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 4月30日(木)
■ゴールデンウイークがはじまった。永年、祝日などと無縁の暮らしをしてきたので、ゴールデンウイークという実感はない。昨日、銀座にでた折り、気晴らしに映画を見ようと思った。「不思議の国のアリス」を下敷きにしたジョニー・デップ主演の『アリス・イン・ワンダーランド』が、脳の疲れを休めるのに格好の作と思った。ところが、満席ではいれない。丸ノ内ルーブルという映画館である。

■最近、満席ではいれない映画というのは珍しい。よほど、面白い映画なのだろう。では、ベニチオ・デル・トロとアンソニー・ホプキンスが主演の『ウルフマン』を宝塚劇場地下の大画面の映画館で見ることにした。ベニチオ・デル・トロはもっとも好きな俳優のひとりで、過去、この人の出た映画は面白く、深いものがあった。「ウルフマン」はオオカミ男のホラー・ムービーとのことで、おどろおどろしいものと思ってはいたのだが……これほどひどい映画とは思わなかった。(これならまだ『のだめカンタービレ』を見た方がましであったかもしれない)

■さきの『アリス・イン・ワンダーランド』とちがって、『ウルフマン』のほうは600人はいる映画館に30人ほどしか客が入っていない。不入りは内容がひどすぎるということと関係しているにちがいない。それなりに費用をかけてつくったのだろうが、ストーリーもちゃちで、怖くもないし、人間がまるで描かれていない。オオカミ男の哀しみや絶望感なども不十分が描かれ方で、なにより感動がない。時間の無駄なので、途中で出ようかと思ったくらいだ。もっていった小型ボトルのワインを飲んで、うるさい大音響のなかしばし眠った。

■帰宅して執筆に差し支えそうなので、早めに就寝した。本日午前6時半ごろ起きて、長編小説の最後の詰めの作業。ほぼ完成である。370枚ほど。のべ4ヶ月ほどかかってしまった。もっとも、この作にかかりきりになっていたわけではないが。添付ファイルで某版元に送った。

■「ウルフマン」の口直しに、これからウッディ・アレンのイギリスを舞台にした3部作ミステリーの3作目を、カミサンと恵比寿のガーデンシネマに見に行こうかと思っている。(夫婦割引を活用させてもらっている)。イギリスを舞台の1作目『マッチポイント』はなかなか面白く、ウッディ・アレンが新境地を開いたと思った。2作目の『タロットカード殺人事件』は愚作であったが。さて、3作目はどんなものか。最近は映画館で映画を見るのが、唯一の気晴らしになっているようだ。DVDなどで見ては映画の本当の良さは伝わらない。やはり大画面の映画館で、気持ちを集中して見なくては。
by katorishu | 2010-04-30 13:39 | 映画演劇
 4月28日(水)
■われわれの生活はマイコンをはじめ精密機器に囲まれている。これが案外脆弱であることを、最近実感する。沖電気の高価なレザープリンターが1年半ほどで故障し、修理に7万5000円かかると聞いて、これは使用しないことにした。その後、携帯パソコンのバックライトが故障。これの修理というか、交換で7万円かかるという。そのため、この携帯パソコンは廃棄することにした。20数万円もした携帯パソコンなのに。

■パソコンのほうは5年近く使用したので、仕方がないとは思うが。昨日は一般電話のファックスと兼用機が故障し、部品を取り寄せにしているので、連休明けまで、ぼくの家の一般電話に連絡すると、音声応答ができなくなっている。ファックスの受信音がでると思うが、ファックスも不可。いっそ新しい機器を購入しようかと思ったが、このところ出費がかさんでいるので、修理して使うことにした。(で、ご連絡にはメールか携帯に、お願いします)。

■文明の利器が進歩するのはいいが、古いものが使えなくなり廃棄、廃棄となると問題である。先日、携帯電話を紛失してしまった。「認知症」の兆候だと苦笑するしかない。連絡先など情報がはいっているため、慌てた。紛失したことで、あらためて日頃いかに携帯に頼っていたかがわかる。外でだれかに電話をしようと思っても電話番号がない。昔は誰でも個人用の電話番号帳をもっていたのだが。なんとか番号がわかっても、公衆電話など一般電話、赤電話などがほんとに少ない。この「不自由さ」はなんなんだと思った。携帯をもっていない人は、外で電話をかけるのに一苦労しているのではないか。便利で不便な世の中になったものである。

■携帯電話は仕事をする上でも必須のツールなので、昨日、新しいものを買った。気分をかえるため、今評判のスマートフォン内蔵のiphonにしてみた。使い方が複雑で慣れるまですこし時間がかかりそうだが、なるほど、これは「ミニパソコン」であることが、本日、いじっていてよくわかった。

■iphonがらみの表現に関して、連載ほか、新しいサイトの構築準備を某社とすすめているので、関係者から購入をすすめられていた。携帯電話も使えるし、2台も必要がないと、auは解約した。ipadもふくめて、インターネットは次の時代にはいったといっていいかと思う。今後数年でIT業界の変化がマスメディアを直撃し、革命的な変化をおよぼすのではないか。理論面では関係書をそれなりに読んでいて、新技術について比較的知識があるほうだと自認しているが、じっさいに3Gの最新のiphonをいじってみて、時代はこちらに傾斜していくのだろうなと再認識する。それが人を幸福にするかどうかは、わからないが、すくなくともビジネスでは、こういうツールを使いこなせない人は、特別な才能、能力をもっている人は別にして、流れから取り残されていくにちがいない。善し悪しは別にしてそういう時代になったということである。
by katorishu | 2010-04-29 01:10 | 文化一般
 4月26日(月)
■昨日の日曜日、ハリウッド映画『プレシャス』を見た。実母にレイプされ二人の子供を産んだ16歳のハーレムに住む黒人少女の物語である。過酷な生活環境のなかで、100キロを超すであろう肥満のプレシャスは読み書きもできず、家では母親からもなじられ、鬱屈した生活をつづけている。二度目の妊娠が発覚し、通っていた高校を退学させられオルタナティブ・スクール(代替スクール)にはいる。そこで読み書きを学び、物語を作る面白さ等を学び、教師やクラスメートらのバックアップのもと、あいつぐ困難に直面しながらも、二人目の子供を産む。

■自分をレイプした父がエイズでなくなった。まもなくプレシャスもエイズにかかっていることがわかる。父からうつされたのである。相次ぐ過酷な状況に見舞われ、悲惨さそのものの人生だが、画面の背後にどこか明るさが漂うのは、切れのいい映像と音楽も一因か。ラストもハリウッド映画にありがちのハッピーエンドでないのがいい。生活保護をうちきられ娘にすがろうとする母親に、きっぱりのNOをいうプレシャス。このシーンの母親役の黒人女優の演技はすごい。日本の今の女優の演技はこの人に遠く及ばない。

■たくましくなった彼女なら過酷な世界を二人の子供と共に生きていくであろうという予感で終わる。魂をふるわせる佳作といっていい。主演女優はもちろん監督も無名だが、世界各国で絶賛されたそうだ。とにかく役者の演技がすごい。演技とはとても思えないほど迫真にせまるもので、映像もきれがよく、ソウルフルな黒人歌手の歌のいれかたも抜群。毒にも薬にもならない「エンターテインメント大作」を作る一方で、こういう魂の震えるような佳作を作り出すハリウッドの底力を、あらためて感じさせてくれる。

■ポーラ・パットンやマライア・キャリー等の脇もいい味をだしている。男性がほとんど登場せず、女性ばかりで展開するのも新鮮である。脚本、演技、映像、演出、すべての点で今の日本のテレビや映画に欠けているものがここにある。多分、日本であったら、企画の段階で「暗い」「客がはいらない」として門前払いされてしまうのだろう。それでは駄目だ。作り手の強く訴えたいものが根底になければ、魂を震えさせる佳作はできないと改めて思う。一人でも多くの人にぜひ見て欲しい映画だ。5点満点で5点をつけたい。
by katorishu | 2010-04-26 23:58 | 映画演劇
 4月24日(土)
■目白の学習院大学で開かれた日本アーカイブズ学会2010年度大会に顔をだした。ぼくはこの学会の会員ではないが、日本脚本アーカイブズの責任者なので、参考になるかと思い参加した。現場で出会ったなかで知り合いは東大の研究者と日経の編集委員の二人。公文書管理法案が来年4月から施行されるが、この法案の実現に尽力した福田総理時代の初代公文書管理担当大臣の上川陽子氏の熱のこもった基調講演もあった。上川氏は自民党議員で、三菱総研から議員になった人で、なかなか見識のある方と思ったことだった。

■アーカイブは今後ますます重要になってくるに違いない。上川氏の講演でも触れていたが、文明人と野蛮人をわけるとすると、分かれ目は過去を記録して未来に伝えていくことができるかどうかである。過去の記憶を記録して後世に伝えることで、文化は豊かになっていく。世界の先進国はこの方面で一斉に走り出しているが、日本は恐ろしく遅れている。政治家や霞ヶ関の官僚に、アーカイブの重要さを心から認識している人が少なすぎることも一因である。アーカイブズは文化の土壌を肥やすことに大変役立つ。ここに手を抜いていたら、ますます日本は沈んでいくにちがいない。

■ところで、学習院大学には何十年ぶりに足をはこぶ。広くゆったりとしたキャンパスで、さすが「名門の子弟」の通った学園だけはある。ぼくが大学を受験するころ、学習院大学はきわめて特殊な大学で、上層階級の行く学校という認識が一般だった。現に、ぼくの通った都立高校の同級生(圧倒的多数は庶民)で学習院大学にはいった人はゼロに近いのではないか。

■その後、知り合った人のなかに学習院出の人がいるが、みんな旧華族や某大藩の藩主の末裔――といった人ばかり。彼等はぼくの知る限り「善人」である。今はどういう家の子弟が学習院に行くのだろう。そんなことを思いつつ、キャンパスをゆっくり歩いた。安いコーヒー店や安酒屋にばかり足を運んでいるので、たまにはこういう空気に触れるのも悪くない。
by katorishu | 2010-04-24 23:12 | 文化一般
 4月23日(金)
■月に一度の日本放送作家協会理事会。そのあと、これも月に1回渋谷で開催される428回の定例会合に出る。本日は能役者の奥川恒治氏が能の初心者むけに易しく能について語ってくれた。奥川氏は6月27日(日)、国立能楽堂で「奥川恒治の会」を催し、「道成寺」を演ずる。その前宣伝もかねて講師役を引き受けたのだが、なかなか面白かった。

■「道成寺」は紀州和歌山の道成寺の伝説を舞台化したもので、毎年熊野詣でをする山伏と定宿の娘の恋物語である。ただ、甘味なものではなく、女の怨念がこもった妖しい物語である。6月27日は「道成寺」のほか「卒塔婆小町」などが演じられる。古典芸能というと歌舞伎と能であるが、歌舞伎ファンのほうが圧倒的に多い。

■ところで、歌舞伎より能のほうが古く、室町時代にはじめられた。能には奥深いものがあって、一見とっつきにくいが、一度壁を乗り越え能の世界になじむと、俄然、面白くなる。哲学的に深いものがあり、戦国武将が好んだのもうなずける。文化の土壌を豊穣にしていくためには、古典芸能の典型である伝統芸にもっと多くの国民がなじむことも大事だとあらためて思った。
 帰路の電車は軒並み、遅延していた。駅の電光板には「人身事故」の発生をつげる文字。私鉄の3線で同じ時間に人身事故とのこと。大半が自殺であるに違いにあい。こんなに鉄道自殺が集中することは東京でも珍しい。いずれこれが「あたり前」になっていくのかもしれない。そういう国が良い国であるはずがない。
by katorishu | 2010-04-24 01:45 | 映画演劇
 4月22日(木)
■本日も冷たい雨降りの1日。毎年、異例づくめの気候がつづくと、この先人類の生存に適さない自然環境になっていくのではないか。人類がつくりだした環境というより、大自然がつくりだす状況だろう。人類など永遠の存在ではなく、いずれ時がくれば消滅していくものである。この世に永遠な存在などないのだといういう認識のもとに、暮らしの営為を考えていったほうがいいだろう。

■政界の混迷がつづいている。マスメディアが過剰ともいえる「キャンペーン」で与党バッシングを続けた結果、鳩山政権の支持率が急低下している。公約の基本路線からはずれた政策も多く、これは鳩山政権の自業自得でもあるが。ただ、政権交代のプラス面にも目をやったほうがいい。仕分け作業など前政権までは密室で行われ、国民のあずかりしれないところで、税金の分配作業が行われていた。そのほか従来の政権では決してでてこなかった政財官の癒着の実態も、まだごく一部であろうが表に出てきている。

■現政権への支持率がさがっているのは、経済が一向に向上しないことが原因かと思う。これには同情すべき点もある。自公政権のバラマキ政治によって作り出された膨大な財政赤字。これがダイナミックな政策を打ち出すためのブレーキになっている。政官財の癒着の上に乗った政策を、世襲議員が既得権益にからめて追い続けてきた。それが結局は日本の劣化を招来させた、といっても過言ではないだろう。

■日本の劣化の根底には、経済の劣化がある。経済が劣化し、多くの国民に生活の余裕がなくなると、文化も芸術もない。とにかく食べること。このために神経をすりへらすのでは、野生動物の世界と同じである。いうまでもないが、野生動物には文化といえるものはない。

■いずれにしても、7月の参議院選挙は去年の総選挙に匹敵するくらい重要な選挙になるだろう。有権者は、感情的にならず、冷静に政治の動きを見て、賢い選択をして欲しいものだ。政治は他人事ではなく、我が事である。だから、無関心ではいられない。
by katorishu | 2010-04-23 00:14 | 政治
 4月22日(水)
■このところ、天気がきわめて不安定で、異常にさむかったり、梅雨のような雨つづきだったりで、体調も狂う。本日もまた雨降り。こういう日は鬱陶しいが、自殺する人は晴天の好天気に多いという説がある。天気がよくみんな生き生きとしているように見えると、逆に当人の気持ちが落ち込むのかもしれない。あの人たちに比べて、自分はなんと惨めで、不幸……と思うのかどうか。

■たしかに台風の日などに自殺する人は少ない。台風がやってきているとき、死ぬために線路に立ち入る人はいない。なるほどね。人の心理には外からは伺えないものがある。
 最近、鉄道がよく遅れる。東京の場合に限ってだが、まともに時刻表通りに運行していることのほうが珍しい。車両故障か人身事故が圧倒的に多い。「人が線路に立ち入った」ということは、鉄道自殺を試みたといっていいだろう。

■これも世相なのか。そういえば、昨日、TBSテレビがゴールデン枠で韓国制作の連ドラ『アイリス』の放送を開始した。大変な制作資金を投じた「大作」と銘打って大々的に宣伝している。骨太の内容のようだが、逆に考えればこういう骨太の本格的ドラマは、日本の民放ではもう創れなくなっているということか。今の日本のテレビ制作状況はそうとう悪化している。映画も同様のようだ。漫画原作ものが多くなり、オリジナリティの作品が激減したということと関係するかもしれない。

■オリジナリティのある作品を書ける脚本家が「いなくなった」のではなく、制作サイドの怠慢ないし経費節減から、本当に実力のある脚本家に「頼まなくなった」「頼めなくなった」結果である。今やこの傾向は小説界にもひろがっているといっていいだろう。だからこそ韓国ドラマまでが日本に進出する。アニメもいまや日本は中国などにおいつかれ、追いつかれてしまう形勢だ。文化の土壌の劣化。これにつきる。ところが、政界材のほとんどの指導層が、「文化の土壌」に関心がないか、関心がすくなすぎる。彼等をささえるマスの劣化の端的な反映でもあるのだが。やはり、この国は堕ちるべきところに早く堕ちたほうがいい。
by katorishu | 2010-04-22 14:09 | マスメディア
 4月20日(火)
■午前中から仕事の打ち合わせ。某テレビ局の新規事業関係者と意見交換。既存の地上波テレビは新聞などと同様、先行きビジネスとしてどんどん細り、場合によっては消滅することも現実性をおびてきた。

■それほどメディア界において「革命的」な事態が進行しつつあるようだ。iphonやipadのもたらす衝撃は、1,2年後に現実化する可能性が強い。関連企業は生き残りをかけて、新しいアイディアをさぐっているが、そう簡単にビジネスモデルとして成立するひな形でできるものではない。ぼくもいくつかアイディアをだしており、可能性はあるかもしれないと、あまり期待をせずに事の推移を見守っている。

■アイスランドの火山の噴火によって、ヨーロッパの航空業界が大混乱に陥っている。大自然の活動のもと、人間などいかにちっぽけな存在であるか、再認識させられる。火山灰の微細な粒子に精密な機器は太刀打ちできない。飛行機、自動車ともに、人類がつくりだした近代文明の結晶といってもいいものだが、それが大自然の活動のまでまったく無力である。もっとも、昔であったら食物の多大な影響がでて大飢饉を招来するのかもしれないが。

■今回の火山の爆発は、人間とくに先進国といわれる国の国民の傲慢さに対して、天が時折振りおろす鉄槌と解釈したほうがいいだろう。自然への畏敬、畏怖の念を失った人類に未来はない。もちろん早晩、地球上は人類の生存に適さなくなるであろうし、滅亡の時期が早いか遅いかの違いでしかないのだろうが。これ以上つきつめて考えると、物事どうでもよくなってしまうので、一定線より「向こう」のことは考えないようにしているが。
by katorishu | 2010-04-20 22:42 | 文化一般
 4月19日(月)
■月曜日はいくつかの週刊誌の発行日で、駅のキオスクなどに並ぶ。週刊現代、週刊ポスト、週刊朝日、サンデー毎日、それに週刊ダイヤモンド、週刊東洋経済などの経済系の週刊誌等々だ。いずれも特集を組んでいるが、明るい要素はなく、先行き暗い話ばかり。

■暗くて危険な状態ですよと呼びかけるほうが、多くの人の注意をひくし、売れるにちがいない。事実、将来に明るい要素の少ない社会であり、深刻度は増している。週刊朝日など、日本経済の崩壊が近いので海外に資産をうつすべきといった特集をくんでいる。じっさい、デフレが本格的にはじまったし、崖っぷちにある企業、個人は数多いはず。鳩山政権の支持率も急落していると新聞等が報じているが、経済の悪化で生活をおびやかされている人が増えていることの端的は反映である。

■今年7月の参議院選挙についても、各週刊誌が報じている。小沢一郎バッシングが多いようだ。かといって旧与党の自民党に期待すべくもなく、最近相次いで成立した小政党について触れ、さまざまな、無責任な予測を流している。「予測」は「予測」であり、たいてい当たらないものだ。じっさい、過去の世論調査や選挙予測はあまり当たらないケースが多かった。未来のことは予見しがたい。だから、面白いといえなくもない。

■誰が政治の主導権を握っても、こうも劣化した社会を立て直すのは大変であり、当分は劣化への傾斜の速度をちょっとゆるめる程度でしかない。どうしようもない所まで堕ちていかないと、この国の再生はないのかもしれない。それほどひどい状況なのだが、ただし目に見える光景は劣化と見えないので、始末に悪い。つや出しの薬で表面ぴかぴかだが、中身はすかすかのオレンジやミカンのようである。

■昨日終わった江戸東京博物館での脚本展の「撤収日」なので、両国の江戸東京博物館に行く。借用した脚本・台本などの返却の作業等をし、脚本アーカイブズにもどす脚本を段ボールにいれ、タクシーで北千住まで。寝不足で目が痛く、脳機能も低下しているようなので、早めに辞して真っ直ぐ家に帰り2時間ほど仮眠。寝不足というのが、体にもっとも悪いようだ。脳が疲れていると、世の中についての見方が、否定的、悲観的、つまり暗くなる。十分睡眠をとったあとは、やや明るくなる。かといって、曙光が見えるというほどではないが。

■先月、取材を受けた某大手新聞文化部の若手の女性記者が「私たちはバブル崩壊後の就職氷河期に社会にでたので、日本の良いときを知らないのですよ。成功体験というのがあまりないのですね」と述懐していた。「成功体験」によりかかるのも良くないが、その体験をもたないというのも、良くない。個人的には「小さな成功体験」があるにしても、全体として「暗い空気」の中で人間形成をする人たちが急増してくる――となると、どういうことになるのやら、こちらも懸念材料のひとつである。
by katorishu | 2010-04-19 20:29 | マスメディア
 4月18日(日)
■寒い日がつづき体調をこわしている人も多いのではないか。本日はすこし暖かさがもどり平年並みの気候になったが。気持ちはあまり弾まない。夕方、カミサンと近くの中国人の経営している中華料理屋にはいった。味はまあまあといった程度だが、値段も安く、なにより上海からきたと思われる若い女性従業員たちの感じがいい。

■日曜日も休まず、夜の12時すぎまで、みんなよく働く。昭和30年代から40年代にかけて、日本人の多くは勤勉でよく働いた。だからこそ「奇蹟の経済成長」があったのだが、今は勤勉さを中国人にとられてしまった感がある。もっと先の駅近くの酒場のチェーン店の店長も、上海からきた男性だが、じつによく気がつき、よく働く。

■以前、その男性が春節で中国に帰ったおり、日本人が店長代理をつとめたが、この時期、店にいったところ、注文した品物はなかなか出てこないし、よんでもなかなかやってこない。サービスが実に悪いし、もたもたしていて気がきかないのである。他の店でも、おしなべて中国人は有能な人が多いという気がする。

■これでは日本は中国に負けるな、と思ったことだった。こんな一事で万事を推し量ってはいけないのかもしれないが、ぼくの目にはいる限り、中国人はみんなけなげで働き者ばかり。「あいつらずるいし、拝金主義の亡者」などと中国人をけなす日本人が多い。しかし、最近はどうも様変わりしているという気がする。共産党独裁で言論統制があり、国として感心しない点が多々あるにしても、ひとりひとりの民には、美点がいくらでもある。伸び盛りの国の国民と、沈滞する国の国民。両者の間の違いは、目の輝きにも出ている。残念ながら、日本人には目の輝いている人が少ないのである。

■それとは別に中華料理店を早く出たくなった。理由は店に置かれたうるさいテレビ番組のせいである。いわゆる「お笑い番組」で、芸人がスタジオにきて、珍芸、奇芸を披露する。その下品なこと。出演者がみんな大口あけてバカ笑いしている。見る者を笑わせるのが芸人の芸のはずだが、出演者たちが勝手にバカ笑いして、ただうるさいだけ。こういう番組をおもしろがって見ている人が、相当数いるのだろう。

■ひところ東南アジアなど「後進国」「低開発国」といわれた国のテレビが、おしなべて、うるさいばかりの番組のオンパレードであり、文化の後進性の象徴と見られたりしたが、今や、それが日本で全盛である。どのチャンネルをまわしても、この類の番組ばかり。作る人がいるから見るのか。見る人がいるから作るのか。自分たちが大口あけて笑うのではなく、笑わせろよといいたい。これは率直にいって「宴会芸」である。宴会芸は関係者や演じている人たちだけが面白い。それを、テレビのゴールデンアワーで連日連夜放送している。日本の大衆文化の劣化を象徴する現象であるといっていいだろう。地盤沈下も加速するわけだ、と思ったことだった。
by katorishu | 2010-04-18 23:35 | マスメディア