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 9月29日(月)
■麻生太郎首相の所信表明演説があった。テレビでは見ていないが、新聞で「就任にあたって」というはじめの部分を読み、目を見張った。「わたくし麻生太郎、この度、国権の最高機関による指名、かしこくも、御名御璽(ぎょめいぎょじ)をいただき、第92代内閣総理大臣に就任いたしました」と述べたという。

■「かしこくも、御名御璽」という大時代な言葉に驚いたのである。形式的には国会の開会日に天皇が臨席するので、戦後も以前から総理の所信表明演説にはこのような言葉をつかう「しきたり」があるのかどうか、知らないが。NEWS23で野中広務元自民党幹事長が「苦労知らずに育った人だし、下々のことなと何もわかっていなし、危険である」と厳しく批判していた。

■「臣・吉田」といっていた吉田茂元首相のお孫さんだけあると思ったことだった。ただいま、吉田茂首相が主役クラスを演じる「スペシャルドラマ」の脚本を(助っ人で)書いているので、麻生太郎首相誕生には、好き嫌いは別にして、無関心ではいられない。このドラマ、大変微妙な問題をふくんでいるが、画期的な作品になるという手応えがある。

■ところで、吉田茂は昨今の世襲議員などとちがって、したたかな戦略家であり、「古だぬき」でもある。吉田茂と麻生氏を比べること自体おこがましい。知力、胆力、洞察力どれをとっても「プロ」と「アマ」の違いといっていいだろう。それはそれとして、麻生太郎首相の所信表明演説、若者には概して評判がいいようだ。知り合いで能狂言に凝っている「比較的若手」の女性など、熱狂的な麻生ファンである。本日の所信表明演説を聞いて喝采している彼女の顔が思い浮かぶ。

■ぼくは思想信条で「友」をわけず、むしろ「心意気」のあるなしに価値をおいているので、友人知人には「左翼」も「右翼」もいる。そもそも、そういう白か黒かの単純な分け方は好きではないし、「冷戦」も終わった今、ほとんど意味をなさないと思っている。一昔前は、「だからおまえは日和見で、無思想なのだ」などといわれたものである。

■麻生氏は、日本を元気に、明るく、行く末に平和と安全を――と力説したようだ。その通りであり、この点についてはまったく異論はない。要は、言葉通りに実行できるかどうかである。既得権益の温床にどっぷりつかっている多くの与党議員や天下り官僚、これに連なる「業者」「ファミリー企業」が、芋づるのようにつながっている背景を考えると、掛け声倒れになる公算大である、と予言しておこう。

■近づく総選挙で、田中康夫氏が東京で公明党の太田代表の選挙区に「刺客」として出馬するという説がある。これはちょっと面白くなりそうだ。選挙とは叙事詩的なドラマであり、悲喜劇が展開する。毎回、投票日の開票速報を「野次馬根性」丸出しで楽しませてもらっている。
by katorishu | 2008-09-30 00:11 | 政治
 9月28日(日)
■どうしても金融危機というより、すでに「金融恐慌」に陥っているアメリカのことに目がいってしまう。テレビや新聞雑誌でアメリカの危機を盛んに煽る。事実はそうなのだろうが、煽られた結果、多くの人がますますお金を使わなくなり、経済はますます萎んでいく。金のない人は使いようがないが、ある人までもが控える。

■この勢いが急すぎると、いろいろな企業の経営が悪化し、なかには倒産するところもでてくる。雇われていた人は失業である。収縮する経済の中で、新たな就職もそう簡単ではない。45歳以上の人には、いっそうつらい現実が襲いかかる。日本人は贅沢になりすぎているから、ちょうどいいなどといっている人は、かなり恵まれている人に違いない。

■収入のアテもなくなり、貯金類のない人にとって、これは生物としての存在の危機である。なにしろ「えさ」がなくなるのと同じことなのだから。昔、フランスのマリーアントワネットは、パンを買えないといって騒ぐ民衆に対して、パンがないっていうのならケーキでも食べればいいじゃないの、といったとか。

■恒常的に安定した収入を得ている人は、ともすれば、マリーアントワネットと同じようなことをいっていることがある。本人がそのことに気づいてなく、良いこといっている、と思っているようなところがあるので、始末が悪い。
 今のところ、日本は世界的な金融危機の直接の波をかぶっていないようだが、この危機まだ何年つづくかわからないし、さらに悪化することも考えられる。なにしろ100年に一度ぐらいしかない危機だというのである。金融取引とは全く縁のない生活をしていても、その余波は厳しいものになる。なんとなく寒々しい光景が浮かんでしまう。

■中山国交相の辞任会見、あきれました。日教組には、まるで関心がなく、この組織の悪い面もかなりありそうだが、「日教組の強いところは成績が悪い」などと荒っぽい論理を展開するところなど、本当に最高学府をでた「エリート」なのかと思ってしまう。戦後教育は確かに問題があるが(戦前教育も問題ありだが)、戦後社会の悪をすべてこの組織に押しつけるのは、あまりに雑ぱくな論理だ。戦後教育は文部省と一体となって進めてきたはずだし、社会の劣化は、いろいろな要素が「複合汚染」しあってできあがったものである。

■日教組をつぶせば社会が良くなるのなら、こんな簡単なことはない。この時期の発言にしては、あまりにお粗末なので、この人、もしかして麻生内閣の支持率を意識的に落とすためにやっているのかと思ってしまう。隠された「意図」や「裏」がなかったとしたら、あまりに単細胞で想像力に欠けている。こんな人に、人の命運を左右する国の政治をまかせておけない。賢明な選挙民なら、近づく総選挙できちんと結果をだす、と思いたいが。
by katorishu | 2008-09-29 02:00
 9月27日(土)
■急に涼しくなった。これから2ヶ月ほどが、ぼくには一番好きな季節である。脳を最大限活動させて、「成果」をだしたいと思うのだが、願望と現実は常に背反する。本日は脚本アーカイブズ関連の会議で北千住へ。

■16時からは「勉強会」。講師として読売新聞編集委員の鈴木嘉一氏をお呼びした。テレビ業界の「三重苦」など、興味深い話をきいた。ただ、本番は勉強会が終わって駅近くの居酒屋でざっくばらんに話し合うほうにある、といってもよい。

■ところで、成田空港反対派住民を「ゴネ得」と批判するなど、一連の発言が野党などの反発を招いていた中山成彬国土交通相が27日夜、辞任の意向を固めたという。そんな発言をすれば世論の猛反発をうけ、大変な事態になることを、想像できないのだろう。こういう人には閣僚だけでなく、代議士も辞めてほしいものだ。

■本人が正しいと心から思っているのであったら、発言を撤回したりせず、最後まで意志を貫いてほしかった。そんな志もない、場当たり的な対応しかできない人なのだろ。旧大蔵省の「エリート官僚」から議員になった、と記憶している。こういう人が日本のリーダーであることの、不幸を思う。

■居酒屋の無責任は方言なら許されるとして、公の場で発言したことは責任がともなう。国土交通省という権力集団のトップにあるのである。政治家の言葉の軽さは度し難い。農水省と国土交通省の大臣は、どうも「不祥事」が多い。中山大臣辞任なら、任命した麻生首相も責任の一端を負う。

■どうやら11月2日が総選挙の投票日になるようだ。今後の日本を決める大事な選挙である。友達や知り合い、取引先に頼まれたから投票するなどという愚をおかしてもらいたくない。民主党大勝の観測jが目立つが、与党も必死であり、まだどうなるかわからない。、といったほうがいいだろう。懸命さ、必死さに、人は弱いものである。

■ぼくも著者の一人である「不良老人伝」が発売になる。本日、本が送られてきた。永井荷風、金子光晴、宇野千代、植草甚一、天本英世、岡本太郎ほか、22人の人生行路が記されている。ぼくも2人の「不良老人」を担当している。発売は「東海大学出版会」で、低下は2200円。書店で目についたら、お手にとってみてください。
by katorishu | 2008-09-27 23:41 | 政治
 9月26日(金)
■月に1度の日本放送作家協会理事会。社団法人であり、この種の文化団体には「天下り」も多いようだが、わが日本放送作家協会は1000人あまりの会員が払う月1000円の資金で成り立っている。数ある社団法人のなかで、予算規模はもっとも小さい組織ではないのか。従って理事といっても、無休のボランティアで、交通費として1000円がでる程度。

■麻生内閣が発足したが、中山成彬国土交通相が成田空港建設反対派住民を「ゴネ得」と批判したとか。信念でいったことなら、その発言を貫けばいいのに、すぐ撤回する。こういう人が国の政策を指導する閣僚とは。日本の劣化の象徴である。夫人は拉致問題担当大臣をやっていたが。

■駅で雑誌「サピオ」をかい、斜め読みしたが、やはりもっとも気になるのは、世界経済の動向である。大変な惨事をもたらす大恐慌になる可能性は依然として高い。刻々と迫っている危機を前に、政治の指導層にどれほどの危機感があるのか。サピオに限らず、経済誌なども、警鐘を鳴らしているのだが、政官とも指導層は、心ある一部の人士をのぞいて、どうも鈍感である。

■特に具体的な根拠はないが、「予想」をひとつ。10月半ばの世論調査で麻生政権への支持率は30%前後となり、11月はじめにも予定される総選挙で、民主党は単独過半数を獲得するのではないか。
 主に、麻生内閣の閣僚の「敵失」や自民党内のきしみなどから、そうなりそうだ。アメリカがオバマ大統領になり、日米ともに民主党政権になれば、何かがかわる。新しい風で、よどんだ空気を変えてほしい。

■ただ、ここまで傷んでしまった世界、そして日本である。さらに、なにもかもが悪化することも考えられる。嫌な時代が、確実に近づいてきているようだ。こういう時代、オプチミストでないと生きられない。過日も記したが、楽観的になると脳の活動が良くなるらしい。茂木健一郎氏が断言しているのだから、そうなのだろう。オプチミストでなくとも、生きられる社会にしなければいけないのだが。
by katorishu | 2008-09-26 23:34 | 社会問題
 9月24日(木)
■いろいろな打ち合わせ、会合が計10時間ほどあり疲労困憊。11時すぎ帰宅して、小泉元首相の政界引退を知った。「いさぎよい」などと「小泉チルドレン」の女性議員がテレビニュースで語っていたが、次男が地盤をつぐそうだ。世襲であり、いさぎよさとは対極にある。麻生政権の閣僚18人のうち、11人が「二世」「三世」議員、つまり「世襲議員」であるというのも驚きである。(父や祖父の地盤を直接引き継がない人もいるようだが)

■封建時代ではないのだから、政治の世襲はやめてほしい。世襲議員が悪いのではなく、選挙で彼らを選ぶ選挙民の問題である。世襲は利権の引き継ぎにつながることが多く、一部の人には利益をもたらすが、多くの人の益にはならない。有為の人材が議員となる機会を奪ってしまうのであう。太平楽を謳歌していられる時代ならともかく、今ほど日本の舵取りが大事なときはない。お坊ちゃんの世襲議員では、崖っぷちにある日本を救うための有効な政策をうちだせない。もちろん世襲議員にも優秀な人はいるが、そうではない人が多い。

■利権にありつける与党議員に世襲が多いということは、暗示的だ。世襲には今なお相当の旨みがあるのである。次の総選挙で「世襲議員」を半減させることができるかどうか。そこに明日の日本がかかっているといっても過言ではない。小泉ジュニアが仮に出馬するとして、もし彼が落選したら、日本も捨てたものではない。この選挙区を、日本の今後を占うリトマス試験紙にしたいくらいだ。
by katorishu | 2008-09-26 00:04 | 政治
 9月24日(水)
■もろもろのことで疲れてしまってブログを書く気力も起きないのだが、習慣とは怖いもので、駄文でもなんでも記さないと、なんとなく何かを忘れていた気分になる。
 麻生太郎内閣が発足した。母方の祖父の吉田茂ほどの、度胸や器量、知力がありようはずもない。ぼくは吉田茂の長男で文芸評論家の吉田健一が一時好きで、食に関するエッセーや独特の角度からの文明批評などを愛読したものだ。

■長い文章で、くねくねしており、意味がとりにくいところもあるが、それが妙な魅力になっていた。イギリス文学の精髄が吉田健一の脳にはつまっていた。思い出した。脚本家になりたてのころ、「小説吉田学校」という本を映画化しようという話がもちあがって、ぼくにもシナリオライターの一人として声がかかった。数回打ち合わせにでたものの、こちらにバックグラウンドの知識も乏しかったので、有効な発言もできなかった。

■そのうち、なにが理由か知らないが(たぶん資金難)、この映画、立ち消えになった――と思っていたら、数年後、映画になった。未だ見ていないが。
 今、縁あって、この時期を背景にした脚本を書いている。それだけに、麻生太郎内閣の出現を、ある感慨をもって眺めている。今の政治家の「小粒さ」加減を見るにつけ、時代が人を作るのだろうなと改めて思う。

■誰が内閣総理大臣になっても、多事多難で、こじれにこじれた問題がそう簡単に解決するはずもない。総選挙を早く実施し、せめて風がかわった、という実感を味わいたいもの。
 アメリカもブッシュ退陣で変わるだろう。日本も当然変わる。よく変わるかどうか、まるでわからない。少子高齢化の衝撃は、真綿で首をしめるように、ゆっくりと確実にやってくる。これから20年間ほどの日本がどうなるか。考えると暗い気分になるので、この辺で。
by katorishu | 2008-09-25 03:00 | 政治
  9月23日(火)
■本日、渋谷で休憩なしで6時間にわたる「密度の濃い」仕事の打ち合わせ。その帰り、ハチ公前で号外が配られているところに行き当たった。どんな「大事件」が起こったのかと思ったら、プロ野球の福岡ソフトバンクホークスの王貞治監督が辞任したのだという。巨人の監督時代を含めると19年間の監督生活に終止符を打ったということで、それなりのニュースかもしれないが、号外を出すほどかと思った。

■帰宅してテレビをつけると報道ステーションがトップで10分間、王監督辞任について伝えていた。50年の野球人生を振り返る王監督のインタビューなどもあり、多くの人の関心をよぶことかもしれないが、トップニュースで10分間も伝えるほどのことかな、と思った。

■暗いニュースばかりつづくなか、本日は祝日なので、そういう編成にしたのだろう。これによって視聴率は増えるのかもしれない。だが、もっと国民に伝えたり警鐘を鳴らしたりするニュースがあるはずと思うのだが。
 もちろん、王監督の偉大さは十分承知しているし、パフォーマンス過多の長島より、ずっと評価し、以前、新宿にある実家の中華料理屋にわざわざ足を運んだことがある。

■早稲田実業のエースとしてノーワインドアップ投法で甲子園で華々しい活躍をしたときのことを、ラジオの実況中継で聞いた記憶がある。テレビはすでに家にあったが、なぜかラジオ中継での印象が強い。その後、巨人にはいり、一本足打法を確立するまでの涙ぐましい努力は感動物語として本やドラマなどで何度も伝えられた。「国民的英雄」なのはわかるのだが。

■昔、巨人ファンであった時期もあるが、江川卓が少々異常な手段で巨人入りしたころから、プロ野球に興味を失い始め、今ではプロ野球にまったく関心がなくなってしまった。思えば、プロ野球中継に多くの人が注視していたころが、「良き時代」であったのかもしれない。

■昭和の後半期のような時代はもう二度と来ないだろう。日本社会は今後、急速に鬱の時代にはいり、今年あるいは来年あたり年間の自殺者が4万人を突破するのではないか。ぼく自身「鬱」といえる状態に近くなっている。脳科学者の茂木健一郎氏によれば、少々楽観的であるほうが脳はよく機能するという。確かに心が晴れなければ、心身ともに萎縮して機能が衰える。免疫機能も衰えるに違いなく、明るい気持ちになりたいのだが……。いやはや、と嘆息することが周囲にも多すぎて気が滅入る。
by katorishu | 2008-09-24 00:38 | 社会問題
 9月21日(日)
■昨日、新宿のシアターサンモールで「ザ・パイロット」を見た。劇作家、宮本研の代表作で、以前に文学座で公演したものを、見ているはずだが、内容はほとんど忘れていた。今回、劇団「朋友」が上演した。長崎に原子爆弾を落としたアメリカ人パイロットの話で、戦後、少々精神の異常をきたし、何度も犯罪を犯すが、アメリカの法廷では「無罪」判決ばかり。

■このパイロットが、戦後の長崎にやってきて、原爆で生じたガレキのニセモノを「記念品」として売っている老婆や、襲来するB29の監視員をしていて失明した男や、日米の混血の美少女などが織りなす群像劇である。精霊流しの踊りや、アメリカンダンスがあり、暗い話を明るくもりあげる。随所に演劇的感興をもりこんだ名作である。

■「今時、原爆でもないだろう」という人がいるかもしれないが、決して忘れてはいけない日本の一大悲劇として、いつまでも後世に伝えていくべきものだろう。随所に心に残る台詞が刻まれ、戦争の愚かさが強く伝わってくる。「国がどんな犯罪を犯しても国は決して責任をとらない。責任をとるのはいつも個人だ」という言葉など、数々の心に残る台詞があった。

■宮本研氏とは何度か雑談する機会を得た。渋谷の東武ホテルに缶詰になっていたとき、宮本氏も缶詰になっていて、朝食のときに数度であったが。痩せていかにも「永遠の演劇青年」らしい風貌だった。氏は伊豆の湯が島温泉にこもって書くことも多かったようだ。白壁荘という宿で、「宮本研の部屋」があると聞いていた。宮本氏が亡くなったあとのことだが、この宿に泊まったとき、宿主が「ここが宮本先生の部屋です」と案内してくれた。重厚な作りの分厚い机が置かれた落ち着いた雰囲気の部屋だった。窓の外から川音が聞こえた。ここで数々の傑作を書いたのか、と感慨深かった。

■今の日本に、さしあたって戦争の脅威はないが、目に見えない「経済戦争」の衝撃が目前に迫っている。アメリカの金融危機である。100年に一度起こるか起こらないかの出来事である、とアメリカの経済政策の重鎮のグリーンスパンが公言しているのである。デリバティブ商品の総額はアメリカだけで、6000兆円を越えるという。これがどこでどう傷んでいるか、金融当局はもちろん、どこも把握できていないのだという。

■相当恐ろしいことである。これが崩壊する可能性もあり、そうなったら、アメリカ経済と深くリンクしている日本はもちろん、中国やヨーロッパなどにも原爆クラスの衝撃波が襲う。1929年の大恐慌など比較にならない衝撃となるかもしれない。アメリカ政府はなりふりかまわず、傷口をふさぐのに必死だが、果たしてうまくいくかどうか。

■日本の年金も相当部分、デリバティブで運営されているとのことで、場合によっては年金の支給年齢が70歳になるかもしれない。悲劇的事態だが、危機の崖っぷちにあるのに、政府の中枢が機能していない。広島、長崎の惨状に劣らない惨劇が、日本の至る所に起こらないことを、せつに願うばかりだ。
 個人的には、このろころ、気の滅入ることが相次ぐ……。
by katorishu | 2008-09-21 22:45 | 映画演劇
 9月18日(木)
■眼鏡がでてきた。笑ってしまうのだが、寝床のはしに丸めてあるタオルケットの中にはいっていた。危なく踏みつぶすところであった。脳の疲れはこういうところにもでるようで、汗顔の至り。

■本日もニュースで流れることは、「見たくない光景」ばかりだ。「事故米」については、農水省の無責任さがあらためて浮き彫りになった。事故米は糊に転用されることを前提に三笠フーズなどに販売したとのことだが、本日のニュース23によれば糊製造に米を使用している業者は確認できなかったとのこと。

■農水省の役人はへんなところにいくことを、わかっていて流していた可能性もある。だとしたら、犯罪に荷担していたということである。社会保険庁の厚生年金の偽装も本日6万件以上があきらかになったという。アメリカの金融危機で100の銀行がつぶれそうだというニュースも流れてくるし、心温まることが実にすくない。

■朝日ニュースターであったか、某エコノミストが、今の日本を救うには、どうしたらいいか、というキャスターの質問に、「少子化を防止することですね」と明快に答えていた。次代をになう人がどんどん少なくなり、高齢者がどんどん増える社会は、どんな天才政治家がリーダーになっても、まともに機能するはずもない。「子供を産み育て、まっとうな教育をほどこすことに、税金を集中的にいれるところから始めないと」と某エコノミストは語っていたが、その通りだと思う。

■「モンスター・ペアレンツ」などという言葉がはやっている。子の親もひどいが、現場の教師にも問題のある人が多いようだ。もっと社会に門戸を開いて、有能でやる気のある人が、教えられるようなシステムが必要だと思う。旧文部省と日教組の二本柱でになってきた「戦後教育」が破綻したということである。今の子は、社会や親や教師の劣化の「被害者」ともいえそうだ。

■ただ、ここまで劣化すると、そう簡単には回復しない。だいいち、今が劣化した社会と認識していない人も多いようで、そういう人たちには現状を変えようという気も起こらないだろう。こういう時こそ、志をもった政治家の出番なのだが、ほとんどの政治家は迫ってきた総選挙でなんとか自分が当選したいと、そのことしか頭にない。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある」のだが、そんな良い意味の「サムライ精神」をもったリーダーの出番である。
by katorishu | 2008-09-19 01:11 | 社会問題

眼鏡がみつからない

  9月17日(水)
■今の世の中では「変人」の部類にいれられてしまいそうだが、1年365日を通じて本を読まない日は1日もない。新聞や週刊誌をのぞいた「書籍」のことである。仕事がら当然のことなのかもしれず、楽しいし面白いので、そうしているのだが、目の酷使につながる。で、できるだけ目の負担をやわらげようと、4つの眼鏡を使い分けている。

■ひとつは、日常生活用、ひとつは読書用(老眼)、ひとつはパソコン用、ひとつはテレビ用である。本日、睡眠不足による脳の疲れからか、読書用の眼鏡がみつからず、膨大な資料のやまなどをひっくりかえして汗をかいた。結局わからずじまいで、外出し、某コーヒー店で2時間あまり執筆した。

■ところが、パソコンの原稿をキー操作の間違いで消してしまった。気持ちがのって、核心部分の壁を超えたと思えたのに……。愕然とした。帰宅して眼鏡をまた探したが、みつからない。確か昨日はパソコンの脇か寝床にあった、と記憶しているのだが。

■前夜は朝刊がきて、それを読んでから寝たので、眠剤の力をかりた。その効力が残っているようで、起きて数時間は頭がぼーっとしていた。無意識のうちに、くず箱などに置いてしまったのかもしれない。商売道具なので、いつか出てくるのを待っているわけにもいかず、明日眼鏡店で新しいのをつくってもらうことになる。

■気分がのらないので、運動不足だというカミサンと天王洲アイルまで歩き、スパゲッティにビールを飲みつつ、パソコンに向かった。気候がいいので建物の外の運河の見える椅子にすわると、突如創作欲がわきあがり、パソコンを開いたのである。カミサンもパソコンで作業。行楽にきたと思われる前の老夫婦が、振り返り変な顔をしていた。妙な心理で、まわりから「少々へん」と思われていたほうが、創作欲が高まる。周囲が暗くなっても、夜風にあたりながらしばらく作業をつづけた。携帯パソコンがなかったらできない仕事である。

■この一角、ひところバブリーな男女が闊歩していたものだが、最近は人が少なく閑散としているようだ。おぞましい未来を予想させるアメリカ発の金融危機を反映してなのかどうか。
 ところで、先日倒産したアメリカのリーマンブラザーズでは、「持ち株制度」をとっていたので、倒産により株は紙くずと化して、億単位の損をした社員もいたようだ。ただ、日本の中小零細の倒産とはワケがちがう。日本法人の日本人社員で、一ヶ月ほど前にリーマンブラザーズをクビになった人がいるが、彼は売却に縛りがある株をすべて売ったうえ退職金ももらったので「得」をしたとのことだ。彼の年収は1億円だという。

■日本法人にも、こういう「高級とり」の社員がごろごろいたようだ。「ハイリスク・ハイリターン」とのことで、自由主義経済だから、それもいいのだが、「額に汗して働く」のがまっとうな人のすること、と思っているぼくなどには、異様にうつる。

■一方で年収200万以下で働く多くの人、人、人。「世の中間違っている」と思う人のほうが、まっとうである。というと、では社会主義経済がいいのか、という声が聞こえてきそうだが、ちがう。旧来の日本には「ほどほどに」「足を知る」生き方があり、多くの人が実践していた。こうも社会の劣化がすすむ状況を見ていると、そろそろ元にもどしたほうがいいのでは、と思う。それが簡単なことではないことを承知して、あえていう。国民の過半が、その気になればできないことではないと思うのだが。

■市場経済原理主義をつらぬいてきた、アメリカの金融当局が、アリコなどを傘下におくAIGに巨額の「公的資金」をつぎこまざるを得なくなった。アメリカ型市場原理主義の終わりのはじまりを象徴する出来事である。
 蛇足ながら、薬害肝炎九州訴訟原告の福田衣里子さんが、つぎの衆院選に長崎2区から立候補するとのこと。ここは自民党の久間元防衛相の選挙区である。このニュースを知ったとき、次の総選挙の「勝負あった」なと思ったことだった。
by katorishu | 2008-09-18 00:16 | 個人的な問題