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2月28(火)
■寒い日がつづく。一握りの国民をのぞいて懐の寒いひとが圧倒的に多いのではないか。今朝の朝日新聞の一面トップは、半導体のDRAM製造でかつて世界のトップであった「エルビーダ」が公的資金の投入にもかかわらず倒産し、負債は4500億円にのぼるという。円高や韓国メーカーに押されたのが原因とあるが、技術水準が落ちたことが理由だろう。日本の国力の劣化の象徴だ。

■このところ週刊誌を買っていなかったが、週刊ポストが面白そうなので買った。案の定、週刊誌ならではの特集満載で読み応えがある。まず『財務省・国税が極秘結成した「小沢一郎・調査班」』の特集。このところ特捜の失態などで小沢復権の兆しがある。小沢は「反増税」「歳入庁創設」を訴えており、財務省にとっては「権力基盤」をおびやかされる。是が非でも抹殺したいのだろう。特捜がだめであったので、今度は「脱税容疑」でひっかけようとしているらしい。勝海舟の末裔である勝事務次官は、勝海舟とちがってなんとしてでも「既得権益」をまもりたいようだ。

■対して小沢がどう防御し、政敵をおさえて権力基盤を構築できるか、こんごの永田町・霞ヶ関の焦点である。いぜんとして日本の政治は良くも悪くも「小沢一郎を基点」に動いている。小沢一郎に匹敵する「実力政治家」がほとんど皆無で「どんぐりの背比べ」ばかり、というのが日本政界の実情だ。これでは当分日本はよくならない。本日は渋谷で放送作家協会の理事会と、総会。4月から一般社団法人になる。夕方、銀座で中国人女性プロデューサーと打ち合わせ。オランダ人男性と中国人女性の夫婦も同席。ボーダレス化は急速に進みつつあるようだ。
by katorishu | 2012-02-28 22:22 | 政治
 2月25日(土)
■雨降りの土曜日。肌寒そうなので外出はひかえようか。CSのディスカバリーチャンネルで朝鮮戦争のドキュメンタリー前後編をカラーフィルムで放送している。大変興味深い映像の羅列で、目がはなせないまま、このブログを記す。昨日、ロマン・ポランスキー監督の映画『おとなのけんか』を見た。原作はヤスミナ・レザの舞台脚本。日比谷の映画館は8割のいり。出演は、ジョディ・フォスター、ケイト・ウィンスレット、クリストフ・ヴォルツ、ジョン・C・ライリーの4人の芸達者。ニューヨークのブルックリンで子供同士の喧嘩があり、一人の子供が怪我をする。その喧嘩の「加害者」と「被害者」の両親が話し合いをはじめる。

■当初は冷静に紳士的に話し始めるのだが次第に双方とも熱くなり、子供の喧嘩はそっちのけで、おとなの喧嘩に発展していく。やがて二組の夫婦の問題も顕在化し、互いの「暴露合戦」に発展してしまう。登場人物は二組の夫婦4人で、雑貨店を営む「被害者」の子供宅の居間だけで終始する。展開が自然で、結婚の体験者なら一様に「そうだよな」「あるある、こういうこと」といった身に覚えのある台詞が頻出し、引き込まれる。台詞がたくみで、的確で、興味をそらさない。小道具の使い方も秀逸。もともとは舞台作品でトニー賞などを受賞しているはず。敢えてコメディチックにしていないが、人物が熱くなればなるほど、コメディチックな人間劇が浮かび上がり、笑える。それも、かなり高級な笑いだ。

■台詞劇であり、こけ脅かしの映像はいっさいなし。それで完璧に「おとなのドラマ」に仕上がっていて、最後までひっぱる。観客が一様にのっている様子がつたわってくる。シナリオが秀逸だが、4人の演技も素晴らしく、近年希にみるシチュエーション・コメディの傑作である。脚本家として教えられることが多く、10数本の映画を見たくらいの「収穫」があった。こんな傑作が東京でたった1館(TOHOシネマズ・シャンテ)でしか上映されていない。配給システムの問題なのか、残念なことである。
by katorishu | 2012-02-25 15:32 | 映画演劇
 2月24日(金)
■被災地につみあがった瓦礫が行き場を失い、大変なことになっている。たとえば宮城県では、通常の一般ごみの19年分、約1569万トンがつみあがったままで、腐臭をはなっているという。被災地のみで処理できるはずもなく、他の都道府県が肩代わりをするほかない。ところが、他の自治体の多くでは、がれきの受け入れに反対の運動が起きていて、がれきは被災地に放置されたままだ。通常のごみ処理のときも、似たような問題が起きるが、今回は規模がちがう。

■誰だってごみやがれきを受け入れたくはない。まして、福島のがれきなど放射能をふくんでいる可能性が強い。受け入れたくない気持ちはわかるが、被災地以外の自治体が受け入れを拒否すれば、結局、被災地にがれきは積み上がったままになる。被災地は二重、三重の被害をこうむるわけである。災害は「お互いさま」の精神で、すこしでも余裕のある所の住民が傷みを分かち合わなければ、どうしようもない。一般のゴミ処理のときも同様で、どうしても住民のエゴがむきだしになる。結論からいうと、被災地の住民の「傷み」のいったんでも、被災地以外の住民が背負ってやらないといけないのではないか。多くの自治体が少しづつでも負担すれば、解決できる。それ以外の解決はむずかしいのだから、ここは助け合いの精神を発揮して欲しいものだ。
昨日は、朝いちで渡す原稿と格闘し、徹夜近い状態で、東大での会議に。おわって脚本家のSさんらと本郷三丁目近くの酒場で歓談。楽しいひとときだった。
by katorishu | 2012-02-24 07:19 | 社会問題
2月22日
■昨日、ぼくがシナリオを書いたFan+の歴メン・土方歳三の13回(最終回)「華と散る」のMAにたちあった。蝦夷地で35歳の若さで亡くなった新選組土方歳三の最後に焦点をあてた回。上下で40分をこえる「大作」。台詞と効果音、音楽だけ、つまり音だけで完成版を聞いたが、迫力あるもので、画像がなくても独立した作品として成立するのでは、と思ったりした。関係者は「オーディラマ」と名付けている。NTTと角川書店でたちあげたサイトです。興味のあるかたは、サイトを訪れてみてください。

■NHKの大河ドラマ「平清盛」の評判がよくないという話をきく。清盛はじめ登場人物が汚い、史実とちがう、王家という言い方もおかしい……といった意見があるようだ。視聴率もあまりかんばしいものではなく、膨大な経費をつかって、なんだ……という声もある。ただ、人がなんといおうと、この大河ドラマ、ぼくにはかなり面白い。連続6回つづけて見ている。こんなことは、自分が作品を書いた作以外にありえないこと。

■あるノンフィクションを読んでいたら、日本の実質的な識字率は5%であるという意見が開陳されていた。新聞や単行本など、硬派な内容の論文や記事を日常的に読むひとは5%くらいで、あとはテレビを見るか、週刊誌の類しか読まない層だという。そういう人は、マス(大衆)メディアの影響をうけやすく、自分の意見というものが希薄、といいたいようだ。発言者は外務省の「エリート官僚」であり、読んだ直後かちんときた。しかし、よくよく考えてみると、一概にナンセンスであると否定できないものもある。日本人は他人の意見やその場の空気にきわめて影響されやすい。今の時代、1000万人といえども我いかんの精神が大事であるな、とあらためて思ったことだった。
by katorishu | 2012-02-22 11:40 | 映画演劇
 2月21日(火)
■相変わらず寒い日が続く。季節の変わり目であり、訃報などもあいつぐ。昨日はお昼から夜にかけて銀座で2件、渋谷で2件、仕事の打ち合わせ、そして勉強会。ぼくとしては脳が全開で、執筆作業としては現在とりかかっている映画のシナリオの想を練るだけで精一杯。食のエッセーの締め切りも迫っている。ま、忙しくしているときのほうが、暇でしょうがないときより、精神衛生にはいいようだ。

■脳の疲れをてっとり早く癒す方法として、最近ユーチューブで音楽を聴く。声に張りと魅力があり、歌詞がよく心地よいリズムを刻む音楽、それも数十年前にはやった歌が妙に心に沁みる。本日、早起きして聞いたのは大塚博堂と八神純子。以前はテレサテンの歌をよく聞いたが、最近は大塚と八神。ともに、抜群の歌唱力があり、声に艶と伸びがある。大塚博堂は30年ほど前に30代で亡くなった。初めて彼の歌をNHKのFMで聞いたとき、胸がふるえた。八神純子もいい。今、この二人に匹敵する歌い手は、ごくごくわずか。

■彼らは近頃の集団になって歌い踊る「アマチュア並」の歌手とは天と地の差。それにしても、歌の強さをあらためて思う。脚本家として台詞にさまざまな思いをこめるが、1つの歌によって、ひっくりかえされてしまうこともある。もっとも、歌と台詞が渾然一体となったとき、さらに効果を発揮するものだが。いまとりかかっている日中合作の映画のシナリオの冒頭、中国の昆劇にシーンにあらためようと思っている。映画は「水もの」。どうなるか未知数のところもあるが、まずは荒く第1稿を書いてから中国へ、という予定。
by katorishu | 2012-02-21 08:59 | 文化一般
  2月20日(月)
■封切られたばかりの映画『ドラゴン・タトゥーの女』を有楽町で見た。『ミレニアム』3部作として映画にもなったスウェーデンのベストセラー小説をハリウッドで映画化したもので、監督は『ソーシャル・ネットワーク』のデヴィッド・フィンチャー。
白夜のスウェーデンを舞台に、数十年に及ぶ血族の因縁と猟奇的ミステリーに彩られた物語が展開する。【キャスティング選考も話題になった天才ハッカーのヒロインを演じるのは、『ソーシャル・ネットワーク』のルーニー・マーラ。彼女と協力し合うジャーナリストを、『007』シリーズのダニエル・クレイグが演じる。(シネマトゥデイ】)

■期待して見たのだが、虐待やバイオレンスが勝ちすぎで、これでもか、これでもかと暴力シーンがつづき、少々辟易した。主役のタトゥーの女性の存在感は抜群で、いい味をだしている。彼女の幼いころのトラウマもわかる。彼女が一種「スーパー・ウーマン」ぶりを発揮してブルジョア一家の犯罪をあばき、べつの大金持ちから大金を奪う・・・という展開には、溜飲がさがる。ただ、ハリウッド映画にありがちの過剰な暴力シーンは、あまり好きではない。なにより終わった後、爽快感を得られなかった。この映画、興行成績もトップクラスとのことで、じっさいTOHOシネマズ日劇の900人入れる劇場は半分近く埋まっていた。テレビでがんがん宣伝していたこともあるが、閉塞状況のつづくなか、多くの人の苛立ちが深く潜行していて、そんな潜在心理がこういうクライム、暴力シーン多用の映画に足を運ばせるのだろうか。150分ほどの長編だが、長さを感じさせない迫力のある一作である。ただし、映画館をでたあと、もっと心温まる佳作を、口直しに見たい、と思ったことだった。
by katorishu | 2012-02-20 08:19 | 映画演劇
 2月18日(土)」
■昨17日、東京地裁で小沢一郎裁判の公判が開かれ、小沢氏の「虚偽記載」を「報告し、了承を得た」とした石川元秘書の供述書を、大善裁判官は「違法、不当なもので許容できない」として証拠採用せず却下した。小沢氏が共謀したとされる容疑を具体的に立証する根拠が大きく崩れたわけで、「小沢無罪」に落ち着く可能性が強くなった。それにしても特捜の予断をもった、いい加減な捜査、取り調べには、腹立ちを通り越して呆れるほかはない。「国策捜査」という言葉があり、佐藤優氏がその著書「国家の罠」で具体例をあげて示しているが、国家権力を背景にこんないい加減な捜査をやっていることに、寒気を覚える。社会保険庁のいい加減さ、でたらめさもひどかったが、特捜もお粗末そのもの。国民の国への信頼を大きく損なうものである。

■「小沢一郎との共謀」を証言したという池田光智元秘書の調書は採用されたが、じつはここに大善裁判長の「裏技」がたくみに隠されているという観測もある。ミスをおかした特捜検事を「個人的に切り捨て」、その上で小沢有罪にもっていく「裏技」である。その可能性があるにしても、大勢は小沢氏無罪であり、復権の可能性は強まり、氏があらたに政界の「台風の目」となっていくにちがいない。ここまで傷み劣化した日本である。どんな政治家が舵取りをしても急速に良くなるわけではないが、少なくともこれ以上劣化させないことは出来る。今年6月に予想された総選挙は来年にのびる公算が大ということだ。誰が次のリーダーになるかわからないが、日本は先進国のなかで「文化」に税金を投入する割合がもっとも低い国として知られる。不名誉なことである。

■文化は国力の基礎であり土壌であるといってもよい。文化関連のことは短期で「成果」がでるものではなく、果実をみるまで時間がかかるので、民ではむずかしいものがある。だからこそ、国民からあつめた税金を有効に投入することが大事なのである。文化の基盤構築、土壌の涵養が、今ほど大事なときはない。その重要性に気づいている政治家もいて努力をしているようだが、数が少なすぎる。さて、本日は昼間みっちり執筆などの仕事をして、夕方銀座にでてスエーデン映画「ドラゴン・タツゥーの女」を見ようかと思っている。明日のブログで感想や批評など記します。
by katorishu | 2012-02-18 13:44 | 政治
 2月17日(金)
■2020年のオリンピックの開催地として東京が名乗りでることになったそうだ。テーマは震災復興を柱に据えた「ニッポン復活」で、2016年招致のときとの変更点として、メインスタジアムを東京霞ヶ丘競技場にして、ここを8万人収容できるオリンピック基準に改装するとのこと。招致委員会の会長は石原東京都知事。16年のときは同時期に名乗りをあげた博多でやったらいいのにと思い、東京開催には賛成ではなかったが、今回は考えを変えた。停滞をすこしでも打破するために、実現してほしいと思う。

■リーマンショックにつづく東日本大震災で、経済活動が停滞し、多くの国民の気持ちが縮こまっている。日本人はどうもロシア人同様メランコリックな気分に陥りやすい傾向がある。一歩まちがうと「鬱病」になる。鬱になるとすべてを悪い方、悪い方にうけとりがちで、そういう気分のところから建設的なことは何も生まれない。今、沈滞した空気を吹き飛ばす「何か」が必要なのだが、残念ながらこれといったものがない。2020年に東京オリンピック開催となれば、空気がすこしはかわる。

■開催にともないゼネコンや関連企業などが「甘い汁」をすうはずで、だから反対、もっと別のところにお金を使うべきところがあるだろう、といった反対の声も聞こえてくる。それも一理あるが、仮に一部の人や企業が多少「甘い汁」をすったとしても、開催を強く呼びかける人(石原知事)が気にいらないにしても、招致によって景気が多少でも回復し、多くの国民の気持ちが少しでも明るくなれば、それも悪くはない。オリンピックの開催には膨大な経費と膨大な数の人間の働きが必要であり、多くの雇用も創出されるし、経済も活性化する。昭和39年の東京オリンピックの時のような高揚感は期待できないにしても、少しは空気がかわる。ずるずると坂道を転げ落ちる日本にあっては、少しでも空気を変えることが大事なのである。沈滞した鬱の空気を吹き飛ばすこと。今の日本、すべてはそこから始まるといっても過言ではない。
by katorishu | 2012-02-17 08:52 | 社会問題
 2月16日(木)
■昨日は国会図書館での脚本アーカイブズ・シンポジウム。日本放送作家協会と国会図書館との共催であり、責任者の一人としてさまざまな人に対応する必要があり、緊張した数時間だった。脚本アーカイブズ、とりわけデジタル・アーカイブの意義と必要性について識者による討議が行われたが、まずは成功といってよいだろう、と自画自賛しておこう。300人が定員の国会図書館講堂には立ち見もでる盛況であった。1部は演出家の堀川とんこうさんの司会で、脚本家の山田太一さんや中園ミホさん、俳優の藤村志保さん、それに構成作家の奥山さんらによって、脚本家(構成作家も)と脚本との関係を中心にした討議。2部は長尾国会図書館館長はじめNHKの木田理事、近代美術館フィルムセンターの岡島主幹らによる討議。3者3様の傾聴に値する意見がだされた。

■間に近藤文化庁長官の挨拶をはさんで、2部の司会は、脚本アーカイブズの最大の理解者である吉見東大教授。吉見教授の「名司会」ぶりには毎度のことながら感嘆する。問題点を瞬時に把握し、簡潔に言葉にする抽象力と表現力は抜群で、ぼくがこれまで出会った人のなかで、ベスト3にはいる「頭のよい人」といってよい。シンポジウムがはじまる1時間前に館長室で行われた打ち合わせをうけて、吉見教授は即席にパワポでレジュメを作成し、2部の会場に流すという「離れ業」。短い時間内に多くをかたるため早口になるが、むずかしい問題をわかりやすく解説する手際は見事というしかない。大変わかりやすかった、と参加者からも好評であった。終わって赤坂見附で吉見教授らと少人数で簡単な「うちあげ」。途中でぼくは抜けだし、新橋で某大手出版社の編集者もまじえての打ち合わせ。以前からぼくが考えていたプランなどを披露。相手は20代、30代の「やり手」。フットワークがよく、飲み込みが早いので、トトトンと話がすすむ。時代は急速に動いているな、とあらためて思ったことだった。
by katorishu | 2012-02-16 07:51 | 文化一般
 2月14日(火)
■朝日新聞の夕刊で「沖縄の40年」を特集しているが、13日は「表現者たち」とサブタイトルをつけ、東峰夫さん(73)をあつかっている。東さんが沖縄が本土に復帰した1972年、『オキナワの少年』で芥川賞をとった作家であることを知る人はすくないだろう。米兵相手の商売で生計をたてる家庭の少年を描いた作品で、一種清涼感のただよう作品であった、と記憶する。

■最近の「芥川賞作家」のようにつぎつぎ本をだすこともなく、東峰夫という作家はその後、日雇いなどもしている、と週刊誌にでていた。40年たった今、東さんは東京・多摩地区の木造アパートに一人で住んでいるという。6畳1間で家賃3万5千円。生活保護をうけ、100円ショップのパンと缶詰で空腹を満たす、と記事は記す。

■芥川受賞後、東さんは「これからは書きたいものが書ける」と思った。聖書やユングに触発され、夢の話を書きたいと思ったが、編集者の要求するものは、「沖縄の現実」を描いた『オキナワの少年』の続編であり、夢の話など荒唐無稽であるとして、しりぞけられた。自説を主張する東さんは次第に出版界から遠ざけられ、結局この40年間でだした本は5冊。

■今も東さんは夢の本に固執しており、毎日見る夢の内容をメモしたノートが300冊ほどになったという。パソコンで打ち込んだ小説は8冊分になったとのことだが、出版するあてはない。日本には何千という出版社があるのに、1社ぐらい東さんの本をだすところはないのだろうか。記事の傍らに、未刊の原稿を手にした、人の良さそうな東さんの写真が載っている。東さんの夢の話をぜひ読んでみたいし、ドラマなりドキュメンタリーにしたい、と思ったりした。
by katorishu | 2012-02-14 02:44 | 文化一般