「アメリカモデル」である。サッチャーの医療改革はイギリスではとっくに破綻し、アメリカモデルから離反しているのに、日本だけが未だにこの路線を追っている。

■朝日ニュースターの「ニュースにだまされるな」の年末特集に出ていた東大先端技術研究所の児玉教授の話では、1980年代、日本の1000人あたりの死亡率は世界一低いものだった。が、90年代にはいり「医療改革」という名の政策によって、今後日本人の死亡率は増え続け先進国中、ダントツでトップになる見通しだという。高齢者の増加も死亡率の高さの一因だが、やはり医療制度改革が「弱者」である年寄りをむしばんでいるようだ。

■現在、日本では1000万人が年収200円以下の所得しかなく、当然高齢者が多い。(多分、世帯別年収)この人たちにとって国民健康保険の支払いは大変な難事であり、払えない人も多い。日本は国民皆保険制度をとっているが、現在、健康保険にはいっていない人は480万人になるらしい。保険に入っていない人が5000万人もいるアメリカとは比較にならないが、この人たちはひとたび病気になると、あとは「死ね」といわんばかりの窮状に陥ってしまう。

■こういう制度を改善することの出来るのは政治家である。政治が指導力を発揮して、「弱者」に優しい社会にしていかないと、「日本の良さ」は消えてしまう。日本はアメリカの51番目の州ではないのだから、アメリカの真似ばかりする必要もない。

■もちろんアメリかの良さはあるし、そういうところは積極的に取り入れるべきなのだが、それも「日本の良さ」を損なわない範囲である。日本の良さは歳時記にある。春夏秋冬、時間をかけて日本人が築き上げてきた「年中行事」と日本語の豊穣さだけは、絶やしてはいけないのだと思う。

■今年はどういう年であったのだろう。私見では、言葉の貧困が文化やモラルの荒廃を生む――ということを改めて実感する1年であった。「売文」を生業としている者として、来年も引き続き「言葉、言葉、言葉」とバカのひとつ覚えのように言い続けようと思う。

■本日「論座」2月号が送られてきた。拙作の連載はさておき、「日本の課題・文明・生命・環境・秩序」という特集は面白そうである。それと「『残す』ということ・アーカイブの哲学」は読んで損はないかと思います。
 この雑誌の編集部、半分以上が女性で、恐らく30代、40代である。そのせいか、若い世代の執筆者が増えている。それぞれ個性的な書き手であり、こういう若者がいる限り、先行き期待ももてる。なんとなく疲れ気味の中高年も、95歳にして映画を撮った新藤兼人監督を見習い頑張って欲しいものである。
by katorishu | 2007-12-30 00:57 | 文化一般
 12月28日(金)
■「仕事納め」であるが、中小零細経営者やフリーなどは「仕事真っ最中」のはずである。四苦八苦で年をこせるかどうかの瀬戸際にある人も多いのではないか。この10年ほどで、ほんとに貧しい人が増えている。倒産する可能性の少ない大企業の勤め人や官公庁に勤めている人には実感がないかもしれないが。
 こちらは、はかどらない原稿と四苦八苦で、年明けに渡します、などという苦しい言い訳。

■「佐藤立志のマスコミ日誌」というブログが戦前の社会主義者、山宣こと山本宣治の演説の言葉を引用している。「いくら子どもを節約したところで、貧乏そのものがなくなるわけではない。一番大切なのは、安心して子どもを産める世の中にすること。働く人々の生活がもっと楽になるように社会のしくみを変えることが必要である」というものだが、まるで今の日本のことをいっているようだ。

■パキスタンのブッド元首相の暗殺についてCNNが現地からの実況中継をまじえ長時間にわたって報道していた。一時間ほど見ただけだが、アメリカとくにブッシュ政権にとって、この暗殺事件がいかに衝撃であったかがわかる。東京証券取引所の株価も、この事件の影響を受け大幅安で取引を終えた。来年、この事件がどのような「余波」を世界にあたえるか。「津波」のようにならないことを切に望みたい。

■この事件で核保有国パキスタンの政治は流動化する。過激なイスラム原理主義勢力は一層、活動を激化させるに違いない。「アメリカ式の秩序」を破壊することが彼らの当面の目標なので、必ず勢いづく。インド・パキスタン情勢もおかしくなりつつあり、それは中央アジア諸国、さらにはロシアにも影響する。こういう時代こそ臨機応変に対応できる外交官が必要なのだが、対ロシア外交にとって重要な人物の佐藤優氏など未だ外務省では「休職中」としている。

■以前、日本にいるパキスタン人を取材したことがある。9,11事件以前のことだが、日本に住むイスラム教徒に取材して本にしようと思い、某社のM編集者に話をもちかけ、渋谷区にあるイスラム寺院(イスラミック・センター)などをM氏と共に取材した。大成建設の協力を得て新築されたモスクは壮観だった。ここの理事のH氏は中国人で回回といわれる回教徒で、H氏の父親の件で以前取材したことがあった。

■文化大革命のとき回教徒は大変な迫害をうけた。当時北京大学の学生であったH氏はアラビア語ができたので、毛沢東語録をアラビア語に翻訳するチームに加えられ、西太后がつくった「宮殿」(イワエン)で他の翻訳者たちと共同生活し、迫害をまぬがれたという。赤い本の毛沢東語録は当時、世界各国語に翻訳されていたものだ。

■H氏の協力なども得て、イスラム教徒の視点で日本を切り取ったら面白いのでは――とM氏に話し、「イスラムが国際政治の焦点になるから意味のある本」と力説したのだが。企画会議でボツになったのかどうか、そのままになってしまった。ほどなくして9,11同時多発テロが起こった。その直後、M氏にあったとき、「あのとき、出していればベストセラーになったのに」と残念そうに話していた。

■9,11事件が勃発した後は、逆にぼくの中で熱がさめてしまっていた。というより、まったく想像もしていなかった衝撃的な出来事であり、どう判断してよいかわからず、ぼくの手にあまると思った。依然としてムスリム(イスラム教徒)が国際政治の焦点となっている。それと、やはり世界の金融を牛耳るユダヤ人が焦点である。さらにイスラエルの存在が、今後も引き続き国際緊張の火ダネになりつづけるだろう。

■本日、ユダヤ系アメリカ人のパメラさんから、ご主人(日本人)の転職にともない東京からハワイに移り住んだとの葉書をいただいた。ユダヤ人問題で国際的に有名になった杉原千畝氏のことで、当時、研究者であった彼女から接触があり若干話をした。ぼくの作演出の舞台も見にきてくれた。その後、彼女はユダヤ人問題を学位論文としてまとめ出版もされた。本を送っていただいたのだが、英語の論文でもあるし、まだちゃんと読めていない。毎日感じることだが、時間の経過があまりにも早すぎる。
by katorishu | 2007-12-29 00:44
 
12月27日(木)
■前夜、咳が激しくなかなかなおりそうにないので、近くのクリニックにいった。熱もなくただ咳が長い間つづいているというと、医師は即座に「いま流行っているんですよ。特定の人にしかかからない咳で、ひとつの薬しかききません」とのこと。ウイルス性の病気で、ある種の抗体のない人がかかり、とにかく長期間にわたって咳がつづくのだそうである。

■このクリニックのベテラン医師は診断が素早く的確である。デジタルの記録が残っており、1年以上前に、ここで処方薬をだしてもらった。このときも、長い間咳がつづいた。一回に数種類の薬を飲むことになった。病気にほとんどかからないので、病院等にいくことは睡眠薬をもらう他ほとんどないが、長引く場合は早めにいったほうがいい、と思ったことだった。すでに咳止めの売薬など数種類買ったのではないか。

■決して少なくない健康保険料を払っているのだし、風邪でも医療機関を利用したほうがいいのかもしれない。風邪さえもひかないほうがいいことはいうまでもないが。
 番組制作会社をやめ脚本家を目指すという以前の教え子と、文楽に興味をもち三味線を習うとともに数日前、博多まで日帰りで文楽をみてきたという女性と、カミサンもまじえ近くの蕎麦屋で会食。

■日頃の癖がでて、文化論をぶつ羽目になってしまった。映像論についても話したが、二人の若い女性の心には届いたと思いたい。
 帰宅してテレビをつけるとパキスタンのブット元首相が自爆テロで死亡したとのニュース。ブット女史が参加した選挙集会で起こったことであるという。パキスタン人民党の広報官によると、ブット女史は車に乗り込むとき銃撃され、さらに自爆テロをうけたとのこと。

■イスラム過激派のテロ、という観測も流れている。あるいはブット首相が選挙に勝っては困る現政権の示唆があったのかどうか。ムシャラフ現首相とブット氏との間で提携の動きが見えてきて、それをアメリカが歓迎していた。その観点から推測すると、やはり反米をかかげるイスラム原理主義者のやったことなのか。

■いずれにしても、自分の意にそわない人物を力で抹殺する行為には、強い怒りを覚える。ましてブット氏は独裁権力者ではなく、パキスタンの混迷を救うと期待されていた人物である。パキスタンは核兵器保有国であるだけに、次にどのような政権ができるかは、世界の安全保障にとって重大な影響をおよぼす。
 パキスタンが、近々、新たな中東紛争の火だねになるかもしれない。ここに火がついたら、国際情勢は一気に緊迫の度を加える。核兵器をもつ国は、とにかく怖い。

■ブット首相暗殺の速報につづいてNHKのBSでサブプライムローンのルポを放送していた。この問題の最大の難しさは、「実態がわからない」ことであるという。実態がわからないから、政府も金融機関も有効な手のうちようがない。この余波で銀行の貸し渋りが起こる可能性があり、消費はシュリンクし、悪くすると世界恐慌になる恐れがなきにしもあらずである。そうならないことを切に望みたいものだ。

■今年もあと数えるほどしかない。書かねばならない原稿がいろいろとあり、昨日も新たに「注文」が入ったので大晦日も元旦も執筆ということになりそうだ。安い稿料とはいえ、仕事があることは幸いであるというべきか。
by katorishu | 2007-12-27 23:56
 12月26日(水)
■北千住の脚本アーカイブズ準備室に過日、ロスにいったとき現地を案内してくれた映画大学の日本人留学生がくるというので、急遽、北千住までいく。日本人学生の作ったショート映画のフェスティバルについて放送作家協会が一種の協賛をしてくれないかとのこと。次回の理事会にかけ前向きに――と話す。

■映画をつくることに燃えて積極的に動くこと自体を評価したい。取材などもともかく労をいとわず、足で汗水たらして動きまわることが大事であり、今の社会に欠けていることかもしれない。若い人で労をいとわず、まず動く人には協力したくなる。

■夕方赤坂の最近できた「赤坂レッドシアター」に行く。赤坂グランベルホテルの地下二階にあり、定員170人の小劇場。地下鉄赤坂見附駅から徒歩数分という好立地である。
 本日の公演は劇団ギルドと芝居亭のふたつの劇団の提携公演で、作演出は知人の高谷信之氏。20数人の役者を動かすので、稽古もかなり大変であったようだ。ネットカフェに迷い込んだ記憶喪失の「青年」が、シェークスピアのハムレット役になったバーチャルな空間で生きる意味を見いだす――といったファンタジー劇。ややパッチワーク的なところが気になったが、みなさん熱演されていた。

■NHKの会長に経営委員長の推すアサヒビール相談役の福地氏が選ばれた。19年ぶりの外部起用だという。言論機関としての「中立性」と権力との距離をたもち、批判の精神をもったメディアにしていったくれるなら、誰であってもいいのだが。
 限りなく民放に近づくのであったら、NHKの存在価値が問われる。海外でも通用し、繰り返し視聴に絶えられる作品をつくる組織であってほしいものだ。
by katorishu | 2007-12-26 23:56 | 映画演劇
12月25日(火)
■仕事が思うようにはかどらないので、ふらふらと家を出て結局銀座までいった。気分転換にでもなればとニコラス・ケイジ主演の映画「ナショナル・トレジャー」を見た。ニコラス・ケイジの作品は佳作が多く、やや期待していたのだが。とんだ時間つぶしであった。

■始まって間もなくディズニー制作と知って、やや危惧していた。そのうちのべくまくなしにガンガン音楽がかかり、コマーシャルのような場面転換である。このころから厭な予感が募った。ただ、リンカーン大統領を殺害した人物についての「秘密」にかかわるという展開なので、眼を凝らして見ていたが、そのうち「お子様向き」という内容でしかない「ご都合主義冒険物語」であるとわかった。

■冒険物語にも佳作はあるが、これは底が浅いし、人間が描けていない。映像と音楽で幻惑しているだけの作品と思った。一応料金を払っているので最後まで見たが、腹が立って仕方なく、結局ビアホールにはいって飲み食いしてしまい、仕事にならない一日だった。

■ハリウッド映画にも「さすが」と思わせるものがあり、実は目下、ハリウッドの「脚本術」の本を数冊読んでいて、なるほどと思わせる理論が展開されている。しかし、どうも大作に限って、カーチェイスや不必要に長い「悪」の追跡劇で感動しない。昼間一瞬、京橋のフィルムセンターで上映している古いヨーロッパ映画の特集に行けばよかったと思ったが、後の祭り。人(自分)は後悔するために生きているようだ。
by katorishu | 2007-12-26 00:32 | 映画演劇
 12月24日(月)
■70歳の長女が、どうも100歳の父を包丁で刺し「無理心中」をはかったとの記事があった。100歳の父は深夜の徘徊などがあったとのことで、「介護疲れ」が原因なのかどうか。
 外部からの侵入の形跡がないことから、長女の差した可能性が強いという。長女も重傷とのこと。いたましいことである。

■高齢化社会をむかえ、今後これに類したことが頻発する可能性が強い。国家的プロジェクトとして取り組まないと大変な事態になる。「団塊の世代」がいなくなる(と思われる)30年後あたりは「少子高齢化」の問題はやや緩和されるかもしれないが、これから10年、20年、日本社会はかつてない事態に直面する。目下、そのための有効な処方箋がないどころか、年金問題などシステムの欠損がぼろぼろでてきている。

■現在、比較的若い人もいずれは老いて、他人の厄介になったりするようになる。これまでは「順送り」に若い世代が老いた世代の面倒を見てきて、それが「当たり前」であったのだが、80年代あたりから様相がかわってしまった。恐らく戦前生まれの人口が半分以下に減ったころから、大きくかわったのではないか。

■「自己責任」などという言葉がよく使われるが、若い世代が老いた世代を見るという「伝統」「慣習」が息づいていた時代を生きてきた人に、突然「自己責任」といっても気の毒である。
 個人の「防御策」など、時代の大きなうねりのもとでは、なんの力にもならないことは、歴史を読めばよくわかる。戦後60年余りのような時代がいつまで続くかわかりはしない。バブルやハイパーインフレが起これば、大多数の個人の蓄えた資産など雲散霧消jしてしまう(逆に急増する人もいるだろうが)。

■国の安全保障は何も軍事力だけではない。国民の安全を保障できなくて、国のに安全保障もないものである。今後、襲来してくると思われる内外からの「嵐」に、国家がどう防御をはり国民を守るか。為政者は、よくよく知恵をめぐらせて考えて欲しいものだ。

■本日、「政治お笑い番組」の「テレビタックル」をちらっと見たが、時代劇になぞらえ現役議員がちょんまげを結って、下手な台詞をしゃべる姿は、見るに堪えられなかった。(役者が演じるのはいいのだが)「政治を国民に近づけた」という点があるにしても、ああいうお笑いで戯画化して政治を語ることが、果たして政治を良くすることに役立つのかどうか。

■「お笑い番組」として見ればいいのだろうが、あの類の番組でしか政治に接することのない視聴者には強い影響を与えるに違いない。笑いとばすのであったら、もっと風刺とブラックユーモアをきかせて欲しものだ。少なくとも現役議員が羽織袴で「役者」のように出演して大見得を切ったりするのはいただけない。内心得意然としている心理が見えてしまい、下品に見えてしまう。テレビと政治に今もっとも欠けているのは「品」である。
by katorishu | 2007-12-25 00:13
12月23日(日)
■風邪気味で外に出ないつもりであったが、能狂言の「遊兎の会」の発表会があるとのことで、カミサンと千駄ヶ谷の国立能楽堂にいった。過日の矢来能楽堂での奥川さんの能狂言のあと会食した高須香奈嬢が「舟渡婿」に出るとのこと。「アマチュア」であるが、学生のときから10年以上、能狂言の勉強を続けているということで、どんなものかと「あまり期待」せずにいったのだが、「トリ」として登場した彼女の一声を聞いただけで、「これはなかなかのもの。素人離れがしている」と思った。

■相手役はカール・トイッシュという人で、こちらも外人にしてはなかなかのものだった。
高須嬢の良さはやはり張りのある声である。比較的広い能楽堂の空気が一瞬かわったようだった。能狂言師のプロになるのには女性は駄目ということだが、そのまま修行をつづければ、プロの域に近づけると思ったことだった。

■高須嬢の勤める広告関係の会社のS社長と社員もまじえ、能楽堂の近くの蕎麦屋で飲み食いしながら歓談した。高須嬢は関係者と「打ち上げ」があるので、そちらに参加。能楽堂にいく道筋、旧知のテレビ関係者数人と遭遇。こちらは日本舞踊の発表会にいった帰りだという。近々、忘年会でもと約束する。1000万都市東京で、知人と出会うことは非常に珍しい。まして千駄ヶ谷など数年に一度しか降りない駅である。これも何かの縁と思ったことだった。

■過日、映画の試写会で会った「比較的若い」女性も、文楽に凝っていて、給料のかなりの部分を文楽を見ることに費やしているという。出来れば国宝級の文楽の某名人に弟子入りしたいと話していた。伝統文化、伝統芸への関心が、とくに若い女性に目立っており、新しい潮流として注目される。若い男性はいませんね。積極的に取り組むパワフルな人は女性ばかり。これからの時代を担うのは女性かもしれないと思ったことだった。

■男性に頑張ってもらわないといけないのだが。多くは「ビジネス方面」でエネルギーを使い果たしてしまうのか。どうもパワフルな人が、少なくともぼくの眼にする限り少ない。ひ弱で積極的に乏しい男性が、とくに若い人に多いという気がする。21世紀の日本は「文化発信の基地」として世界に注目される存在にならないといけないと思うし、その方面で積極性を発揮して欲しいものだ。
by katorishu | 2007-12-24 00:37 | 映画演劇
 12月22日(土)
■風邪が治らない。滅多に病気にかからないので、いちどかかると治るまで長引くのだが、それほどひどい症状ではないものの咳がでて微熱もある。「一病息災」という言葉がある。病気をすることによって、健康に留意するので、かえって健康を保てるということである。物事、悪く考えたらキリがない。

■北千住の脚本アーカイブズ準備室で「勉強会」。東大情報学環の馬場教授をおよびして。ぼくが司会をつとめたが、絶えず咳がでて困った。そのあと会議があり、忘年会まで出てしまった。体調が悪いので早めに帰ればいいのだが、「つきあいの良さ」は相変わらずで、だから「時間」が足らなくなり、脳の働きも鈍り、物忘れをしたりする。

■一応仏教徒ということになっているが「無宗教」に近い。日本人の多くが日頃あまり宗教を意識しない。一方で相変わらず「霊感商法」がはびこっている。「神世界」という妙な団体が警察の捜査を受けており、これに現職の警視がからんでいることから、マスコミの話題になっている。占いによる運勢や姓名の鑑定、お守り販売などを目的に、平成12年2月に設立された有限会社で、本社は山梨県甲斐市にあるとか。

■「びびっととうきょう」などのヒーリングサロンを全国で100店以上展開しているようだ。最初は1000円程度の料金で「体験ヒーリング」などに勧誘。その後で「霊視鑑定」や「除霊」などを持ち出し、50万円以上するお守りなど高額商品を販売したりしているようだ。会員は3000人以上、年間売り上げが15億円以上とみられ、1000万単位の支払わされる「被害者」もいるとか。

■テレビでも「占い師」が登場する番組が人気になっている。人を不安におとしいれ、だからこうしなさいと独断的、強圧的な言辞で煙にまく。政治の世界にも宗教組織が根をはっている。「癒し」や「占い」が悪いとはいわないが、そこに「騙し」のテクニックがはいり、自分たちの勢力拡大や金儲けに結びつけようとする一群の人々がいる。

■「霊感商法」が相変わらずはびこっている背景には、テレビでの「占い」関連の番組の隆盛があるといってもいいだろう。先行き不安な人々が多いので、この種の番組が流行るのか。暴力団とのつながりを週刊誌などで指摘された某占い師が相変わらずテレビに出続けている。理由はただ一つ「数字」がとれるからである。確かに「面白い」面もあるのだろうが、作る側に「モラル」がなくなった。「数字」さえとれれば「モラル」などどうでもいいようだ。「先行き不安」の状態が解消される可能性は低いので、今後とも霊感商法やカルト的宗教が跳梁跋扈するに違いない。
by katorishu | 2007-12-23 13:33
12月21日(金)
■1円以上の領収書の公開を義務づける「改正政治資金規正法」が成立した。参議院で野党が勝っていなかったら、とても実現しなかっただろう。この法律、来年1月に施行され、2010年5月末までに提出される09年分の政治資金収支報告書から適用されるとのこと。

■こういう法律をつくっても、法の網をぬって私腹を肥やす政治家はなくならないだろう。しかし、大きなブレーキにはなる。問題は政治家個人ばかりでなく「とりまき」である。選挙で物心両面で応援する人たちはほとんどが「利害関係者」といっていい。彼らは当選した政治家から何らかの見返りを期待するはずである。自分のかわりに政治力をふるって欲しいからこそ「応援」「支援」するので、何かを期待するのは、むしろ自然かもしれない。

■問題は「見返り」の中身である。防衛省の汚職で、汚泥の一端が顕在化したが、この種の汚職は、「合法的」行われているのだろう。合法的であるならいわゆる「汚職」ではないが、汚職の中身を法律改正することによって適法としてしまうことは、よくあることである。効率よく税金を私のものにする「天下り」など、違法ではないが、法律を変えれば犯罪になる。政治に対する国民の「監視」が今ほど必要なときはない。法律を作るのは政治家であり、政治家を選ぶのは国民である。

■NHKの会長選びが話題になっている。安倍前首相寄りの経営委員長の力で、「経済界から」有力候補があがっているとのことだが、願い下げにして欲しいものだ。
 言論機関として国民に強い影響力をあたえる大マスコミである。批判精神の豊かなジャーナリストやその他、適任の候補者はいるはずである。「市場経済経済原理主義者」が「ビジネス論理」を最優先させて「改革」を行うとしたら、世論の動向に大きな影響を及ぼす言論機関として、まずい。

■NHKは「ご用機関」で「言論機関」ではないという人もいるが、未だ言論機関の部分を残しているはず。経営委員長も財界人で、会長も財界人では――第一バランスもとれない。二人の女性の経営委員が委員長に異を唱えたとのことだが、かなり勇気のいったことだろう。イギリスのBBC並の報道、番組づくりを行える(可能性のある)のは、残念ながら日本には今のところNHKしかない。「心ある」経営委員の良識や見識に期待したいのだが、さてどうなりますか。
by katorishu | 2007-12-21 18:01