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 5月29日(木)
■最高気温が20度に達しない天気で、一日中、雨。こういう日は気分が晴れないが、幸い睡眠は珍しく満ち足りた。午前中、喫茶店で仕事をしたあと、午後ラジオドラマの本読みに出席。劇中劇としてミニ・ミュージカルがあるので、稽古時間の少ないなか、どんな具合になるか気にしつつ顔を出した。

■台本が長くかなりカット部分もあったが、感動作に仕上がるのではという確信をもった。主演の魏涼子さんは男子を4月に出産したばかり。子育てをしながらすでに仕事をはじめており、6月には青年座の舞台に立つという。声に魅力があり惹きつける。ゲスト主役である元宝塚女優の森ほさちさんの歌はプロだけに聴き応えがある。歌のもつ強さを実感した。

■ミュージカルとちがって、台詞劇で進展するだけにラスト近くで歌われる歌が、より強い効果を発揮する。大橋吾郎氏が「歌は強いよね。芝居をみんなもっていかれる」と話していたが、その通りである。久しぶりに癒される時間をすごした。
 6月14日(土)22時よりNHK・FM放送のFMシアター枠で放送されます。きっと癒やしの時間を共有されるのではないかと思います。ぜひご視聴の程お願いいたします。
by katorishu | 2008-05-29 23:49 | 映画演劇
  5月28日(水)
■中国四川大地震の被害を受けた地域で、何百万単位で被災者のテントが足りないらしい。そのため、日本の自衛隊機が被災地にテントを運ぶことを中国当局が是認したという。日本の軍国主義復活だといって自衛隊を敵視していたあの中国が、そこまでいうのである。被害の程度は報道で伝えられている以上に深刻ではないか、と想像される。

■個人レベルでもそうだが、本当に困っているとき援助の手をさしのべてくれた人の恩は忘れないものである。感謝の念もそれだけ強い。人道的見地からも、国の戦略的観点からも、日本は出来る限りの援助をしたほうがいい。

■将来的に日本がひどい惨禍を受ける可能性もあり、「お互い様」となることだってある。日本が世界に存在感を示すチャンスでもある。自衛隊機をイラクなどへ飛ばすよりはるかに良い。ところで、四川大地震とミャンマーのサイクロン被害の双方に、電話1本で(0990-513-006)100円の援助をできるそうだ。これはテレビ朝日で実施しているのだが、携帯電話の使用をちょっと控えれば被災者がすこしでも助かる。ほかの組織も援助の手を……とよびかけているようだ。

■本日は放送作家協会の総会。九州や北海道、関西、中部などから代表が出席。全体的に出席者の高齢化が目立つ。3分の1ほどは70歳を越えているのではないか。当然、「元現役」の人が多い。テレビ創生期に活躍した人たちである。彼らが現今のテレビについてどう思っているのか。聞く時間がなかったが。戦前の学校放送に小学生としてしばしば出演した方もいた。もちろん、当時はラジオ、それもNHK1局で、場所は日比谷公園近くの内幸町である。

■それで思い出したが、小学校時代の教科書に「NHKは千代田区内幸町にある」という一文があったのを記憶にとどめている。内幸町というのを、それで知った。古い記憶というのはなかなか忘れないものである。新しいことはすぐ忘れる。昨日、食事のとき、何を食べたかも思い出せない。以前は、「つまらないこと」「どうでもいいこと」をいつまでも覚えていて困ったことがあったのに。記憶がこれ以上劣化しないうちに、書くべき事を書いておかないと、と改めて思ったことだった。
by katorishu | 2008-05-28 23:10
 5月27日(火)
■山手線の駅の中でも比較的地味であった大崎駅周辺のかわりようは、品川駅どうよう大変なものだ。本日は今年になって新しくオープンしたシンンクパークと反対側のゲートシティの両方に足を運んだ。どちらも極めて人工的な場所で、IT関連の企業が多く入っているようだ。

■機能的なのだろうが、何かが足りないと感じてしまう。
 本の打ち合わせで14時、編集者とシンンクパークで会い、そのあと大崎図書館に初めていった。住宅街の中にある小さな図書館である。「事業支援図書館」なるものが二階にあり、そこではパソコンが使える。静かで落ち着いた空間で、ぼくとしては「新しい仕事場所」が見つかった気分である。気持ちがよいこともあって、30分ほどうとうとっとした。

■それで脳が蘇った。土日はもっと人がくるのだろうが、ウイークデイは閑散としている。ここまでゆっくり歩けば運動不足解消にもなる。「ありがとうございました」と受付の女性はいい頭をさげる。今時、区立の施設でそんなことをいわれたのは初めてだ。小回りのきく小さな組織の良さをあらためて実感する。

■夕方近くゲートシティにいきコーヒーを飲みつつ資料や本を読んだりした。そのあと、仕事でお茶の水方面にいっていたカミサンと待ち合わせ、建物のなかで夕食をとった。ベルギービールを飲ませる店というのがあったので入ったのだが、ビールの小瓶が1本1000円以上のものばかりで高い。1本5000円を超えるビールもある。1本だけ呑んだが、日本のビールのほうがうまいと思った。以前、新宿で呑んだベルギー産のビールはうまかったのだが。

■そのとき、食べた魚貝類入りのパスタが悪かったのか、それとも冷えたのかどうか、帰宅して下痢をした。富山の置き薬が置いていった薬をのむとややよくなったが。このところ外食が多いが、なるべく控えたい気分だ。家で自分の好みでつくるものにくらべ、うまいものに出会う確立は低い。高いし、まずいし……ではストレスが高まる。

■このパソコン、ときおり厭な音がしはじめた。冷却装置がファンなので、その回転が鈍っているのではないか。以前、そのまま放置しておいてダウンしてしまい、貴重な情報が消えてしまった。そろそろ新しいパソコンに買い換える必要があるのだが、新しく色々なことを設定しなおすのも面倒なので、しばらくこのまま使用するつもり。
 インターネットやデジタル化で、映像ソフトのあり方がかわるし、むしろチャンスがふえることで、歓迎すべきこと、と8月に出る予定の本の序文に記しながら、一方でアナログ的なものがどんどん希薄になっていく傾向を懸念する。
by katorishu | 2008-05-27 23:09 | 社会問題
5月26日(月)
■一週間前に採決した血液の検査結果がわかった。値が、いちおう安全圏内にあるとのことで、ほっとする。水をもっとよく呑むようにとのこと。そういえば91歳まで健康に生きた親父は「水をよく飲むことが健康の秘訣」とよくいっていた。

■午後、大森駅近くで『北京の檻』の共著者である鈴木さんと久しぶりにお会いし、1時間半ほど雑談がてら「情報交換」。大井町駅周辺で仕事をしようとしたが、眼精疲労に脳疲労がくわわって仕事にならなかった。どこかに遊びに行く気力もなく、早めに帰宅。部屋にあふれかえる資料の山を前にしばし呆然とする。

■劣化を意識せざるを得ない脳で、処理できるのかどうか。1600年前後の日本と周辺国を舞台にいろいろ書きたいことがあるのだが、資料読みだけで終わってしまうことのないようにしなければ。元TBSアナウンサーの川田亜子さんが自殺したという。比較的我が家から近い「湾岸地区」の一角で、死体となって発見された。車の中で炭火をたき一酸化中毒死したようだ。

■まだ28歳の若さだという。若い人にも鬱病がふえているとよく耳にするが、彼女もそんな一人であったのか。ブログに心の不調をうったえる文字がかいま見える。あるサイトから自殺を知って彼女のブログをはじめて見たのだが。傷ましいことだ。

■鬱病は脳の病気の一種であるそうで、薬物療法で治る可能性が強い。ただ、鬱になりやすい人がいる。そういう人はたいてい几帳面で真面目。完璧主義者が比較的多いとのこと。かなりズボラなところがあるので、ぼくなどかろうじてこの病から免れている。しかし、あまり「正常」とも思えない。慢性的に鬱の気分にずっと支配されているし、天気でいえば土砂降りではないにしても、カラッとした青空ではなく、空の半分ほどを雨雲がおおっているような状態だ。

■最近、カラッとした青空を忘れてしまった気分でもある。そのせいかどうか、世の中の動きに対する関心も、やや薄れている。これは鬱の初期症状なのかどうか。そういえば古今亭志ん弥さんから鈴本で落語会をやるという案内がきていた。某劇団からは芝居の案内がきているし、勉強会などの案内もきている。以前であったら、全部に顔を出していたのだが……。どれかひとつには是非顔を出したいものだ、という程度しか意欲がわかない。
by katorishu | 2008-05-27 01:20
 5月25日(日)
■中国四川大地震の被害はその後も増え続け、死者は10万人を超えるのではないか。被害の増大には「人災」の側面も強い。官吏と業者が癒着して手抜き工事もずいぶん行われていたようだ。援助物資も現地の本当に必要とされている人にはなかなか届かず、途中で抜かれてしまうケースがあるらしい。

■日本的モラルで、おかしいといっても仕方がないのかもしれない。それが中国であり、中国文化なのだろう。長い時間をかけて出来上がった「慣習」は一朝一夕でかわるものではない。中国に欧米式の「民主主義」が根付くことはないかもしれない。アラブに根付くことができなかったように。

■ところで、東京であの規模の大地震が起きたらどれほどの被害が出るか、想像するだけで恐ろしい。いつくるか分からないが、東海大地震等以前からいわれており、いずれやってくる。耐震構造に建て替えをしているところもあるが、ほとんどは心許ない。

■東京の場合は火災の被害が懸念される。関東大震災の被害のほとんどは火災だった。富士山だって死火山ではなく、たんに活動を休んでいるだけである。いずれ火を噴く山もあり、大地も揺れる。昔の人は天や地に住む神の怒りとして素直に受け止め、自然に対する畏敬と畏怖の念をいつも持ち続けた。

■今の「文明人」が忘れていることを、自然現象は鉄槌をくだすようにして時折思い起こさせてくれる。人よ驕り高ぶるな。もっと謙虚に。そう天が警告しているのだ、と受け取ったほうがよさそうだ。風邪が治った。葛根湯のエキスを3本飲んだのが効いたのかどうか。一番効いたのは睡眠のようだ。自然治癒。これを大事にしたいものだ。

■本のゲラ校正を、もう一度やりなおす。見返すとまだまだ訂正したいところが出てくるので、きりがないのだが。明日あたり気分転換に、気軽に楽しめる映画でも観たいものだ。と、ここまで記して過日お電話をいただいた「手術をした」というSさんに返事をしていないことに気づいた。今月中頃お会いしましょう、こちらからお電話をさしあげます、と申し上げたのに。認知症になるにはまだ早いのだが。
by katorishu | 2008-05-25 23:28
  5月24日(土)
■もうすこしすると、アメリカの大統領がかわる。前後して日本の首相もかわるに違いない。「今」を肯定している人はともかく、多くの人が「変わって欲しい」と切に願っている。クリントン大統領からブッシュ大統領になってアメリカが劇的に変わったように、オバマ氏が「黒人初の大統領」になったとしたら、アメリカはまた劇的にかわるに違いない。

■社会が「変わる」ことは、ある人にとっては願わしいことであり、ある人にとっては厭わしいことである。変わることを望まない人は、基本的に現状維持を願っている人で、それなりに今に満足しているのだろう。変わって欲しいと強く願っている人は、「やってられない」気分の人であり、こちらが日々多くなっているようだ。

■ヒラリー候補が劣勢の選挙戦を継続する理由として、オバマ上院議員が“不測の事態”に見舞われることを期待したともとれる発言をしたそうだ。オバマ氏が「暗殺」されることを願うととられかねない発言で、アメリカのマスコミが一斉に報じた。ヒラリー氏は事の重大さに慌てて陳謝したという。

■劣勢に陥って焦っていたのだろうが、愚かな発言であり、ヒラリー氏は自ら墓穴を掘った。アメリカ大統領としてふさわしくないことを自ら公言してしまったようなものである。
 これでオバマ民主党候補とマケイン共和党候補の一騎打ちになる。どちらが勝つかまだわからないが、より可能性の強いのはオバマ氏だろう。

■オバマ大統領なら、なにか画期的なことをやってくれるのでは――という期待が多くのアメリカ人にあるのだと思う。多民族の移民国家アメリカにふさわしい大統領の誕生で、これ自体、意味のあることだ。アメリカ、とくにブッシュ政権べったりであった日本政府の対応もかわらざるを得ない。
 日本では、今の情勢で総選挙にはいると、民主党など野党が過半数をとり、政権交代といういうことになる。

■次の指導者が誰になるかは今後の日本を占う上で極めて大事であり、無関心ではいられない。未来は難問だらけで、明るい要素は少ないが、多くの日本人と同様、社会の仕組みを変えないといけない、と思っている。
 
■現在、若者のあいだでプロレタリア文学の「蟹工船」がよく読まれ、文庫の売り上げも50万部を越す勢いだという。非正規社員やアルバイトとして薄給で酷使されている状況が、「蟹工船」の世界と通じるとのことで、「自分たちのこと」として身につまされて読んでいる若者もいるという。

■何か「地殻変動」がおきはじめているという気がする。「自分が不当に痛めつけられている」と思う層の急増は、否応なしに変化をもたらす。不満のエネルギーは相当たまっていると解釈すべきで、いつ飽和点に達し沸騰するかわからない。
 一方、仮にオバマ氏が大統領選挙に当選したとして、依然として暗殺されるのでは――という噂も流れている。銃社会アメリカだけに、あり得ないことではない。オバマ暗殺ともなると、国際社会でのアメリカの権威は一層失墜する。

■サブプライムローン問題では、どうやら「世界恐慌」の危機は脱したようである。ただ、中東情勢も微妙であるし、北京オリンピック後の中国がどうなるかもわからない。ボーダレス化の時代、世界の動きに日本は無縁ではいられない。食糧品などの物価は今後とも高騰するであろうし、いずれデフレになるのでは、と素人考えで危惧してしまう。

■本日も風邪でくしゃみや鼻水がつづく。葛根湯を飲んだが、よくならない。世界情勢や政治情勢とは関係ないところで、いろいろ「懸案事項」ばかりが積み上がり、意気はあがらない。本の初稿ゲラ直しは目をしょぼつかせながらも何とか終えた。それで一日は良し、とするしかないようだ。
by katorishu | 2008-05-25 00:18
 5月23日(金)
■暑くなると不愉快なことがある。クーラーの冷やしすぎである。役所関連の建物は「お達し」があるのか、比較的冷気も穏やかだが、喫茶店や食堂、映画館など「サービス関連」の室内のクーラーは冷やしすぎである。暑い外から室内にはいってクーラーが効いていると、その瞬間は心地よいかもしれないが、1時間以上いると寒気が身にしみる。

■暑くなればなるほど防寒具をもって出なければいかないとは、本末転倒である。数日前から風邪をひいている。咳と鼻水で脳機能が悪くなり、仕事にさしつかえる。
 風邪の一因はクーラー効きすぎの部屋にいたことである。エネルギー消費を抑えなければいけない時代なのに、相変わらず東京の建物は冷やしすぎで、「サービス過剰」というより「ありがた迷惑」である。

■最近は脂肪の層の厚い人が多いせいか、それとも鈍感な人がふえているのかどうか、クーラーでがんがん冷えていないと、不機嫌な人がいる。客であった場合、店はそういう人の声を聞いてしまう。一方、例えば喫茶店などで、部屋の温度を店の従業員の「体感」にあわせているケースが多い。自分たちは忙しく立ち働いており、熱源の近くにいるので、少々暑いのかもしれない。が、お客は、じっと座っている。

■もしかして、長居する客を早く追い出すための作戦と思うこともあるが、観察していると、どうも従業員の怠惰のせいと思えてしまう。昼の暑い盛りにクーラーの温度設定をおこなったまま、夜になってもかえないので、当然、室内は寒くなる。

■電車の中も同様である。満員電車のときに温度設定をしたままなので、すいているときは寒気が身にしみる。幸か不幸かほとんど満員電車に乗らないので、「被害」をうけやすい。温度調節にかかわる人は、もっと細やかな心配りをして欲しいものだ。

■放送作家協会の理事会にでる。旧理事での理事会はこれが最後。終わって近くのレストランの外の喫茶コーナーでお茶を飲み、構成作家のY氏と現代の世相やテレビ業界などについて雑談。外なのでクーラーの被害にあわずにすんだ。世間が「放送作家」に抱いている「目立ちたがり屋」といったイメージとはまるで違って、落ち着いて控えめな紳士のY氏。落語の世界を現在に復権させることも、必要なのではということで意見が一致する。与太郎など「余計者」に存在価値を認めることで、効率化最優先のシステムにブレーキをかけたいものだ。
by katorishu | 2008-05-23 21:43
 5月21日(水)
■東京の代表的盛り場として、新宿、渋谷、六本木、池袋、浅草……等々がある。以前はもっぱら新宿に足を運んだが、最近、ほとんど行かなくなった。だいたい夜の盛り場にいかないので、盛り場にいくとすると映画か演劇などを見るか、仕事の打ち合わせということになる。

■以前、銀座はなんとなく「金持ち」の集まる街で功成り名遂げた人か社用族のいく所……という印象であったが、最近はちがうようだ。渋谷などがうるさく落ち着きのない街になってしまったせいか、銀座にいくとほっとする。
 高校大学と一緒のS君に誘われたので和光裏の喫茶店の地下室での「勉強会」に出席。「温暖化と文明・温暖化を進行させる現代文明の背後に見えるもの」というタイトルで、経済学博士の肩書きをもつ海上知明国士舘大学講師が講演した。

■10人ほどの出席者なのでじっくり聞けたが、じつに面白い内容だった。地球温暖化と二酸化炭素の関係も、じつは100年たってみないとわからないことばかりであるらしい。メタンガスも温暖化と深い関係があるとの指摘は興味深かった。メタンガスを発生させるのは、じつは牛や羊などの「反芻動物」で、1頭あたりのメタンガスの排出量は人の1000倍であるとか。

■産業革命以前のヨーロッパの饑餓はすさまじく、北フランスでは人口の10%が餓死した……等々、初耳のことも多く、驚くことばかり。じつは日本は「資源大国」であるとのこと。水と太陽に恵まれ、土壌も肥えているので、狭い土地でヨーロッパなどとは比較にならないほど収穫をあげることができる等々。なるほどと思えることが多かった。

■環境問題ひとつとっても、単純ではないな、と蒙を開かされる思いだ。海上氏が6月に出す「環境思想と現代文明」(荒地出版)を読んでみたくなった。 この集まりで大学の同級生で昔NHK北京特派員をしていたI氏に30年ぶりに会った。「北京の檻」を読んでくれており、面白かったとのこと。中国情報をよく把握して正確に書かれていた……といわれたが、お世辞ではないと受け取っておこう。

■旧知の人と再会したことで、いろいろと思い出すことなどがあった。たいていの人がそうであろうが、「過去」はじつは苦渋に満ちている。良いことだけを思い出すよう脳がうまく働いてくれるようだが、物書きの性で、牛や羊などと同様(過去を)反芻することが習性になっている。それも恐らく不眠の一因なのだろうが、このマイナス要因が一方で書く上の「財産」になったりするのである。

■ものごとは別の角度、別の視点から見ると、しばしばちがって見えてくるものだ。似たような価値観の持ち主ばかりと会って「安心し合って」いてはいけない。「待てよ、こっちから見たらどうなのか」「悪と見られている側にたってみたら」等々、複雑化した社会にあっては、複数の視点、複眼が大事であると、あらためて思う。
 7月にはチベット出身の政治学者ペマ・ギャルボ氏を講師に呼ぶとのこと。ぜひ出席してチベット問題の「真相」を聞きたいものだ。
by katorishu | 2008-05-21 23:26 | 文化一般
 5月19日(火)
■18日放送のNHKスペシャル「沸騰都市ロンドン」を見て、驚いた。ロンドン市の人口の3分の1は外国人だという。ロンドン市長のとった外国人優遇措置によって、ロシアをはじめ中国、インドなどの資金がロンドンにあつまってきて、大変な好況にわいているという。

■とりわけロシアの進出はめざましく、現在24万人をこえるロシア人がロンドンにすみ、ロンドン経済の活況の一因になっている。東欧や中東からの出稼ぎも多いが、この番組で紹介されるロシア人はみんな「富豪」の投資家である。背後には高騰する原油や天然ガスなどで急激に潤う「資源大国」ロシアがある。

■ロシアは今、バブル時代の日本と同じといっていいかと思う。日本のバブル経済当時、ロシアは貧にあえいでおり、北方領土は日本が金で買えばいいといった意見が、マスコミなどにも載っていた。あれから20年近くで、ロシア・イコール貧乏、日本イコール豊か――という図式が逆転してしまった観がある。

■経済的繁栄をもたらすには「外国」とりわけ「新興国」の人と資本のパワーをとりいれることが、もっとも早道であることを、ロンドンのケースは示している。9,11以降、アメリカは警備などの関係で外国人が参入しにくい国になってしまい、イラク戦争などの負担もあって没落傾向にある。世界経済の中心だったニューヨークにとってかわり、ロンドンが往年の金融シティの繁栄をとりもどしつつあるようだ。

■考えてみれば、アメリカの繁栄は積極的に移民など「外国」の力をとりいれ、これを集積し新しい価値をつくりだしたところにあった。
 今、日本は少子高齢化、年金や医療保険制度、格差問題など、さまざまな問題が噴出し、いずれも解決の目途がたっていない。帰結するところは「金」である。先立つものが国にも国民にも少なすぎて、それが解決の障碍になっている。

■ロンドン市長の「英断」は傾聴に値する。「島国日本」では外国人を受け入れようとすると、必ず「ナショナリズム」が鎌首をもちあげ、拝外主義的政策が生まれる。
 しかし、ここまで根っこが傷んでしまった日本社会である。再生させるには、ロンドン市長のくだした英断を参考にし、思い切って外国人移入政策をとることも、選択肢にいれたほうがいいのでは、とあらためて思ったことだった。

■本日から寝不足を承知で、早起きを心がけようと午前8時に起床。朝食もちゃんと食べることにした。相当意志的にやらないと、ずるずる夜昼が逆転してしまう。午前中雨のようで快適な散歩はのぞめないが、リュックにパソコンや資料をいれて外出の用意をし、思いつきをこのブログに記す。
by katorishu | 2008-05-20 09:40
 5月19日(月)
■体調のことが気になり、某クリニックで見てもらったところ、「やや問題あり」で抗生物資その他の薬をもらう。考えてみると、少量とはいえ毎日お酒を飲んでいたが、それも控えたほうがよいとのこと。1週間後には検査結果がもどってくるが。
 奥の虫歯もやや気になるが、歯医者もふくめ医者にはなるべくいきたくないので、先延ばしにしている。

■最近はなんでも数値化して、症状を推定したりするのですね。簡単に自分の体内の中が、自分の目で見られることに驚く。過去数年を振り返っても、眠剤をときどきもらいにいく以外、病院やクリニックとは無縁の生活をずっと続けていたので、疎かったのだが。

■後期高齢者医療制度への国民の反発におそれを抱いたのか、公明党幹部が「緩和措置」を政府に進言しているようだ。しかし、本質が「姥捨て」制度であることにかわりはない。「役にたたなくなった老人たちよ、医療費がかかるから、なるべく医者にかからず我慢して、早くあの世にいってください」という底意が見えてしまう。

■人はみんな老いる。老いるという一点だけでも不安なはず。例外はあるものの、大半の老人は若いときと違って、がんばりも踏ん張りもきかない「弱者」である。残り少ない人生を不安に陥れる政策を実施するなど、世界第二の「経済大国」が泣く。医療費がなぜこれほど膨大になっているのか。無駄なつかわれ方はしていないのか、厳しく検証してほしいものだ。

■社会のシステムのどこかが、おかしくなっているのである。「少子高齢化」と一口にいうが、「高齢化」の進展をとめようとする考えは、「働けない者は早く死ね」という思想につながる。経済合理主義を最優先すれば、そういう考えになっていく。現実に老人は働けないし、新たに冨を生み出すこともなく、「消費するだけ」なのだから。しかし、人間である。人の命である。経済合理性で割り切ってもらっては、間違う。

■問題は「少子化」である。子供を産んで育てられる環境づくりにこそ多額の税金を注ぎ込むべきではないのか。これだけの「危機的状況」にあって、高校卒業まで教育費はタダといった措置もとれないとは、指導層は何を考えているのだといいたい。あまり利用されない道路建設へ、またぞろ多額の税が注ぎ込まれるようだが、優先順位が違う。高齢化のすすむなか「少子化」は国家的危機である――といえる。ところが、多くの政治家は近づく選挙の「票」のことばかりが気になり、「ばらまき」で選挙民のご機嫌をとる。

■土木建築で食べている人のことも考慮すべきことはわかるが、あまりにこちらに偏りすぎである。道路につかわれる税の1割でも教育や文化にまわせば、「未来へ希望をつなぐ」土壌となるはずなのに。我が身の健康も気になるが、日本の行く末も気になることである。ぼくが気にしたって、毛ほどの影響力も持ちはしないが。
 遅れている、本のゲラの点検作業だけで一日が終わってしまいそうだ。毎度のことながら、本当に時間の経過が早い。苛立つほど早すぎる。
by katorishu | 2008-05-19 21:19