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 9月29日(土)
■昨28日より朝日新聞のWEBRONZAで「昭和エロ・グロ・ナンセンスに見る現在」というタイトルで、新連載がスタートしました。関東大震災後の昭和初期の世相と東日本大震災後の世相が酷似している観点から、日本および日本人について語っていこうというもの。盛り場をはじめ映画演劇、文学、奇人変人、モガモボなどの生き方、猟奇犯罪、古事記や源氏物語等々、エロ・グロ・ナンセンスの系譜などを取り上げます。
昭和初期の社会の実相にせまることで、出口の見えない今の時代閉塞感からの脱出のヒントを得られるはず、と思っています。

■冒頭、「エロ・グロ・ナンセンスを語ることはマス(大衆)をかたることである。そして、マスこそが社会を動かしていく」と記しているように、どのような体制であれその社会の空気はマスがつくりだし、その空気が良くも悪くも時代の形を決めて行く、と思っています。

■ へーと思われるかもしれませんが、現在大流行のAKBやテレビバラエティなども、みんな昭和初期のエロ・グロ・ナンセンスに原点があります。いずれにしても、なるほど昭和初期とはこんなに「モダン」で、アメリカ的で、なんだ今と同じじゃないか、と驚かれるかもしれません。

■WEBRONZAは朝日新聞が2年前に創刊したWEBのオピニオン誌で以前は紙の雑誌でした。紙のころ「妖花」を連載したことがあります。
今回はほぼ週1回掲載の予定で、おそらく1年を超える長期連載になるかとおもいます。サイト内の「スペシャル」のコーナーです。
無料でもある程度よめますが、全部よむには有料会員になる必要があります。いろいろな分野の専門家が問題を掘り下げて解説や論考を提示しており、読み応えのあるサイトかと思います。
by katorishu | 2012-09-29 10:37 | 文化一般
 9月27日(水)
■ボーダレス化が進んだとはいえ、文化の違いはそう簡単にはなくならない。逆に価値観に違いがあり齟齬があるからこそ面白いといえなくもない。9月22日、アメリカのロサンゼルス・タイムズが「語り方の違いから来る文化の衝突」と題した記事で、中米合作映画の問題点を指摘した。

■『脚本家兼監督のダニエル・シャが今年8月に中国で公開された映画「シャンハイ・コーリング」(中国題名・紐約在上海)を撮影したときは大変だった。中国の審査機関と何度もやり取りをし、脚本を書き換えなくてはならなかったのだ。とりわけ主人公の体験を描写する部分は簡単ではなかった。ふつう米国の映画では、主人公は挫折と紆余曲折を経て最終的に立派な人物になる。対して中国の主人公は生まれつき立派な人物であって、ストーリー展開に伴う精神的肉体的変化が乏しいのだ。シャに言わせれば「アメリカのヒーローは自ら面倒を引き起こし、中国のヒーローは職務を履行している」のだ』
 なるほど。

■語り方について、両国の文化間でいぜんとして大きな差があるということだ。今年、アメリカ映画は中国での興行成績が大変よかった。好調すぎて中国政府に配給制限をかけられたほどだという。合作にすれば制限を受けないため、合作作品をアメリカは増やしたい意向だが、文化の差はそう簡単に埋まらない。

■アメリカの映画制作者は、中国が映画を輸出したければ伝統的なストーリーの語り方を見直す必要があると強調する。いずれにしても、やがて世界一の映画大国になる中国である。今後輸出をふやすために西洋式の要素をとりいれていくことになる、と関係者は予想する。ただ、西洋の物まねになって、伝統を簡単に捨てるようなことはしないほうがいい。
by katorishu | 2012-09-27 00:24 | 映画演劇
 9月25日(火)
■ずっと都内暮らしだが、一度8階のマンションに住んだほかはずっと1階に住んでいる。もっとも木造ではなくコンクリートの塊の中であるが。べつに高所恐怖症があるわけではないのだが、高層ビルはとうも落ち着かない。人は鳥でも雲でもないのだから、しっかりと地面に足をつけて生きる。それが「まとも」というものである。

■渋谷駅の周辺の開発が急展開で進みつつある。今年の春には渋谷ヒカリエがオープンしたが、まだ一度も足を運んでいない。これをきっかけに、東急グループが総力あげて渋谷駅の大改造プロジェクトをスタートさせるそうだ。2026年まで取り組む「100年に1度の大事業」ということ。柱となるビルは地上43階建て(高さ約230メートル)の高層ビルをで、そこを中心に3棟のビルが建つという。事業規模は約2000億円。

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by katorishu | 2012-09-25 00:21 | 文化一般
 9月23日(日)
■現代、世界の超大国といえば、アメリカと中国といってよいだろう。中国内での驚くべき経済格差とメディア規制は論外だが、アメリカもますます「超格差社会」になっている。サブプライムローンの破綻やリーマンショック後、失業者が増大し、企業業績も悪化、「金融帝国」アメリカの国際社会での存在感は急激に薄くなっている。ソ連崩壊以後、アメリカの「一極支配」がいわれたが、今や世界は「多極化」しつつあり、アメリカの世界での存在感、影響力は弱まる一方――というのが大方の情報アナリストの見方である。

■さて、このところ、一部ネットで話題になっていることがある。アメリカ大統領選挙の共和党候補のロムニー氏の資金集めの会場での発言だ。「米国民の47%を占める非納税者は、何があってもオバマ大統領を支持する。 彼らを気に掛けるのは私の仕事ではない」と語ったというのだ。リベラル系の「マザー・ジョーンズ」誌が9月17日、ロムニー氏の演説の映像を隠し撮りし、ネット上に公開したことで拡がった。

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by katorishu | 2012-09-23 18:37 | 政治

親切で優しい日本人

9月22日(土)
■尖閣諸島をめぐって日中が対立し、とくに中国での反日運動は暴徒化した。テレビで世界に流れる暴徒の映像は、この国がまだ「後進国」であることを図らずも世界に示すことになった。一方、日本ではおおむね冷静で、この国が成熟期にあることを示した。金持喧嘩せずといわれるが、日本の若者は「金持」でもないのに喧嘩をしない。これはこれで、問題ではあるのだが、まずは美点として褒めておこう。

■日本人は世界でも稀に見る「親切な国民」であるなと感じることが多い。江戸末期、日本にやってきた外国人が一様に日本人の礼儀正しさや親切心を称賛している。その伝統はいまも脈々と受け継がれているのではないか。国会図書館によくいくが、デジタル化がすすみ日本人でも、慣れないとまごつくことが多い。そんな人のためにずらっと並んだパソコンの脇に「説明係」がいて、親切に教えてくれる。

■説明員には女性が多いが、特に外国人に対する説明が懇切丁寧を極め、ほんとうにかゆいところに手の届く印象で、感心する。繰り返し念を押し素朴な質問に言葉をつくして答えるのである。国会図書館が例外なのではなく、街の図書館でも、他の施設でも親切に答えてくれる人が多い。もちろん、日本人のなかには、欧米系ではないアジアアフリカ系の外国人を蔑み、不親切な人もいるが、ぼくの目にする限り親切で優しい日本人が圧倒的に多い。

■これは日本人として誇るべきことである。ただ、現実に接すると親切なのに、ネット上となると、あからさまに罵倒し嘲る言葉が氾濫している。この落差に戸惑うこともあるのだが。経済的には衰退の傾向にあり多くの問題を抱えている日本。懸念材料ばかりだが、まだまだ本来の優しさ、親切心がしっかり根っこに残っている。これは充分誇っていいことであり、ややホッとする。さて本日はぼくの誕生日。「年は忘れること」にしているので、特に感慨もないが。
by katorishu | 2012-09-22 10:05 | 文化一般
  9月19日(水)
■映画『ドリームハウス』(原題:DREAM HOUSE)のマスコミ試写を見た。ダニエル・クレイグ主演、ナオミ・ワッツ、レイチェル・ワイズ出演の〈ヒューマンサイコスリラー〉で、監督はジム・シェリダン。脚本はデヴィット・ルーカ。主演のダニエル・クレイグは「ドラゴン・タツーの女」で好演した演技派の役者。

■ウイル・エイテンテンは編集者をやめ小説家として再出発するため、田舎に買ったマイホームで美しい妻や二人の愛らしい娘と暮らしはじめるが、不幸な出来事に相次いで襲われる。当人の理解に苦しむ出来事で、観客にとってもかなり不可解。リアルと非リアルを巧みに交錯させた構成で、かなり怖い展開。ジム・シェリダン監督は、脚本を読みとても気に入った、説得力があった、と初のスリラー作品をとった動機を語る。

■ジム・シェリダン監督はこう語る。「僕は優れた脚本を探していただけなんだ。あるいはいい物語をね。いい物語を見つけるのはとても難しい。いいプロットは見つけられるが、いい物語といいプロットは違うんだ。いい物語はテーマとアイディアだし、プロットとは一連の出来事だ。この脚本には優れたテーマ性と優れたアイディアがあった。」
なるほど。脚本家として、心に沁みる。

■さて、当の作品である。現実と非現実が入り混じり予想もつかない展開になり、十分すぎるほど「怖い」のだが、はしょりすぎなのか、リアリズムに馴染んでいるぼくには、ちょっとついていけない部分もあった。大きな飛躍はいいのだが、無理があると思ってしまう。もっとも、よくあるサイコホラーとはちがい、映像もとくに凝ったものではなく、ハリウッド映画にありがちの華麗さ豪奢さとは無縁。92分と短いのもいい。2012年11月23日よりシネマサンシャイン池袋で公開。単館上映で、順次全国公開する。
by katorishu | 2012-09-19 15:54 | 映画演劇
  9月17日(月)
■敬老の日。65歳以上の国民が3000万をこえ、ほぼ4人に一人が「高齢者」となる。「高齢者」といっても人生50年と言われた時代とは違い長寿が当たり前の今、7掛けでみるのが良いのではないか。つまり60歳なら60×0・7=42歳というものである。70歳なら49歳。まだ若い。
それはさておき、尖閣諸島をめぐる問題で日中関係がきしんでいる。

■1972年の日中国交回復以来最大の危機といってよいだろう。領土問題は歴史上、戦争によってしか解決しないといわれる。国益と面子にナショナリズムが加わると、お互い熱くなる一方で、話し合いで解決できなくなる。領土問題では当事国が絶対に自分のほうが正しい、悪いのは相手だと信じ込んでいる。日本人の立場にたてば当然、尖閣諸島は日本のもので、中国は不当である。竹島問題も北方領土問題も同じ。

■国交正常化の段階で、領土問題は厄介であるからこそ「棚上げ」という「大人」のやり方で、あえて事を曖昧にした。結論を出さずに避けて通ってきたのだが、「勇ましい知事」などが、中国の反日勢力の挑発に見事のってしまった。外交では勇ましい言動は、国内での一時的な人気は得られるものの、良い結果をもたらさない。それどころか、しばしば国益を大きく損なう。

■中国では次の国家指導者をめぐり「北京派」と「上海派」との間で暗闘が繰り広げられているようだ。一方、国内の貧富の差は広がる一方で、地方の農山村などで年間万単位の数の暴動が起こっている。急激な発展の歪みから、多くの国民の欲求不満はたまり既に限界にきている。尖閣問題は、彼らの欲求不満に絶好のはけ口を提供した。一旦火のついたナショナリズムはそう簡単に消せない。よほど老獪で柔軟な「大人」の対応をとらないと、厄介な事態になる。経済の相互依存を強める日中である。この騒動で、また一段と景気は悪化するに違いない。「希望は戦争」などという事態にならないことを祈りたい。
by katorishu | 2012-09-17 10:22 | 東アジア
9月14(金)
■昨日、映画「ミステリーズ 運命のリスボン」の試写をみた。4時間26分という大長編映画で、途中10分の休憩があったものの、見終わるまでかなり根気がいる。監督はチリ生まれでフランスでの評判の高いラウロ・ルイス。2010年フランスで公開され1年間の異例のロングランを続けたそうだ。ラウロ・ルイス監督は世界文学の傑作であるプルーストの「失われた時をもとめて」を映画化している。大長編小説なので、その中の一節の「見出された時」を映画化した。この作は日本でも公開された。カトリーヌ・ドヌーヴがでていたので見なくてはと思ったが、見逃していた。ルイス監督は一部のフランス映画ファンには知られているものの、日本ではあまり馴染みがない。比較的映画好きの僕も、じつはこれまで一度もルイス作品を見たことがなかった。

■4時間以上の作品はしんどいと思って試写の案内がきても行かなかったのだが、最終日にたまたま時間があいたので六本木シネマートに足を運んだ。「運命のリスボン」は「ロマン主義最大の作家」カミロ・カステロ・ブランコの小説をもとに映画化したもので、「ゴシックロマン」の範疇にいれてよいだろう。ルイス監督は完成後間もなく2011年70才で亡くなった。事実上の遺作である。

■19世紀前半の激動するヨーロッパ情勢を背景に、リスボンの修道院に身を置くジョアンという少年の出生の秘密を解き明かす展開で、さらに複雑な人間関係が描かれる。ミステリーという単語がタイトルにあるので「謎解き映画」の変種かと思ったが、ちがう。ポルトガルの貴族社会に生きる人間の苦悩に深く重くせまる作品で、演劇的要素が濃い。いわゆるハリウッド的エンターテイメントとは対極に位置する。お客への「サービス」など顧慮しない作りはかえって新鮮でもあり、さすがフランス映画と思った。人間を深く重く描く「純文学」に近い。

■エンターテイメントを期待して見に行ったらおそらく「退屈」と思う人も多いに違いない。ところどころシュールなカットもあり、「紙芝居」のようなカットが効いている。ハリウッド映画のパターン化されたハッピーエンドの作に食傷気味の人には、お勧めの映画である。10月13日よりシネスイッチ銀座で公開。
by katorishu | 2012-09-14 11:30 | 映画演劇
9月11日(火)
■歌手で女優のマドンナが脚本・監督の映画「ウォリスとエドワード」の試写を見た。「英国王冠をかけた恋」とサブタイトルにあるように、1936年イギリスのエドワード8世が民間の人妻と結婚するためイギリス国王の座から退位するという「大騒動」と、現在のニューヨークに住み夫との不調和に悩む医師の妻の物語を巧みにリンクさせた作品だ。

■エドワード8世の恋については、夫がありながら英国皇太子にひかれていくシンプソン夫人の微妙な心情に焦点をあてる。一方、現在のニューヨークに住みシンプソン夫人にシンパシーをよせる女性の悩みが並行して描かれる。彼女のかかえる夫との不和、博物館警備員の男との恋物語が、シンプソン夫人のいわば「不倫の恋」と巧みにリンクされ、華麗な描写で最後まで引っ張っていく。マドンナの監督作品を初めて見たが、巧みな映画技法には感嘆した。

■世紀の恋に関連する品物をサザビーのオークションにかけるシーンなど小道具の使い方がうまい。巧緻という言葉がぴったりの緻密な構成には驚く。2時間が短くかんじられた。なにより「大人の恋」の趣があり、お涙頂戴でないところがいい。音楽も秀逸。マドンナファンはもちろん「恋愛映画」ファンにはこたえられない逸品だろう。2012年11月公開とか。
by katorishu | 2012-09-11 17:31 | 映画演劇
 9月7日(金)
■母校の都立国立高校の文化祭に顔をだした。3年生全員が参加するという演劇をぜひ見て欲しいと以前から、同窓生や校長にいわれていた。(以前ちょっとした講演をしたもので)。今回は同窓生の招待枠があるというので見に行った。3年の6クラスがそれぞれ独自の舞台を手作りでつくりあげ、高校演劇のレベルを超えていると聞いていた。ひさびさに降りた国立駅。駅からまっするにのびる広い大学通りは緑が多く都内でも有数の見栄えのする通りだ。そこをゆっくり歩きつつ、しばし往事を懐古した。

■ホールや講堂でなく、普通の教室でやるというので、ちゃちな学生芝居かなと思っていたが、ちがう。教室がちょっとした「小劇場」の空間に生まれかわっていて、芝居もなかなかのもの。6つの演目を同時にやるので1つの芝居しか見ることができなかった。ぼくの見たのは『フライパンと拳銃』という喜劇仕立てのミステリアスな物語。地方都市にある葬儀屋が舞台で、遺体のない奇妙な葬儀がはじまり、謎が謎をよぶ展開。主人公の青年はじめ親父役、母親役とも味をだしていて楽しんで見ることができた。

■オーバーアクションをすこし抑制して、緩急をつければもってよくなったかなと思ったものの、予想にたがわぬかなりレベルの高い芝居。下北沢あたりで金銭をとって演ずる小劇場の芝居とくられべても、あまり遜色はない。なにより、3年生全員がなんらかの形で関わるというのがいい。構内に熱気があふれており、満員札止めもでるとのこと。ウイークデーの昼間なので、観客は生徒のお母さんらしい人が大半のようだった。都立高校のなかではいわゆる「受験校」だが、受験勉強は一時わきにおいて、こういう文化芸術活動に熱をいれている学校の方針には敬意を表したい。
by katorishu | 2012-09-07 23:43 | 文化一般