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 7月18(日)
■梅雨も終わったようだ。梅雨はしとしと降る雨が常態であったが、どうも最近はさまがわりして熱帯性の雨降りが多くなった。環境汚染が原因なのか自然の循環なのかよくわからない。暑い日には野外芝居がよく似合う。昨日、新宿花園神社で椿組の芝居『天保12年のシェークスピア』(井上ひさし脚本)を見た。神社境内に小屋がけしたところで演じる舞台で「ライブ感覚」あふれる力のこもったもので、楽しめた。

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総勢50人もの出演で、豊穣な台詞と音楽、踊りを随所にまじえた作。悪代官にいためつけられる、とある宿場町の庶民のエネルギーを、シェイクスピア劇を下地にして、井上ひさしらしいコメディ+風刺劇に仕立てあげた脚本だ。井上ひさし脚本の舞台はかなりみているが、この舞台は初めて。そのまま上演すると4時間以上になる大作だが、この舞台では3時間にカットしたとのこと。宿場のボスの3人娘をめぐる色と欲の人間模様に焦点をあて、ダイナミックに展開する。暑い時には、こういうスカッとした芝居がいい。

■300人はいれる小屋は超満員で、客席にも熱気があった。なによりクーラーのないのがいい。演じるほうも大汗をかくが、見るほうも汗をかきつつ、水やビールを飲みながら見る。水を飲むのも禁じられたコンクリートのホールでは、こういう空気をつくりだせない。出演者がテレビ等の常連ではないのも、いい。メインの役者が知り合いなので、見にいったのだが、これまで花園神社で見た芝居(唐十郎氏やそのほか諸々の芝居)のなかでは『天保12年のシェークスピア』がもっとも面白かった。

■ラスト近く、舞台の裏手の仕切りががらがらと崩れおちる。と、向こうに新宿の町がひろがる。それが観客席からも見える。外を歩く人がたちどまり、なにごとかといった顔でこちらを見る。3時間の間、前の道路を救急車が3度もサイレンを鳴らせて走っていった。昔ながらの小屋がけなので、ちょっと脇をみれば外が見える。そんな空間で演じられる熱気あふれる舞台で、芝居の面白さの原点がここにあると思った。

■マスコミ関係者はぼくの知るかぎりNHKのドラマ関係者が二人ほど。こういうところにも顔をだし、ライブの熱気を自ら体験する。そういう姿勢が、今のテレビ関係者に少々欠けているのではないか。NHKドラマが他の民放局のドラマより「比較的面白く」佳作もおおいことも、日々の小さな努力の積み重ねにある、と思った。もっとも、この芝居25日まで続くので他の日には、他のドラマ関係者が見にくるのかもしれないが。

■やはり五感で味わえる「ライブ」はいい。ウェブの世界が主流になるといっても、所詮は人間の五感のうち視力と聴力のふたつに特化したメディアである。こちらだけが過剰になるのは、動物の一種である人間にはマイナスである。偏りから脱して平衡をとる力が無意識のうちにも働くのだろう。音楽でもライブに人気があるように、落語、芝居が盛んになっているようで、これは良い傾向である。終わって同じ小屋で役者たちもまじえて飲み会。観客も参加出来る。こいう野外の小屋がけ芝居をはじめて見るという若い女性もいて「やみつきになります」と話していた。案外こういうところから新しい時代の風が起きるのだろう。25日までやっています。18時半会場、19時開始。入場料は4000円。当日券あり、ということです。一見の価値はあります。
by katorishu | 2010-07-18 23:21 | 映画演劇
7月16日(金)
■朝日ニュースターでジャーナリストの上杉隆氏が、内閣機密費が大手マスコミの政治記者や「ご用評論家」らにわたったケースや日本独特の記者クラブ制度を痛烈に批判していた。たとえばアメリカでは取材対象者からコーヒー一杯くらいはともかくそれ以上の「接待」をうけると、即クビであるという。そのくらい取材対象者、とくに政治家や権力者に対しては自らを律しているのである。そんな姿勢をたもたなければ、真実をえぐりだす記事を書いたり発言できたりできるはずがない、と上杉氏は強調していた。

■もっともなことである。取材対象者といつも、なれ合い、もたれあっている日本の政治部記者には、まともな記事をかけるわけもなく、結果として権力者の「スピーカー」に堕している。こういうことも日本の政治や政治家が成熟していかないことの一因である。経済部などについても同様である。上杉氏によると、記者を籠絡する方策として最初は5000円ぐらい渡すそうだ。交通費かお茶代といった名目をつけるのだろう。

■そこを受け入れてしまうと、1万2万とエスカレートし、子供が生まれたとか、結婚したとか、いろいろな名目をつけて渡される。受け取る方も、まわりが「みんなやっている」と思い込み、だんだん無神経になっていく。そして50万100万もらっても、なんの自責の念を持つこともなく、これは相手との良好な関係をつくるために必要であり、自分はそれだけの関係を築けるひとかどの人間なのだと思うようになる。こうなったら重傷であり、もはやジャーナリストとはいえないではないか。上杉氏は昔、鳩山邦夫氏の秘書をやっていたこともあり、政治家と政治部記者らの「関係」をよく知っているので、説得力がある。ただ、「誰もやらない」一連の機密費関連の記事を書き続けたために、メディアからの原稿注文も減っている、とどこかで書いていた。

■官房機密費がどのくらいのジャーナリストや評論家に流れたのか、未だ闇である。噂ではいろいろ聞いているが。ただ救いもある。若手の記者はそういう悪しき慣習に無縁であり、官房機密費という「毒まんじゅう」を食ったジャーナリストはほとんど60歳以上で70、80歳が多いという。こまったことに彼らの中には、マスコミの上層部、中枢部にのぼっていき、未だ幹部の地位についている人もいるようだ。

■政治の改革もいいが、まず必要なのはマスメディアに残るこういう「御用記者」「御用評論家」の排除である。上杉氏の一連の発言は大変勇気のあることで、当然のことながら危険がつきまとう。最近、氏は電車や地下鉄にのらないし、ホテル暮らしをしているという。事故を装って口封じに殺されることを警戒しているのである。

■マスメディアがせめて「アメリカ並」になったとき、はじめて日本に曙光がさすのではないか。しかし、そんな時がいつくるのやら。アメリカで景気が減速していると伝えられる。アメリカの動きはすぐに日本に伝染するので、懸念される。以前は、アメリカで起こっていることは3年後に日本で起こる――といわれたが、いまは間隔が短くなり1年であるという。インターネットの普及で、アメリカのメディアはかなり様変わりしている。今後、1年ほどで日本のメディアも、いやおうなく変わるだろう。良くかわるのか、悪くかわるのか、未来のことは神のみぞ知る、である。
by katorishu | 2010-07-17 00:38 | 政治
 7月15日(木)
■本日、仕事の打合せに1時間ほどかけていく間、「嗜癖(しへき)のはなし」(岩崎正人著)を大変面白くよんだ。いろいろな「依存症」について、精神科医の立場から分析したもので、仕事依存症、アルコール依存症、薬物依存症、ギャンブル依存症等々、これは病気だとして、そこの陥る原因やそれからどうやって脱出するかなどが記されている。

■人間の弱さの裏返しでもあるのだが、周囲を見回すと、依存症の人は案外多い。アルコール依存症は社会にマイナスをもたらす。少し古い統計だが1985年か90年にかけて東京医科歯科大学の研究グループが調査してところでは――過度のアルコール摂取による「社会的損失」を金額ベースで計算したデータによると、アルコールの飲み過ぎによる欠勤や仕事の生産性の低下じよる損失は年間4兆4000億円に達するという。また肝硬変などアルコールによって病気になった際の治療費が約1兆2000億円。さらにアルコールが原因で起こした交通事故などの損害、社会福祉費用などを総計すると、なんと年間6兆6000億円になるという。

■岩崎氏によると日本でのアルコール依存症者は220万人、アメリカは2200万人、ロシアは4000万人であるという。もっとも、アルコール依存症の人が消費するアルコールや酒場への支払いも膨大な額にのぼるはずだから、企業は商売をやっている人には「プラス」となる。かりにそれが1兆円以上あったとして、まだ5兆円ほどが損失となる。消費税分が「損失」となるわけで、依存症というのもかなり困った病である、とあらためて実感する。そういえばソ連が崩壊した最大の原因はアルコールであったとよくいわれる。労働者が朝からアルコールを飲んで酔っぱらい、それで生産の効率は著しく悪化し、それが国の衰退をもたらし、ついに破綻した……。

■酒は緊張を緩和したり、人を楽しい気分にさせるので、マイナス面ばかり強調するとよくないものの、依存症になると、社会にこれだけの「損害」をもたらすものなのか、とこの本を読んであらためて思った。幸か不幸か、ぼくなどアルコールに弱いので、依存症になる気遣いはないと思うが、心すべきことである。
by katorishu | 2010-07-15 22:52 | 新聞・出版
 7月14日(水)
■今日は午前9時から午後5時まで水道工事のため断水だという。水道の水がでないことが、こんなにも不便であるのかと、あらためて実感する。あたり前のものが機能しなくなって、初めてそれがいかに恩恵をもたらしていたか、よくわかる。ところで、栓をひねればいつでも、きれいな水がでて、スイッチひねれば電気がつく――こういう時代がいつまで続くのだろう。地球の人口が増え続け、一方で天然資源が枯渇してくれば、こういう便利さま「過去形」になることもあり得る。

■ぼくが生きているうちはありそうもないが、資源の大量消費文明にブレーキをかけないと、50年後、100年後の人たちにとっては、現代人が「あたり前」としていることが、あたり前ではなくなるかもしれない。「人類が進歩する」など、最近は信じないことにしている。ただ変わっていくだけで、それはもしかして「退歩」かもしれないのである。

■参議院選挙後、政界は混迷の度をふかめており、こんな状況では重要法案がなにも決まらないなと思う。「国民の視点にたった生活重視の民主党」という位置からずれまくって、従来の政権党とかわらない路線にのってしまったかのような内閣。ここに未来はない。本日、振興銀行の前会長の木村剛氏が逮捕されたとニュースで報じていた。小泉改革を主導した竹中平蔵氏の「懐刀」のような存在であった木村氏。この銀行が異様に早く設立されたことの背景や、木村人脈などをあらうことで、さらに大きな「金融事件」が表にでてくるかもしれない。

■政財界には、まだまだ闇の部分も多い。官房機密費の件も、政権交代した民主党が真相を明らかにする絶好の機会であったのに、それをさけた。権力のうまみにありつきたかったのだろうか。どうも政治家諸氏の志が低いという気がしてならない。名古屋市長の河村たかしのような一種「ドン・キホーテ」のような猪突猛進さがないと、本当の意味の「改革」はできない。改革の障害となるのは、ひとえに「既得権益」である。ざっとみて当人の家族もふくめると国民の2,3割がここにあてはまるのではないか。つまり基盤が厚いということである。政治家諸氏に、よほどの英断と胆力、果敢な捨て身の実行力がなければ、本当の意味の改革などできるはずもない。

■それよりなにより、労組代表もふくめて選ばれた政治家の過半が、権益や既得権益層の代表者――なので、自分や自分を支えたバックの権益を減ずるような「改革」を、本気でやるはずもない。日本社会がどうしようもなくなって、少なくとも国民の半分以上が怒りに燃え、やってらんないよと心から思ったとき、忽然と現れる。これはもう一種の「神頼み」に近い。そのくらい日本の前途は暗くかつ危ないということである。
by katorishu | 2010-07-14 13:55 | 政治
 7月13日(火)
■近くのレンタル・ビデオのゲオにときおり足を運ぶが、最近顕著なこととして外国の連続テレビドラマ、とくにハリウッド製の連続テレビドラマが棚の相当部分を占領し、映画のDVDなど片隅に追いやられている。まして日本製のテレビドラマはハリウッド製ドラマの5分の1程度の印象だ。

■ほかのレンタルビデオ店に行かないので、どうなっているか知らないが、日本製ドラマや映画の低落が顕著になったということだろう。TBSのゴールデンアワーで韓国製の連続ドラマ「アイリス」が放送されたことも、日本製の凋落を印象づける。ハリウッド製の連続ドラマをいくつか見たが、ほとんどが犯罪ものかSFホラー、アクションもので、昔あった「ほんわかムード」のハートフルなドラマはほとんどない。日本の借り手の好みにあわせてそんなどぎついタッチの作品を敢えてならべているのかどうか。いずれにしても、刺激の強いほうへ強いほうへと傾斜していくようだ。その果てには猟奇的なものエログロナンセンスが待っているのかもしれない。

■日本のテレビドラマもハリウッド製のドラマを真似したのかどうか、刑事物、ミステリー作品が隆盛で、しみじみとした味わいのものは皆無である。今にして思えば、1時間枠の単発ドラマ「東芝日曜劇場」が亡くなったことも響いている。東芝がもうすこし我慢強く、従来の路線を維持していたら、日本のテレビドラマもやや違っていたかもしれない。

■東芝日曜劇場の視聴率は悪くなかったのだが、この枠のドラマを見ているのは中高年が圧倒的に多く、東芝としてはパソコンなどを購入する若い世代が見てくれるようにと、若者むけの連続ものにしてしまった。単独提供のスポンサーでなくなったことも影響しているかもしれない。結果としてターゲットとした若者からもそっぽを向かれ、数字もあまりとれていないようだ。場当たり的な対処が、長い目でみるといかにマイナスになるかを、端的に示している。ドッグイヤーなどといわれ変化の激しい時代だが、一方で「かわらないもの」も確実に存在する。ここにしっかりと目をすえ、場当たり的でなく、我慢をすること。そして時間をかけて見守っていく度量が、とくに資本や資金をもっている組織に必要である。
by katorishu | 2010-07-13 21:54 | 映画演劇
 7月12日(月)
■本日、都内某区役所で打合せのあと、文京区内の某社で仕事の打合せ。民主大敗でこれから政治が漂流し、なにも政策が決まらないのでは……といった懸念の声をきく。ほんとうに日本は今崖っぷちにある。表面は「きれい」に見えるが、会社も組織も個人も相当疲弊していて、ちょっとした一押しでがたがたになってしまいかねない。政治の強力なリーダーシップが今こそ必要なときなのに、そこに期待できない。これから、与野党いりまじって足の引っ張り合いがつづき、見たくない光景が展開するのだろう。

■先日の井上ひさし氏の逝去につづいて、劇作家、演出家、作家のつかこうへい氏が62歳の若さでなくなった。肺がんであったという。戦後日本の劇作家として群をぬいていた二人が、ともにガンでなくなられたわけで、日本の演劇界にとって大きなマイナスである。つかこうへい氏の芝居をそう多く見たわけではないが、つか氏の劇団で育った個性的な役者は何人か知っており、いずれもその人ならではの独特の表現力をもっている。つか氏の「演劇訓練」のたまものといっていいのだろう。

■本日、NHKのニュースに風間杜夫氏と松坂慶子氏がでて追悼の言葉を話していた。いずれも映画『蒲田行進曲』に主演した役者である。日本のエンターテインメント映画として、ぼくは『蒲田行進曲』をベスト5にいれたいと思っている。それほど見事に構築され、個性あふれる魅力的な人物が躍動していた。泣かせ笑わせ、最後に圧倒的な感動でせまる。大衆エンターテインメントの骨法をふまえたうえで、辛辣な人間批評も展開し、見る者の肺腑をつく。つか氏と個人的に面識はないが、口立てで芝居をつくっていくところなど、昔の大衆演劇そのままのやり方で、しかもいわゆる大衆演劇の境地から大きく踏み出している。そこがすごい。

■風間杜夫氏には以前、2時間ほどインタビューして、彼の子役のころからつかこうへい芝居での活躍あたりまでの話をじっくり聞いた。なにかの本を書くためのインタビューであったか、7,8年前なのに記憶が薄れている。ただ、風間氏が語った数々のエピソードは胸に残っている。つか氏の『幕末純情伝』ともう1本、岸田今日子氏の主演の舞台を見て以来、つか作品の舞台を見ていない。東京北区の区営の劇場を本拠に芝居をつづけていることは知っていたが、もっと見ておけばよかった、と氏の逝去を聞いて思った。

■氏は在日二世という「マイナスの条件」をバネに大変エネルギッシュな舞台空間を口立てでつくってきた。辛辣な人間観察からくりだされる毒のある台詞の豊穣さはすごい。天才でないと出来ないことだ、と脚本家のはしくれであるぼくなど、感嘆して遠くから眺めていた。以前、つか氏は「お客が劣化しているので、芝居がつくりにくくなった」といった意味のことを新聞に書いていたが、確かにそれはいえる、と思った。が、こういう時代になると、お金を払って見にきてくれるだけで、ありがたい。つか氏は娘に遺言を残しており、そこには葬儀などいらない、自分の骨は日本と朝鮮半島の間の対馬あたりに散骨して欲しいと書いていたという。ご冥福をお祈りしたい。
by katorishu | 2010-07-12 22:54 | 映画演劇
 7月12日(月)
■参議院選挙で民主党が惨敗し自民党が「第一党」になった。選挙前に10%の消費税増税を公言した管直人総理の「情勢判断の甘さ」が、最大の原因だろう。「地方」に多い一人区で民主党が圧勝したことも、象徴的である。地方の経済は疲弊しきっており、いまここで消費税が増税になると、生活ができなくなるという恐怖感が、多くの選挙民の深層心理にあったにちがいない。

■鳩山氏の退陣をうけて総理に選ばれた管直人氏はおそらく財務官僚にふきこまれ、これだけ支持率が高ければ「悲願の増税」にもっていっても大丈夫、そうしないとギリシャのようになってしまうと吹き込まれたのだろう。手をつけるべき順序がまるでちがう。公務員改革を徹底してやって、税金の無駄遣いを切り詰めるだけ切り詰めた上でもちだすべきことなのに。経済が疲弊しきっているときに、「増税」をもちだせばそれがマスコミの格好の標的になり争点になる。過去の経験則からしてもわかりきっていることなのに、管総理および周辺の「マス」「マスコミ」に対する想像力があまりにも欠如している。

■結果として自民党が第一党になったが、こちらも問題である。おそらく「世襲議員」が多いことだろう。「世襲」=「既得権益擁護派」である。過去、長年にわたって政権の座にあって日本をここまで劣化させる原因をつくった人たちが、子どもなどに「権益」を移譲させる構図は変わらない。この党が第一党となったことについて、「マス」のほうにも想像力が欠如しているといわざるを得ない。テレビの開票速報を1時間ほど見ていて、朝日ニュースターにでていた経済学者の浜矩子氏が「これではイタリア並みになる」といっていたが、同感である。それぞれが「自分益」を押し出し、お互いをつぶしあって、結局政策がなにも実現せず、モラルも荒廃し、みんながダメになっていく。今のイタリアがどんな状態であるかよくは知らないが、2,30年前のイタリアがそうだった。このことは当ブログでも以前指摘しておいた。

■早めに寝て午前3時ごろ目がさめテレビを見たら、民主が44で自民が51であるという。これが「マス」の選択か、と思った。誰がここまで日本を劣化させてしまったのか。マスコミの誘導に弱い「マス」は、すっかり忘れているようだ。この選挙結果は衆参両院の「ねじれ」のもとになり、今後いろいろな重要政策が半煮えのまま決まらず、政治は混迷するだろう。

■なにも政策がきまらないので、有効な手がうてない。税金を喰って生きてきた「寄生虫」はそのまま温存される。かくて、なにも改革はすすまず、さらに劣化は進む。それを称して「イタリア並み」というのだが、日本はどうもこちらにハンドルをきってしまったようだ。マスコミもお粗末。政治も教育もお粗末。お粗末オンパレードの日本。一言でいえば「知の欠如」である。当選してバカの一つ覚えのように万歳をさけぶ議員ならびにその関係者の人相のお粗末なこと。今後、有効な政策がなにも決まらないので、さらに劣化がすすみ経済も停滞する。とことん墜ちるべきところまで墜ちないと、だめなのかもしれない。個人としては、劣化の波にまきこまれないよう「自己防衛」するしかない、とあらためて思ったことだった。
by katorishu | 2010-07-12 04:23 | 政治
 7月10日(土)
■ビッグサイトで行われた「デジタル・パブリッシング・フェア」にいった。昨年にもまして入場者数、出展数とも多くなっていると感じた。ぼくもからんでいる「Fan+」の展示もあり、計4時間ほど興味深く見て回った。目玉は有料のセミナーで、これに参加したかったのだが、事前予約をしていないので無理だった。イスラム圏のサウジアラビアやイランなどからの出品もあり、活況をていしていた。世界がデジタルに傾斜しつつあることを、肌で感じる。

■会場で現在仕事をともにやっている関係者にあい、意見交換。疲れたのでレストランにはいりビールを飲んでしまった。で、仕事はあきらめ、あとからカミサンもきたことだし、隣の駅で降り、シネマアメージュでフランス映画『アデル』を見た。リュック・ベンソン監督作品で、SF娯楽ファンタジーといったところ。出だしから面白いカットの連続でひきつけられた。ハリウッド映画とはひと味ちがうパリ風のエスプリのきいた会話がかわされ、知的なエンターテインメントの要素もある。ユーモアたっぷりのやりとりで素直に楽しめた。

■さすがフランス映画と思った。SFXの技術を多用し、そうとう経費と時間をかけている。深みはないが、2時間近く「非現実の世界」に遊べた。残念ながら今の日本映画でこれだけの経費と時間をかけて制作される作品はほとんどないのではないか。外国映画の多くは最初から世界市場で「売れる」ことを前提につくっている。その点、日本はきわめてドメスティックで、外への関心が薄い。企業でも官庁でも「海外留学」を希望しない若い人が増えているという。

■今年、アメリカの名門大学ハーバードに入学した日本人は1人であった、となにかで読んだ記憶がある。外への関心がうすれ、どんどん内向きになっている。文化や文明は「異なったもの同士」「異なった価値観」が激突したところから常に生まれるものである。多くの国民が内向きになり、外にたいしては「観光」などしか関心をもたなくなると、さらに日本は世界の流れからとりのこされる。日本映画も海外市場を重視した作りにかえていかないといけないのに、現実はそうなっていない。日本のいたるところで顕著なのは、「戦略」「世界戦略」の欠如である。
by katorishu | 2010-07-10 22:17 | 映画演劇
7月9日(金)
■昨日、池袋のアウルスポットに芝居『弥勒』を見にいく。知人の俳優、上杉祥三氏の作・演出。すこし要素が多すぎた感があるが、「今の世の中おかしい」という上杉氏の強いメッセージは強く伝わってくる。GHQの占領政策が今に尾をひいている「戦後日本」への強い批判と、今後の日本がどうあるべきか、といった内容を根底にひそませている。

■終わって近くの居酒屋で1時間半ほど上杉氏もまじえ数人で意見交換。野田秀樹氏の「夢の遊眠社」出身の「異能の俳優」である上杉氏。饒舌家で話は面白いが、「霊界」という領域になると、すこし距離をおぼえる。『政治とマスコミが悪い。このままだと日本の劣化はすすみ、へんてこな国になる』という点で意見が一致した。いずれにしても中身の濃い時間をすごせ、こちらも脳が活性化した。

■その「政治」だが、参議院選も2日後に迫った。当日、都合で投票所にいけない恐れもあるので、北品川の区民センターに「期日前投票」に行ってきた。誰に投票するか決めないまま、投票所で用紙をもらってから、しばし考えた。選挙区も比例代表も、候補者のほとんどは「なじみがない」人ばかり。で、どうしても「見知っている人」「名刺交換などした人」のことが思い浮かんでしまう。結局、「名刺交換をし、直接話をした人」の名前を書いた。

■ところで管内閣への支持率が急落しているという。直首相は就任後の「高支持率」によって、クールな判断力を失った上、おそらく財務官僚によって「マインドコントロール」されたのだろう、愚かにも選挙前の大事なときに、10%の消費税値上げを公言した。「マス」の怖さを知らなすぎる。マスは残念ながらマスコミの影響をうけやすい。いや、マスコミがマスに引きずられ、媚びる形で可もなく不可もない情報を垂れ流している。それが現下の日本のマスメディアの現状である。

■戦後最大の経済危機やさまざまの劣化の状況を思うと、事態は深刻である。ここで管首相交代――ということになったら、またも日本は最高指導者が1年ももたずに交代ということになり、世界からは「お粗末な国」と見られかねない。2、30年前のイタリアに似てきたという気がする。当時のイタリアではマフィアが政治経済にくいこみ、汚職も多発。一方、少数政党が乱立してなにも有効な政策がきまらずに社会全体が混迷し、劣化が進んだ。日本も現状のままだと、「イタリア並み」ならまだ救われるが、「イタリアにも及ばない」ことになっていき、今のギリシャ、アルゼンチン並みになる可能性が強い。

■ところで、ぼくが投票の際、留意する基準は3つある。ひとつは「非世襲」、ひとつは「官僚によらず自分の言葉で政策を明確に語れる人」、ひとつは「世界の中の日本という視点をもってダイナミックな政策をうちだせる行動力と脳力をもった人」。この3条件を満たす政治家は少数派だが、そこにわずかに期待をかけるしかない。
by katorishu | 2010-07-09 23:20 | 政治
7月8日(水)
■過日、業界関係者と意見交換したのだが、すでにテレビドラマは「絶滅危惧種」になっているといってよい。日々のテレビ欄を見れば一目瞭然だが、ゴールデンアワーにドラマ番組がきわめて少なくなっている。日に2本か3本がいいところだ。20年以上前の新聞の番組欄をみれば、夕方6時代から10時台にかけてドラマ番組オンパレードであることがわかるだろう。たとえば「ドラマのTBS」といわれた(そういう時代があったのですね)TBS1局だけで毎日、3本4本のドラマを放送していた。今は当時と比べると5分の1程度だ。

■民放各局は経済停滞によるスポンサー料の低下で収入ががた減りになった。そのしわ寄せが製作費にいっている。比較的カネのかかるドラマを軒並みへらし、芸人や素人をスタジオによび、どうでもいいことを話させて笑いあう「情報バラエティ」とかで埋め尽くされている。こういう番組もあっていいが、金太郎飴のように、同種の番組を毎日流されては、テレビを見たい気分も薄れるだろう。まともな神経をもっている人なら。(最近は「まともじゃない」人が増えているので、そうでもないという意見があるかもしれない)。いずれにせよ、骨のある番組の減少はそのまま「テレビ離れ」に拍車をかける。

■場当たり的な「しのぎ」で、「テレビの危機」をしのげると思っていたら、大間違いである。テレビ局の幹部諸氏の中には過去の成功体験があるので、どこかに甘い考え方が残っていて、それが新しい事態への対応策の邪魔をする。結果としてNHKが浮上しているが、民放テレビが衰退すれば、受信料制度そのものが問われることになり、NHKとしても安閑としていられない。80年代を中心に数多くのテレビドラマを書いてきた者にとって、現状はまさに「惨状」そのものだ。ぼくの関心はもう次の「ステップ」「プラットフォーム」に移っているので、むしろ冷ややかに眺めているが。「惨状」は天災ではなく、関係者の「人災」である。「脚本重視」。これ以外にテレビドラマが「絶滅危惧種」入りから免れる方策はない、といわせていただく。

■古くて新しいたとえだが、危機はチャンスの時でもある。ウェブ上の新しい表現の場も続々と生まれており、有為の創り手にとっては、かえって発表の場が増えることで、今後、歓迎すべき状況になる可能性も強い。ただ、「口をあけて待っている」のでは、なにも果実を得られない。積極性、創意工夫が、今ほど求められる時はないだろう。

■本日からはじまったビッグサイトでのデジタル・パブリッシングフェアに足を運ぼうと思っていたが、有料のセミナーはすでに満杯のようなので、明日か明後日にいく予定。(今年はiPadなどの発売もあり、大変関心が高いようだ)ぼくも多少の関わりをもっている「NTTプライム・スクウエア」の「Fan+」という新しいタイプのウェブマガジン(アプリ)の展示コーナーもあるとのことなので、会場に足を運ばれた方はぜひのぞいてみてください。世の中は予想外の早さで、一気にこちらに傾斜していく。幸か不幸か、そういう時代にわれわれは生きているのである。
by katorishu | 2010-07-08 13:17 | マスメディア