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 9月29日(水)
■銀座にある試写室でフランス映画「リッキー」を見た。「七人の女たち」などで独自の映像世界を送り出すフランスの新鋭、フランソワ・オゾン監督作品。ごく平凡な男女が出会ったとたんに惹かれあうものを覚え、セックスして妊娠。女性はフランス女性で男性はスペイン人。女性には10歳ほどの愛らしい娘がおり、どうも未婚で、b0028235_21183022.jpg娘の父親は会いにくることもない。

■出会って数十分でトイレでセックスしたりして、たちまち妊娠、そして赤ちゃん誕生、このあたりの大胆な省略も斬新でひきこまれる。なにより娘の愛らしさ、憂いを帯びたという形容がぴったりの表情が強く印象に残る。赤ちゃんの養育をスペイン男性も担うが、やがて赤ちゃんの肩にアザができる。それをフランス女性は彼が暴力をふるったと思い込む。怒ったスペイン男性は家を出て行ってしまう。

■その後で赤ちゃんに驚くべきことが起こった。背中のアザのところから羽がはえてきたのである。一種、翼をもった天使を暗示させる天からの贈り物である赤ちゃん。徹底したリアリズムでおしてきた映像がここでSFかと見まがう展開になり、さらに画面に引き込まれる。マスコミが騒ぎ、ラスト近く、マスメディアの取材陣の前で赤ちゃんは羽ばたいてどこかに飛んでいってしまう。

■リアリズムでありつつ、どこかメルヘンを感じさせるファミリー劇で、なにより暖かさがじわりと伝わってくる。ハリウッド映画のように、これでもかという感動の押しつけではなく、さりげない描写のなかに、息をし、食べ、セックスし、子を産み、育てるという平凡な人生の味わいを見せてくれる佳作。公開は正月。癒しをもとめたい人、ハリウッド映画に飽きた人には必見の映画である。赤ちゃん役も抜群の演技で、感嘆した。5点満点の5点。
by katorishu | 2010-09-29 21:18 | 映画演劇
 9月28日(火)
■日本の劣化を象徴するようなことばかりが相次ぐ。特捜検事の証拠偽装問題でも、上司の特捜部長が、内部からの訴えを却下したといったニュースが流れて来る。検察幹部は「自己防衛」の心理から、不正を知りながら握りつぶしてしまったということである。それがどれほど重大かつ深刻な事態であることを知っていて、検察の不祥事になるので、もみ消そうとしたのだろう。

■前田主任検事が過去に調べたケース、たとえば小沢一郎氏の政治資金疑惑問題などについても、再検証する必要があるだろう。こういう特捜は、もういらない、とあらためて思う。権力機関のこのような劣化が社会全体の劣化を後押しする。主任検事の功名心にかられた犯罪なのか、あるいは検察という組織の仕組みそのものに問題があるのか、検察内部での調べにまかせるのではなく、第三者の法律専門家によるプロジェクト・チームをつくって徹底的に調べないと、ウミはでてこない。

■尖閣諸島の問題でも、政府中枢のとった措置は感心しない。政府はいまなお地検の独自判断であると強弁しているが、国民の誰もそれが事実であると思っていない。そもそも中国漁船の10数人の乗組員を拘束したあと、なぜ船長一人を逮捕してほかを解放してしまったのか。船と船が衝突した「事故」というのなら、船長だけでなくじっさいに船の舵をとっていた乗組員など、ほかの中国人も逮捕して取り調べる必要があったのに、それをしなかったのは、そもそも逮捕そのものが政治的判断にもとづいたものではなかったのか。

■誰にも見透かされているような「嘘」をいってはいけない。管政権の外交音痴、外交無知がきわだっただけに終わったと思う。対中問題は今後の日本にとってきわめて大事であり、劣化した経済を回復させる手立てとしても中国は重要な柱である。媚びるのではなく、毅然とした態度をとることが必要だが、きわめて戦略的に、ときに優柔不断を思われるくらいに、退いたり押したり、グレーゾーンの塗り込めたり、手練手管を用いて対処していくべきなのだが。そのための人材が、現政権にはいない。「脱小沢」などという姑息なことをするから、こういうことになる。

■この問題でマスコミが「世論調査」をまったくしないことも、妙である。小沢バッシングの「世論」が顕在化するときは、あれほど「世論調査」なるものを頻繁に行い、世論はこうだと誘導したのに。今、世論調査をやったら、きわめて興味深い数字がでるはずである。
by katorishu | 2010-09-28 23:26 | 東アジア
 9月27日(月)
■日中関係がおかしくなっている。尖閣諸島での中国漁船の事件で、いったん日本が逮捕した船長を、中国側の圧力で釈放した。日本固有の領土に対する中国側の不法な要求であるが、国際政治においては、正邪を決めるにあたっては、究極的にはその国の軍事力、外交力、経済力等々、さまざまな要素がからみあったものが決定的役割を果たす。俗にいう「勝てば官軍」なのである。

■国際政治には権謀術数さまざまな策謀、謀略が行き交っていて、相当したたかに、しなやかに、ある種ずるがしこくしなければ不利益をこうむる。市民運動的なナイーブな対応ではバカにされるだけで、利を得ることはできない。現政権は中国の実情を知らなすぎるのではないか。逮捕ではなく強制追放にしていれば、問題ははるかに小さくてすんだ。結果論だが、そもそも政治は結果で評価される。レアアースなどの輸出を停止されると、政府は慌てふためいて、逮捕した船長を釈放したが、その理由を地検の判断に押しつけるという姑息な手段をとった。

■それで中国の軟化を期待したのだが、そうはならなかった。読みが甘かったといわざるを得ない。中国からの地下資源の輸入や、中国への輸出などに頼らないと、すでに成り立たなくなっている日本。そんな現状を直視せず、当初正々堂々と逮捕したと粋がっていたようだが、その措置がどのような結果をおよぼすか、真剣に討議した上での決断であったのかどうか。

■経済困難におちいっている日本は、中国当局に見透かされているといっていいだろう。つまり完全に足下を見られており、危ないなとあらためて思う。昔であったら戦争になっていただろう。今は戦争など論外なので、より悪くない解決をはかって欲しいのだが――。

■日曜、月曜と江ノ島、鎌倉にいってきた。b0028235_23501751.jpg半ば遊びで半ば仕事。鎌倉も安売りの店が目立つ。かつて「鎌倉文化人」などといわれ、著名な文士などがよく足を運び、論断風発していた飲み屋なども淋しくなったようだ。フクちゃんなどの新聞連載漫画で知られる漫画家の横山隆一のお宅がスターバックスになっていた。もっとも、よくあるスタバとちがって、広々とした店で落ち着いており、庭に面したテラスなどもあり、さすが鎌倉と思わせるが。

■15年ほど前、横山隆一宅に取材でお伺いしたこともあり、b0028235_23492869.jpgあのときの風情のある庭や家屋を知っているだけに、ここも昔の風情が消えたかと残念に思った。あのときは元東宝女優であった夫人に話を聞きに言ったのだが、途中から隆一氏も部屋にはいってきて雑談をしたと記憶する。清楚で、じつに品の良い夫人であった。そういう人やものが消えていく。寂しいというより悲しいことである。(下の写真は萩の寺として名高い宝戒寺)
by katorishu | 2010-09-27 23:50 | 東アジア
 9月25日(土)
■マスメディアは今になって尖閣諸島で犯罪を犯した中国人漁船長の突然の釈放について管政権を批判しているが、外交音痴、経済音痴の政権では今後の厳しい情勢に対処できないことは素人でもわかること。民主党選では大いに管氏をもちあげて、小沢バッシングに終始したことを、国民はそう簡単には忘れない。

■いくら「クリーン」といっても、外交と経済が重大局面にある今、こういう素人同然の政治家がトップリーダーになってはだめなのである。アメリカのクリントン国務長官が尖閣諸島は安保条約のカバーする範囲にあるといって意味の発言をしているが、同盟国である日本の主権が侵害される大問題であるのに、管総理とオバマ大統領との会談では一言もこの問題に触れなかったようだ。

■アメリカにとって大事なのは中国であり、日本などATM機の役割を果たして入ればいいのである。新聞によると【日米首脳会談に同席したホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)のベーダー・アジア上級部長は23日の記者会見で、「(尖閣諸島での問題について)米国は仲裁していないし、その役割を果たすつもりもない」と日本側を突き放した。2時間近く行われた米中首脳会談でも、「尖閣諸島は議題にならなかった」(ベーダー氏)という。米側は首脳レベルでは明らかに、日本よりも世界第2の経済大国となった中国への配慮を優先させたといえる】

■そういうことである。日本はアメリカに適当に使われ利用されているだけである。こういうアメリカに、恭順し、へりくだり、おもいやり予算などと称して多額の軍事費を肩代わりしている。そろそろ、こういう偽の「同盟」関係を見直したほうがいい。ところで民主党には中国首脳とのパイプがないので、早く太いパイプを構築すべきなどと大手新聞が主張しているが、なにをいっているのか。中国中枢部と太いパイプをもつ小沢一郎がいるではないか。ほんとうに駄目なマスコミである。外交、経済で素人ぶりをさらけだし、追い詰められる政権を、知将小沢一郎はじっと静観しているに違いない。いずれ、ダーティの陰を宿しつつも余人をもって代え難いこの政治家の出番がくる。

■それはそれとして、日本はアメリカとも中国とも距離をたもちつつ、軍事力ではなく「ソフトパワー」つまり文化・芸術力、および職人的技術力で世界に存在感をしめすの国づくりを、目指す時にきている。そのために何より根本的に変えていく必要のあるのは教育の分野である。読み書きそろばん(数理の力)を子供のころに徹底的にたたきこみ、知的好奇心旺盛で勤勉な、ひところごく当たり前に存在した「日本人」をつくりだすこと。迂遠なようでいて、それが一番の近道である。

■税金も文化の土壌を豊かにすることに思い切ってつぎ込み、この国の基層部分を変えていくようにしないと、日本はほんとうにだめになる。ソフトパワーの涵養という点においては、鳩山首相のほうがはるかに真剣に取り組む姿勢があった。現政権は、およそ文化・芸術とは関係のなさそうな仙石官房長官が裏で仕切っていて、管総理はその手の中で踊っている、とも漏れ聞く。こういう政権を誕生させるためにマスを煽り誘導したマスメディアの罪も深く重い。
by katorishu | 2010-09-25 23:59 | 東アジア
 9月24日(金)
■尖閣諸島をめぐる日中間の不協和音に関して、中国当局はレアアースの日本への輸出を制限すると通告した。中国産に90%依存する日本の関連企業は一種恐慌状態になり、これを受けて政府は中国の意向を入れ拘束していた中国人船長を解放した。建前はあくまで那覇地検のとった措置としているが、事実は政府の意向を反映した政治的決着である。この中国漁船の動きについても、裏の裏がある可能性もある。単なる偶発事故ではなく、なんらかの意図をもった行動であり、それに日本がうまくのせられたということも、頭の片隅においておくべきだろう。

■そんな裏の裏を果たしてどれほど考えた末の日本政府の決断なのか。経済第一主義から考えれば、合理的な措置というのかもしれないが、外交政策としては悪しき前例を残したというべきだろう。これによって、日本固有の領土である尖閣諸島が日中間の「領土問題」になってしまった。これは将来に禍根をのこす。資源大国中国の圧力に屈したというメッセージを世界に送るなど、戦略的、戦術的に巧緻な外交力を発揮すべき事案なのに、管政権はもっとも安易で拙劣な選択をしてしまった。仙石官房長官の「指揮権発動が」があったのではという噂もある。

■管政権の外交センスのなさが、悪くでてしまったなとあらためて思う。外交とは、妥協と譲歩、そして強圧、威圧を混交した、きわめて知恵のいる方策であり、一国の運命を支配しかねない重大事なのだが、管政権のとった処置はあまりにナイーブな反応だ。これでは今後、展開されるはずの凄まじい「外交戦争」で日本は勝ち残れない。

■中国人船長は釈放されるものの、中国が対抗措置として逮捕した4人の日本人、フジタ建設社員はいまだ中国当局に拘束されたままだ。中国人船長を釈放するなら、バーターで拘束された日本人の釈放をさせるべきなのに。レアアース禁輸の措置にあわてふためいた関連企業の意向をうけて、圧力に屈する悪しき外交事例をつくってしまった。

■「小沢政権」であったら、おそらく違う展開になったであろう。場合によっては日中のトップ会談をしてもいいケースである。中国当局も国内での政府批判を封じ込める意図で対日強硬策を打ち出しているのだが、一方で中国経済は日本の技術協力等がなければうまく機能しない。「災いを転じて福ををなす」の絶好のチャンスであったのに、そこまで知恵がまわらなかったのではないか。「外交音痴」「外交無策」では世界のなかで生き残れない。幸か不幸かそういう時代になってしまったのである。
by katorishu | 2010-09-25 02:33 | 東アジア
 9月23日(木)
■現代中国のことを知るため参考になればと第139回芥川賞受賞作、中国人女性作家楊逸(ヤンイー)作の「時が滲む朝」を読んだ。天安門事件で挫折し、日本に逃げるようにやってきた中国人を主人公にした中編である。中国人として初めて芥川賞を受賞したことで話題を読んだ。この作家の作品は初めて読んだのだが、この作に限っては、あまり感心しなかった。昔よく同人誌に載っていたたぐいの作品で、中国人が日本語で書いた小説という点は斬新だが、わりに凡作で、この種の問題をあつかったノンフィクション作品を凌駕していない、と思った。現在、楊逸氏は朝日新聞の夕刊に「獅子頭(シーズトオ)を連載していて、こちらは読んでいないのだが。

■以前は芥川賞受賞作といえば、とにかく読んでみて、感銘を受けた作も多かった。最近は「純文学」なるものを読まなくなった。おもしろい作品に出会わないからである。むしろ大衆作家と呼ばれる作家の作品におもしろく、人間の不可思議さに深く迫るものがある。「純」という言葉が、わざわいしているなと思うようになった。そのころから、読まなくなったのだが。今回読んでみて、芥川賞というには、このレベルなのかと、ちょっとがっかりした。

■日本人の劣化がいわれるが、文学にも劣化が及んでいるのかな、と思ってしまう。もっともあまり文学作品を読んでいないので、断定はできないが。新田次郎の息子さんの藤原正彦氏が週刊誌のコラムに書いていたが、以前は編集者と作家との濃密な関係があって、両者はしばしば会い、議論をし酒を飲み、取材にもつきあい、生原稿をその場で読み、といった関係があった。ところが、今はそれもなくなった。インターネットの発達で、作家と編集者があわずに原稿のやりとりをするようになったのである。作家と編集者の濃密な関係が、佳作を生む土壌になったのだが。

■今は便利になったものの、結果として、つまらない作品、売れればそれで良いという作品が増えた。文化の劣化は小説世界にも及んでいるのだなと思い、喫茶店で仕事休めにiPhoneで折口信夫などを読んでみた。うなるような深みと滋味のある作だった。昔はこれほど高いレベルの文章家が数多くいたのか、と改めて溜息をついたことだった。本日は雨降りなので、近所のコーヒー店を2軒まわってほとんど資料読みと読書で費やすうち、一日はおわる。ところで本日は祝日であったそうで、夜になって初めて知った。ぼくにとっては、あっても、なくてもよい日であった。
by katorishu | 2010-09-23 21:12 | 新聞・出版
  9月22日(水)
■尖閣諸島沖で中国漁船と日本の海上保安庁の巡視船が衝突した事件で、中国人船長が逮捕されたが、中国当局は船長を「即時釈放せよ」ときわめて強い姿勢をみせている。中国の首相が抗議声明をだすなど、深刻な事態になりつつある。この問題で尖閣諸島を「領土問題」としたい中国にどうも日本の政府はのってしまっているようで、外交的にはかなり拙劣な対応をしている、と外交専門家は指摘している。

■良くも悪くも今の日本経済は中国の存在抜きに成り立たない状態にあるので、この問題はきわめて微妙であり、ひとつ対応を誤ると、日本は相当な打撃をうける。一口に中国人といっても10億人以上の巨大な人口をかかえ、多文化多民族国家であり、じつに様々な人間がいる。この巨大な国と今後、どうつきあうべきか。

■共産党の一党独裁という体制で、へんてこりんな市場経済を導入し、今は湾岸地区を中心に繁栄を謳歌している中国。歪んだ基盤の上にたつ繁栄なので早晩、崩壊の時が訪れるだろうが、今の日本はそんな中国に頼って経済の回復を期すしかない。人口はもちろん、パワーでも今の日本は中国に対抗すべくもない。真っ正面から対抗しては、勝ち目はない。ここは文化力、知力で対抗するのがいいのではないか。

■かつての日本は読書人口が多く、世界でも有数な知力をほこった。読書離れがいわれるが、今こそ、読書力で知力、思考力を養い、そこから創造力を発揮して海外に発信できるソフトをつくっていく。つまり「ソフトパワー」によってしか日本の脱出口はない。そのために、手っとり早くできることは読書である。読書する意欲もない大人はほっておけばいい。次の日本を担う子供こそ、ソフトパワーの源泉である。

■同じ税金をそそぎこむなら、子供の「文化力」をたかめ、知的好奇心豊かな子供を育てることに税金を重点的に注ぎこむべきである。国語教育にシナリオ教育を導入するのも効果的である。そのために1億円ぐらいさかねいものか。一過性の子供手当などではなく、文化の土壌を豊かにすること、そこにこそ政府は関心を集中させ、活路を開くべきだと思うのだが。政治家は早く、「急がば回れ」ということに気づいて欲しい。
by katorishu | 2010-09-22 23:26 | 文化一般
 9月21日(火)
■今朝の朝日新聞がスクープしていたが、障害者団体向け割引郵便制度をめぐり偽の証明書が発行された郵便不正事件で、逮捕された村木厚労省局長の件について、じつは担当検事が証拠品のフロッピーディスクを改竄していたという。この件で今日の夕方、担当検事が逮捕された。特捜検察はおそまつきわまりない。こういう検察が、一国の指導者の力量をもつ政治家を、地に落とすような真似をする。

■マスメディアに踊らされる国民も、もうすこししっかり目を見開いて、なにが真実かを深く考えて欲しい。この事件、じつは朝日新聞のスクープではじまったのである。朝日の疑惑報道をうけて特捜検察がうごき、村木氏逮捕ということになった。それが検事による証拠を偽造であったとは、世も末という気がする。スクープとして報じた朝日の報道も、たぶん検察のリークなどのあやふやな情報にもとづいていたのだろう。メディアとしてお粗末そのものであったが、今回のスクープでやや汚名返上した心地だろう。

■こんな状況では、検察審査会ではなく、「検事適不適審査会」をつくる必要がある、といったジョークが現実味をもってしまう。司法もここまで劣化したかと、驚くよりあきれる。検察は厳しく自省し、この問題を徹底して糾明しなければいけない。逮捕された特捜検事は小沢一郎氏の資金管理団体「陸山会」の件でも、逮捕された小沢一郎氏の秘書の取り調べを担当したとのことだが、この捜査も怪しくなってきた。

■検事がまず「シナリオ」を創作し、それにそって証拠をつみあげることが、どうもいろいろなところで行われている、と想像してしまう。年金問題と同様、こういうことが日本国への信頼をどれほど失わせることか。刑事や検事は「常に誤る可能性がある」との認識のもと、取り調べの可視化がぜひとも必要である。民主党政権が当初かかげていた原点にもどって菅政権は可視化にむけて指導力を発揮してほしいものだ。たぶん、官僚に完全にとりこまれてしまった菅政権では無理であろうが。この検察大不祥事を、前田某主任検事の「個人的犯罪」として葬り去ってはならない。記者クラブメディアも一緒になって村木局長の「悪」を喧伝した、つまりこのトンデモ検事に「協力した事実」を、国民は忘れないほうがいいだろう。
by katorishu | 2010-09-21 21:55 | 政治
 9月20日(月)
■敬老の日だという。以前は「年よりの日」といっていた気がするが。敬老の精神が欠けてきたので、「敬老の日」などという言葉でごまかしをするようになった。口先だけなら、人はいくらでも「きれいごと」をいえる。じっさい、われわれの周囲を見回しても「きれいごと」をいう人は、何もしない人か、人のあら探しをすることに密かな情熱を燃やしている人に多いようだ。

■統計によれば現在、65歳以上の高齢者は、男性では5人に1人、女性では4人に1人の割合である。この人たちを若い人が支えなければいけないので大変だといわれるが、それは高齢者が「働かずに働く人におぶさる」状態を当たり前とする前提にたっている。人は死ぬまでなんらかの形で働けばいいのである。過日見たユーストリームの中継で小沢一郎氏も、要するに「死ぬまで働け。働ける社会をつくること」と明快に答えてていた。

■その通りである。病気などで働けないひとは別だが、少々体力が衰えても長年にわたって蓄積したキャリアをうまくいかせば、この世に貢献できることはいくらでもある。時間や仕事の質などを勘案すれば、70歳でも80歳でもできる仕事はあるし、げんにそうしている人も一定数いる。ただ、社会の仕組み、システムとして、高齢者に働ける場がなく、むしろ排除されている。年齢に応じて仕事のできる場を作るのが政治の仕事である。権力をもった人が重要ポストにしがみつく「老害」は問題だが、いろいろなところから高齢者を排除する傾向は、超高齢化社会をむかえる日本にふさわしくない。

■姥捨てのように老人を用無しとして捨てるようなことをしていれば、それはいずれ当人に返ってくる。みんな長く生きれば確実に高齢者になるのだから。能力差や体力差にかかわりなく一定年齢で切り捨てる「定年制」もそろそろ見直したほうがいい。60歳以上の人を観察していると、能力差、体力差に相当開きがある。70,80でも脳機能が若々しく、いつも新しい情報をとりこみ意欲的で、柔軟に事態に対していける人が相当数いる。

■当人もまだまだ意欲十分なのに、定年で辞めざるを得ない。やめて、これといってやるべきことのない時間を3年5年と続けると10人のうち9人までは脳機能の極度の低下をきたし、外見上も老けて、結局、家族などの「お荷物」になる。働くということは社会となんらかの関わりを強くもつということである。それなりに生き甲斐のある仕事をつくりだし、社会とつながりをもつ高齢者を一人でも多くつくること。それが今の政治の重要な役割である。そのためには社会の仕組みを根本的に変える必要があるのだが、根本的に変えると「既得権益」を失う人も一定数いるので、かれらは必死に抵抗する。その抵抗に勝る胆力、実行力があるかどうか、そこにこそ政治家の真価があると思うのだが。

■「クリーンが最優先」という風潮では、このような社会の大変革をなしとげることはできない。クリーン、クリーンと馬鹿のひとつ覚えのようにいう人はたいてい、「何もしない人」であり、「人のあら探しをすることに生き甲斐をもっている人」であり、「現状を変えたくない人」であるのだから。歴史をひもとけば一目瞭然である。
by katorishu | 2010-09-20 12:59 | 社会問題
9月19日(日)
■昨日は浅草稲荷町の知人宅にお邪魔し3組の夫婦で歓談。話がはずみ結局、シャンパン2本ワイン3本ほか、かなり飲みかつ食べた。6人のうちでアルコールにもっとも弱いのがぼくなので、終わりのほうは水と氷だけにしたが、久しぶりの気休め、脳休めにはなった。

■ライブドアのBLOGOS対談というのがある。ユーストリームで中継するもので、本日は池田信夫氏と平野貞夫氏の対談。記者クラブメディアでは絶対に触れることのできない「関係者の本音」がカットなしで見られる。小沢一郎という政治家の実像や、菅政権成立の裏側に触れていて、興味深い。日本の政治を50年にわって間近に見てきた平野氏は「できの悪い政治家が今ほど多いときはなかった」と嘆く。

■世界は「情報化社会」にはいり20世紀型の資本主義社会はたちゆかなくなっている。新しいシステムを構築する必要がるのだが、劣化した政治家と劣化した記者クラブメディアでは、新しいシステムを築けない。「とにかくみんながなんとか食っていける」社会、いってみれば「日本型の共生資本主義」を目指す必要があるし、それこそ小沢一郎の理想としているところだ、と平野氏は強調する。

■一方、「記者クラブメディア」の「談合報道」がいぜん続き、事の本質から国民の目をそらす役割を演じている。このようなユーストリームの出現で、談合報道の嘘も白日のもとのなりつつあるが。1時間15分ほどの長さだが、ユーモアをまじえて語る平野氏の意見はじつに興味深い。
以下のURLで見ることができます。
http://news.livedoor.com/article/detail/5019478/
by katorishu | 2010-09-19 16:13 | マスメディア