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10月31日(土)
■昨日は毎月1回開かれる放送作家協会理事会。「関係者」が読んでいるので、ブログには書けないことが多い。そのあと下北沢で「映像関係者」と飲み会。プロデューサー、監督、脚本家、女優、作家、マネージャーら、気のおけない懇意の人たちで、和気藹々話がはずむ。まだ30代だと思っていた某著名女優が40の半ばと知って驚いた。昔であったら「大年増」を通り越して「おばさん」という形容がふさわしいのだが、若々しい。4時間以上、話があっちへ飛び、こっちへ飛び、戦前の映画界の話から今の政治やテレビ界の「惨状」まで、まさに論壇風発。しばしの気散じになった。

■いろいろな人と話す機会が多いので、感じることは、「言葉の解釈、意味づけ」の落差がよくあることだ。こちらはこういうつもりで話しているのに、相手は違う意味に受け取ってしまう。もう何十年も前のことだが、勤め先に同級生の編集者が訪ねてきた。職場の先輩ともどもあったのがだ、そのとき、「同級生ですが、彼とは派が違うので、あまり話したことはない」とぼくが話したところ、先輩はどうも学生運動の「党派」の「派」が違うと受け取ったようだ。ノンポリで、たった一回、誰かに誘われたデモにいった以外、「学生運動」にかかわったことのないぼくに、「党派」は無縁である。が、ロシア語専攻だから、当然「ソ連」にシンパシーをもっていると先輩は解釈しているようだった。ぼくのいう「派」は「硬派」と「軟派」の「派」であり、こちらは「軟派」で彼は「硬派」という違いをいったのだが。

■違う解釈をされているなと思ったものの面倒くさいので訂正もしなかった。この種のことは、会議などでも多い。こちらのちょっとした「言葉尻」をとらえて、突いてケースもある。前提として、好感をもっていない同士の組み合わせだと、そうなりやすい。ぼく自身、人の発する言葉を、「ぼくなりの解釈」で受け止め、発話者の真意とは違う受け取り方をしていることも多いはずである。「口は災いのもと」というが、その通りである。発話者の体調はいつも良好とはいえず、寝不足であったり疲れていると、言葉を省いたり、言葉不足であったりする。すると、異なった解釈をされがちである。そんな小さな「差異」が、案外人と人との関係に悪い影響をおよぼすものである。1対1で時間をつくして話しあえば、よくわかり合えることでも、どちらかに「ふくむところ」があると、会話を重ねることが誤解を必要以上にひろげることになる。
 これも「人間研究」の一環であると思えば腹もたたないし、面白いという余裕をもちたいものだが、疲れていると、そういう余裕がなくなる。注意すべきことである。それにしても、改めて思う。人間とは常に自分が一番正しいと絶えず言い聞かせていないと不安になる動物である。
by katorishu | 2009-10-31 23:08 | 個人的な問題
 10月29日(木)
■雑誌「サピオ」が新聞・テレビの「裏事情」について特集を組んでいる。インターネットの普及と大不況のダブルパンチをうけ、戦後日本の繁栄とともに歩んできたマスメディアが、いま息も絶え絶えにあえいでいるといっていいだろう。マスメディアばかりでなく、ほとんどの業種が崖っぷちにあり、さらに落ち込む気配も濃厚である。私見では最大の理由は「少子高齢化」である。若者の少なさが、あらゆるところにマイナス面として出ている。新しく生まれる命が少ないという事態は、率直にいってその種が滅びの方向に向かったということである。

■人も動物の一種なので、天の摂理の中にある。科学の発達で、生活環境がよくなり、みんなが総じて長生きをする。それ事態は悪いことではないが、新しい命を生み出せない個体の増加は、自然界の法則の観点から見ると、衰亡への道につながる。かといって今更政府や官庁が「産めよ増やせよ」などといっても、誰も踊らない。子供をもつことが喜びにつながらない社会になってしまったということである。張本人は、「戦後日本」のたまさかの「繁栄」の中で生きてきた人たちである。そのなかに、ぼくももちろん含まれる。「自愛主義」「利己主義」の氾濫も目にあまる。こういう社会を作るためにテレビの果たした役割は相当大きい、と改めて思う。

■本日の朝日新聞夕刊の「人・脈・記」を読んでいたら、65歳以上で尿失禁をしているのは約400万人で、そのうち200万人がおむつや専用のパッドをあてていて、100万人がいつも漏れている状態――であるという。まわりにいる人たちの大変さを思うと、ため息がでる。意識がはっきりしている人は、当人も相当辛いにちがいない。これはまだ序の口であり、いずれ2倍、3倍に増えていくはずだ。経済の現状も危機的だ。近代国家で例を見ない「大借金財政」が、いずれハイパーインフレをもたらす可能性も強い。アルゼンチンや旧ソ連並みになるということで、まさかと思う人がいるかもしれないが、現実味をおびている。そうなれば、いくら我慢強い国民でも、暴動を起こしたりするかもしれない。

■何か明るいニュースを探そうと思うのだが、なかなかみつからない。新聞の一面によると、JALの再建のために年金を減額できる特別立法が検討されているという。税金を投入するためには企業年金を削減しなければ国民の納得を得られないとのこと。当然である。それにしても、「親方日の丸」の典型的企業であったJALが、のたうちまわる手負いの怪獣のようになるとは、JALの年金受給者たちも夢にも思わなかったのではないか。JALに特有の出来事ではなく、どんな大企業でも起こりうる事態ということだ。妙な犯罪も増えているし、いよいよ昭和初期に似てきたなと思う。本日は「ボランティアでかかわっている」ある番組の打合せ。そして事務処理等々で一日は終わる。目はしょぼつくし、腰は痛いし、かなりぼろぼろである。
by katorishu | 2009-10-30 01:13 | 社会問題
 10月28日(木)
■芝の某クリニックで定期健康診断。尿や血液を採取され、その結果を待つことになるが、とくに問題なし、と楽観的に考えたい。血圧は上が110で下が60台。「悪くないですよ」と問診の医師にいわれた。心身ともに疲れ目はかすむし、体調良好とはいえないのだが、眼鏡をかけた視力検査では右が1.5で左が1.2だという。肺活量も正常とのことで、やや安心した。

■浜松町駅の近くのレストランで遅い昼食を食べた。ハンバーグとほたての定食であったが、まずさ加減も相当なものだ。1000円を超える値段の食事をだす人は、それなりの工夫がほしい。なにやら冷凍ハンバーグをレンジでチンした程度の味だった。夕方、恵比寿で某テレビ局の関係者と歓談。この業界の惨状ばかり語っていても何も良いことはないので、前向きに先行き明るい話題を語ろうということになり、いろいろなアイディアがでた。

■日本の伝統文化である「グレイゾーン」や「漁夫の利」をもっと積極的におしすすめて、これぞ「日本文化」というものを世界に強いメッセージとして伝えることが大事。また「情報収集」ひとつにしてもインターネットで調べたり、「リサーチャー」に丸投げして頼むのではなく、自ら足で歩いて集めることが大事、という点でも、意見が一致した。この人たちとは何か仕事ができそうだ。

■舞台はすでに国内だけではない。中国や韓国、東南アジアの諸国である。そのためにも「しっかりした企画と脚本」に基づく映像をつくっていかないと、いけない。メッセージ性のある、繰り返し見られることに堪えられる作品をつくるということである。じつは、ぼくが考えた映画企画を中心に話すために集まったのだが、3時間のうち2時間30分は、映像ソフト関連の低落傾向をどうしたら止められるかといった類の話題であった。

■今後「成長路線」はありえないのだから、マイナスの条件を逆手にとって、それを利用することについて知恵を働かせて一歩前にすすむしかない。知識と知恵は違う。今こそ「知恵」が重要な意味をもってくる。俳句は575と限られた条件があるからこそ、文化の形をつくることができた。どうも、そのへんにヒントがありそうだ。それにしても、みんな良く飲む。第一線で活躍している諸氏なので、大いに飲み、語り、思いや夢をぶつけるのは、当然のことなのだが。こういう人たちと話すと、ぼくも「現場に戻った気分」で年を忘れる。率直にしゃべり、提言したりするうち、恐らく脳が活性化するのだろう、アイディアがつぎつぎに湧いた。『漁夫の利主義でいこう』というアイディアも帰りの電車のなかでふっと浮かんだもので、これで1冊本が書けるなと思った。久々に活性化された日であった。たまにはこういう日がないと。
by katorishu | 2009-10-28 23:19 | 文化一般
10月27日(火)
■昼間久々に大宅文庫にいった。雑誌をこれだけ集め一般公開している施設は他になく、ありがたいところである。大宅壮一という希代のノンフィクション作家の「偉業」というべきで、これひとつで大宅壮一は末永く評価される。難点はコピー代が高いこと。ちょっと調べものに熱がはいりコピーを頼むと、すぐ1万円を越えてしまう。本日は昭和初期の雑誌を中心に20冊借り、そのうち半分ぐらいの雑誌からコピーをお願いしたので、1万円を越えるものと思っていたところ、その半分だった。料金を半分にしたようだ。ぼくのような「売れない」物書きにはありがたいlことだ。

■コピーを待っている間、徒歩5分ほどのところにある蕎麦屋にはいった。はいってすぐ、しまったと思った。80に近いのではないかと思われる「老夫婦」の経営する蕎麦屋で、雰囲気からして値段の割にまずいのでは、と思ってしまった。案の定、でてきた蕎麦は立ち食い蕎麦とさして変わらない味で、値段はその倍。孫の小学生らしい子が帰ってきて、老夫婦を会話をしており、店の一角にその孫の趣味と思われるゲゲゲの鬼太郎などの人形類がいくつも飾ってあった。テレビ画面では水戸黄門の再放送をやっており、客はぼく一人。夫のほうはずっと水戸黄門を見ていた。

■微笑ましい雰囲気といえばいえるが、サービス業としては、いただけない。恐らく味を工夫することもなく、十年一日の作り方でやってきたのだろう。これでよく店がもつなと思った。店を出ると正面は精神科のある病院としては日本でも有数な松原病院。そうか、ここにくる患者や見舞い客などでもっているのだろうな、と思った。最近は抗うつ剤や睡眠薬に頼る人も多いので、病院は繁盛しているのではないか。蕎麦屋の並びにある薬局には、処方箋を手にした人が外まで列をなしてならんでいた。
 ひるがえって考えれば、こんな老夫婦のやっている蕎麦屋が倒れずに続いていることは慶賀すべきことかもしれない。経験的に老夫婦でやっている蕎麦屋で、うまい店に出会ったことはない。ちょっと工夫をすればいいのにな、と思うものの、あるいはこの類の蕎麦屋の蕎麦が「うまい」と思う人もいるかもしれない。人好き好き。それでいいのである、と思い直した。そのあと、六本木で厄介な事務処理を21時まで。そのあと、渋谷。じっくり本を読む時間がない。
by katorishu | 2009-10-28 00:23 | 文化一般
  10月26日(月)
■勝間和代氏の「目立つ力・インターネットで人生を変える方法」を面白く読んだ。インターネットの波にのってでてきた人で、以前はなんとなく嫌なものを覚えていたが、一読して、なるほどなとうなずくことが多かった。こういう人が新しい時代を切り開いていくのだなと思った。旧来の日本では「目立ちたがり屋」は嫌われたものだが、勝間氏は積極的に目立つよう試み、結果として大いに目立つ女性になった。アメリカ式の生き方なのだろう。

■ボーダレス化時代のなか、多くの国が多文化多民族国家アメリカのような国になっていくに違いない。善し悪しはべつとして、そうなる方向である。その中で「生き残る」には勝間氏のような生き方を積極的にとりいれたほうが、生き残る確立は高くなるに違いない。じつは勝間氏の著書を読むのははじめてであったが、納得することも多く、さっそく実践してみたいこともいくつかあった。

■本日、六本木で同業の脚本家たちと話す機会があった。中堅の脚本家が「本日たまたま山田太一さんの『冬構え』の脚本を読んだが感嘆しましたね。最近こういう質の高い脚本が少ない」と話していた。過日のテレビドラマ大賞で受賞作なしであったことに触れた会話であったと記憶しているが、納得である。「テレビドラマ」に関しては、70年代、80年代のテレビドラマが「頂上」であり、以後下降線をたどっている、といっていいだろう。人間存在の不可思議さや深さ、面妖さ、どうしようもなさ、素晴らしさ……等々多用な人間像を、あの時代のドラマは創りだした。だからこそ多くの人がわくわくしてドラマを見ていたのだが。近々発売の「放送文化」や「月刊民放」などに、そんな類の文章を書いた。業界関係者しか読まない雑誌だが、若手の関係者のなかでも、心ある人は納得と思ってくれるのではないか。

■本日、鳩山首相の初の所信演説が行われた。「戦後政治の大掃除」という言葉は気にいった。50分以上演説したそうだ。テレビのニュースにまとめられた短い演説を聞いただけなので、なんともいえないが、言葉だけでなく実行力を発揮して、たまりにたまった汚泥を一掃して、傾いた日本をなんとか立ち直らせて欲しいものだ。

■自分の周囲に限ってもあまり良いニュースはないが、昭和初期に材をとった書籍の企画が通る方向であり、ややホッとする。手元にかなりの資料があるものの、来月あたりから国会図書館や大宅文庫通いを再開することになる。古い新聞や雑誌を読むと、ほんとうに発見の連続で時間の経過を忘れる。やはり、言語である。言葉である。本日、ドキュメンタリーを長年にわたって作ってきた某プロデューサーと電話で話したのだが、これから一層大事になるのは、「言葉」である。低予算の番組をカバーするには、例えば紙芝居を使ったり、講談師をつかったりするということも考えたほうがいいといった話をした。やはり、大事なのは言葉である。言葉、言葉、言葉、と当分の間、言い続けたい気分だ。
by katorishu | 2009-10-27 00:02 | 新聞・出版
 10月24日(土)
■新宿3丁目の小さな劇場で、演歌歌手の裏側にまつわる素材をもとにして芝居を見た。知り合いの俳優がでていたので見たのだが、大きな声で怒鳴りあうようなシーンの連続で、感心しなかった。意図しているのかどうか、わからないが、演出、脚本、そして俳優の演技も、「テレビのバラエティ番組」の「悪い部分」を真似しているとしか思えない。「良い部分」の真似ならともかく、「悪い部分」の真似、影響が濃厚で、大衆芝居のもっていた「芸」もないし、情緒もない、と率直に指摘しておこう。

■水戸市と立川市で行う「子育てフォーラム」のなかの短い朗読劇「天女の唄」の「演出」を担当しているので、打合せと本読みを、近くの「会議室」で行った。俳優の斉藤とも子さんと作者も出席し、同じ新宿で打合せをしたのだが、前述の舞台とレベルが違いすぎるなと思った。「アマ」と「プロ」の違いといってしまえば、それまでだが、基礎的な訓練もほとんどやっていない、つまり「基礎の出来ていない」人が、どうも多すぎる。スポーツなどでも同様だが、「基礎体力」のできていない人が、ぬきんでた成果をだすことはありえない。

■一緒に見に行った俳優も、まったく同じ意見で「演出がもう少ししっかりしていれば、どうにかなるのに」とのこと。知性がなさすぎる、とも某俳優は話していた。今の日本の本質をついている言葉である、と思った。言葉のほんとうの意味の「プロ」がいないのである。いても、「プロ」として遇されないケースも多い。文筆の世界も同じで、積み上げた「芸」があまり評価されず、「話題性」ばかりが先行する。

■テレビの視聴者にもいえることだが、「受け手」の「教養のなさ」加減にも問題があるようだ。9月の「テレビシンポジウム」で、80年代数々の「名作」「佳作」を制作した某プロデューサーも、「受け手のレベル低下を前に、自分はファイティング・ポーズをとれなくなった」と述懐していた。ただ、数は少なくとも、「これから」という人の中に、有為の才能の持ち主もいるはずである。そういう人たちの「芽」が育つ土壌を、どうつくりあげるか。受け手の「土壌」がそれなりに豊かにならないと、芽が芽として発芽しない。今後の日本の行く末がかかっている大問題だが、指導層の関心は薄く、文化・芸術面への国の予算配分も微々たるものだ。文化や教育に投じる予算の比率は、先進国中、日本がもっとも少ないと、よく耳にする。

■一方、この方面に関心をもっているのは、カネも力もない人ばかり。「文化の土壌」とでもいうものを豊かにしないといけないのだが、毎日の新聞に載る書籍の広告を見ても、「ハウツーもの」ばかり。20年ほど前と記憶しているが、大学での「一般教養」課程をなくしてしまったことも影響しているのだろう。「文化」の問題はすぐに「結果」がでるわけではなく、長い時間をかけて顕在化してくるのである。資源の乏しい日本は「文化力」「人間力」で世界に伍していかなければいけないのに、現実は寒々しい限りだ。
by katorishu | 2009-10-25 14:07 | 文化一般
 10月23日(金)
■「鬱」の状態にはいりつつあることに対し、複数の方から励ましのメール等をいただき、ご配慮に感謝します。私見では日本全体が今、鬱というエーテルにおおわれているのでは、と思ってしまう。本日渋谷まででかけたが、行きも帰りも鉄道で「人身事故」があって遅延した。いかに自らの命を絶つひとが多いかをシンボリックに表している。

■本日は日本放送作家協会とNHKとで共催している「テレビドラマ大賞」の最終審査の日。ぼくが司会をつとめた。まだ公表していいのかどうか、わからないが、結果がでており、佳作に残った人には連絡jしているので、当ブログで書いてもかまわないのでは、と思う。900編以上の応募の中から選ばれた8編について審査したのだが、残念ながら大賞受賞作はなしということになった。

■新人なので少々の破綻があってもいいが、これだけは絶対に書かずにいられるかという熱い情熱を感じられる作品が皆無であった。受賞作はNHKで制作し放送されるので、新人には大変な励みになるはずで、出来るだけ受賞作をだそうということで議論を重ねた。しかし、受賞のレベルに達する作品はなかった。900編以上の応募があったのだから、1編ぐらいは突出した作品があってもいいはずなのに。司会をやっていてずいぶんと疲れた。

■最終候補に残った作品の書き手は、30代40代である。団塊の世代のジュニアに該当するのかもしれない。別の機会に某大学の教授が、最近は学生に感受性を教えなければいけないんですよと話していた。もしかして、感性のあり方が、ある世代を境にして変質しているのかもしれない。ぼく流の解釈では、やはり本を読まなくなったことが影響しているのではないか。物事を本源的に考えるのは、言語によってである。深くものごとを考えるためには、思考力が必要である。思考力は多く読書によって最も鍛えられる。本を読まない人の激減が、思考力を弱い人を多く生み出し、それがそっちょくに応募作品に反映しているのかもしれない、と思ったことだった。
by katorishu | 2009-10-24 00:07
 10月22日(木)
■午前中は霞ヶ関にある某官庁にいき、午後著作権についての講演会に出席、夕方、新宿紀伊国屋ホールで東京ギンガ堂と世宋文化会館ソウルミュージカル団の共同公演『ザ・サウンド・オブ・サイレンス』を見た。ギンガ堂を主催する品川能正氏の作演出。ギンガ堂の芝居はひさびさみ見た。戦時中、学徒動員で徴兵され、戦闘によって記憶を失った朝鮮人の物語で、85歳で亡くなった今より回想する、という形をとっている。

■韓国の歌い手、ミン・ヨンギの声量の豊かさには感嘆する。民族の伝統なのか、食べ物の違いなのか、どうか、韓国人の歌い手の声の良さと哀切感は、なかなか日本人では太刀打ちできない。舞台はやや図式的で、ぼくなどは距離を感じてしまうが、新聞各紙が取り上げたこともあって、ほぼ満席に近い入りで、盛況であった。品川氏は日中合作など海外との提携公演なども意欲的にこなすエネルギッシュな舞台人だ。ぼくには、以前、赤坂で見た北王子魯山人の舞台のほうが面白かった。あるいは、本日、こちらが疲れていたせいかもしれないが。

■いずれにしても、意欲的な舞台をつくりつづける品川氏には感嘆する。舞台を見ると、いつも試みてみたい気になる。が、このところ、疲れすぎなのか、とみに意欲が薄れている。現場で熱く燃えることも、大切であると思うのだが。どうも気持ちがすぐれない。「鬱」の時期にはいっているのかもしれない。
by katorishu | 2009-10-23 01:48 | 映画演劇
 10月21日(水)
■女優の南田洋子さんが亡くなられた。昨日当ブログでも記したが、こんなに早いとは……。
 知る人ぞ知るであるが、南田さんは日本放送作家協会員でもあった。テレビドラマ脚本として『女と靴下』(日本テレビ)や『つくしんぼう』(朝日放送)、『東芝日曜劇場、海のない港』(中部日本放送・TBS系)などを執筆している。また、日本放送作家協会が主催していた放送作家協会賞の「女性演技者賞」も受賞している。何回であったか、調べていないので不明だが。ご主人の長門裕之氏も第6回の「男性演技者部門」で受賞している。ついでながら、第1回放送作家協会賞の「女性演技者部門」の受賞者は黒柳徹子さんである。

■どんな人であれ、人は必ず死ぬのだが、誰の場合でも死は哀しい。取材などで、その人の「生の軌跡」を根掘り葉掘り聞いたひとについては、別の感慨もある。映画もテレビも「黄金時代」といわれた時期があり、南田さんはそこで一時期、日活のスターとしての輝きを放っていた。今は「黄金時代」という言葉も死語になりつつあり、「輝きのない」時代になってしまった。南田さんは戦後の隆盛期を生きたということで、ある意味で幸せであったかもしれない。ご冥福を祈りたい。
by katorishu | 2009-10-21 21:29 | 映画演劇
 10月20日(火)
■女優の南田洋子さんが、くも膜下出血で倒れ救急車で運ばれたという。2003年、ご自宅に伺い、ご主人の長門裕之氏ともどもお話を聞いた。今村昌平監督の思い出に触れることを根掘り葉掘り聞いたのだが、南田さんについては、記憶力がやや鈍っていると感じた。30年以上前、南田さんがレギュラー出演していた連続ドラマのスタッフの一人であったので、何度か南田さんと話す機会があったが、そのとき聞いた「今村組」の羽目をはずした珍無類なエピソードを確認したかったのだが、すでに南田さんの記憶にないようだった。

■ぼくは、つまらないことや、どうでもいいことを、恐らく人並み以上に覚えているので、困ることもある。30年以上も前、南田さんが着ていたセーターがよく似合い、素敵であったので、そのことを口にすると、「あ、これ。イタリアで買ったの、安物なのよ」と話された。「安物」とはいくらなのか聞いたところ、「20万ぐらい」と話されたと記憶している。今であったら、4,50万円ほどか。さすが「映画スター」は違うと思ったことだった。

■その南田さんの認知症が進んでいるという話は聞いていたが、テレビ画面に顔をだすなど思ってもみなかった。ご主人の長門氏の「老老介護」の感動物語として評判になり、何度もテレビに引っ張りだされていたが、傷ましいことだと思った。ぼくの周辺では、元スターをあんなふうにさらすなんて、と南田さんの周辺への批判の声がある。当人は自分が世間に「さらされている」ことをよくわかっていないはずである。どういう「事情」があるのか知らないが、スターは最後まで「スター」でいて欲しいし、老残を世間にさらさないで欲しい、と一ファンとして思う。とにかく、テレビというメディア、とくにENGというハンディのビデオカメラができてから(70年代後半)、テレビは、なにもかもを「さらす」ことに腐心するメディアになってしまった。当初のテレビには「夢」があったが、最近のテレビは「夢を消す」メディアのような気がしてくる。
by katorishu | 2009-10-21 01:16 | 映画演劇