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 8月30日(火)
■このところ、あまりお金にもならない原稿ばかり書いている。いずれお金になるかもしれないが、ゼロということもあり得る、そんな類の原稿はコーヒー店で書くに限る。2軒をまわって計6時間ほど。クーラーで冷えたのか下痢をした。そして口内炎ができた。体調悪化の兆候であり、要注意。

■さて、民主代表選。予想とちがって野田氏が代表となり、日本国の総理になる。世代交代は必要だが、いかにも経験不足。財務官僚ほかに牛耳られるといった観測が流れている。日本はあいかわらず官僚主導が続いている。これを「アジア的停滞」という。一種の植民地でもある。外国の軍隊が常時駐留して自国の軍隊ともいえない「自衛隊」とやらが、外国駐留軍の下にいる。こういう状態にある国を一般的に「植民地」という。

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by katorishu | 2011-08-30 23:22 | 政治

北品川二丁目盆踊り

 8月28日(日)
■だいぶ涼しくなった。これから二ヶ月ほどが、ぼくにはもっとも好きな季節だ。午前中、品川シーサイドのコーヒー店で3時間ほど仕事。2年先の某超大型ドラマ企画の想を練る。なんとか企画が通り、画期的なドラマにしたいもの。昼食はソーメンと豆腐ハンバーグ。午後、カミサンとリュックを背負って、天王洲アイルにいこうと思って歩いていて、気がかわり、そういえば北品川二丁目の盆踊りをやっているのではと思い出し、北品川へ。

■北品川のコーヒー店で3時間ほど資料読みなどしたあと、二丁目公園に。盆踊りの真っ最中。250円の缶ビールを飲みながら、昔ながらの盆踊り風景を観賞。踊り手たちの平均年齢は70に達しているのではないか。まわりをちょろちょろしている子供も多い。品川区は子供が比較的多い区とのこと。子供を産みやすい環境にあるのかもしれない。若い人や若い母親は踊らず、もっぱら屋台の焼きそばやヤキトリにむらがっている。ともあれ、子供のころのお祭りなどを思い出し、しばし懐旧にひたった。

■近くの串揚げ屋で夕食をとり、再び盆踊りの場に。午後9時で終わりになるが、最後に近い締めは品川音頭と東京音頭。再び250円の缶ビールを飲みながら、鑑賞。この界隈、旧東海道ぞいで空襲にあわなかったこともあり、畳や、仏具屋などもあり、戦前から住んでいる人が多く、下町の情緒が濃厚。界隈に高層マンションも少なく、だからこそ盆踊りなども盛んなのだろう。海岸通りの向こうは天王洲アイルで、こちらは高層マンションに住む新興住民。彼らは盆踊りなど野暮ったいと思っているのかどうか。盆踊りにはやってこない。早くも8月も終わりに近い。前途に希望をもって一歩でも二歩でも前に進みたいものだ。
by katorishu | 2011-08-28 22:48 | 文化一般
 8月27日(土)
■民主党代表選挙、現在立候補している5人の誰かが日本の総理大臣になる。率直にいってその器ではない人ばかり。かといって、他の議員に総理の座にふさわしい人がいるかどうか。人はポストにつくことで鍛えられ、それなりの風貌になっていくというが、さてどうなることやら。期待しないで、見守っていきたいもの。

■最近映画を見る暇もなく忙しくしていた。脳の疲れを休めるためには映画が好都合と思っているので、カミサンと有楽町にでかけ丸の内ピカデリーでアメリカ映画『シャンハイ』を見た。 1941年の上海を舞台に描くアメリカ・中国合作のサスペンス大作、という触れ込み。『太平洋戦争勃発前の日本軍占領下の上海で、あるアメリカ諜報部員の死の裏に隠された男女の悲しい運命の物語を紡ぐ』。日本から渡辺謙や菊地凛子が出ており、中国の』コン・リー、香港の名優チョウ・ユンファらの豪華キャスト。テレビなどでも盛んに宣伝していたので、幾分の危惧を覚えながら見た。

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by katorishu | 2011-08-27 23:22
 8月26日(金)
■「電子書籍の流通と利用の円滑化に関する検討会議」が霞ヶ関ビルで行われた。文化庁主催。マスコミなど関係者の傍聴ができるので、あらかじめ申し込んで傍聴した。この種の会議、シンポジウムに最近比較的よく顔をだす。会場でわたされる資料が興味深い。「デジタルネットワーク社会における図書館と公共サービスの在り方に関する事項」と「出版社への権利付与に関する事項」が柱であったが、ぼくには後者が面白かった。

■作家の三田誠広氏が作家の立場から出版社と書き手の微妙な関係について熱っぽく語った。出版社の社長や著作権関係の弁護士はじめ、学者やヤフーの関係者なども出席し、かなり活発な議論を展開していた。文化庁の近藤長官も拝聴していた。傍聴人は60人ほどか、ほとんどは図書館関係者か出版関係者。資料では「出版に関する実態調査」と「出版物の複製に関する実態調査」に興味深い数字がのっていた。コピーと著作権の問題は極めて微妙で、双方とも10ページ近い資料。おそらく文化庁のホームページに載っているのではないか。興味のある方は文化庁のホームページを見てください。

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by katorishu | 2011-08-26 20:47 | 文化一般
8月21日(日)
■雨もよいの一日であったが、だいぶ涼しくなった。昔の東京であったら、ヒグラシの鳴き声も聞こえたはず。ぼくの住む都心に近い土地では、多くがコンクリートで覆われているので昆虫の生息する場所もない。昆虫も住めないというのはまさに「異常事態」なのだが、そう感じる人も少ない。異常を異常と感じられないこと事態、異常事態である。

■アメリカのIBMが人間の脳の働きを真似るコンピューターチップの試作品を開発したと発表した。『このチップを搭載した認知コンピューターは、経験を通じて物事を理解し、相関性を見出し、仮説を立て、記憶し、結果から学ぶことができるようになるという。また、複雑なリアルタイムの情報を複数のセンサーから取り込み、行動に置き換えることができる。例えば世界の水供給を監視する認知コンピューティング・システムは、水温、水圧、波の高さ、波の音などの情報を監視するセンサー網を使って津波警報を出すことが可能だという』(IBM発表文書より)

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by katorishu | 2011-08-21 21:48 | 文化一般
8月18日(木)
■猛暑、酷暑。どの言葉にも値する暑さがつづく。明日あたりやや涼しくなるそうだ。このところ映画、演劇を見ていない。演劇関係者から案内が毎週のように届くのだが、なかなか時間がつくれない。過日、映画『ツリー・オブ・ライフ』を見た。ブラッド・ピットとショーン・ペンが主演するというので、内容などまったく白紙で、とにかく日比谷の映画館で見た。テレンス・マリック監督作品。ブラッド・ピットが制作もつとめる。

■1950年代のテキサスを舞台に、ある一家の40年にわたる日々を描きながら、人生の根源的な意味を問い掛ける、という触れ込み。ブラッド・ピット役の父親にいたぶられた息子。その成人した息子をショーン・ペンが演ずるとう凝ったつくりだ。よくあるハリウッド映画の予定調和のパターンの物語ではなく、フランス映画の味わいのある意欲作。

■説明台詞、説明的なシーンやカットを排して大胆な省略でお客を引き込む。ごく普通の家族の話だが、生き物同士の連鎖ということに触れていて、タイトルもまさに「命の樹」。人と人はつながっているのだということを、あらためて思い出させてくれる。誰もが少年期に体験するようなエピソードに満ちていて、父と子の葛藤も興味深い。

■子供役の少年の演技ならぬ演技もいい。ただ途中、「天地創造」のシーンには違和感を覚える。冒頭ヨブ記の言葉がスーパーされるが、キリスト教のバックボーンがないと、ちょっと理解しにくい。「天地創造」のシーンは凝った映像で、映像自体は美しいが、いかにも長い。「異教徒」のぼくなどは退屈する。後半、盛り返し、最終的に人生を深く考えさせる作になったと思う。
by katorishu | 2011-08-18 22:56 | 映画演劇
 8月15日(月)
■相変わらず耐え難いほど暑い。暑い盛りに迎える8月15日。敗戦記念日である。マスコミなどでは「終戦記念日」とよんでいるが、実質は敗戦記念日である。日本はなぜこうも惨めな敗戦をむかえてしまったか、そもそも勝ち目のない戦争になぜ突き進み国を滅ぼしたか、何度でも繰り返し反省する日でもある。

■ひところ軍部が悪く国民は被害者という言い方が一般的で、それで免罪符を得た気分になった国民も多かったようだが、戦争熱をかりたてたのは新聞、ラジオ、雑誌などのマスコミであり、多くの国民がそういうメディアに熱狂した。さめた目で見る国民は「非国民」というレッテルを貼られたりした。戦争が起きる原因はそう単純ではなく、いくつもの要素が重層的にかあみあった末、ある種のタイミングの悪さも影響する。海外の情勢にうとく「ムラ社会日本」でのみ、自己都合でものを考える国民も、間接的に荷担した。経済的苦境のなか、一種の事なかれ主義、無責任主義が横行し、結果として軍部の独走を許し、大災害をもたらした。いくつもの教訓があの敗戦からくみ取れるし、まだくみ取り方が充分ではない。

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by katorishu | 2011-08-15 12:48 | 文化一般
 8月12日(金)
■暑さがピークに達している。今年の夏の暑さは例年になくこたえる。被災地の人たちの苦しみは並大抵ではないだろう。が、地震の被害をうけなかった地域も、安心はできない。東京大学地震研究所の 佐藤比呂志教授がダイヤモンド・オン・ラインのインタビューの中で、こう警告している。

■『東北は今、余震も頻発し非常に困難な状況だが、今後、非常に長期間にわたって同規模の地震が発生することはない。余震が収まれば、安定した時期に入るので、安心して通常の経済活動が行える状態になる。しかし、関東から西日本は正反対な状況に置かれている。まず今回の地震発生以前から、2050年前後には東海・東南海・南海地震の発生が予測されていた。これら南海トラフ沿いの巨大地震は、歴史文書や考古遺跡などからも、規則的に発生した過去の履歴が遡られており、近い将来、必ず地震・津波がその領域で発生するはずだ』

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by katorishu | 2011-08-12 09:45 | 社会問題
 8月11日(木)
■時代をどうとらえるかは、置かれた立場によってまるで違ってしまう。自分にとってプラスになることが多ければ、ほとんどの人は「良い時代」であると感じるし、マイナスのことばかりが続けば「悪い時代」という。人は終局のところ利己的で、俗な言い方をすれば「自分が可愛い」のである。だからこそ、人類はかくも繁栄してきた。繁栄とは他の犠牲の上に成り立つものである。

■その点で人間社会は今も昔も戦いの連続である。殺し合いが日常であった戦国の時代から、かなりスマートになったものの、この世が戦いの連続であるという本質は変わらない。現在は武力ではなく経済、つまり金銭という武器で、小は町の小売店から大は国と国との「金融戦争」まで、みなさん日々、知恵を絞り、なんとかライバルを出し抜き、己の利を得ようと戦っている。そんななか最近、国際金融の世界では「ジャパナイゼーション(日本化)」が他の先進国にひろがりつつあるという。

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by katorishu | 2011-08-11 07:11 | 文化一般
 8月9日(火)
■暑さもくわわり睡眠不足、そのうえいくつもの「懸案」を抱えていて、脳が相当疲れている。誰でもそうかもしれないが、ぼくは脳が疲れると、ペシミスティックになる性向が強い。「ムラキ」といってもよい。我が儘に育った子供に多いようで、事実子供のときから「ムラがある」としばしば指摘された。その部分はなかなか変わらず、いまも持続しているといってよい。昨日のある重要な会議でも、自分では普通に話しているつもりだが、言葉のはしばしに「悲観論」がでてしまい、注意された。司会役でもあったので、暗い空気にしてしまったことを陳謝。

■すぐ反省をするのが、ぼくの良いところでもあり、一方、駄目なところでもある。周囲にあわせて「歪み」をただそうとする気持ちが動いてしまう。「創作家」としては、歪みをただすことが凡庸につながり、独創的な個性になりぬくい。5時間ほどぐっすり眠ったので、かなり脳がすっきりした。寝床で坂口安吾のエッセー「散る日本」を拾い読みした。以下のような文が心に沁みる。

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by katorishu | 2011-08-09 10:01 | 個人的な問題