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11月29(月)
■28日夕方の読売新聞電子版は以下のように伝えている。
「朝鮮平和擁護全国民族委員会」は28日、演習で「朝鮮半島情勢は極度の戦時状態に至った」とし、「対処するすべての準備を整えている」との声明を発表した。延坪島では同日、北朝鮮側から砲声とみられる爆音が聞こえ、韓国軍は島民に一時、緊急退避命令を出した。北朝鮮沿岸では韓国側に向け、これまで以上に多くの砲門が開いており、周辺の飛行場にミグ戦闘機が待機しているという。聯合ニュースは、北朝鮮軍が地対空ミサイルを前方展開し、地対艦ミサイルを発射台に設置していると報じた。

■軍事演習がそのまま戦争になるケースは歴史上よくあることで、北朝鮮としては米韓軍事演習を「戦争行為に相当する」と解釈しているのだろう。人も組織も「おいつめられる」と何をするかわからない。一方、現在の世界経済、とりわけアメリカ経済の行き詰まりはもはや「戦争」という大消費を呼び起こす以外に「有効な手立て」がない状態に陥っている。世界の主要国が、それぞれの国内事情をかかえながら「おいつめられている」のである。何が起こっても不思議ではない事態になってきた。

■ニューズウイークも報じているようにアジア各国で大変は軍備拡張競争がおこっている。どの国もいずれ戦争が起こることを予想し、対抗策として軍備を拡張しているのだろう。これを歓迎する産業がある。もちろん軍事産業である。軍事産業はときおり戦争が起こるか、戦争が起こりうる状態をつねに世界のどこかにつくりだしておくことが大事なので、火だねが絶えてしまっては存在価値がなくなる、といった宿命のもとにある。

■ひところ、アメリカはイラン攻撃に踏み切るという予測があったが、こちらは収拾がつかなくなる可能性が強く、それが抑制力となっているようだ。アメリカの軍事産業とこれにつらなる政治家らにとって、今回の北朝鮮軍の韓国領土への砲撃は「絶好のチャンス」とうつったはずである。深読みすれば、北がそのような攻撃をすることを「仕掛けた」こともなきにしもあらずである。北の非民主主義的独裁体制は論外だが、かといって今、一挙に外から力でつぶすことは危険である。大量破壊兵器が存在する時代である。戦争にいたってしまうと、想像もつかない展開になる。

■当然、日本にも重大かつ深刻な影響がおよぶし、どこも「得をしない」悲惨な事態になる。日本としては巧緻な外交的駆け引きを行い、米韓はもちろん、中国、ロシアをまきこんで、戦争阻止にむけて動く必要があるのだが、現政権、外務省などの「アメリカ頼み」の姿勢を見ていると、どうも心もとない。山勘だが、ここ数ヶ月以内に東アジアで戦争が勃発する可能性は50パーセントぐらいの確率になってきたと感じる。戦後日本の復興の礎になった朝鮮戦争の「特需」を期待しているムキもあるかもしれないが、恩恵を得るのはごく一部の人間であり、戦争はすべてを破壊し、圧倒的多数の人間に、ろくな結果をもたらさない、ということを肝にめいじておくべきである。
by katorishu | 2010-11-29 02:41 | 東アジア
 11月28日(日)
■健康診断の結果が郵送されてきたが、ひとつ気になるのは目について。「陥没」という字が今年もついている。ほぼ1年前、やはり健康診断で指摘されたので、お茶の水にある都内でも有数の名病院といわれる井上眼科で見てもらったところ、健康診断で指摘されたようなことはなかったのだが、今回またも指摘された。もっとも、目の疲労がはげしく、健康とはいえないのだが。診てもらう診療施設ごとに違う診断がでて、どちらを信じればよいのか、戸惑う。基本は自然治癒力でなるべく医者にかからないようにしているが。

■父の七回忌にでたあと帰宅して、早めに寝るつもりであったが、習慣のようにパソコンをたちあげ、ニコニコ動画で内外の政治についての対談などを2本続けてみた。月500円のプレミア会員になっているので、過去に生放送された番組を見ることができるのだが、大変面白かった。ひとつは経産省の現職官僚で霞ヶ関改革を唱えたことで仙石官房長官に国会で「脅し」をうけたりして話題になった古賀茂明氏と東京新聞の長谷川幸洋編集委員との対談。現在の霞ヶ関が、省益優先で「各省ごとに自分たちの生活を守るための仕組みがあり、いっしゅの協同組合、互助組合になっている」と指摘するなど、明治以来連綿とつづいている霞ヶ関の「官僚政治」の本質にふれている。60分の予定を85分にのばすなど臨機応変の時間変更もする番組だ。スポンサーなどのついていないニコニコ動画ならではの即性、柔軟性で、これなら登場する人の発言の真意もよく伝わるし、受け手としてもことの本質がよくわかる。

■興に乗ったついでにジャーナリストの佐藤優氏と社民党の福島瑞穂氏の対談も見た。「真性保守」の視点から今の日本の問題点に鋭く迫る佐藤氏と、社民党党首とのとりあわせが面白く、ちょっと見るつもりが結局、80分ほどの長さの番組を最後まで見てしまった。沖縄に米軍基地を集中させ、その異常さに無関心、鈍感になっている日本のマスメディア。佐藤氏の鋭い指摘に福島党首は「ごもっとも」という姿勢に終始した。

■ことのついでに「アメリカとともに沈みゆく自由世界」を上梓したウォフレン氏の日本記者クラブでの講演も見た。これはユーチューブで。外国人で日本の政治、社会の本質に通じ、深い理解と同情をもっている人は、ぼくの知る限りウォフレン氏が第一であり、氏の著書はたいてい読んでいるが、今回発売の本もすぐにでも買って読みたい。氏は「オバマは日本を同盟国とみていないし、日本に関心ももっていない」と率直に指摘する。08年ころからアメリカの対日政策は大きくかわり、いわゆる「知日派」といわれたアメリカ政府のブレーンはいなくなった。「現在対日政策を牛耳っているのは国防省系のひとにぎりの人物で、軍産複合体制の関係者である。彼らは日本を「独立国」と思っていないし、関心ももっていない」とウォフレン氏は断言する。マスコミではほとんど報じられなかったが、ヒラリー長官と前原外相の「日米会談」などで、アメリカ側のとった態度は、敵国の代表にたいするのとかわらない荒っぽいものであったという。まさに植民地の代表に接する態度である。そのことを記者クラブ制度に依存するマスメディアはほとんど報じない。

■その前の鳩山首相とオバマ会談のときもそうだが、ワシントンがここまで日本に荒っぽい非外交的態度をとったことはこの50年で例がないらしい。そこまでされても日本はアメリカにぽちのように従っていく。要するに馬鹿にされているのである。ことの本質は、アメリカ自身がかわってしまったということである。佐藤氏、ウォフレン氏もともに指摘するが、いま世界はきわめて危うい状態にある。ニューズウイークも指摘しているが、アジアで「軍拡競争」が激化しており、早晩戦争が起こりうる事態になってきた。日本としては戦争を起こさせないために、全力をつくさなければいけないのだが、政府も官僚もその努力が足りない。危機意識も薄い。こういう時だからこそ、佐藤優氏とウォフレン氏の指摘に真摯に耳を傾けたいもの。世界でいまなにが起こっているか、なにが問題なのか、といったことは、新聞やテレビを見ていたのではほとんどわからない。新しいメディアに接し、書物をじっくり読むこと。そして自分の頭で考えること。そのことが今ほど大事なときはない、と思ったことだった。
by katorishu | 2010-11-28 09:04 | 東アジア
 11月26日(金)
■昨日は寝不足な上に、いろいろな打ち合わせ、会議などがあって、かなり疲れた。疲れると、当然のことながら思考がにぶり、口のまわりも悪くなる。子供のころから「むらっ気」といわれており、気分の差が激しい。外にはなるべく見せないようにしているので、そう思っていない人が多いようだが、じつはかなり「情緒不安定」なのです。NTTと角川が提携してだす「まったく新しい形」のwebマガジンに関する打ち合わせ。ぼくがシナリオを書いた「新選組の沖田総司」の第一回をサンプル版を見たが、見応えがある。関連の映像インタビューや歴史紀行もあり、さらにシナリオもマガジン上で読むことができる。まさにwebならではの「画期的」な雑誌になるのではないか。発売は来年3月ごろとのことだが、乞うご期待である。

■そのあと六本木で放送作家協会の理事会。秋元康氏が理事長になり、新機軸をうちだそうとしている。「テレビ後」のメディア状況も視野にいれ、新しい表現の場、形をつくろうとする意欲を買いたい。そのあと渋谷でカミサンもまじえフィンラド人のテイヨさんと歓談。すでに何度も顔をあわせているが、じっくり話すのは今回がはじめて。4時間ほど、赤と白のワインを飲みながら国際政治から文化、教育論、日本論まで幅広い分野にわたって意見交換した。b0028235_13294577.jpg宣教師の息子として幼少のころ日本で暮らしたので、日本語の理解力は普通の日本人の域をはるかに超える。1メートル86センチの長身で、やや中性的な不思議な雰囲気を漂わす人だ。

■ミュージシャンとしてもときどきステージにでているほか、イッセー・尾形氏のユニークな一人芝居にもかかわっている。ぼくがシナリオを書いた(共同脚本)大河ドラマ「山河燃ゆ」に出ていたときいて驚いた。ケントギルバート氏のことは覚えているが。もっとも「ちょうい役でエキストラ」同様であったというが。尾形氏の海外での公演のマネージメントをやっている、と以前から聞いていた。イッセー・尾形主演の、天皇裕仁を描いた出色の映画「太陽」(ソクーロフ監督)の「裏話」などもきいた。なにか新しいことを考えましょうということで、その場でいくつか「案」がでた。物静かで、知的で、好奇心に富み、あたたかい。こういう日本人があまりいなくなったなと思っていただけに、テイヨさんと話すと、癒される。言葉の本当の意味のリベラリストであり、ちがった角度から日本をみているので、なるほどとうなずくことが多かった。

■ぼくの見るところどうも最近、「精神的ひきこもり」状態にある日本人が多くなっている。他への関心がうすれ、自分の周囲数メートルのことにしか関心や興味をしめさない。そんな人が目につくのである。世の中、単純でいて実に複雑であり、だから面白いのだが。「精神的ひきこもり」の人に限って、柔軟性にとぼしく、「原理主義」に支配されている。ちょっと視点をかえて見ると、者や人は違った見え方をするし、評価が180度かわることもある。日本のことをよくわかっている外国人と話すことで、いろいろと得るものがあるとあらためて思ったことだった。
by katorishu | 2010-11-26 13:16 | 文化一般
 11月25日(木)
■北朝鮮の軍事挑発と見られる砲撃の被害があきらかになった。民間人の住むところに砲撃を加えた点、なにか隠された意図を感じる。アメリカを対話に引き出したいのかもしれないが、北朝鮮内部で軍部の不満がたかまっていることの現れかもしれない。内部に不満がたまった場合、「外」に敵をつくることで矛先をかわすといったことは、歴史上どこの国でも行ってきた。

■昔であったら、これをきっかけに戦争になっていただろう。幸か不幸か、大量破壊兵器があるため本格的な戦争になることにブレーキがかかる。核戦争にでもなれば、誰も得をしない事態になるので、それが結果としてブレーキになる。皮肉なものである。米ソ冷戦の時代も、もし核兵器がなかったら、米ソ間の戦争、つまり第三次世界大戦がはじまっていた可能性が強い。キューバにソ連が核兵器を配備したとき、ケネディ大統領が攻撃も辞さないと強い態度をとったことで、米ソ戦争をさけるためソ連のフルシチョフ首相はキューバへのミサイル基地設置を断念した。

■人と人、会社などの組織と組織との間の紛争や問題でもありがちなことだが、こちらが弱腰になると、相手はおうおうにして強い姿勢でのぞんでくるものである。かといって、強硬な姿勢ばかりでは決裂していい結果をうまない。グレーゾーンを織り交ぜながら、相手の真意をうかがい、引いたり押したりの柔軟戦法で、妥協しつつも成果をひきだす。それが「外交」というものであり、これにたけていないと国と国との折衝はもちろん、人と人、組織と組織との折衝もうまくいかない。

■迷ったとき、困ったときは「歴史から教訓」を引き出すことである。必ず、解決法は過去の人類の愚行をもふくめた体験の集積のなかにある。菅政権が、どれほど過去の歴史にまなんでいるか。おそらく歴史の勉強もあまりしていないのではないか。過去の歴史の集積とは今風の言葉でいれば「アーカイブ」である。脚本アーカイブズの責任者としてこれを推し進めているからいうのではないが、あらためてアーカイブの必要性を痛感する。文化土壌の涵養のためにも、アーカイブがどれほど必要か、政治家、官僚、マスコミ関係者など、日本社会に強い影響力をもつ人は、このことを常に頭の片隅にいれておいてほしいものだ。
by katorishu | 2010-11-25 11:00 | 文化一般
 11月23日(火)
■韓国と北朝鮮の軍事境界線近くにある島を北朝鮮が砲撃し、韓国軍兵士2人が死亡し住民など20人が負傷したという。なにが原因で起きたのか今のところわからないが、気になることである。北は軍事挑発することで、おそらく国内の引き締めを狙ったのではないか。

■金正日政権が末期症状にきていることの現れと解釈すべきだろう。怖いのは軍の暴発である。統制のとれなくなった軍が単独で一か八かの行動にでる可能性も否定しきれない。これに対して韓国と中国がどう対応するか。ちょっと予断を許さない情勢になってきた。世界的な大不況をうけて戦争によって大需要を喚起させようというもくろみも、この世のどこかで密かにすすめられていると考えたほうがいいだろう。

■アメリカがイラン攻撃にいずれ踏み切るという情報もながれている。どこまで信用してよいのかわからないが、あり得ること、と考えておいたほうがいいだろう。平和ぼけした日本を覚醒させるには、外からの「黒船」によるしかない。ウェブも一種の黒船だが、最大の黒船は近隣諸国での軍事衝突である。衝突の火だねが近隣諸国に存在することは誰も否定できない。いやな時代になりそうである。経済的、文化的にはもう十分「いやな時代」になっているが、さらに度がすすむ可能性もでてきた。その火だねのひとつである本日の軍事衝突。成り行きを注視したい。
by katorishu | 2010-11-23 21:29 | 東アジア
 11月23日(火)
■本日は勤労感謝の日で祝日。勤労する人に感謝する、と心から思っている人がどれほどいるだろうか。額に汗をして働くということがすくなくなり、冷や汗、脂汗ばかりかいている人が多くなった。そういう作業には、勤労のおもしろさも喜びもないのではないか。素朴な作業、職人的な手仕事は、いまや「趣味」の領域にしか残っていないのかもしれない。趣味では、経済合理主義が貫かれることはすくないので、素朴な「労働」の尾てい骨が残っているのではないか。

■昨日は、四谷、赤坂、五反田で種々のうちあわせ。本来の仕事はまったくできなかった。11月11日の読売夕刊に「脚本のデジタル化」に関する記事が載った。ぼくもインタビューをうけたのだが、反響はいいようだ。デジタル化をむしろすすめていこうとしているだけに、「幸不幸」の物差しではかるという視点も忘れてはいけないのだろう。効率化、経済的視点のみで物事をすすめていくと、世の中おかしくなる。

■善し悪しは別にして、デジタル化の流れはとどめようがない。資本主義、合理主義の世の中であるし、効率的でないもの、数字化されないものは、顧みられなくなる。この方向でとにかく突き進んでみることだ。そのはてに「極楽」がくるか「地獄絵」が展開するか。いくべきところ、堕ちるべきところまでいかないと、人は心から反省をしない。iPhonで折口信夫の言霊論ほかの論考を、細切れに読んでいる。じつに面白く、示唆に富んでいる。スマートホンにかえて、もっとも利用しているのは、著作権切れの、先人たちの叡智や言葉がつまっている「青空文庫」である。
by katorishu | 2010-11-23 09:20 | 社会問題
 11月21日(日)
■本日の朝日新聞1面トップに「かんぽの宿不適正鑑定か」の見出しがおどっていた。日本郵政グループが宿泊施設「かんぽの宿」を安く売ろうとした問題で、2007年度の不動産鑑定が国に基準に違反していた疑いがでてきた、というのである。安く売るために「赤字」と鑑定し、積算した時価から最大90パーセントも減額していたという。ひどいものである。

■国交省が調査をはじめるらしいが、やっぱりという気がする。もう忘れている人がいるかもしれないが、「小泉・竹中改革」のいっかんとして「かんぽの宿」をオリックスなどに「投げ売り」に近い状態で売ろうとしたことが表面化し、問題になった。すでに激安で手にいれた業者もいる。今後この問題で調査がすすめば、組織的な「不正」が暴露されるだろう。政治の「旧悪」が明るみでるのは、政権交代によって、というのが世界の政治の常識だが、はたしてこの問題で、「失望・幻滅内閣・菅内閣」は問題を摘出できるかどうか。

■巨額な金銭が動く「政治」には、いつも「政商」といわれる組織や人跳梁跋扈し、「合法的」に私服をこやす。合法という法律をつくってしまえば、本質が「不正」でも、「正しい」ということになる。一部、私服を肥やしたとしても岩崎財閥を築いた巨大な政商、岩崎弥太郎クラスになれば、己も肥える一方で、国民にもその恩恵がいった。

■ひるがえって、今の日本を見ていると、政治はもちろん、経済も教育も文化も、毎度繰り返しているが落下が目立つ。重要政策を立案し実行する人材、人物がいないことも、劣化の一因だ。今大学の学長が悩んでいるという。新しく入学してくる学生の1割が一種の「不登校」になるそうだ。理由は「ともだちができない」ことであるらしい。他人とのコミュニケーションができないので、友人もつくれず面白くない、それより家でゲームなどをやっていたほうが面白い、ということで、せっかく入った大学へいかない。当然、卒業できるはずもなく、社会にでていけない層の予備軍となる。教育の劣化の問題の、ごくごく一部である。

■漂流しはじめた日本国、その舵取りである政権がすでに漂流しているのでは、あとは座礁するか、さらに転覆、沈没、ということになるかもしれない。今こそ、強力なリーダーシップを発揮できる政治家が必要なのに、こういう惨状になっても、「クリーンで(無能な)人」を「世論調査」の「民意」は支持するのだろうか。強いリーダーシップと政治理念をもった政治家を「カネと政治」とやらの問題で追放し、「クリーンな」人を選んだ結果が、現状である。(じっさいは仙石幹事長など週刊誌で報じられているようにクリーンではない)。こうなることは、具眼の士なら当初からわかっていた。政治家を選ぶさい「クリーン」を最優先させては駄目なのである。菅政権「支持」を表明した「民」や「マスメディア」は今後、己の不明を恥じるべきだろう。
by katorishu | 2010-11-21 09:28 | 社会問題
 11月20日(土)
■久しぶりに部屋の掃除をした。大半は書籍や資料類で、整理整頓が悪いので、仕事部屋などまるで物置のようになっている。足の踏み場もないというのが当たっている。ビニール袋にいれて10袋ほど捨てたが物置状態はすこしも変わらない。それにしてもよく買ったものと思うくらい、雑多な種類の本や資料であふれている。ぼくの脳のなかみもおそらくこんな具合なのだろう。

■ウェブの時代と思いながら、一方で旧来のアナログも捨てがたい。最近、やや厚めのB5判のノートを活用している。ページを中央で二つに折り、思いついたことから、会議での記録等々、なんでもいいから時系列でメモをとる。Bの堅さのシャーペンをつかい、ときに消しゴムで消す。こんなアナログの手法が案外役に立つのである。

■以前は項目、課題別にノートを何冊もつくっていたが、外出するとき忘れてしまったり、どこかにまぎれこんでしまったりして、メモをとったという「気休め」にはなるものの活用しにくかった。ずべてをひとつのノートにしてから、記憶がほどよく整理されたようで、すこし頭が良くなったように感じる。(あくまで感じるだけですが)

■今年の1月睡眠薬の服用をやめたことの効果が今頃になってでてきているようだ。20年来常用してきて、副作用も当然でており、週の半分ほどは時差ボケのようなものだった。急に眠くなるし、口ももつれたしり、脳の回転も悪くなる。当然仕事にも悪い影響をあたえる。今年1月よりまったく服用していない。ようやく元にもどったかと安堵の気分だ。その気分のなかで、ここ2年ほどで書いた原稿を読み返してみて、欠陥にきづく。現在、数冊になるはずの原稿の改訂作業を行っている。自分自身で納得いかないものはだしたくない、と自戒する。

■それにしても、多くの出版社が、とにかく「売れるもの」「売れそうなもの」と思ったものしか出版しないというのは困ったものだ。なにが売れるかは、じつはよくわからないのだが、彼らは従来の成功体験にもとずいて判断をくだす。売れるかどうかわからないが「これは世に出すべき」と思うものを出していかないと、いけないと思うのだが。場当たり的な措置では一時的なシノギにしかならない。関係者は百も承知なのだろうが、目先の利を得ることしか考えないし、すでに「自転車操業」に追い込まれているところも多いはず。

■ウェブの大波のなかで、そういう姿勢ではいずれ溺れ死ぬ可能性が強い。テレビもしかりである。ここが踏ん張りどころと思うのだが、「読みやすいもの(見やすいもの)」「安直なもの」にばかり傾斜する。消費者がそれを求めているというのだが。心ある人はそんなものを求めていない。読み応え、見応えのあるものを、提供していかないと。新しい試みとう冒険をおかしてほしいものだ。新しい試みは「せんみつ」ほどにうまくいく確率は低い。10に1つ成功すれば上々である。しかし、あえてチャレンジする。それが大事である。現在、ぼくが関係者と試みていることは、2に1つの確率でうまくいくと思っているのだが。さて、どうなることやら。こういう時代、「オプチミストは成功する」という言葉をかみしめたいものだ。
by katorishu | 2010-11-20 14:27 | 文化一般
 11月18日(木)
■民俗学者の宮本常一の著書によると、中世は案外、庶民が自由闊達で、貧しいけれど貴族などとまた違った、ある種のいい加減さを楽しんでいたという。貴族や天皇も庶民とかけはなれたところにいたのではなく、例えば庶民が貴族の家に破れ垣からはいったり、天皇行幸の際も、すぐ近くまでいっても咎められることもなく、明るく野次馬精神を発揮していたとのこと。貴族の乗る牛車の柄を鉄棒のようにして遊ぶ子供の姿などが絵巻物には活写されている。

■物見高く、陽気で、いい加減で……。最近よく使われる用語なら「アバウト」であり、人生をそれなりに楽しんでいる。そんな庶民の暮らしが絵巻物に生き生きと描かれている。彼らの生活には笑いがあり、遊びがあった。江戸時代になり徳川幕府が法度(はっと)などを定めたりするなか、自由闊達さが薄れたが、それでも窮屈な武家階級とはちがった、いい加減さの自由を楽しんでいた。

■飢饉などに襲われると深刻な様相を呈するのだろうが、庶民の生活ぶりは歴史の教科書に描かれているように「常にしいたげられていた」とはいえない。そのへんを宮本常一は鮮やかに描き出している。民俗学というと柳田国男が有名だが、内実は宮本常一のほうがはるかに上である。ほとんど独学で学んだ宮本常一にたいし、柳田国男は東京帝国大学卒の「エリート」で農林省の高級官僚であった。それにしてはいい仕事を残していると思うが、高級官僚であったことの限界もある。ぼくは庶民への暖かい視線を主軸に展開する宮本常一民俗学に軍配をあげる。

■ノンフィクション作家の佐野真一氏が『旅する巨人―宮本常一と渋沢敬三』で、宮本常一について描いているが読むに値する良書だ。 学生時代、宮本常一が一般教養で講座をもっていた。「民俗学」という言葉に興味をおぼえ受講票はだしたのだが、結局一度も講義に顔をださなかった。大学を卒業してから強く悔いたことだった。宮本常一の講義をうけていたら、その魅力にとりこまれ、民俗学を専門的に研究しようと思ったかもしれない。そうしていたらまったく別の人生を歩んでいたことになる。

■政治のほうはあいかわらず劣化に拍車をかけることばかりだ。法務大臣はじめ仙石幹事長等々、政府関係者の失言が目立つ。野党の総攻撃をうけ防戦一方で、有効な政策を打ち出せずにいる。せっかくの政権交代を台無しに、どぶに捨ててしまったようだ。いぜんとして日本は崖っぷちにあるというのに、政権が漂流をはじめている。ここは解散総選挙を実施し、政界再編をするべきときだ。小党が乱立しなにも有効な政策がきまらない「イタリア化」にならないことを祈るばかりだ。
by katorishu | 2010-11-18 23:01 | 新聞・出版
 11月16日(火)
■本日公務員給与について人事院勧告通り1,5パーセントの削減しか出来なかった、とのニュース。民間給与との差が相当程度開いているし、民間給与の下落した程度の引き下げをするのが、政権交代した民主政権の最低限の「誠意」であるはずだが、それが出来ない。管政権の実行力のなさは、かなり絶望的であり、このままだと亡国への道を転げ落ちてしまう。

■連合や自治労などの労働組合からの圧力があったのか。彼らに配慮したのかどうか。公約をほとんど実施できない内閣など、多くの国民にとって罪悪である。財政赤字が巨大になり、これを解消するためには消費税値上げが必要などといった管総理。こういう政権を後押ししたのは「世論調査政治」である。世論調査政治は国を危うくすると断言してもよさそうだ。

■かといって、自民党政治にかえっても、日本はよくならない。【処置なし】といった状況で、よくなる要素がすくないのだが、それほど悲観すべき事態でもないという指摘もある。科学技術は、落ちたとはいえ今も世界のトップレベルにあるし、治安もまあまあである。自殺者年間3万人をこえるとはいえ、海外と比べて、それほど住みにくい国とはいえない。

■ただ、それも「今のところ」である。こんな政治や教育がつづけば、早晩、誇れない状態になることは目に見えている。本日、神田で情報工学のトップレベルにある某大学教授にお会いし、大変貴重な話を聞いた。シナリオを自動的にアニメにかえるソフトを開発した方で、大変興味深かった。時代は確実にこちらに進んでいるなとあらためて思ったことだった。
by katorishu | 2010-11-17 07:04 | 政治