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 1月30日(水)
■中国の冷凍餃子に農薬が混入し中毒に――というニュースに接し、やっぱりと思ってしまう。現段階ではどこではいったか不明だが、以前から中国製の加工食品には問題ありとの記事が週刊誌などによくでていた。

■急激な経済成長をとげたこともあって、中国の製造業関係者には未だ日本なみのモラルが出来ていない者が混入しているのだろう。きちんとした基準をもうけ、安全な加工食品をつくっているところも多いのだろうが、なにしろ人口が日本の十倍である。単純計算でも「ワル」は日本の十倍いると考えられる。

■冷凍の「ひとくち餃子」など以前食べたことがあり、それが中国産か国産か確かめなかったが、はっきりいって冷凍食品はうまくない。出来るだけ素材を買ってきて自分で調理して食べるべきだろう。味つけも自分好みにできるし、危険度も少ない。素材といっても多くは輸入品であり、そこに残留農薬そのほかの化学物質が混入している可能性も強く、程度の差はあっても汚染されるのだが。

■簡便で安易に短時間で調理できる食べ物を、できるだけ食べないことが、長い目で見て健康につながっていくはずである。国産だからといって安心はできない。国内にもモラルに欠ける業者が絶えることなく生まれつづけている。基本的にその土地でとれる食べ物を食べるのがいいのだろうが、都会では不可能である。大食いをせず、節食することも、汚染から身を守るために大事なことなのかもしれない。大変は時代になったものである。

■以前、有機農業をやっている人から「風邪をひいたらトンカツを食べるといい」といわれた。最初、どういうことかわからなかったが、豚肉を食べると抗生物質を摂取することになるからといわれ、なるほどと思った。豚の飼料に抗生物質がはいっているので、豚肉を食べると抗生物質が自然に体内にはいり風邪が治るというのである。ブラックユーモアのような話だが、本当のようだ。

■世の中、化学物質が混入した食品だらけである。単品では無害でも複数の物資があわさるとどんなワルサをするかわからない。ただ、動物の一種である人間にも自然淘汰の原則が働くので、汚染された環境にあって汚染された食物をとっても、あまり害の出ない「強い耐性」をもった個体が生き残っていくのかもしれない。

■そんな個体が突然変異を起こして、どんな種にかわっていくのか。考えると怖い。1万年単位の長いスパンで変異していくのだろうが、化学物資の汚染に接しても食べて、どうということもない「人」は、そもそも人と呼んでいいのかどうか。別種の「超人」や「亜人」とでもいった「種」に進化していくのかもしれない。(まったく科学的根拠はありませんが)
by katorishu | 2008-01-30 23:27
1月29日(火)
■世の中、暗い話ばかりで憂鬱になる。澁谷、六本木で、ともに仕事の打ち合わせ。木漏れ日のように、うっすらとでも明るい光が差してくるドラマを創りたいのだが。まず企画を通さなければならない。これが難事である。このところ心身ともに疲れていて、脳の働きも悪化、要注意である。

■本日、打ち合わせの席で還暦になるテレビ関係者の某氏がつい数日前、亡くなったと聞いた。去年、知り合いの音楽家の通夜の席で久しぶりに顔をあわせたとき元気そうであり二三言葉をかわした。以前に比べてずいぶん痩せていたので、ダイエットをしたのかと思っていたが、そうではなく糖尿病であったらしい。

■自分の周囲を見ただけでも心配事ばかりだが、世界を見廻すと懸念・不安材料ばかりが目立つ。インドネシアで鳥インフルエンザにより2人が死亡し、初めて100人に達したという。鳥インフルエンザは死亡率も高く、いったん流行したら手がつけられなくなる。危険な兆候とみなすべきだろう。北京オリンピックは場合によっては鳥インフルエンザの流行で中止になる……といって記事がいつぞやの週刊誌に載っていた。要注意である。

■中国で50年ぶりの大雪で死者24人、緊急避難82万人以上になったというニュースもある。地上の気候が狂いだしているのである。更に、アメリカのプライムローンに端を発した世界経済不況も深刻化しそうで、ジョージ・ソロスなど「第二次世界大戦後、最大の経済危機である」と発言したとか。ブッシュ政権はさまざまに手をうっているが、日本政府は手をこまねいているといった状況だ。

■自然環境と経済は、人が生きていく上で大変大事な要素である。目下の急務は経済である。「金、金、金といいすぎる。もっと精神的に豊かにならなければ」と真っ正面からお説教めいていう人に限って、「日々の生活に困らない」人が多い。彼らは言葉だけで、困っている人に援助の手をさしのべたり、汗を流したりしない。「困っている人」や「困っている人の実情をよく知っている」人は、そう簡単に「お金などに執着せず精神的に豊かにならなければ」などといわないものである。

■本日、新橋駅で乗り換えるとき、地下通路に中年女性のホームレスが横たわっていた。着ているものが新しいので「新参者」かもしれない。「普通のオバサン」という印象の人が通路に寝ている姿は、以前には見かけなかった。厳しい寒さの中、凍死するホームレスも多いにちがいない。警察では「行き倒れ」として収容しニュースにもならない。自殺も多すぎて、こちらも一部著名人をのぞいてニュースにもならなくなってしまった。
 
■憂うべき事態が、目に見えないところで進行しているようだ。以前から、現代は昭和初年に似ているといわれていたが、世界経済不況の深刻化を前にして、更に似てきた――と思えてきた。戦前のような情報統制はないし、軍部独裁もないので、「二の舞」を演じることはないと思うが、多くの国民は新たな危機に見舞われるかもしれない。

■「貧民」が増えているのに対して「富裕層」がいる。某氏の話では、ぼくも知っている某新興実業家H氏が自由に「小遣い」として使える個人名の預金に〇がいくつもならんでおり、数字を見て最初いくらか判断がつかなかったが、ようやく50億円であるとわかったという。数年前のことだが、驚きである。自分で創業した会社を売って得た「創業者利益」が莫大なのだろう。高卒でたたきあげてリッチになった「立志伝中」の人といってよいだろう。7年ほど前、一部マスコミ等で知られる前、H氏はぼくに直接こういった。「ぼくは3000億円の金を動かせる。ただ、胸にぽっかり穴が空いている」

■正規の社員、職員のなかにも、最近、鬱病が急増している、と本日、テレビ局員の某氏から聞いた。生きづらくなっている人が急増しているのである。多くの人々の欲求不満が募り、やがて沸点に達する可能性もあり、どういうことになるのか気になる。恐らく鬱の周期にはいっているので、余計に「暗く」見えてしまうのかもしれないが。さて、気をとりなおして締め切りが迫っている原稿に向かおう。ほとんど毎晩(毎朝か)机に向かいながら、新聞の朝刊が新聞受けに投げ込まれる音を聞く。以前、新聞の集金人がカミサンにこういったそうだ。「オタクは早起きなんですねエ。いつも朝早くから電気がついている」なるほど、世間にはそう見えてしまうのか。この種のことをしばしば体験する。 
by katorishu | 2008-01-30 00:01
 1月28日(月)
■レクラム舎公演「S町の物語」(作・演出 喜一郎)を見た。世田谷区若林の住宅街にある小劇場「スタジオAR」で。東京オリンピックのころのソロバン塾を舞台に展開される。ソロバン塾の成人向けの「特別教室」にやってくる生徒と、ソロバン塾を経営する夫婦の物語が、エピソード風に語られる。

■東京オリンピックは良くも悪くも東京を大きくかえたビッグイベントである。「古い町並」がこわされ「古い人情」も失われていく契機となった。失われてしまったもの象徴としてソロバン塾をとりあげたのは、よかったのではないか。語り手が平成20年の今にたって、往事を回顧するといった形式。歌あり、はちゃめちゃな相撲ありで、お客をあきさせない工夫が随所に凝らしてあり、楽しめた。

■欲をいえば、エピソード風の展開のせいか、ドラマがもうひとつ煮詰り凝縮していかないキライがあった。さらに再演、再々演を重ねるうち、完成度を高めていけばいいのではないか。
 一功さんのエネルギッシュな活動には改めてエールをおくりたい。去年誕生した子供が20歳になるとき、一功さんは75歳になるという。それまで頑張って、生涯現役をつらぬいて欲しいものだ。
by katorishu | 2008-01-28 23:52 | 映画演劇
 1月26(土)
■寒い日がつづく。気持ちまでが「寒く」なっており、どうも気が晴れない。これはインターネットなど文明の利器の普及せいである、ということにしておこう。そう思いつつ、こうやってインターネットを利用して、誰に頼まれたのでも誰に乞われたのでもなく、ブログを記す。習慣とは怖いもので、記さないと何かを忘れているような気がしてしまう。30分ほどの短い時間で記すので誤字脱字も多い。
 毎日記している人のブログで、数人のブログを比較的頻繁にのぞくが、みんなよく書くものだと感心する。匿名より、実名で記している人のブログのほうをよく読む。

■その中の一人、有田芳生氏の『酔醒漫録』は有田氏の日々の行動を具体的に記しており、氏がどこで誰とあい、何をしたか……などがわかるようになっている。気になるのは、氏が会って話したり食事をしたりする相手の実名と店の名前などを具体的に記していることだ。中には有田氏とどこそこであって話したりしたことを公にされたくない人もいるのではないか。

■以前、共同通信の本社ビルの食堂で有田氏にあい名刺交換したことがある。国際関係のジャーナリスト、田中字氏と共同通信の編集委員らが主催する「台湾問題研究会」の席だった。思い返せばちょうど有田氏が「歌姫」テレサ・テンの伝記を執筆していたころで、そのため参加したにちがいない。当時はまだブログが登場していなかったのではないか。

■有田氏のブログを読むと、次の総選挙に新党日本から出馬するようで、党首の田中康夫氏らとの会合も記されている。移動の合間や喫茶店などで、氏はよく読書をしているが、夜はほぼ連日、居酒屋などで飲んでいる。いろいろな人に精力的にあい、じつによく呑み語っているようだ。穏やかな風貌、姿勢であり、それほど若くもないのにエネルギッシュである。政治家を目指す人は、とにかくエネルギッシュでなければいけないのかもしれない。ぼくなどには逆立ちしても出来ない芸当である。

■最近ブログでよく読むのは「小泉内閣」のとき、外務省に反旗をひるがえして辞めた天木直人氏。エジプト大使であったとき、イラク戦争に反対し、辞めざるを得なかったと記憶する。恐らく外務省内では「あのバカが、せっかくのキャリアを棒にふって、迷惑なことばかり放言して」などといわれているに違いない。
 一種ドンキホーテ的果敢さは、小利口な生き方をする人が圧倒的に多いなか、珍重にあたいする。

■匿名ブログでは、「ヘアメイク」を仕事としながら(と自称している)《反権力》の過激な論調を展開する「きっこのブログ」と、これとは対照的に「国粋主義的」というか「右派論客」の論と似た論を展開する「博士の独り言」を、比較的よく読む。「安倍晋三応援団」の趣の濃い独在住の評論家、クライン孝子氏のブログと、逆の立場の政治評論家、森田実氏のブログも時折眼を通す。

■メルマガでは、国際情勢についての独自の分析を展開する田中字氏のものと、作家の村上龍氏が発行しているJMM [Japan Mail Media]にときおり乗るアメリカ在住の冷泉彰彦氏によるUSAレポートが面白いし、「なるほど」と思う論や情報を提供してくれる。
 
■最新のレポートで、冷泉氏はアメリカの「変化」について触れ、こう記す。
「現在のアメリカは不安感の中に立ち止まっているのは確かです。ですが、そこには荒々しい衝動、つまり不安が恐怖にそして憎悪に転じるような気配はありません。アメリカは問題を抱え、変わろうとしている、つまり過渡期に入ったのは間違いないのですが、どうも今回は過去の前例とは違うようなのです。言ってみれば、アメリカは敵を探すことができずにいるのです」

■「過去の前例」とは、不安になると何か敵をもとめ、その敵に対して攻撃的になることで不安を乗り越えようとするアメリカの傾向で、常にアメリカはそんな衝動に陥りがちであるのだが、今回はどうも違うという。
 泥沼状態で戦費ばかりが膨大に費消されていくイラク戦争の失敗や、サブプライムローンに端を発した景気後退が、アメリカ人の自信を喪失させ、きわめて「内向き」に傾いているようだ。国民が一斉に躁状態であったのだが、それが終わって「鬱」の症状にはいったということだろう。
 こっちは、どうも「躁」状態がないのに「鬱」の状態にはいっているようだ。「加齢」故の生理現象と思うことにしよう。
by katorishu | 2008-01-27 00:06
1月25日(金)
■相変わらず寒い日が続く。午前中20分ほど早足で歩き、コーヒー店で一仕事してから六本木の放送作家協会理事会に。寝不足で疲れていると、少々「幼児期への退行化現象」を起こすので、ちょっと過激な発言をしたかもしれない。

■夕方、澁谷で月に一度の定例勉強会。本日の講師は日本経済新聞の元常務取締役の池田正義氏。アメリカのサブプライムローン問題が焦点となる。経済の素人の集まりなので、池田氏は大変わかりやすく、解説してくださった。この問題、どう波及するかわからないが、日本は高度な技術力では世界のトップクラスなので、世界的な経済混乱のなか、むしろ強みを発揮するという。大変心強い論旨であったが、二次会で対面して40分ほど話したところでは、危惧すべきこともあるようだ。

■アメリカの国債を日本は大量に買っているが、その証書はアメリカにあり、日本は経済的にはアメリカに対して手も足もでない状況であるという。日本人が営々と働いてえた利潤は結局、アメリカに環流しているそうで、その点で日本はアメリカの植民地であるといってよい。

■近年顕著な傾向としてアメリカ国債を中国、ロシアが買っており、この2国は軍事大国でもあり別にアメリカに守ってもらっているわけではないので、国債を「売る」選択肢をもっているのだという。日本はアメリカから買った国債を(詔書なしで)ただ持っているだけで、どうすることもできない。俗っぽくいえば、日本よ誰に守ってもらっているのか、と脅されるとどうしようもない。
 一方、ロシアと中国は日本などとちがって自由に売ることができる。このことが今後の世界経済ばかりでなく世界の政治に大変な影響をあたえる可能性が出てきたとのこと。

■一方 で中国経済のバブルである。日本の製造業が中国と深くからんでいることは常識である。そんな中、北京オリンピック以降、中国バブルがはじけソフトランディングに失敗し、ハードランディングをしたら、日本は大変深刻な影響をうける。池田氏は「ソフトランディングすることを神に祈りたい気分だ」と話していた。

■ついでながら。NHKの記者のインサイダー取引が話題になっているが、日経の記者はインサイダー取引をさけるため、伴侶はもちろん子供や親族まで株の取引をやっているかどうか調べられるのだという。そのほか諸々、意見交換した中、8割方意見が一致した。長い期間にわたってひとつの党が政権党として君臨してきたのは、独裁国家をのぞいては日本と中国ぐらいのもの。なにはともあれ政権交代させ空気を変えないとダメという点でも一致した。
by katorishu | 2008-01-26 03:42

じわじわ上がる諸物価

 1月23日(水)
■いろいろな物価がじわじわ上がっている。安価に気軽にコーヒーを飲ませるドトールコーヒーまでが、180円のブレンドを200円にするという。他のコーヒー店もすでに上がっているところが多い。日に数件コーヒー店にはいるので、こういう小刻みな値上げも響く。今後の「増収」が望めない、国民年金の年金生活者など、大変な不安の中にいるのではないか。

■一方で、大変な金持ちも結構いるようだ。本日、某経済通氏から直接聞いたのだが、「疲弊している」と伝えられる「地方」の企業の中には、相当内部留保のあるところも少なくないという。某氏の関連で、都心のホテルで行われた某県の東京県人会の新年会に顔をだす。滅多にしないネクタイなどをして。1200人は集まったとか。オープニングで、県知事はもちろん、選挙が近いためか県選出の国会議員がずらっと雛壇にならび、傍らではSPが周囲に鋭く視線を凝らしていた。来賓挨拶の際、たまたまSPの隣に立っていたので、SPの左右に動く鋭い目や姿勢などを間近で見た。

■東京生まれ東京育ちなので、「県人会」なるものに馴染みがなく、県人会の集まりに顔を出したのも初めてだった。なるほど「地方」はこういう形で結束をかためるのだな、と市町村や業界代表の出席者たちを興味深く見ていた。情けないことだが、数日前から「ジ」になってしまい、立っているのが辛いので早めに引き上げた。
 東京は雪と雨のいりまじった天気。某氏らと今年はちょっと大きな仕掛けをする予定であるが、さてどういう展開になりますか。期待と不安、相半ばする気分で帰路につく。
by katorishu | 2008-01-24 01:04
 1月22日(火)
■飯田橋で編集者と「情報交換」した。帰路、駅の売店の新聞の見出しに「東証続落」「世界同時株安」の文字が躍っている。去年から懸念されたことが、現実になってしまった。サブプライムローン問題は来月から問題噴出――という見通しなのに、早くもこういう数字が並ぶ。

■株価の動きには複雑な要因がからんでおり、ぼくのような素人にはわからないことが多いが、デジタル化、インターネットの普及によって、「数字」が国家の制御をこえてしまったのではないか。現代の恐竜のように暴れ回るイメージがつきまとう。ところで、池田信夫氏によれば、資本主義の本質は「額に汗して働く」ことではなく、カーズナーのいうように、「だれも知らない情報を見つけて鞘をとる」こと――であるという。

■以上の意味で、「利潤の出る取引はすべてインサイダー取引だといってもよい」とも池田氏はいう。NHKのインサイダー取引問題に関して、元NHK職員の池田氏のブログには万を超える数のアクセスが集中したらしい。それはそれとして、今のところ、政治のシステムとしては資本主義が「よりベター」なものということになっているが、上記のように割り切られると、「職人文化」こそ日本の誇りと思っているぼくには少々引っかかる。

■職人を大事にする国のひとつにイタリアがある。イタリアは周知のように慢性的な国家経済破綻状態で、この点では南米諸国並であるが、倒産はせず、イタリア人の多くは陽気に生活を楽しんでいる。そうして、ファッションやデザイン、食糧などで斬新なアイディアを産みだし、世界にイタリアの存在感を示している。理由のひとつとして雑誌「選択」は、2000万を超える「法人」の多さをあげる。イタリアの人口は6000余万人なので、「労働人口と照らし合わせれば、働く人の数だけ企業が存在する」といってもいい。

■企業の大半は一人会社か家族経営であるが、こういうところから世界に通用する数々の製品やファッションが「職人技」で生み出されているのである。06年の世論調査によるとイタリア国民の9割強が「家族が一番大切」としている。「家族を大切にする職人」これはそのまま、昭和30年から40年代くらいまでの日本社会に通じる。日本と違うのは、付和雷同がすくないということである。

■イタリアでは人の数だけ意見があり、社会は常に混乱している。しかし、違いがあるからこそ健全という精神が生きているのだそうだ。そこからイタリア伝統の個性的な創造力が生まれるのだろう。日本の目指すべき方向は、こっちのほうではないのか。「人」より「数字」を礼賛するアメリカ主導の「市場経済原理主義」がいろいろなところで破綻を見せている今、日本の目指すべき方向について、イタリアが恰好の指針をあたえてくれている。

■「サヤとり」の成功者、楽天の本社が最近、近所にうつってきた。「楽天タワー」というビルを建て、その中で3000人が働いており、ビル内にある社員食堂は無料とか。「結構豪華なんじゃないですか。一度食べてみたいもの」と楽天ビルのある品川シーサイド内のイオンの地階で、一杯300円前後のうどんをすすっていた「零細企業」従業員かと想像される青年が話していた。隣のテーブルで食べているこちらの中身も想像されるといったもの。
by katorishu | 2008-01-23 00:32

IT関係者と情報交換

 1月21日(月)
■大手電機会社をやめて一人でIT関係の会社をつくったSさんと昼間渋谷で情報交換した。年賀状に手書きで現況をいろいろ書いてあったので、会いましょうということになった。Sさんはストリート・ダンスに興味をもち、自らも巧みに踊るほか、ストリート・ダンス会場を自らカメラで撮影し、編集して「作品」として仕上げ、販売もしている。文系のぼくなどの持っていない知識やスキルがあるので、ためになる。

■最近、Sさんは高性能のハイビジョンカメラを買い、パソコンや編集機器も「地方の放送局」のものに劣らないものを備えたということで、連日、東京と地方を往復し、若者の熱気であふれるストリート・ダンスの開場をビデオにおさめている。

■最新のカメラと編集機器でつくっただけあって、映像の配置具合やカット、ズームほかに見せ所があり、以前にいただいたDVDにくらべると格段の進歩である。Sさんは電子機器を駆使して作曲したCDもつくっており、2枚いただいた。著作権フリーでつかってもよいそうだが、中にいくつかボーカルのはいったものがあった。高いレベルの女性ボーカルで、これはプロなのか、アマチュアなのか。近々、Sさんの取材現場でもある渋谷の某所のストリート・ダンス大会を見学にいくつもり。「すごい埃と煙草の煙もうもうですからマスクをかけてきたほうがいいですよ」とのこと。一説に首都圏だけで10万人のストリート・ダンサーないし志望者がいるといわれる。かれらの情熱の現場をこの眼でみて体で感じてみたい。

■Sさんが最近買ったパソコンはいわゆる大手メーカーのものではなく、秋葉原の電気街で売っている小さなパソコン店の製品だという。2テラバイトの容量があるというから、相当なもので動画も自在に使いこなせる。それに比べ、すでに買ってから4年ほどが経過するこのデル製のパソコン、立ち上げに時間はかかるし、最近とくに動きが鈍くなり、いつ故障するかわからない状態になっている。
 
■一度、ハードディスクが壊れ、自分で中を開き、送られてきたハードディスクをはめこむだけで四苦八苦した。時代はデジタルへ……と傾斜しており、この流れはとどめようがないのだが、
この流れが果たして良いことなのかどうか。
 小林秀雄賞を受賞した茂木健一郎「脳と仮想」を面白く読み進む。以前から、茂木氏の著書は4,5冊読んでいるが、明晰な論理展開と該博な知識の持ち主で、極論すれば、「すべては脳のなせるわざ」という単純といえば単純な論理を、鋭く深く追求する。理系文系の領域を自在に行き来して論を展開する手さばきは圧巻で、なるほど、そういう見方があるな、とあらためて感嘆する。世の中には、ほんとに頭の良い人がいるものである。
by katorishu | 2008-01-22 00:57 | 個人的な問題
  
 1月20日(日)
■12時から港の見える丘公園内にある横浜文学館で行われた横浜川柳句会に出席。久々の出席で、川柳の勘がとりもどしにくかった。諷刺を旨とするサラリーマン川柳や江戸の柳樽の伝統川柳とはちがった「人生を5・7・5に詠み込む」もので、去年亡くなった時実新子氏が創り出した。「現代川柳」という言い方をしており、実際につくってみると、サラリーマン川柳などよりずっと難しい。サラリーマン川柳ならたちどころに、5,6句出来るのだが。

■情景や風景を詠む俳句よりつくりにくい、という印象だ。前もって「題」が与えられ、これを「兼題」とよび、当日、しめされる題を「席題」という。それぞれ5題あり、本日、兼題は「惜しい」「恩」「終わり」「多い」「温泉」で、席題は「老い」「オン」「重い」「送る」「親子」である。それぞれ2句を投句し、題ごとに選者がついて「選句」する。選者になるのは、それなりのキャリアのある人である。当然のことだが、選者の好み、価値観、美意識などがはいりこみ、「客観的物差し」はない。

■「遊び」の世界であり、当初軽い気持ちでいったのだが、例えば席題で10句を2時間で作るとなると、そう簡単ではなく、四苦八苦する。それも「愉しみ」のうちなのだが。 句会のあとの懇談までふくめて色々な個性との出会いも楽しい。「プロ」といっていいひともいて、カルチャーセンターの川柳講座で教えている人もいる。幹事役の杉山昌善氏はNHKの関東ローカル番組「いっと6県」(毎週火曜、午前11時から12時)の川柳コーナーを担当している。関東地方にお住まいで興味のある方は、一度ごらんになってください。初心者向けの解説で、視聴者から寄せられた川柳の講評などが中心ですが、現代川柳の概要はわかるはずです。

■ぼくはまだ数えるほどしか参加していない「初心者」だが、今回「重い」の席題で初めて「特選」をとった。『母を抱くこの重さなら生きられる』で、川瀬晶子選。川瀬氏は乃木坂のシアター・バー「コレド」で月一回、川柳句会を主催している。特選とはその題で詠み込まれた句のなかで「優秀」と判定されたもの。本日、30名ちょっとが出席したので、計60句の中から選ばれた。そのほか、「入選句」があって、それには2句選ばれただけ。この川柳句会の「常連」であるカミサンは8句の入選句があった。

■選ばれた、といっても他の選者であったら、また別の句を選んだかもしれない。「落ちた」人は、それで救われるというもの。新年初の句会なので、そのあと元町中華街の中華料理店で新年会が行われた。20代から70代後半の老若男女があつまって和気藹々の中、歓談した。平均年齢は50代半ばといったところか。主婦や定年退職者もいるが、現役で仕事をしている人も多く、はからずも「異業種交換」の場になる。

■当然のことながら、みんな言葉に関して敏感で造詣が深い。年ふった人はそれなりの味わいのある句をつくる。一方、この句会に出席する若い女性の言葉のセンスの良さにも注目する。男女比は本日は6・4で女性が多かった。残念ながら、「若い男」は皆無。このへんにも、日本文化、日本社会の「問題点」がひそんでいそうである。日本語という言葉の豊饒さをフル活用した「遊び」であり、「創る」という喜びにひたることが出来るので、もっと多くの人に広まってほしいと願う。「創る」とは「混沌に秩序を与えること」と言い換えてもよく、現代川柳は地味ながらそのための基礎の基礎になる。それが文化の豊かさにつながる。政治家や官僚、大企業経営者などもゴルフに行く回数を1回でも減らして、時にはこういう地味な場所に足を運んでみて欲しい、と思うのだが。
by katorishu | 2008-01-21 00:00 | 文化一般
 1月18日(金)
■寒い日が続く。日本の内外の「光景」も肌寒い印象のものが多く、心があたたかくなるニュースや知らせは極めて少ない。路地や公園などに子供があふれいた時代は、こういうことはなかった。なにより子供には「未来」があるし、子供が多ければ多いほど「未来」も多くなる。それが社会の明るさにも通じたのだが。

■今後、日本は1年間に80万の人口が減っていく。世田谷区や鳥取県の人口が毎年減っていくわけで、これが社会のいろいろなシステムに影響しないわけはない。
 歴史を読めば一目瞭然だが、人口が減っていく民族、国家で繁栄したところは皆無である。時間の早い遅いの違いはあるものの、人口減は民族や国家の活力を損なうし、やがて「亡国」に至る。

■「このままでは日本は経済大国からすべり落ち貧乏国になる」といった意味のことを、太田弘子金融大臣が国会で演説したそうだ。これに対して霞ヶ関の官僚など「へんなこといって」とせせら笑っているといった情報が漏れ聞こえてくるが、未だ「親方日の丸」のもとで暮らしている人たちには、危機感は他人事にしか感じられないようだ。

■ときどきテレビで「地方の情報」が流れる。警察がらみの「事件」は別にして年中行事などの「風物」「情景」が映し出されると、ほっとする。まだ日本にはこういう光景、情景が残っていたのかと思う。数字で表されないものを勘案すると、地方のほうが「豊か」という印象をもったりする。

■ただ、現実の生活に関連する「経済」では、地方の傷み方は相当らしい。このところ、東京をのぞくと、せいぜい横浜あたりまでしか足を運んでいないので、この眼で「地方の現状」を見たわけではないが、報道などでシャッター通りに象徴される荒涼とした光景を知らされる。恐らく未来に希望を抱かせる子供の数も都会以上に少ないのだろう。

■大きい政府から小さい政府といって「改革」の旗をふった「小泉改革」だが、小泉政権ができてから、じつは政府の借金(国債など)は減るどころか、250兆円も増えているという。それなりの理屈がつき、理解できる支出もあるが、どこに消えてしまったのかわからない税金も多い。
 仮に政権交代が起これば、社会保険庁が犯した膨大な無駄遣いの類が、一部ながら表面化してくるはずである。「族議員」と税の関連も、今より明らかになる可能性が強い。少なくとも、領収書などがいらない60億とも80億ともいわれる内閣官房費の「使われ方」の一部でも露呈すれば、新たなスキャンダルが出てくるだろう。

■政権交代をしたからといって、これだけ傷んでしまった国や社会が、すぐに良くなるわけではないが、諸々の問題をこのまま曖昧にして葬りさるよりはいい。その牽引力になるべき小沢民主党党首だが、あまり評判がよろしくない。思い切って長妻議員を党首にしたらどうか、などと思ったりする。テレビによく顔を出す政治家のうちで、もっとも信頼感、清潔感、正義感の強い一人――という印象を、少なくともぼくは長妻議員にもつ。

■仮に次の総選挙で、民主党が多数派をしめ「民主中心の政権」ができた場合、小沢党首は一歩後ろにさがって、長妻議員のような人物をもり立てて首相にすれば、政界に「清心な風」がふき、世の中がかわるという気分を多くの国民がもつのだが。(ま、空想の領域ですが)。
 とにかく、町に子供の姿があまり見られない社会というのは、よろしくない。テレビやゲーム機など室内で「楽しく過ごせる」機器が普及したこととも関連しているのだろう。

■機器(きき)の過剰な普及は危機(きき)の普及につながっているようだ。本日、午後、近くを散策したが、下校時間をすぎていることもあってか、ついぞ子供の姿を一人も見なかった。寒さなど平気で飛び回りはねまわるのが、子供であり、動物のように群れて遊ぶなかで「人間」が鍛えられていくのだが。
 横浜の伝統あるアマチュア劇団「かに座」のために執筆している戯曲が、思ったより手間取っている。アマチュア劇団だからといって、手は抜かないつもりだ。いずれ、プロの役者に演じてもらいたいので。今月いっぱいには必ず仕上げますので、もし関係者の中でこのブログを読んでいる方がいらっしゃったら、ご了解ください。かなり面白くなる「はず」です。
 
by katorishu | 2008-01-19 02:10