カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

<   2012年 12月 ( 11 )   > この月の画像一覧

12月31日(月)
◼大晦日である。1年を振り返って今年は良い年であったと心から思える人はどのくらいいるであろうか。10人に1人いればよいほうではないか。高度成長の時代、国民の9割ちかくが「中流意識」をもっていたが、現状をみると、どこの国のことかと思えてしまう。

◼日々喜怒哀楽があって、良いと思えれば良いし、悪いと思えれば悪いといってもいいが、総じて良い年であったと心から思えるひとが、すくなくとも僕の目にする限り少なすぎる。逆に最悪であったと思えるひとも、それほど多くはない。それがわずかに救いである。さて2013年はどういう年になるのか。安倍政権が舵取り役になるが、旧来の自民バラマキ政治になる可能性も。経済は一時的にカンフル剤を打った時のように上向くかもしれないが、中間層が疲弊したままでは、まさに一時的な効力でしかない。一方で公務員改革等が進むのか。こちらもあまり期待できそうにない。

◼少子高齢化が進む一方であるし、社会の運用システムを根本的に変えない限り多くの人が幸せに暮らせる可能性は少なくなるばかりだ。弥縫策では、近い将来大変深刻な事態になる。すでに手遅れの印象だが、まだ回復の根はある。そのために大事なのは文化の土壌を肥やすこと。一見遠回りのようだが、これが基礎の基礎の基礎。近代日本の歴史をじっくり読んで欲しいものだ。過去に多くのヒントが転がっている。

◼「知」が軽視され、幼稚化が進む傾向からは、日本の発展は望めない、と断言してもいい。このままだと、日本は当初ゆっくりと、5年10年後くらいから一気に劣化の坂を滑り落ちる。綺麗な花を咲かせ豊かな実を実らせるには「地(知)」を肥やさないとどうにもならない。日本は今そういう時にきている。
by katorishu | 2012-12-31 22:35 | 文化一般
12月30日(日)
◼先日「評判の」ハリウッド映画『レ・ミゼラブル』を有楽町で見た。 ヴィクトル・ユーゴーの小説を基に、世界各国でロングラン上演されてきたミュージカルの映画化である。『英国王のスピーチ』でオスカーを受賞したトム・フーパーが監督。

◼パンを盗み19年も投獄されたジャン・バルジャンの波乱に満ちた生涯を描いたものだ。原作を昔読んだ気がするが、詳細はおぼえていない。こんな展開だったかなと思いつつ見た。エンターテイメントの骨法にのっとった展開で、最後まで引っ張って行く「腕力」は、さすがハリウッドである。

◼ミュージカルでは『オペラ座の怪人』がナンバーワンとおもっているので、どうしても比べてしまう。率直にいって『オペラ座』を超えるものではなかった。大音響の設備をもつ映画館で見たのでそれなりにたのしめたが。近頃珍しくほぼ満席。あらためて、音楽、それも歌の持つ強さに感嘆する。

◼以前一度、ミュージカルの作・演出を試みたことがある。予算が少なく二期会のオペラ歌手に「お友達ギャラ」ででてもらったり苦心惨憺して幕をあけた。公演は埼玉芸術劇場で一日きり。この時、音楽それも歌唱のもつ力を実感した。『レ・ミゼラブル』をみて、もう一度ミュージカルに挑戦して見たい意欲にかられたが、相当の自腹を切らなければならないので、ま無理でしょう。
今年も残り少なくなりました。風邪など引きませんように。
by katorishu | 2012-12-30 08:58 | 映画演劇
 12月25日(火)
■本日も国会図書館で調べもの。最近、アメリカのテレビドラマを何本か見た。例えばまさに息もつかせぬという緊張感のうちに物語が展開する「ライ・ツー・ミー(原題:Lie to me)」(1話45分の読み切りドラマ)。人の嘘を読め、嘘には真実があるという強い自信をもった分析学者を主人公にしたドラマだ。
『精神行動分析学者であるカル・ライトマンが、「微表情」と呼ばれる一瞬の表情や仕草から嘘を見破ることで、犯罪捜査をはじめとするトラブル解決の手助けをする姿を描く。主人公であるカル・ライトマンは、実在の精神行動分析学者であるポール・エクマンをモデルにしている。実際にエクマンが体験したことが、そのまま主人公の過去として描かれている部分がある』とのことだ。

■ハリウッド映画はよく見るが、これまでテレビドラマはあまり見ていなかった。若い人から面白いものが多いと聞いていたので、レンタル店でDVDを借りてきて見たところ、思っていた以上に「濃い内容」のドラマが多く驚いた。日本であったら2時間ものの長さの物語を45分に圧縮し、くだくだした説明なしで、ハイテンポ、リズミカルに展開させる。脚本はもちろん、演出の切れもよく、役者の演技も比較にならない。

■主人公のカルを演じるのはティム・ロス。相棒の女性共同経営パートナーのジリアンを役はケリー・ウィリアムズ。1話にふたつの物語が含まれるケースもあり、べつべつの展開をしながら底ではつながり、余韻を残す。とにかく、数秒でも「飽きさせない」ハイテンポな造りで、最後まで引っ張っていくスキルは相当なものだ。社会派ネタが多いが、なにより関係者の心理に深く迫り、嘘をあばくと同時に、精神分析の用語などもはいるので、味わい深い。

この続きはこちらから
by katorishu | 2012-12-25 19:11 | 映画演劇
12月23日(日)
◼今年も残り少なくなった。年末の街を歩いて気づくことがある。街に流れる音楽にクリスマス音楽が、ひところに比べると激減している。10年ほど前は、どこに行っても山下達郎のクリスマス音楽をはじめ、ここはどこの「キリスト教国」だと思えるほど、クリスマス音楽が過剰に流れていて、キリスト教徒でない僕など辟易していた。

◼小さい子供の行く場所などには、これでもかと過剰にクリスマス音楽が流れているのかもしれないが。「和」への回帰現象が社会のいろいろなところに起こっているようだ。自国の伝統文化を尊重し、これを次の世代に伝えていくことは大変けっこうことである。文化とは、良くも悪くも伝統の積み重ねのうえに咲く花であるのだから。

◼ただ、グローバル化の時代、自国の文化・伝統にあまりに固執し、排他的、偏狭になることは感心しない。文化の違いを違いとして認めて、そことどう折り合い共存していくか、それが今ほど大事な時はない。国内に例をとっても、世代間の「ギャップ」は大変なものだ。以前、知り合いのジャーナリストが話していた。「僕の友人でカイロなど中東で特派員を長くやっていた男が、久しぶりに日本に帰ってきて話してた。カイロで向こうの人との間で感じていたギャップより、日本で若い人との間で感じるギャップのほうが、はるかに大きいと」なるほど。ギャップを埋めるための努力は、年配者がより多く果たさないといけない。

◼「和」への回帰は結構だが、一方でギャップが広がっていることは、回帰現象が一部に偏しているか、表面的なもので、本物ではないということか。簡単に結論はだせないが。いずれにしても今の日本がどういう過程をへて構築されてきたか。とくにこの100年ほどの「歴史」について、知ることは大事なことである。僕の見るところ、とくに近代史について、知識不足のひとが多すぎる。本を読まない人が増えている結果なのだろう。政治家や企業経営者、教師など影響力のある人にも多い。これはかなり懸念すべきこと、と自伝文学の傑作、大岡昇平の「少年」を仕事の必要から再読しつつ思ったことだった。
by katorishu | 2012-12-23 12:17 | 文化一般
12月21(金)
■昨日も昼間7時間ほど国会図書館で昭和戦前期の雑誌や新聞の調べごと。昭和2年、日本もアメリカに端を発した世界大恐慌の嵐に見舞われ、倒産や失業者が激増した。東北では娘を苦界に売るケースが急増したり自殺も急増。一方大都会では、エロ・グロ・ナンセンスが徒花のように花開いた。

■文化が爛熟すると必ずエロ・グロ・ナンセンスに類するものが出てくるものである。その中から新しい文化の芽がでてくるはず、というのがぼくの仮説で、むしろこの現象は現状打破に役立つ。その観点からWEBRONZAで連載している。
さて総選挙での自民圧勝をうけ近々安倍政権が実現する。とりあえずの政策として「2%のインフレターゲット」をあげており、渋る日銀総裁に迫って、120兆円もの日銀買い入れを認めさせた。政府からの独立を維持してきた日銀史上初めてのことである。

■これが吉とでるか凶とでるか、未来のことは誰にもわからないので、一種の博打である。自民党政府の「お家芸」の大規模公共事業を実施し「デフレ脱却」をめざすとのことだが、これは消費税増税を念頭においた施策であり、背後に財務省がいると考えるべきだろう。国民の暮らしより国の財政の方が大事。これが、大蔵省時代から一貫してかわらない財務省の伝統である。安倍政権が、この伝統を断ち切ることができるかどうか、候補にあがっている閣僚候補を見ているとあまり期待できそうもない。

■大規模な公共事業を実施すればゼネコンなど土木建築関係は潤い、波及効果で株価も多少上昇する。物価もあがる。それに連動して賃金もあがればよいのだが、中韓の企業などと激しい価格競争をしているなか、果たして企業が賃金を上げることができるのかどうか。一部の大企業、優良企業は可能であろうが、圧倒的多数の企業に出来るとは思えない。

■すると、収入が増えない中での物価上昇がやってきかねない。家電製品の価格下落のなか2%の物価上昇をもたらすには食料品などの生活必需品を2ケタ上昇させなければならないという見方もある。(クレディスイス証券の白川浩道氏)。

■何れにしても劣化してしまった日本経済を立て直すことは容易ではない。忘れていけないことは、こうも財政が悪化した原因はバブル崩壊後の自公政権による「大バラマキ政治」にあることだ。その反省の上にたって、安倍政権は本気で(一部の日本人だけではなく)多くの日本人の暮らしを立て直し、安心して暮らせる日本にすることができるかどうか。来年が、日本にとって正念場である。
by katorishu | 2012-12-21 09:38 | 政治
12月18日(火)
◼ウッディ・アレンの最近作『恋のロンドン狂騒曲』は極上のホーム・恋愛・コメディ。77歳にしてまったく創作力の衰えを見せず、こんなにも瑞々しく、華麗で、面白い映画を仕上げるアレンのエネルギーに改めて感嘆する。ロンドンを舞台にしたウッディ ・アレンの作品として『マッチ・ポイント』が巧みな展開と終わり方で、面白かったが、この作品はそれを上回る出来である。ぼくの見たウッディ・アレン作品のなかではベスト3にはいる。b0028235_17484915.jpg

◼結婚40年目にして離婚する老夫婦。妻は来世を信じる団体の主催者に惚れ込み、一方男は抜群のスタイルの若い「商売女」に惚れ込み、お金をまきあげられる。その一人娘は「一発屋」の売れない小説家と結婚し、画商の上司にひかれている。売れない小説家は、作家の卵である友人が交通事故であの世行きとなったのを幸いとばかり、彼の未発表の小説を自分の作品として出版社に持ち込む。それぞれの「事情」があり、当人は大真面目。それがかえって「おかしさ」を浮き彫りにする。中心の登場人物は6人だが、みんなどこかいい加減で、問題をかかえている。それでいて、アバウトで、愚かしい。しかし憎めない。

◼ハリウッドのパターン映画とちがって、アンチ・ヒーローばかりだが、ここにまさに「人間がいる」と思わせる。無駄な描写を排しテンポ良く運びつつ、人間存在の「おかしさ」「愚かさ」「無意味さ」をコメディタッチで浮かび上がらせる。その手法は冴えている。マクベスの有名人な台詞「人生は単なるから騒ぎ。意味などなに一つない」が何度かでてくる。これがウッディ・アレンのテーマといっていいだろう。

◼日比谷のシネマズシャンテで見たのだが、ほぼ満席。これだけの極上のコメディが東京都内で2館しか上映していないのは、淋しいというより腹立たしい。個性派俳優アンソニー・ホプキンスや演技派女優のナオミ・ワッツ、ジェマ・ジョーンズ、ジョシュ・ブローリン、アントニオ・バンデラスなど皆んなうまい。僕個人はナオミ・ワッツのファンなのでどうしても彼女を中心に見てしまうが。人生に絶望しているひと、かったるい人、失恋した人、日々退屈を覚えている人などに、特にオススメの逸品である。
by katorishu | 2012-12-18 17:49 | 映画演劇
12月16日(日)
◼久しぶりの横浜。今年初めてかもしれない。みなとみらい線の日本大通り駅の上にある、横浜情報文化センター内の放送ライブラリーで「市川森一・上映展示会」をやっており、ぼくも主催者側の関係者の一人なので、顔をだした。カミさんが同行。本日は総選挙の投票日でもあり、残念ながらこういう地味な催しに行く人は多くない。

◼内容は充実していた。脚本や関係者からのメッセージ、写真などが豊富に展示され、市川ドラマの内側に触れることが出来る。目玉は日替わりでやっている市川作品の上映。本日は市川脚本の粋ともいうべき単発ドラマ「幽婚」と「風の盆から」を見た。両方とも70分を越える作品。脚本を読んだ限り1時間ドラマの内容だと思っていた。脚本が素晴らしかったこともあり、期待していたのだが。映像化された作品は、やや冗長の印象。演出面で刈り込んで緩急をつければ、もっと良い作品になったのに。10分ぐらい長いと思った。ともに地方局制作で、予算的にも厳しいものがあったのかな、と思ったりした。「幽婚」を演出した山本恵三氏とはぼくも何度も仕事をした仲だ。彼のテレビドラマの初演出は拙作であったはず。市川さんと組んで数々の賞をとっている「賞男」であった。

◼ただ、この作の演出はあまり感心しなかった。一緒によく飲み語り合った仲間だが、かれも数年前亡くなってしまった。上映後、後ろに座っていた女性から「香取さんですか」ときかれた。当ブログを読んでいる方で市川ドラマファンのようだった。もしかした脚本家志望なのかとおもったりした。

◼横浜まできたからには中華街に行かなくては。歳末の日曜日なのでかなりの人出。紹興酒をのみつつ軽く食べ、ぶらぶら歩いて元町に。以前ほどではないものの、この界隈には東京とは違った情緒がある。港横浜を舞台にドラマないし小説を書いて見たいと以前から思っていたが、残念ながらその機会がない。北京とソウルと横浜を舞台にした「伝奇ロマン」ともいうべきもののストーリーが出来ている。しかし構想のまま終わるかもしれない。ただ本日、横浜まで来て一つヒントを得た。これで弾みがつき結実出来ればいいのだが、さてどうなりますやら。先のことはわからない。
by katorishu | 2012-12-16 18:40 | 文化一般
ヒョンビン、イム・スジョン主演の韓国映画『愛してる愛してない』を見た

12月13日(木)
◼不景気の時代、映画興業もかなり厳しいものがある。日本では映画の制作本数がひところに比べて減っているという話を聞く。それでも映画を作りたいひとは多い。表現すること、とりわけ多勢の人間を動員して異空間を創り上げることの魅力は、独特なものがある。関わったことのない人にはわからないかもしれないが。
b0028235_8471497.jpg


◼昨日、京橋の試写室で韓国映画『愛してる愛してない』を見た。このタイトルはあまり感心しないが、低予算映画としては実験精神に富んだ見応えのある映画であった。主演は日本でも知られているヒョンビンと、イム・スジョン。スジョンの微妙な表情をともなう演技にひきつけられた。冒頭、車に乗った二人の夫婦の何気無い会話からはじまる。長まわしのワンカットのなかで、妻が他の男を好きになり離婚を切り出す。普通の映画であったら、夫が怒りだし、パターンの夫婦別れが展開するのだが、この映画は一味も二味も違って、静か。

◼次のシーンから最後まで、雨の降り続く室内に芝居が限定され、別居のために妻がもっていくものを梱包するシーンが延々と続く。会話もあるが、よくある夫婦別れにつきものの怒鳴り合いや泣きわめくといったものは一切ない。じつに淡々と作業がすすむ。音楽などの夾雑物はなく、雨の音だけが終始響く。そこに仔猫が迷いこんできて、やがて飼い主夫婦が現れたりして、夫婦の心理に微妙な影を落とす。

◼日本人の直木賞受賞作家、井上荒野の短編が原作だが、イ・ユンギが自ら脚本を書き監督をした。原作から30㌫をとり、あとの70㌫はイ ・ユンギ監督のオリジナルだという。出演者は少なく、一軒の家の中に限定し、男女の孤独と悲しさを描き出す。実験作といってよい。二人の主演者はノー・ギャラであるという。いわゆるエンターテイメント作品ではないので、資金が集まらないのだろう。しかし、低予算を逆手にとって、二人の微妙な「心理」に焦点を絞って、独自の世界を構築した。

◼見ていて楽しいものではないが、こういう夫婦別れもあり得るし、かつて誰もこういう夫婦別れを描いていなかったなと思ったことだった。二人の心理が手に取るようようにわかるのである。ハリウッド映画に代表されるパターン映画、パターンドラマばかり見せられていると、こういうアンチ・ハリウッド型の作品にかえって新鮮さを覚えた。
来年3月16日より新宿武蔵野館ほかでロードショー開始。記憶に残っていたら、ぜひ足を運んで見て欲しい一作。
by katorishu | 2012-12-13 08:47 | 映画演劇
12月11日(火)
◼いろいろな人に会って意見交換をした「悪くない」1日だった。午前中、自宅近くのコーヒー店で資料読み、午後14時から放送作家協会の理事会に出席、途中退席し、有楽町の外国特派員協会で旧友のジャーナリストに久々に会い意欲ある青年を紹介しつつ意見交換。夕方新橋の台湾料理店で某広告代理店関係者と意見交換をかねた「忘年会」。

◼帰宅してBBC制作のアニマルプラネットを見る。アフリカのゴリラや猿の生態について時間をかけて作った労作。動物から教えられることも多い。人も動物の一種なのだが、他の動物、生き物に対してあまりに冷淡で過酷な扱いを続けており、目に余ることも多い。もちろん生存のために、他の生き物を食糧にするのが生き物の避けられない運命であり、殺生は致し方がないこともあるが、時には他の生き物を殺して食べていることに「感謝の念」をもたないといけないのではないか。アニマルプラネットをみると、いつもそんな素朴な疑問を抱く。

◼狩猟で生計を立てているアフリカの僻地の住民は、捕まえた獲物にたいして、感謝の気持ちを忘れない。彼らは数千年もの間、動物が絶滅しないよう、とりすぎないよう配慮している。その姿勢からも我々は学ぶべきものがある。ところが、アフリカで密猟者が増え、9割も減少してしまった種もいるとのこと。

◼すべてお金のためである。儲かればなんだって許される。そう思う人がふえているのである。一種の経済原理主義である。ブレーキを失った経済原理主義ほどタチの悪いものはない。原発なども、この範疇にはいる。長い目で見て人類を滅ぼすことにつながる。友人から見るといいと進められたNEWSweb24をみる。問題を解りやすく掘り下げていて興味深い。
by katorishu | 2012-12-12 00:09 | 文化一般
12月8日(土)
◼このところ国会図書館に毎週のように足を運んでいる。もちろん調べ物をするためである。国会図書館では戦前の図書や雑誌を中心にデジタル化が進み、以前より短時間に必要な資料に行きつける。ただ、良いことばかりではない。デジタルになると、紙の資料のように手に触ることができないし、質感がわからない。コピーをすると写真が鮮明ではなく、「現物」には遠く及ばない。古い本や雑誌は劣化もひどくデジタル化するしかないのだが、写真の不鮮明さにはいつも苛立つ。光があれば陰があるものである。

◼ここ8年ほど脚本アーカイブスに関わったため、アーカイブス関係者、研究者に知り合いができ、シンポジウムに参加したり意見交換をしたりする。世界的にアーカイブスがトレンドになっているが、先進国のなかでは日本はもっとも遅れている。前の長尾館長には何度かお会いし、脚本アーカイブスの必要性を訴えたりした。京都大学の元総長でデジタル化の専門家だけあって、最初お会いした時から、脚本アーカイブスに大賛成で、おかげさまで前向きにすすみつつある。

◼本日も朝から国会図書館で戦前の文化・世相についてしらべた。大変面白い情報が多く、5時間ほどがあっという間に過ぎる。ところで、国会図書館がアメリカ占領軍の指令で作られたことを知る人は少ないのではないか。当時、日本の出版関係者の多くが設立に反対したことも。納本制度という法律で「召し上げられる」などけしからんというのである。しかしマッカーサー元帥の意志は「天の意志」であり、国会図書館国会議事堂の裏手に有無を言わせず創設された。GHQがやったことは評価できないことも多いが、国会図書館の設立はもっとも評価すべき柱のひとる。

■今、国会図書館の恩恵をもっとも受けているのは出版界だろう。さらにや研究者、物書き、学生等。特にドキュメンタリーやノンフィクションを書く上で、国会図書館にある膨大な資料がどれほど役立っていることか。ぼくは身を持って感じている。国会で法律をつくる場合にも国会図書館は縁の下の力持ちになっている。残念ながら、議員連中より霞ヶ関の官僚たちのほうがよく利用していると思うが。

◼なにを言いたいかというと、物事の価値は、それが人類、民族にとって本当に価値のある場合、短い期間で判断できないし、してはいけないということだ。今日本は大きな曲がり角にきている。16日の総選挙は大変大事な選択になるとおもうが、残念ながら「国家百年の計」を考えて政治家になろうとする人は、数えるほどだ。ベストはいないが、ベターというより、ワーストにならない政策を、口先だけだはなく、実行できる人や党に投票したいものだ。マスコミ情報は「参考程度」に留めておくことが賢明というものである。
by katorishu | 2012-12-08 17:59 | 文化一般