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  8月31日(月)
■昨夜は午前3時近くまでテレビを見てしまった。もちろん、総選挙関連の番組である。野党が大勝し政権交代が実現した歴史的な出来事というべきだろう。日本には、これまで国民が主体となって政治を変えた体験がなかった。ようやく「普通の国」に近づいたのかもしれない。しかし、ここまで傷んでしまった社会は、政権交代してもそう簡単に修復するはずもなく、民主党に期待をかけた有権者は裏切られる可能性も強い。

■今後何度かの選挙をへて、他の先進国並の政権交代によって民意を反映した政治が生まれるのだろう。まだ幼少期なので、多くを期待しないほうがいいかもしれない。ただ、期待への芽を感じることはできる。これは今のように閉塞感の漂うときには、大切なことだ。

■それにしても、民主党の獲得議席308というのは、すでに「事件」といっていいだろう。議席の取りすぎという意見があるが、思い切った改革をやるには、このくらいの数があったほうがいい。特徴的なのは女性議員が急増したことだ。これは望ましい兆候である。女性が政治にもっと進出することで、政治に新しい風がふくかもしれない。今回当選した女性議員には、いわゆる「小泉チルドレン」の議員とは質的に違う人が多いようだ。「これでも議員か」とあきれはてる発言をする人もいた。今回はそういう議員は比較的少ないようだ。

■民主党に期待するとしたら、これら女性議員の増加である。彼女たちが、驕り高ぶらず、地道に勉強して力をつけ、「国民本位」の政治をやってくれれば、こんな結構なことはない。
 旧世代の議員のなかにも、優秀で見識のある人もいるが、知性のなさが素直に顔に出ている議員も多く、こういう人のかなりの部分が落選した。シビアな時代になったので、一般国民の目も厳しくなった。その結果が素直に反映されたのだろう。ただ、どの分野にも共通することだが、大事なのは老若男女がいりまじって事をすすめていくことだ。とくに国民の生活を右する政治の世界には、まんべんなく色々な層の代表者のでてくることが望ましい。

■さて、これから民主政権がどのように公約を実現していくか。あまり多くを期待できないにしても、とにかく風が吹いたのである。暗雲を吹き飛ばして、まずは経済の立て直しのために有効な政策を打ち出して欲しいものだ。衣食足りて礼節を知る、といわれるが、じっさい衣食が不足していてはモラルもなくなるし、社会に明るさがもどらない。「経済大国」といわれた日本の国民一人あたりのGDPは世界で19位まで下落してしまった。すでに日本は「経済大国」などではなく「貧乏国」になっているのである。貧乏のなかで、1億人以上の民がどうやって暮らしをたてていくか。この認識から出発することが必要で、それを踏み外したら鳩山政権は瓦解する、と予言しておこう。

■台風が近づいていて、風雨が強かった。経済の先行きにも、依然として暗雲がたれこめている。すでにデフレスパイラルに入っており、きわめて危ない状況である。天に祈りたい気分の中小零細企業経営者も多いにちがいない。テレビの下請け制作会社の経営も大変なようだ。台風のなか、渋谷と赤坂で打ち合わせ。「良心的な番組」を数多くつくっている某制作会社で海外取材をふくむ企画を練り上げる作業をした。実現させて、ひさびさに、いろいろな国に足を運び、そこで生きる普通の人たちと意見交換したいものだ。
by katorishu | 2009-08-31 23:57 | 政治
 8月30日(日)
■総選挙の解放速報番組がはじまった。20時前からCSの朝日ニュースターが、選挙特集を放送している。評論家の西部氏や金子勝氏、東大の情報学環長の石田氏、コロンビア大学教授のドナルド・カーチス氏などがでて、コメントを加えながら、この選挙の意味を語っている。

■一方、地上波の民放にチャンネルをまわすと、当選者の万歳の模様などをさしはさみながら、選挙を「ショーアップ」して見せようという演出がこらされている。ぼくなどには朝日ニュースターのほうがはるかに面白いし、内容もあるが、民放やNHKの速報番組を見る人が大半なのだろう。

■ともあれ、民主は大手マスコミの予想通りの大勝で、自民党は100議席をちょっと越える程度の惨敗――ということになりそうだ。政権与党のあまりにお粗末なやり方が民意を得て具体化されたということで、当然の結果ともいえるが、今後、日本がどうなっていくか、懸念材料も多い。
 小泉氏を熱狂的に支持して過去をふりかえると、今回も多分に感情的な投票行動であるな、とあらためて思う。民主政権がどのように民意を得た政治家主導の政策を打ち出し、官主導をただせるか、注視したい。

■ぼくの直前の「山勘」ははずれたということだ。ところで、マスコミの世論調査通りの選挙結果になるというのは、良いことではなく、それだけマスメディアに誘導される国民であることを示すこと、と西部氏は話していた。「だったら、選挙などやらずに世論調査で政治をやれば」という西部氏の皮肉な発言も一理ある。

■この世を動かしているのは結局は「マス」であるというスペインの思想家オルテガの思想を根拠にした西部氏らしい発言だった。テレビもじつはテレビ局員がつくっているのではなく、とらえどころのない「マス」がつくっているという側面が強い。ぼくもその一員である「マス」という面妖な存在。これが今後も世の中を動かし、いずれ人類を破滅に導いていくのかもしれない、と思ったりした。これから数時間、食事をしながら選挙という「祭り」をおもしろがって見てみよう。
by katorishu | 2009-08-30 20:33 | 政治
 8月30日(日)
■総選挙の投票日である。期日前投票をしようと思っていたが、本日、投票所に足を運んだ。午後2時、関東地方は台風の接近で曇り空で、ときおり雨がぱらついた。近くの小学校が投票所だが、心なしやってくる人が多いような気がした。が、その後、午後4時に中央選管が発表した投票率は前回の総選挙を、やや下回るとのこと。

■大マスコミの世論調査で民主が300から320議席をとり、自民大敗との報道がなされたことで、選挙民の投票所への足がとまったのだろうか。どうせ大勢が決まっているので、投票してもしなくても「同じ」と考える人もいるのではないか。大新聞やテレビが民主圧勝を報じるなか、タブロイド紙の日刊現代が民主290議席 自民130議席と予想していた。

■ただいま、30日の19時42分。20時が投票締め切りで、即日開票されるが、ぼくの山勘では、日刊現代の予想があたるのでは……と思ったりする。いずれにしても、今後の日本の命運を左右する大事な選挙だが、投票率が思ったより少ないことは、歓迎すべきことではない。
 8時からのテレビの開票速報に、今夜は釘付けになりそうだ。
by katorishu | 2009-08-30 19:43 | 政治
 8月28日(金)
■総選挙も大詰めに近づいた。大手マスコミの世論調査では相変わらず民主圧勝ということだが、違う意見もある。本日新橋駅のキオスクで見たタブロイド判の新聞によると、民主は300の大台に乗るかどうかわからないという。いずれにしても、民意が政治の流れを変える可能性が強いということで、画期的な選挙になるかと思う。

■政権の座から転がり落ちるのを何より恐れる政権党は、それこそなりふりかまわない運動を展開しているようだ。日本には同情票というものがある。「かわいそうだから」「協力してくれらから」投票するという人がまだまだ多い。そんな層を狙って運動を展開しているようだが、時すでに遅しである。

■政権与党の議員は、ここらで席からおりて、野にあって頭を冷やすことを考えたほうがいい。余計なお世話といわれそうであるが、人間、ときには「冷や飯喰い」も必要なのである。苦境におかれて、初めて見えてくるものがある。一方で、苦境ばかりがつづくと、こちらも冷静な判断が失われ、他人をうらやむ嫉妬の気分が大きくなる。それはそれとして、完全失業率が過去最悪を更新したという。労働市場の流動性がなく、昔のように親戚や一族の庇護も期待できないなか、失業者の悲哀は深刻である。新政権は弱者に手厚い保護をする政策を協力にうちだす必要があるだろう。とにかく民意を得て成り立った政権は、民意にためされる。

■暑い一日だった。赤坂で企画の打合せ。そのあと外で原稿書きをしようと思ったが、資料を忘れたきたので、いったん帰宅。雑用を終えて外出。北品川までいったが、またも資料を忘れてきてしまった。暑さで脳の働きが鈍化しているようだ、ということにしておこう。
by katorishu | 2009-08-28 23:20 | 政治
 8月27日(木)
■本日、朝日新聞の一面を見て驚いた。総選挙中盤の世論調査によると、民主党が320議席獲得するという。自民が激減して100前後。駅の売店などに並ぶ新聞のPR文には、自民が80前後で、選挙後消滅するといった文字もおどっている。週刊誌では過激なほうが売れるので、黒白をはっきりだす記事が載りがちだが、大手新聞が軒並み、民主大勝を予想している。

■政権交代を争点にした民主の優位はうごかないにしても、それほどの差がつくのだろうか。世論調査もテレビの視聴率などと同様、若干「眉唾」なところがある。ぼくの山勘では民主は300前後、自民は110前後と見ているが。いずれにしても、経済停滞をはじめ、年金問題等々、数々の失態をかさねたのだし、自公政権が退陣するのは、自然の流れである。ぼくもふくめて国民は愚かなところがあるが、それほどバカでもない。世襲議員が半分近くいる政党は、民主主義にそぐわない。政治の世襲は北朝鮮など独裁国家にとどめておいてほしいものだ。

■ときどきは政権交代をして、たまった垢を洗い落とす。民主主義にとって当然のことが、日本ではなされてこなかった。政治家は「上物」であって、官僚が仕切っていた証拠である。今回、はじめて民意による政権選択が濃厚になった。日本の歴史上初めてのことである。
 それにしても、前回の総選挙で痛みに耐えれば生活がよくなるという小泉氏の絶叫にのって投票したひとは、今なにを思っているのだろう。懐も心も傷んだ人が多いかと思う。頼まれたから投票するなど愚の骨頂である。マスコミの扇情的な報道にのって、気分で投票するのもいただけない。

■因果関係を数字で示すことはできないが、現在の世界的大不況の遠因は、イラク戦争にあると思っている。アメリカの指導層は、この戦争の戦費を捻出するためもあって、独自の金融システムを考えだし、これを実行した。小泉氏はブッシュ政権のイラク戦争に真っ先に賛意をしめしたが、もしあのとき日本がフランスやドイツのように行動していたら、ブッシュ政権は戦争に突っ込んでいったかどうか。冷静に検証をする必要があるだろう。

■あの戦争がなかったら、とどうしても思ってしまう。サブプライムローンをはじめ面妖な金融システムをつくりだしたネオコンの市場経済原理主義。その背後に、どうも膨大な戦費を捻出する策が隠されているような気がする。当時、アメリカのいうことをきかなかったら、日本経済は停滞し、成長がとまってしまう……と「識者」と称する人たちが盛んにいっていたが、皮肉なことにアメリカのいいなりになったからこそ、今の経済大停滞や社会の劣化がある、といっても過言ではない。

■言い古された言葉だが、「奢れるもの久しからず」。イラク戦争当時のアメリカは、歴史上、世界最強の覇権国家、現代のローマ帝国などといわれた。それが、あっという間に基盤ががたがたになり、深傷を負った怪獣のようにのたうちまわっている。この世は常ならず。栄耀栄華をほこっても、長続きはしない。自身の「輝き」のなかに崩落への芽がひそんでいるのだが、奢れるものにはそれが見えない。見ようとしない力が、奢れる者には無意識のうちに働くのかもしれない。だから必ず没落する。謙虚さが、いまほど必要なときはない、とあらためて思う。
 脚本アーカイブズの会議ほか。秋葉原で、意欲ある若者と、実るか実らないかわからない仕事の打ち合わせ。多分実るという方向に賭けたいものだ。それにしても、眼精疲労がひどい。腰痛もするし、食欲もない。政治が悪いからだということにしておこう。
by katorishu | 2009-08-28 02:24 | 政治
 8月26日(水)
■日本放送作家協会創立50周年の記念本『テレビ作家たちの50年』(NHK出版、定価税込み2100円)が発売になりました。倉本聰、山田太一、早坂暁氏らベテラン脚本家をはじめ、現在活躍中の脚本家、構成作家のほか放送評論家やジャーナリスト、テレビ演出家、プロダクション等々60人あまりの人が、さまざまな思いをこめて書いています。

■厚手の本で、いまどきこれだけのボリュームのある本が2000円(定価)というのは安いという声があった。テレビの危機がいわれている中、編集にたずさわった者のひとりとして、テレビの一種の「墓碑銘」になったという思いもあります。
 この50年のテレビの流れが概観できると同時に、番組の「基礎の基礎」をつくった関係者たちの「熱気」と「溜息」が率直にでていて、「戦後ニッポン」を跡づけるヨスガになるかと思います。大きな書店でないと並べていないかもしれないが、お手にとってみてください。アマゾンで注文すれば翌日には届くはずです。

■昨日、テレビラジオ記者会で、この本や50周年記念イベント等についての記者会見が行われ、ぼくも取材を受ける側として出席した。新聞社、通信社の文化部記者、10数人が参加。9月初旬、新聞等に記事がでるかと思う。
 9月18日(金)から23日(水)まで新宿の芸能花伝舎で、関連のイベントを予定しています。脚本展のほか、テレビシンポジウム(バラエティ、ドラマ、報道ジャーナリズムの3部門)、講演、朗読など多彩なもよおしがあり、いずれも無料です。
 詳しくは――日本放送作家協会あるいは日本脚本アーカイブズのホームページを御覧下さい。
by katorishu | 2009-08-27 12:05 | 新聞・出版
 8月25日(火)
■新型インフルエンザはどうやら流行の危険水域にはいったようだ。総選挙がおわって新政権になれば、多少でも経済回復への期待が生まれるかもしれないが、インフルエンザが流行すれば、その流れも頓挫してしまう。政府や行政当局は全力をあげて拡大防止策をとってほしいものだ。
 仮にかかっても重症にならないよう、日頃から体力の維持につとめるしか、個人としては対策法もない。さいきん、とみに体力に自信がなくなっているので、大流行にもなれば、それで命を落としかねない。

■話はかわるが、地上の人口はすでに過剰で、いずれ100億を超えるだろう。そうなると、当然の結果として食料が不足してくるし、環境も劣化する。旧来の戦争は石油などの天然資源獲得のために起こされた観があるが、これからは食料獲得のための戦争が起きる可能性が強い。そんななか、日本の食料自給率は4割を切っているといわれる。先進国のなかでは最も自給率がひくい。

■ただ、ここにも数字のマジックがある。食料を物価ベースでみた場合とカロリーでみた場合とでは数字がちがう。カロリーベースだと自給率は5割を超えるそうだ。ところが、農水省をはじめ農協などの「既得権益」層は、とにかく食料が足りない足りないと主張しさえすれば、「日本の食を守れ」という掛け声で農業関連の膨大な予算がおりる。そのため、足りない足りないと、毎年のように念仏をとなえるように声高にいっているそうだ。

■農家保護と農協保護があるのだが、これと農業保護とでは、微妙なちがいがある。多くの国民にとって重要なのは、日本の農業の保護である。この観点からいえば、自民党はもちろん民主党が公約でうたっている政策もバラマキであり、長い目でみて農業の保護につながらない。農業は戦後ある種の「アンタッチャブル」の領域であったので、そもそもビジネス論理が働かないのである。文化などと同じで、ビジネス論理が最優先するのも問題だが、かといって効率の悪い今の「農」のありかたは、かなり問題である。このままでは、今後確実にやってくる「食料危機」にうまく対処できない。

■駅近くのミスタードーナッツでコーヒーを飲みながら、そんなことを考えた。ミスタードーナッツはコーヒーがおかわり自由で、店員がいかがですかと何度もいってくるのでつい2杯3杯と飲み過ぎてしまう。
 その前にはいった品川シーサイド駅近くのコーヒー店の客も以前にくらべ数割減っている。会社が終わる午後6時7時代だというのに、がら空きである。みんな広場の喫煙場所でタバコをすったり、無料のベンチで缶コーヒーや水を飲んでいる。これも不景気の影響なのだろう。こちらはコーヒー店を「書斎」がわりに使っているので、客が少ないことはむしろ好ましいのであるが。
by katorishu | 2009-08-26 00:01 | 政治
 8月24日(月)
■日本小児科学会(横田俊平会長)は、新型インフルエンザで急性脳症の小児患者発生が続いているとして、意識障害などの疑わしい症状があれば医療機関で速やかに受診するよう国民に呼びかけを始めたという。(医療ニュース&ジャーナル)。
 全国的に流行状態になれば、多数の脳症患者が発生する恐れがあり、同学会は重症患者への対応に万全を期すよう各地域で診療体制の整備に着手したそうだ。

■高熱の後、突然、けいれんが続いたり、意味不明の言動や意識障害を起こしたりするという。体内のウイルスへの免疫反応が激しすぎて脳が腫れたり、血管や臓器が傷ついて発症するらしい。怖いことである。新型インフルエンザというより、はっきり豚インフルエンザといったほうがいいと思うが、これが流行ると国民は踏んだり蹴ったりである。

■本日、発売の週刊東洋経済によると、アマゾンドットコムが、出版界を席巻しつつあり、大手出版社も大変な事態になってきているようだ。背景には、本が売れない現実がある。一方、やはり本日発売の週刊ダイヤモンドは、弁護士の実態を特集している。このところ弁護士の「過剰」がつづいており、金持ちの典型と見られてきた弁護士も、売れる売れないで、光と影が目立ちはじめているという。5人に1人は年収500万円以下――といった記事も記されていた。

■病院などもいつ倒産してもおかしくないところがいくつもあるし、他の業種もおしてしるべし。テレビも典型的な斜陽産業になっており、ドラマ枠など減る一方だ。ぼくが提案した作品も、その枠自体がどうなるかわからない状態なので、様子見である。これまで「いい思い」をしてきたのだから、いい気味だ、などと思っている人がいるかもしれないが、対岸の火事とみていることは出来ない。いずれも、多くにはねかえってくる。

■国民の圧倒的多数を、この「不況」は直撃するのである。アメリカの景気の下落が、底をうったと一部で伝えられたが、どうなるかわからない。先日、ある人から、今年にはいって各種イベントは半分以下に激変したときいた。イラストレーターの仕事なども半分以下に減っており、人によってはまったく仕事がない。つまり、無職と同様である。従ってみんな飲み会などにもいかない。映画館にもいかず、本は図書館で読み買わない。外食もひかえ、不要不急のものはいっさい買わない。

■節約は、従来「美徳」とされてきたのだが、資本主義社会にあっては、過度の節約や過度のケチは、このましいことではない。みんながそういう行動をとるようになったら、経済は縮小し、職を失ったり、収入の激減に見舞われる人が続出する。バブルのときのような過剰な消費も困ったものだが、みんなが萎縮してただ日々「食いつなぐだけ」という社会も歓迎しない。
 それは活力のない社会であり、人々が寛容さをうしない、攻撃的になり、空気は暗くなる。ここはまず、政治の出番である。「既得権益層」をぶちこわすようなダイナミックな政策をとり、チャレンジ精神を発揮できるような空気を醸成するしか道はない。それにしても、民意を問うことをさけ、自分可愛さ(自分だけは落選したくない)で、ずるずると総選挙を引き延ばしてきた政権与党の罪は重い。  
by katorishu | 2009-08-24 21:57 | 社会問題

都会の谷間に残る盆踊り

 8月23日(日)
■日中はまだ熱いが日が陰ってくると、やや涼しくなる。例によってリュックを背負ってカミサンと一緒にふらふらと外歩きに出た。北品川界隈を歩いていると、東京音頭のメロディが聞こえてきた。すいよせられるように歩いていくと、小さな公園にでた。納涼盆踊りが行われていた。ここは江戸時代、陣屋があった場所である。やぐらを組み、女性たちが踊っていた。オバサンというよりオバアサンという印象の高齢者が多い。そろいの浴衣を着て踊る姿を、しばし眺めた。

■町内会の有志がだしたと思える露天がいくつもでていて、焼き鳥やビールなども売っている。。缶ビールが250円とは安い。盆踊りを見ながら2缶飲んだ。子供づれの人が多く、かなりの賑わいだ。先行き不安の心理が横溢しているせいなのか、伝統文化に回帰する傾向が顕著である。この界隈は新興住宅街とはちがって江戸時代から住み続けている人も多いのだろう、老若男女がほどよい数いりまじっていた。

■組織においても当てはまるが、老若男女のいりまじっているのが、まともである。小さな町内会の催しながら、都心近くにこういう場所が残り、こんな催しが行われていることには、ほっとしたものを覚える。ちょっと歩くと品川運河が流れ、日航の本社ビルやフジテレビ別館などのビルが林立している。そのなかで、かろうじて昔ながらの光景や文化が残っていることは、救いにつながる。この界隈を舞台に連続ドラマの企画を考えた。明日、某局で打ち合わせをする予定だが、さてどうなることやら。企画が通る可能性は少ないかもしれないが、これを通さなければこの局の未来はない、と思うことにしよう。ひさびさに企画を提案したので、実現を期待したいものだ。時代の変わり目をとらえた題材なので、それなりの反響を得られると思うのだが。

■総選挙を前に地殻変動が起こっているようだ。自民が100前後の議席しかとれないとの調査結果もある。そこまで、なだれ現象が起きることを、かえって危惧する。民主が大勝ちすれば、民主の議員は若手の新人が多いので、必ずおごり高ぶる人間が輩出する。
 恐らく、もういちど政界再編のための選挙があるに違いない。いずれにしても、物物物を追い求めてきた「戦後日本」が大きな曲がり角にたっている。ここで立ち止まって、捨ててきた「過去」のなかに、いぶし銀の輝きを発見することが必要な時期にきていると思うのだが。
by katorishu | 2009-08-23 20:43 | 文化一般
 8月22日(土)
■知り合いが主宰する芝居を見にいく予定であったが、体調があまりよくないのでやめにした。芝居を見るにもけっこう体力がいるものである。
 ところで、日本は「世界第2の経済大国」ということになっているが、それは数字の上のことだけで、一人あたりのGDPは20位前後であり、一方「幸福度」という尺度では90位である、と池田信夫氏のブログに記されていた。

■物差しをかえて見ると、日本は多くの国民が思っている国とは、かなり違う。政権与党は未だ「経済大国」を築き上げたことを強調しているが、国民の幸福度という尺度で見たら、かなり「情けない国」になりはてている。じっさい、自分が幸福だと思っている人は70年代80年代に比べ、ぼくの実感では10分の1程度に減っているのではないか。
 
■一部の「既得権益層」や「リッチ階層」はべつにして、日本は決して暮らしやすい国ではなくなった。すくなくとも先進諸国のなかでは、上中下にわけると残念ながら下に位置する。教育ひとつとっても、こんなにお金のかかる国は珍しい。そして教育の内容も、かなりお粗末であるらしい。要するに国民から徴収した税金の使い道がまちがっているのである。

■このまちがいを、どう正せるか。その点こそ、心ある政治家の力量の発揮のしどころである。「世襲議員」が大半をしめる政党に、税金の新しい使い方を期待することは、木にのぼって魚をもとめるようなものである。世襲議員こそ「既得権益」の典型例であり、税金の配分と密接に結びついているのだから。
 人の暮らしぶりを変え「幸福度」をあげる。そのためには社会のシステムをかなり大胆に変えていくことが必要で、例えば元衆議員議員で弁護士の白川勝彦氏など、今度の選挙で政権交代がおき民主党のマニュフェストが実行されたら、それはもう「革命」であると記している。戦後、はじめて国民の「意志」で政権をかえることができるかもしれない事態になったということである。

■選挙で国民がはっきりと「意志」をしめし、それで政権がかわるとしたら、長い日本の歴史で初めての出来事といってもいいだろう。白川氏のいうように「革命」それも「無血革命」に近いといってもいいだろう。もっとも、経済の大不況やインターネットの普及等もあって、国民の政治を見る眼は厳しくなっている。民主党が政権をとったあと、これまでの政治と似たり寄ったりの政治を行ったら、次の選挙で手痛いシッペガエシをうけることだろう。小沢一郎氏が、「田中角栄的なもの」から、どれだけ決別できているか、それが新政権の命脈を決めることになるにちがいない。

■「戦後日本」の高度経済成長はすでに過去のものになり、少子高齢化の現実をふまえると、「小国」を目指す以外に生きる道はないようだ。暖衣飽食をしていても、「不幸」である人はいくらでもいる。逆のケースも多い。金銭の多寡が人の幸福をかなりの程度左右することも現実だが、そればかりではない。昭和39年の東京オリンピックのころの食生活が、日本人にとって理想の食事である、と以前、某クリニックの医師から聞いた。なるほど、あのころの暮らしぶりが、いいのかもしれない。といっても、過去へ逆戻りはできない。一度味わってしまった「便利さ」「お手軽さ」という「蜜の味」を、人はなかなか忘れることができない。この流れのなかで生計費を得ている人も多い。
 諸事情があるにしても、多少の不便をむしろ享受しつつ、手間のかかるプロセスを愉しむくらいの余裕が欲しいものである。この余裕のことを、昔の人は「瘦せ我慢」といった。
by katorishu | 2009-08-22 22:28 | 文化一般