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10月31日(水)
■作家の藤本義一さんが亡くなられた。数年前から体調をこわしていると聞いていたが、まだまだ活躍できる方と思っていただけに残念である。藤本義一さんは直木賞作家として著名だが、テレビ創成期はテレビドラマの脚本を旺盛に書いていた。なぜ小説をかくようになったか。8年ほど前であったろうか、西宮市の閑静な住宅街にある自宅にお伺いして話をうかがった。

■「放送人インタビュー」をぼくの提案で放送作家協会で行うことになり、放送作家協会の大阪支部長の藤本義一さんにテレビ創成期の話をきくことになったのである。テレビ草創期は、関西圏のテレビ局も独自のドラマ番組をつくっていて関西在住の脚本家にも仕事のチャンスがあった。それが「中央集権化」の進展とともにテレビも東京一極集中となり、仕事が減って行った。そんなおり、読売テレビから「イレブンPM」の司会をやらないかとの打診があった。

■当時は作家がお色気の濃い深夜番組の司会をやるなんて、と強い批判もあったようだ。当然ドラマ脚本の注文も激減した。だったら小説をと藤本さんは発奮して、小説書きに重点をおき「鬼の詩」で直木賞を受賞。以後は小説書きをメインの仕事とされてきた。一方、根っこは脚本家なので、放送作家協会の大阪支部長を長くつとめられ「心斎橋大学」など、いかにも大阪らしい独自のイベントを中心になって実施し、多くの放送作家作家ほかの後進を育ててきた。

■8年前のインタビューの際、「テレビはもうダメだね」と語られた言葉が印象に残っている。ぼくも同意見であったので、しばらくテレビ批判をやった。テレビで禄を食んできたぼくなど、天に唾するようなものだが、まさに実感であった。当時にも増して、今はテレビがダメになっている。草創期に見られた活力あふれた人材は、優等生ばかりが集まるところには生息できないのである。テレビ創成期を担ったのは、文学や映画、演劇からはみだした「あぶれもの」が多かった。「あぶれもの」こそが新しい文化 ・芸術をつくっていく。
亡くなられる前にもう一度、藤本義一さんのお話を聞きたかった。残念である。合掌。
by katorishu | 2012-10-31 08:51 | 映画演劇

鬱には落語がきく

 10月29日(月)
■いろいろな事があって脳が疲労し、少々鬱の気分になっている。こんなときは何にもしないで、離島にでもいって、一週間ほどぼやーっと過ごすのがいいのかもしれない。しかし、そんな時間の余裕もないので、久しぶりに寄席にいった。新宿末廣亭。ここには、いまだ寄席の古い雰囲気がのこっている。夜の部の中入りまで2時間ほど、落語や切り紙、講談などを、ぼんやり見続けた。最初は話にのっていけなかったが、中堅、ベテランなどが登場するうち、寄席の空気に心身がなじんでいく。

■一瞬、平成の時代を忘れ、昭和の時間の流れに身をおくような錯覚さえ覚えた。落語の柳家小ゑん、紙切りの林家正楽、そして落語の柳家さん喬など。独特の芸を見せてくれた。客の入りは3割ほどか、ちょっと寂しいが、ウイークデーの明るい時刻ではまあまあの入りなのではないか。10人ほどの団体客がきて、脇の桟敷席で弁当を食べながら見るというのも、古いタイプの寄席ならではの光景だ。初老と見受ける客がもっとも多いが、若いカップルなども。こういう場が東京でも、数えるほどしかないのは、寂しい。テレビなどの聴覚と視覚の「2感」で味わうメディアとはちがう、肌触り、ぬくもりといったものが、寄席にはある。こういう場所がもっと増えたら、ぎすぎすした世の中も多少は暮らしやすくなる、と思うのだが。
by katorishu | 2012-10-30 00:07 | 映画演劇
10月26日(金)
■ハリウッド映画『ラルゴ』を見た。1979年、イランのテヘランにあるアメリカ大使館がイスラムの過激派に占領された。そのとき大使館からカナダ大使館に6人のアメリカ人外交官が密かのがれた。その事実が過激派わかれば、彼らは殺されかねないし、他のアメリカ大使館にいる外交官の命にもかかわる。カナダ大使の協力のもと、この6人を、どのようにして救出しアメリカに無事連れ戻すか。極秘にCIAの救出作戦が寝られる。その作戦の実行責任者の諜報員の立場から描くサスペンス。

■さまざまなプランの中から選ばれたのは、ハリウッド映画の「フェイク映画」の撮影隊がイランでロケをするという設定をつくり、ハリウッドの映画関係者に協力をもとめる。フェイク映画のロケハン、シンハンのスタッフがイランを訪れ、6人の身分証明書を偽造し、イラン警備陣の裏をかいて作戦を成功に導く。
実際にあった話をもとに作られた映画で、当初はこの救出作戦はアメリカ映画政府極秘事項であったが、18年たって解禁となった。

■冒頭からドキュメントタッチの緊迫したシーンの連続で、惹きつけられた。CIA賛歌は気になるものの、登場人物たちの人物造形が的確であり、ハリウッド映画関係者に「フェイク映画」を作らせるアイディアは秀逸で、最後まで目を話せなかった。アメリカ映画ならではの撮影技術。そして、多数のイラン系の人間を動員し臨場感をもりあげていくところなど見事。残念ながら日本映画は足元にもおよばない。『ザ・タウン』などのベン・アフレックが、監督、製作、主演を努めた。
いずれ同じような事件が、日本の近隣諸国でも現実になる可能性もある、と思いつつ見た。
by katorishu | 2012-10-27 12:08 | 映画演劇
 10月25日(木)
■老若男女がほどよく入り交じった社会、組織、会社などが理想なのだが、最近どうも若者は若者だけ、老人は老人、女性は女性、男性は男性だけで固まりがち。男女間の距離より、むしろ中高年と若者の距離のほうが離れていることもしばしばだ。考え方、感じ方がちがうから一緒にいたくないといった傾向も強い。新しいことにチャレンジする人も減っている。

■率直にいって民族の力の低下でありる。この傾向が続くと日本は急速に沈む。昔は大家族が普通であったから、ごく自然に老若男女がひとつ屋根の下で暮らし、お互い刺激し合ううち、いろいろのことをちがった価値観の人から受け取ることができた。それが人の活力になっていたのだが、年々、老若男女が一緒になる機会が減っている。気心の知れた同士は、安心が得られ、ある種心地よいのかもしれない。しかし、ここからは何も新しいものは生まれない。異なった価値観がぶつかりあい火花が散るところから、なにか新しいものが生まれるのである。

■ぼく自身、老齢で男なので、反対の、若者、そして女性となるべく接するよう努力はしている。多少ギャップのある人といると、それなりに緊張もするし、なにかしら発見がある。一方。同世代で同性の見知った同士の集まりでは、安心は得られるにしても、刺激がほとんどなく、脳細胞も活性化しない。街に老若男女が気軽にたちよれて話をしたりできる「場」ができるといいのだが。今後急速に進む少子高齢化社会に、政府も行政も場当たり的対応しかしていないが、この対応を誤ると、将来の日本はかなり悲惨な社会になる可能性大だ。。
by katorishu | 2012-10-26 00:03 | 文化一般
 10月22日(月)
■二ヶ月ほどまえスポーツサイクル自転車を買ってから、雨の日以外はほぼ毎日自転車にのる。それなりのスピードがでるし、なにより人力で動かすので、運動になり、一走りしたあと爽快な気分になる。たいていは午前中に乗るので帰ってビール一杯とはいかないが、自転車にのるようになって身体がすこし引き締まったという気がする。

■最近自転車に乗っているひとが多くなった。いわゆるママチャリも多いが、スポーツサイクル型の自転車を乗りこなしている人が増えた。スポーツサイクルに乗っているひとは、男女を問わず例外なく筋肉が引き締まり、格好がよい。過日も旧東海道を品川から大森まで走ったが、前を行くスポーツサイクルに乗った青年の足腰の見事さに、しばし見ほれた。自転車で相当鍛えたのだろう、まったく無駄な脂肪がなく、筋肉が躍動して、格好がよい。

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by katorishu | 2012-10-22 21:50 | 文化一般
10月20日(土)
■蓼(たで)食う虫も好き好きという言葉があるが、人の好みはじつにさまざまである。過日、創作の分野で仕事をしている30代半ばの女性5,6人ほかと「勉強会」を開いた。雑談にうつり、NHKのテレビ小説に話題がおよんだ。テレビ自体をあまり見ないぼくは時折、ちらっと見た程度だが、「カーネーション」がもっとも面白いのではないかと思った。その点では皆さんの意見が一致したが、現在放送されている作品については否定的な意見が多かった。一人、テレビ小説がこんなに面白いとは思わなかったと30代半ばの女性が発言した。

■他の人が、ここが駄目というところが、逆に面白いという。このことで思い出したことがある。以前、創作テレビドラマ大賞の「統括」の役割を担っていて、最終選考会の司会をやったり、途中の審査で最終審査作品を選ぶ作業をしたことがある。何年か続けたのだが、驚いたことがある。受賞するとしたらこれだなと思って選考会にのぞんだところ、他の選考委員は否定的。最終選考にはNHKのプロデューサー、演出家が5人、ベテランの脚本家が5人ほど出るのだが、1,2作に評価が集まることは希で、たいてい評価がばらばらになる。驚くほど評価がまちまちで、最初は驚くと同時に、大きな発見でもあった。

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by katorishu | 2012-10-20 09:00 | 映画演劇
10月17日(水)
■昔、八王子から渋谷にある某テレビ局に通っていたことがあった。生活が不規則で夜はタクシーで帰る事も多かったが、たまに早朝の電車にのると、時によって1時間以上立ちっぱなし。若かったが、疲れた。40度の熱をおして「現場」にいったこともある。それでも当時のマスメディアにはまだ志のある有為の人も少なからずいた。話をしていて面白いし、時に喧嘩になったりもし、羽目もはずしたが、それで咎めを受けることもなかった。世の中全体にアバウトなところがあり、それが救いになっていた。

■それに比べて今は、なんといってよいやら。正直いって今の日本社会は嫌いである。出来れば海外に移住して、もう帰らなくてもいいと思うこともある。しかし、憂き世の因縁もあって、死ぬまで日本で暮らすしかない。健康にとくに問題がないと思っていたのだが、最近ある症状がでて、気になるので御成門の近くの慈恵医大病院に朝からいって診療をうけた。医者にほとんどかかったことがなく、保険料をいつも払いっぱなしだが、久々に恩恵をこうむった。待合コーナーはどこも患者で一杯。心身に故障のある人がそれだけいるということである。高度な医療のおかげで長生きができるのだが、ただ物理的にだらだらと長く生きることが、そんなに良いことなのか、ときどき疑問に思うこともある。短くも激しく燃焼させる人生があってもいい。動物園の檻の中の動物のように、ただのんべんだらんと生きているなんて生きるに値しない、などと未だ少年のような青臭いことを考えている。さて来月にMRなどの検査。どうなりますやら。

■暢気にやっているようでいて、原稿も思うようにすすまないし、結構ストレスをかかえているのです。神経はだいぶ太くなり、睡眠薬なしでも眠れるようになったが、さまざまなストレスが去らない。山あり谷ありを、難儀と思うのではなく、登山家のように楽しまないと、人間やっていられない。本日病院でもらった薬を飲んだので、急に眠くなった。さて明日は乃木坂でこちらが主催する研究会。昔の教え子ほか若い人たちと接して意見交換をするだけで、こちらも多少は若返る。
by katorishu | 2012-10-17 23:44 | 個人的な問題
10月16日(火)
■この日録毎日記そうと思うのだが、時間に追われたり、書きたい素材がなかったり、書くには差し障りがあったりで、間遠になってしまう。とにかく秋である。芸術の秋、なのか。毎日のように映画や演劇のお知らせや招待状が届く。仕事がら映画・演劇・マスコミ関係者に知り合いが多いので、そういうことになる。催しの知らせは、以前よりだいぶ減ったが、それでも10月半ばから11月にかけて10くらいの催しの案内が届く。知り合いが創ったり、出たりしているので、できれば全てに顔を出したいのだが、時間がないので、見にいくのは、せいぜい3つほどか。

■みんなそれなりに頑張っているし、文化・芸術は多彩だなとあらためて思う。人はパンのみに生きるにあらず、また金儲けのために生きているわけでもない。ぼくとしては、あまり金にもならないことに、大きなエネルギーを注ぎ、一種物狂いになっている人を、評価したい。昨夜寝床で『「狂い」のすすめ』(ひろさちや著)に目を通した。人生に意味なんてありません。「生き甲斐」なんてペテンですと帯に記されている。冒頭、室町時代に出来た『閑吟集』の有名な言葉『何せうぞ くすんで 一期は夢よ たゞ狂へ』をひろちさや氏は紹介する。人間の一生なんて夢でしかないのだから、「ただ狂え」「ひたすら遊び狂え」というのである。これは庶民の願望であり、むしろ現実と戦うための思想的根拠であり、武器である、と著者はいう。床のなかで続きを読む、それが今夜のささやかな楽しみである。
by katorishu | 2012-10-16 01:50 | 文化一般
10月11日(木)
■マンガしか読まないという首相がいて、当時はマンガは活字文化の敵に近いと思っていたので、マンガそのものを嫌悪していたことがある。子供のころはマンガ大好きで、マンガをとにかくよく読み、見た。今とちがって国民のほとんどが貧乏で、物資がとぼしく、子供が自分の欲しいマンガを手にいれることは、そう簡単ではなかった。そんななか、子供のころ我が家には毎日のように10数人の子供がやってきて、縁側で我が家にあったマンガの単行本を読みふけっていた。20人をこえたときもあり、縁台をだしてそこで読んだり。長屋の子供などもいて、マンガを買ってもらえなかったのだろう。なかにはこっそり盗み出す子もいたが、とくに注意もしなかった。

■中学にはいって、活字本の魅力にとりつかれ、交友関係もかわったので、自然、マンガから遠ざかった。以来、たまにちょっと目にするくらいでマンガから離れる生活をしてきた。ドラマ原作にマンガが多くなったり、週刊誌にマンガの連載が増えたり、一方で「活字離れ」がいわれ、この傾向を困った状況と本気で思っていた。
 それが最近、マンガ関係者と意見交換をすることが多くなり、マンガそのものはもちろん、マンガについて書かれた評論そのほかに接するうち、マンガをあらためて見直した。

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by katorishu | 2012-10-11 15:41 | 文化一般
   10月8日(月)
■フランス映画「最強のふたり」を日比谷の東宝シネマズで昨夜見た。珍しく満席で、中高年が多いのかと思ったら、案に相違して若い男性が多かった。若い女性も。良い傾向だ。首から下が麻痺した大富豪と介護士として雇った貧乏で粗野な黒人青年との、笑えて涙し、パワーを与えてくれる物語で、面白かった。

■エリック・トレダノとオリビエ・ナカシュの共同監督。実話に基づく物語で、フランスではほぼ3人に1人が見たという。ヨーロッパで空前のヒットを記録したそうだ。アメリカナイズされた日本ではあまり話題にならないが、それでも口コミで広がっているようだ。特に黒人青年を演じるドリス役のオマール・シーがいい。明るく屈託なく、無軌道なところがあるものの、根は優しい。こんな青年がいたらいいな、でもいないだろう、いや、しかし、いるかもしれない、と思わせてくれる。見事な描写力に感嘆した。月並みな言い方だが「人間すてたもんじゃない」と感じさせてくれ、勇気づけられる。

■ 大衆娯楽のセオリーに従って作られた極上のエンターテインメント作品といっていい。いわゆるフランスものに有りがちな「ひねりすぎ」「芸術過多」「難解さ」とは無縁。それが大ヒットにつながったのだろう。
毎度感じることだが、こういう映画が単館上映なのは日本の悲しい現実である。この問題、もっと「見巧者」が増えてこないと解決されない。それと、やはり配給システムの問題だ。ともあれ時間のある方はぜひ!
by katorishu | 2012-10-08 10:05 | 映画演劇