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 4月29日(水)
■原宿駅近くの千駄ヶ谷区民会館で行われたベンジャミン・フルフォード氏の講演「破綻している日本経済・政界再編後の日本、日本人よたちあがれ!」をききにいった。会費3000円分にふさわしい「アンダーグラウンド」情報を聞いた。

■フルフォード氏は経済雑誌(たしかフォーブス誌の東京支局長)の経済記者をしていたひとで、達者な日本語を話す。氏の考えはブログなどである程度知っていた。いわゆる「謀略史観」の論理を展開しており、一部はちょっと信じがたいという面もあった。本日直接話をきいて、なかなか説得力のある論理を展開していた。世界経済を牛耳る人達の謀略については納得できる点があったものの、電磁兵器についての情報にはついていけないものを覚えた。

■豚インフルエンザについて、これはアメリカのCIAの謀略であるが、被害の広がりは心配ないと、冒頭から注意をひく情報を繰り出す。世界で起こっている重大事件をうまくつなぎあわせて、ひとつの「物語」に仕立てる名プロットライターだなと思った。現在の世界を牛耳っているのは、エリザベス女王やパパブッシュなど大富豪たち250家族であり、彼らは多くの人間を奴隷状態においておくことで世界に君臨しているという。

■そんな世界支配の構造に、最近地殻変動がおこっており、たとえばパパブッシュの配下にある富豪らの銀行口座が軒並み凍結され、170人余りが逮捕されたという。今年は大波乱の年であり、欧米列強のつくった「植民地体制」が破綻するかどうかの瀬戸際にきている。日本は欧米の「植民地」から解放される絶好のチャンスであるとのこと。

■その他、小沢一郎民主党党首が5月15日、辞任するという「情報」もあった。これは西松建設事件がらみではなく、もっとべつの「今は話せない」事件がらみであるという。どこまで信じてよいのかわからないが、大変興味深い「情報」を提示し、なかなか面白かった。100数十人の聴講者で、後半は質疑応答。常連の一種「中高年オタク」といった人たちも多く、質問というより自己の見解をのべるために質問している趣の人もいた。

■アメリカの大手金融機関は世界の大富豪層に大変な危機をもたらしており、内部争いが生じているとのこと。彼らは生き残りのため、今後とんでもないことをしでかすかもしれないそうだ。
 アメリカの景気後退は深刻そのもので、今後、さらに落ち込み、底なしの事態になりそうだ。これを回避するため、オバマの背後にいる勢力が大変なことを仕掛ける可能性があるという。話半分に聞きつつも、フルフォード氏のユーモアには人を引きずりこむ力がある。ときには、こういう集まりに顔をだすものである。別の角度からの「世界の見方」について、教示され刺激になった。

■いずれにしても大変な時代にはいったというしかない。ただ、別の見方をすればこの400年ほどつづいた欧米列強の世界を牛耳る体制が、崩壊にむかいはじめたということである。その嵐のなかで、日本はどうすべきか。ある意味でチャンスなのだが、この点について大手新聞やテレビは一部の人の利益に供する誤った情報を流し続けているとフルフォード氏は憤っていた。
by katorishu | 2009-04-30 12:10
 4月28日(火)
■豚インフルエンザの拡大が懸念されてきた。WHO(世界保健機関)は警戒レベルをワンランクあげて「フェーズ4」にした。このインフルエンザが4000万人が死んだといわれるスペイン風邪のように「パンデミック」(世界的大流行)の兆しをはっきり見せ始めたということだろう。

■100人を超す死者のでているメキシコでは、壮健な20代に死者が多くなっているとのことで、これは典型的なパンデミックの特徴である、と専門家が昨日、どこぞのテレビで語っていた。アメリカ発の「世界」大不況にみまわれたと思ったら、追い打ちをかけるようにメキシコ発の「世界」大流行にみまわれ可能性がでてきた。

■スペイン風の大流行で世界はすくなからずかわった。同じように豚インフルエンザが大流行し、100万単位の人が死亡したとしたら、世界はかわる。どのような世界にかわるのか、予測がつかないところが、怖い。そうでなくとも将来に希望がもてず不安になっている人に、パンデミックは追い打ちをかけるにちがない。

■文明が「進歩」し、便利で効率的な社会になっても、いっこうに人は幸せにならない。戦後日本についていえば、1990年代初期のバブル崩壊のころから、幸福感をいだく人が急激にへっているという気がする。社会から、「夢」や「希望」が減ってしまったということである。なぜこういうことになったのか、理由はそう単純ではなく、いろいろなものが複合して、社会の空気を「複合汚染」させてしまった、といえそうだ。

■では「複合汚染」の空気を誰がつくりだしたのか。「拝金主義」が是認される世相になったことも、大きな要因だろう。これに大きく「貢献」したのは、政治家であり官僚であり、財界であり、そしてマスメディア……といっていいだろう。つまり、社会に強い力や影響力をもった層の「心の劣化」が、空気の複合汚染を加速した……と指摘できそうだ。

■彼等指導層にすべてとはいわないが、過半数の人には「謙譲の美徳」などという言葉は無縁のようだ。「足を知る」「辛抱」などという言葉とともに死語になってしまった。今を救うには「死語」になっている言葉を生き返らせることからはじめる必要がありそうだ。死語になった言葉を自身の生活のなかにとりこみ、その言葉を生きている人の、なんと少なくなったことか。ただ、まだ10人に1人ぐらいはいそうなので、そこに希望がある。
by katorishu | 2009-04-28 21:28 | 社会問題
 4月27日(月)
■渋谷で打ち合わせが2件。日本放送作家協会が今年で設立50周年になる。それを記念して「テレビ作家たちの50年」(仮題)という本をNHK出版から今年9月初旬に出す予定。倉本聰氏や山田太一氏、橋田壽賀子氏、早坂暁氏、市川森一氏などベテラン作家はもちろん、大石静氏や三谷幸喜氏ら若手作家が執筆する予定。そのほか情報番組やドキュメンタリーなどの構成作家の原稿や、アニメ作家、ラジオドラマ作家なども紹介するユニークな本になる予定です。出版の折には当ブログで紹介します。

■もうひとつは新しい映像ビジネスのモデル構築についての打ち合わせ。既存のテレビ、映画以外の舞台での映像表現の可能性をさぐる試みがいろいろなところで行われている。ここから日本発で世界に通じる映像ソフトを発信していきたいもの。そのためにも有為の新進脚本家や演出家、監督の発掘に汗をかきたいと思っている。

■本日発売の週刊現代によると千葉県知事に当選した森田健作氏がじつは宗教団体「幸福の科学」に選挙の票ほしさに入信していたという。自民党支部長をしていたのに、完全無所属をうたい告訴されたり、いろいろ問題の多い人のようだ。元気があるからとか、テレビで有名だからとかだけで、投票をしたのでは、選挙民の見識が疑われる。
 とにかく日本を活力ある国にしていくためには、まず旧態依然とした政治の形をかえることから始める必要がある。
by katorishu | 2009-04-27 21:56 | 文化一般
  4月26日(日)
■豚インフルエンザなるものがあるとは知らなかった。昔であったら、天が怒りの鉄槌をくだしたとでもいうのかもしれない。対応を一歩まちがえると大変な事態になるので、厚労省は全力をあげて国内にはいるのを阻止してほしいものだ。

■年金問題についてマスコミもあまり触れなくなったが、いぜんとして年金の不正処理問題はなんら解決されていない。次の総選挙の最大の争点にするべきだろう。名古屋市長選で民主党推薦の河村たかし氏が当選した。庶民のための政治をうったえ、自転車にのって選挙運動をやったことなど評価できる。こういう政治家がもっと増えるといいのだが。河村氏は議員年金の廃止も公言していた。たしか中小零細企業の経営者であったと記憶する。

■これで民主党への逆風はややおさまるのではないか。ひとつの党があまりに長い期間、政権をとっていること自体、異常である。自民党議員のなかにも政治家として優秀な人もいなくはないが、それと一党が権力を独占することとは別である。民主党が政権をとったからといって急に社会がよくなるわけではないが、政官財の癒着の構造にすこしはメスがはいるにちがいない。とにかく、まず政治の流れをかえること。それが今ほど必要な時はない。

■ところで政権与党による「バラマキ」は常軌を逸しているようだ。いま「補選予算」という名がつくと、とんでもないことに予算がついてしまうのだという。この反動は総選挙後、もろに庶民にかぶってくる。「100年に一度の大不況」だからなんでもありという大盤振る舞いは、怖い。将来の日本に役立つ税金の使い方はいいが、票欲しさのバラマキは、今後、日本の経済や社会に大きな禍根をのこすにちがいない。こういうバラマキで日本が救済されるなら、誰でも政治をやることができる。お坊ちゃんの世襲政治家には国益、国民益のためにもできるだけ速く退陣してほしいものだ。
by katorishu | 2009-04-26 23:09 | 政治
 4月25日(土)
■雨降りの一日。寝不足もあって頭が重く、芝居を見る予定をいれていたのだが、どうしようかなと迷った。が、気分をかえようと出かけることにした。世田谷の松陰神社近くの住宅街のなかにあるスタジオARでの劇団レクラム舎の公演である。星新一のショートショートの舞台化で、脚本は小松幹生氏、振り付けはパパ・タマフマラという一座をひきいて海外で活躍している小池博史氏。演出は喜一郎氏。

■星新一のショートショートをこの劇団が演じるのはこれで3回目である。1回目と今回の二度見たことになる。星新一らしさは今回のほうが一回より、より強くでていたのではないか。演者の技量も向上しているようで、異空間にしばし遊べた。7編のショートショートを演じていたが、1回目の墜落する飛行機の乗客たちを描いた「空の死神」と、ラストの「かぼちゃの電車」が面白かった。

■とくに最初の「空の死神」は演出的にも趣向を凝らして楽しめた。この種の新劇でも大衆演劇でもない舞台を見慣れていないお客から、旅客機が墜落したのに、どうしてバーの場面になるのだと苦情もでたという。ショートショートで、7編が違う世界を描いているということが理解しにくかったようだ。出演者が同じなので、各回の作が独立した作であるという認識をもちにくかったとのこと。

■この種の芝居の約束ごとを、わかっていない人には、混乱とうつるのだろう。「変化球」の芝居を一度も見たことがない人には、一人の役者がナレーターの役割をしていたかと思うと、次の瞬間、役の人間の台詞をいう。テレビドラマなどでは、ほとんど見られないところで、そういう疑念も生じたのか。

■6,70人はいれば一杯になるミニ劇場である。語り役の一功さんも年をへたせいか、良い味をだしていた。冒頭の静かな語りが、まずお客の心をとらえたのではないかと思う。アングラ的な演技や舞踏劇風の趣向もあり、難をいおうと思えばいくらでもいえるが、とにかく楽しませてくれた。会場で旧知の「業界関係者」にも会え久々に歓談できて、睡眠不足からくる疲れを、しばし忘れた。
by katorishu | 2009-04-26 00:21 | 映画演劇
 4月24日(金)
■ジャニーズ事務所のタレントが深夜公園で全裸になったことを、マスコミが
一斉に報道している。本日夜の報道ステーションを見たがトップニュースで報
じていた。とるにたりない小さな事件を、こんなふうにトップニュースであつ
かうこと自体、異常である。

■芸能ニュース等でトップニュースにいれるのならわかるが、いくら数字がと
れそうだからといって、これをトップで長々と報ずることもないだろうが。テ
レビ報道もここまできたかという印象である。本日発売の雑誌サピオがテレビ
報道の崩壊について特集している。経費削減の大義名分のもとに報道現場の劣
化ははなはなだしくすすんでいるようだ。

■取材から企画、編集までほとんどを制作会社に丸投げで、記者としての訓練
をうけていない「記者」が、時間とお金のないなか苦し紛れの取材をしたりし
てなんとか時間を埋めている――といった実態を記している。

■政治家とテレビを見ればその国の程度がわかると思っているが、その観点か
らみると、今の日本はまったくほめられない。
 だから、せめて過去の日本の美点、長所をすくいあげた作品を、と願う関係
者の思いもわからなくはない。その観点からの試みにぼくも一枚かんでいて、
本日、その打ち合わせ。

■最近、テレビドラマなどはパンドラテレビで見ることが多い。無料のウェブ
サイトで恐らく韓国でつくられたもののようで、違法コピーの一種だが、画面
は小さいものの日本のドラマなども見ることができる。「天地人」もここで見
た。(著作権のうえでは大いに問題なのだが、ときに見てしまう)。
 最近見たなかでは日本テレビであったか天海有希主演の刑事ドラマ「BOS
S」が、なかなか面白かった。天海有希の特質を十分にひきだし、飽きさせず
に最後までもっていく演出には、才気を感じさせる。脚本も悪くなかった。そ
の前に見たドラマでは「流星の星」がなかなか面白かった。ただ、最終回には
はぐらかされ、落胆したが。

■いわゆる「イケメン」を大量に出演させる漫画チックな内容のドラマなど見
るだけ時間の無駄だが、なかにはキラッと光る作品もごく一部ながら残ってい
る、と思いやや安堵した。
 昼食は珍しく北品川の古い民家を改造した店で、カミサンや歌舞伎関連の女
性編集者と一緒に食べる。なかなか雰囲気のある店で、NPOの経営する店だ
という。落語の「居残り佐平次」にひっかけたのか「居残り屋」という名の店
だった。和風プラスイタリアンといったとりあわせで、味も上々。夜は地元の
住人で賑わうそうで、そのうち夜にいってみたい。

■近くには屋形船の発着所もあり、恐らく昭和30年ころの町並と思える一角
もあり、風情がある。一方には品川駅から天王洲アイルに至る高層のインテリジェントビルビル。こういう場所を舞台にしたホームドラマを書いてみたいものだ。
 以前であったら、ここを舞台に――とプロデューサーにもちかければかなり
の程度で実現したのだが、ドラマの現場から遠ざかって久しいし、関係者が若
返って価値観や美意識にも相当の懸隔ができてしまったので、話をもちかけて
も企画の通る確立は1%ぐらいだろう。ホームドラマという言葉もすでに死語
になりつつある。こういう類のドラマの復権が、テレビの復権につながると思
うのだが。復権はすでに「ないものねだり」なのかもしれない。

■すでに「ドラマ作家」としては「過去の人」と見られているので、仕方がな
いにしても、ぼくなどが面白いと思う作品を、同じように面白いと思う層はま
だ相当数いるはずである。テレビ以外のところで表現したいとも思うものの、
先立つものがないので、いかんともしがたい。今月発売の月刊ドラマ誌にコラ
ムを書いていますので、興味のある方は読んでみてください。

■ゴールデン休暇あけに懸案の「大作」について関係者と打ち合わせをするこ
とになっている。ただ、最低でも10億円ほど集める必要がありそうで、この
大不景気のなか、さてどういうことになりますか。地獄の沙汰も金次第と、昔
からいわれているが、今なおすべてはオカネ次第である、というのが悲しい。
by katorishu | 2009-04-24 23:18 | 社会問題
 4月23日(木)
■ちょっと仮眠して起きたり寝たりと、また生活のリズムが乱れている。ぼくの本好きも相当なもので、すこしでも時間あると、本に目を落とす。寝床で読む本、電車のなか、喫茶店、仕事やすめに読む本、とそれぞれ場所によってかえるので、いつも複数の本を同時並行的に読んでいる。半分以上は仕事がらみの本になるが、1日数ページづつ読む本もある。「石版東京図絵(図絵は旧字)」(永井龍男作)など、その類の本で、読む場所はトイレである。

■大正のはじめごろ、東京神田の職人の家に生まれた著者の自伝的要素の濃い作品で、往事の東京下町の姿が鮮やかに刻印されている。ところどころにさしはさまれている川上澄生の石版の図絵がいい。滅び行く職人の生活を通して人生の哀歓が描きだされ、なにかしら「懐かしい」気分になる。子供のころから職人に接しているので、時代は違っても、この作品の世界を理解しやすい。上質の菓子類をたべるときのように、すこしづつ読み終わるのを惜しむように読み、ようやく半分ほどまできた。

■当時も「不条理」な出来事はいろいろあり、とくに庶民の暮らしは楽ではなく、いつも生活に追われていたようだが、人と人とのつながりの暖かさがあり、それが「安心感」につながっていた。今、表面上は豊かで便利になったように見えるが、多くの人の抱いている気分は「不安感」である。「おおらかさ」「謙譲さ」「情」といったものが、どこかへ消えてしまった。

■仕事がら役目がら、日々いろいろな人間にあい、その大半は会ったこと自体、こういうブログに記せないが、数十年前にくらべても、「おおらかさ」や「謙譲の美徳」をもった人が少なくなったという気がする。「石版東京図絵」の世界にも、ケチで我欲をかく人がでてくるが、多くは実直で、真っ正直の職人気質の人である。永井龍男は学歴はなかったが、やがて文藝春秋の編集部員になり、名編集者といわれた。その後、作家に転じ、自らの体験にもとづいた小品に腕を発揮した。短編小説に佳作が多い。

■寝床では最近、三田村鳶魚全集をすこしづつ読んでいる。江戸にかんする随筆を沢山書いた人で「時代ものの小説家」なら、ほとんどここからなにがしかの素材を得ているはずである。20年以上も前に全集を買ったのだが、ちょっと読んではそのままにしていたので、思い切って枕元におき、寝る前のひととき目を通している。
 ぼくの尊敬する作家、井上ひさし氏がこう記している。「三田村鳶魚を読むことは、江戸を読むことであり、江戸を読むということは、日本を、そして日本人の正体を読み抜くことだろうと思われる。(中略)鳶魚の全仕事を手がかりにして、いったん江戸期に立ち戻り、明治政府が踏み出したのとは別の方向へ、どう出直すことができるか、それを考えるのは胸躍るひとつの知的な冒険である」

■鳶魚は確かぼくが生まれ育った同じ八王子の出身である。千人同心とかかわりのある人だと記憶している。博覧強記で好奇心も抜群の鳶魚の筆致は講談本に通じる趣もある。とにかく、たいへん面白いエピソードに充ち満ちており、読んでいると時間の経過を忘れる。文庫版の全集(ちくま文庫)もでているはずなので、最近は比較的手にはいりやすいはず。ご一読をおすすめします。本日23日は、ややむずかしい「会議」。多分、寝不足で出席するので、脳が疲れそう。
by katorishu | 2009-04-23 02:02 | 個人的な問題
 4月22日(水)
■親族の葬儀に八王子にいった。高尾山近くはまだ緑が多く、こういう環境で住むのがまっとうだと思ったが、都心での生活に慣れてしまったので郊外に住むことはできにくい。久し振りのパソコンにさわらなかった。が、夜になるとこうやってブログを書くためパソコンを開いた。すでに毎日顔をあらうようにパソコンを開くことが習慣になってしまった。

■帰宅してBBCをつけるとワールドニュースでアメリカの自動車産業の生産地であるデトロイトルポをしていたが、相当悲惨な状態である。失業率は20%にも達し、中産階級が壊滅しつつあるという。中産階級の住む住宅地がゴーストタウン化しており、タクシーの運転手が「ここには未来がない。住んでいるのは失業者と売春婦ばかり」と話していた。

■日本のマスメディアはあまりこういうアメリカの現実を報じない。世界経済に多大な影響をあたえるのは、依然としてアメリカである。アメリカがもうすこしまともになってもらわないと、他の国は立ち直れない。ここまでアメリカを「怪物」にさせてしまった一因は日本にもあるといっていいだろう。

■イギリス経済も相当傷んでおり、そう簡単に回復できる状態ではない。日本の内閣府が経済指標を発表したが、明るい見通しはない。そんななか、我が日本国の首相は支持率があがったとして、ずいぶん陽気になって、またぞろホテルのバー通いをはじめているそうだ。

■金持ちのボンボンでずっとやってきた「アンチ知性」の人に、今世界が直面している危機の本質はわからないのかもしれない。こういうときに、こういう指導者しかもてない日本の不幸を思う。。
 日本のマスメディアだけに接していては、世界の流れもわからないし、日本の深部で進展している事態をもわからないかもしれない。

■まだ表面化していないが、水面下では現在の日本を根底からひっくりかえしてしまおうという「計画」もすすんでいると聞く。クーデターか革命かわからないが、ともかく戦前、若手将校が決起した2,26事件のようなことが、そのうち起こらないとも限らない。これがガセネタであることを望みたい。
by katorishu | 2009-04-22 21:38
 4月22日(火)
■まだ日本は世界第2の「経済大国」と思っているか思いたい人がいるようだが、実態はすでに「二流国」にはいりつつあるのではないか。政治状況ひとつとっても、「後進国」と似てきている。「世襲」議員の増加や「既得権益」の継続など、「後進国」特有の現象である。

■20日に上海で中国最大級のモーターショーが開幕したが、過去最高の1500社が出展したという。東京モーターショーを上回る規模に成長したとのことで、東京での出展を見送った欧米メーカーが軒並み出展したそうである。東京モーターショーばかりではなく日本の地盤沈下を意味する。

■戦後の日本経済を牽引してきた自動車産業や電化製品は相当程度弱体化しているというべきで、政府が盛んにテコ入れをしている。しかし政府のテコ入れに頼るような業種は地盤沈下の一途をたどる、と野口悠紀夫氏などのエコノミストが指摘している。心あるエコノミストやビジネスマンは、麻生政権がうちだした「過去に例のない」大規模な「経済対策」について、選挙目当てのバラマキでしかなく、いずれ国民は増税という名の苦い汁をのまされることになると予想している。

■自動車産業の裾野はひろく、とりあえずの「緊急対策」としてやったことなのだろうが、定額給付金にせよ「将来に生きる」「将来の土壌を豊かにする」ことにはほとんど有効ではない。ここまでアメリカ経済が傷んでしまうと、ここに寄生することで繁栄してきた日本経済は、なにをやっても「処置なし」なのかもしれない。

■経済学者で元NHKの経済記者であった池田信夫氏が自身のブログで「希望を捨てる勇気」(09-04-19)というタイトルで、こう記している。『昨今の経済状況をめぐる議論で、だれもが疑わない前提がある。それはこの不況が、いずれは終わるということだ。日本経済にはもっと実力があるので、政府が景気対策で「GDPギャップ」を埋めて時間を稼いでいれば、「全治3年」で3%ぐらいの成長率に戻る――と麻生首相は信じているのかもしれないがそれは無理だ』

■詳細は池田氏のブログを読んでもらうとして、池田氏は今回の長期停滞には終わりがないとして、城繁幸氏の言葉をひき、こういう状況は若者の意識にあらわれており、それは「希望のなさ」だ。という。
『かつては誰にでもチャンスはあり、一生懸命働けば報われるという希望があったが、もう椅子取りゲームの音楽は終わった。いま正社員という椅子に座っている老人はずっとそれにしがみつき、そこからあぶれた若者は一生フリーターとして漂流するしかない。だから彼らは意外に「正社員になりたい」という願望をもっていない。気楽なフリーターに順応すれば固定費も少なく、それなりに生活できるからだ』

■そして池田氏はこの状況を打開するために、「派遣村」のように労働組合と連帯しようという方向と、赤木智弘氏のように「戦争」を求める方向の二つにわかれるが、この椅子取りゲーム自体をひっくり返すしかない、という赤木氏のアナーキーのほうが本質をとらえている、と述べている。

■赤木氏の「戦争をもとめるしかない」という主張は雑誌「論座」に載ったもので、希望は戦争――という「逆説」を展開した刺激的な内容で、論壇等の話題になったものだ。ただ、『残念ながら、若者にはその力はない。かつてのマルクス主義のような、彼らを駆り立てる「大きな物語」が失われてしまったからだ』と池田氏は語る。

■そして、実社会の共同体から排除された若者は、仮想空間で共同体を築く。具体的には「2ちゃんねる」であり、そこで『似たもの同士で集まり、異質なものを「村八分」で排除することに快楽を見出す、ほとんどステレオタイプなまでに古い日本人の姿だ。世界のどこにも見られない、この巨大な負のエネルギーの中には、実社会で闘うことをあきらめた若者の姿がみえる』と記す。

■なるほど。池田氏のブログは比較的よく読み、納得する部分と、そうかなと疑問符を抱くものがあるが、この文は非常に説得力があった。
 池田氏のブログの紹介ばかりで恐縮だが、『こういう将来を合理的に予測すれば、それに適応して生活を切り詰め、質実で「地球にやさしい」生活ができる。日本は現在の欧州のように落ち着いた、しかし格差の固定された階級社会になるだろう。ほとんどの文明は、そのようにして成熟したのだ。「明日は今日よりよくなる」という希望を捨てる勇気をもち、足るを知れば、長期停滞も意外に住みよいかもしれない。幸か不幸か、若者はそれを学び始めているようにみえる』

■池田信夫氏のブログはマスコミ関係者にもよく読まれているようだ。最近、ブログに面白いものが多い。「孤軍奮闘」という姿勢で小泉改革以来の政権与党を批判している植草一秀氏のブログも、面白い。文芸評論家の山崎行太郎氏のブログなどもお勧めのブログである。個人ブログの中にはマスメディアの触れない卓説が展開されていて、興味深いものがある。もっとも、それはごく一握りであり、大半は「どうでもいい」内容のようだ。

■あいかわらず「右だ」「左だ」などというレッテルはりをする人もいるが、ウェブ空間には、そんなこととはかかわりなく物事を考えるヨスガになる文章も置かれている。メディアは新しい時代にはいりつつあるな、と感じる。既成の大マスコミは年々劣化しているというしかない。その劣化を補っているのが、目下は個人ブログである。
by katorishu | 2009-04-21 22:47 | 社会問題
  4月21日(月)
■デジタル化時代の流れに、ぼくも人並み以上につかっていて、ブログを書いたり、デジタルテレビを見たり、関連の本をよんだり、関係者にあったりすることが多い。時代は確実にこちらに流れていると思うが、本日、個人でデジタル関連に毎月いくらぐらい使っているか計算してみると、相当額にのぼる。

■以前はほとんど毎日1回は本屋にいき、いけば2回に1回は本を買っていた。それが最近は本好きのぼくでも週に1度ぐらいの本屋通いになってしまった。よく歩く道に本屋がないというのも理由であるが、デジタル関連への出費増もすくなからず影響している。
 仕事柄、資料として一定数は買う必要があるのだが、図書館の本ですませたり、アマゾンから中古本をかったり、ブックオフの安売り本ですませたりすることが多くなった。本好きで比較的多くの本や雑誌を買うぼくでもこうであるから、本屋や出版社の経営も大変だなと思ってしまう。

■もっとも減っているのは「遊行費」や「飲み代」「タクシー代」で、これらも5分の1から10分の1に減っている。比較的消費に貢献していたぼくでもこうだから、ほかは推して知るべしで、関連する商売の関係者は資金繰りに四苦八苦しているにちがいない。

■本日、哀しい知らせをうけた。身内のことなので、具体的には記せないが、言葉もない……。背景には「未曾有の経済危機」がある。週間現代が5月に株が大暴落すると予想している。日経平均の株価がこのところ、やや持ち直したようだが、アメリカ経済の底は見えていない。大恐慌は回避されたかとちょっと安堵していたのだが、そうでもなさそうで、懸念される。

■「現実社会」に目をやっていると暗い気分になるので、こういうときは映画を見るか本を読むのがいい。図書館で借りたDVDで、昔のハリウッド映画「逢うときはいつも他人」を見た。カーク・ダグラスとキム・ノヴァック主演。家族持ちの男女の恋愛を描いたもので、緻密に構築された「大人の恋愛劇」といってよい。話の展開、道具の使い方、台詞など、シナリオ術の観点から見ると「見本」といってもいい「よく出来た」映画で、細かく分析したくなった。

■そのあと、本屋に立ち寄り「思考する言語」(上・中・スティーブン・ピンカー著)を買い、喫茶店で読みはじめた。ピンカーはハーバード大の心理学研究室教授で、言葉から人間の本性に迫ろうとするもの。一気に読める本ではなく、じっくり精読する本のようで、ささやかな愉しみではある。昔、ある首相は「貧乏人は麦飯を食え」といって話題になったが、今「貧乏人は本を読め」といいたい気がする。本を読むことで知識も思考も深くなり、窮状から脱するよすがになるはずである。とくに若い人にとって、読書の多寡や読書の質が将来の社会的地位に重要な影響をあたえるに違いない。
by katorishu | 2009-04-20 22:47 | 文化一般