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1月31日(木)
■昨日は放送作家協会の新年会。乃木坂のコレドで。参加者は50人ほどか。若い人、特に若い女性が多かった。全体に高齢化がすすむ放送作家協会の会員に、こんなに若く魅力的な女性が多かったかなとおもっていたところ(主観なので失礼)、脚本家志望者の学生や創作ドラマ・ラジオ大賞等で受賞したり佳作になった人も多かったとのこと。若い人と話すのも大事なことだ。良くも悪くも未来は彼らが担っていくのだから。

■夢をもって何者かになろうと目指し努力をしている人は目が輝いている。彼女たちの夢をつぶしてはいけないので、挨拶では「作家は運と体力だ」などと話した。才能ももちろん大事でそれが前提なのだが、それだけではどうにもならならない。出会いや巡り会いなど運の要素も大きい。更に時代の求めているものを提供していかないと「職業」としてなりたたない。かといって時代に媚びてもすぐに飽きられる。結局は粘り、つまり体力気力がものをいう。

■いずれにしても作家として10年20年つづけていくのは生易しいことではない。特にテレビが「斜陽産業」に入った今、新しく脚本家としてデビューしコンスタントに書いていくのは大変なこと。マルチな才能が必要だと僕は思っている。そんな意味のことを、飲食しつつ新人脚本家や志望者に話した。年寄りの小言幸兵衛にならないよう気をつけて。久しぶりに会う物書き仲間もいて総じて楽しかった。

■本日は良い天気なので、自宅から近くの天王洲アイルまで歩きモノレールで浜松町に。芝神明大神宮でお参りをして、虎ノ門方面までぶらぶら歩きコーヒー店で原稿書き。途中、知り合いの映像制作会社が本日倒産したと、その社の専務氏からのメール。慰めの言葉もない。
by katorishu | 2013-01-31 18:35 | 文化一般
1月29日(火)
■デンマーク映画『ロイヤル・アフェア・愛と欲望の王宮』のマスコミ試写を見た。18世紀後半、ルソーをはじめとした啓蒙思想の波が押し寄せる中、イギリス人女性カロリーネはデンマークの王妃となる。希望に胸を膨らませて嫁いできたカロリーネだが、国王は精神を病んでいる。王の奇矯な振る舞いに王妃は困惑する。b0028235_1651262.jpg侍医としてドイツから啓蒙思想の影響をうけた医師ストルーエンセが呼ばれた。国王はストルーエンセに気を許し、ストルーエンセのいうことなら何でも聞くようになる。

■やがてストルーエンセは摂政のような権力をもち、啓蒙思想に基づき旧弊な貴族政治を改革して人道的な政策を打ち出す。そんななか王妃カロリーネはストルーエンセと「禁断の恋」におち、やがてストルーエンセの子を宿す。啓蒙思想を嫌悪する皇太后は貴族らと組んで王妃と侍医のスキャンダルをあばき、ストルーエンセを逮捕。改革は挫折する。デンマークでは誰もが知る実話で、オペラや舞台では何度も上演されてきたが、映画化は初めてだという。監督のニコライ・アーセルは『ミレニアム ドラゴン・タツゥーの女』で共同脚本を担当した新鋭。脚色したのはいくつかのシーンだけで史実に忠実に描いたと語る。

■貴族政治の復活でその後デンマークは西洋諸国のなかでの最も遅れた国となったとのことだ。新旧の権力争いと禁断の恋を巧みににからめて描いた緊張感に満ちた力作である。137分という長さを感じさせずに最後の衝撃的なシーンまで一気にもっていく。ベルリン国際映画祭銀熊賞他を受賞。この春お勧めの作品の一つだ。4月よりBunkamuraル・シネマ等で公開予定。
by katorishu | 2013-01-29 16:08 | 映画演劇
1月27(日)
■先日、赤坂見附のレッド・シアターでトムプロジェクト公演の『熱風』を見た。舞台はどうしても知り合いが関係している演し物を見ることになる。『熱風』には知り合いの斉藤とも子さんが出ており、これまであまりやったことのないコメディであるという。

■期待をして見に行った。斉藤とも子さんは小松座の井上ひさし作『父と暮らせば』の娘役などシリアスで社会派の舞台が多い。豆腐屋から社会運動家作家になった松下竜一の作品(タイトルは忘れた)でも(高橋長英との二人の芝居)好演していた。『熱風』の舞台は、外国の小さな島のリゾートホテル。そのホテルで掃除やベッドメイキングを行う女性の話。掃除婦3人に客2人だが、大型の台風が襲来し電気も止まる。閉ざされた空間で計5人の女性が本音をぶつけあう。かなりきわどい性的なやりとりも交えながら、やがてそれぞれの過去や現在抱えている問題が明らかになる。

■最初の30分ほどは饒舌なおしゃべりの氾濫で、物語があまり前に進まず少々辟易した。これが2時間続くのではたまらないなと思ったが、後半になってドラマが顕在化してきて引き込まれた。斉藤とも子さんも、やや場違いな存在であったのが、この役、大麻を吸って羽目を外したあたりから生き生きとしてくる。芝居どころもあり熱演という表現がピッタリ。総じて悪くない舞台だった。2時間の公演だが、20分ほど刈り込めばもっと良い芝居になるのにと思ったことだった。29日まで公演。
会場で何人もの知り合いの脚本家や演出家と顔をあわせた。狭い「世界」であるなと改めて感じる。
by katorishu | 2013-01-27 11:27 | 映画演劇
1月23日(水)
■世界的に社会や国家の運営システムを、根本から考え直すべき時にきている。金融資本主義が世界を覆い、科学文明の発達をもたらし、それで多くの人が幸せになる、はずであった。ところが科学文明の究極の到達点のシンボルであった原発が、福島で人類にとって災いをもたらす厄介なものであることがわかってしまった。

■科学文明のもたらす便利さ効率の良さが、かえって人類に害をもたらす。この皮肉な現象が世界の至るところで顕在化してきた。その一つに中国の深刻な大気汚染がある。中国共産党中央委員会機関紙「人民日報」日本語版は《深刻な濃霧は、中国の経済成長モデルがもはや維持できないことを改めて示している。過去30数年にわたり、中国は「高汚染、高エネルギー消費、汚染物資の高排出」という「3高」の成長モデルによりかかり、一部の地域ではGDPを無計画に追求して環境保護に配慮してこなかった。このため今になって経済成長の苦い果実を味わっている》と記した。

■自己の非や悪い点は徹底的に隠す中国の指導的メディアが、反省の弁を掲載するのは異例であり、大気汚染がいかに深刻かを物語る。日本は風下にあるので、いずれ深刻な影響を受ける。中国に限らずこのまま経済最優先を続けると、地上は人間の住むに適さない所だらけになる。エコ装置や空気浄化装置を改良しても焼け石に水。自動車がもたらす化石燃料の過剰な消費一つとっても大問題である。

■ 恐らく深刻すぎる汚染が中国経済の急成長にブレーキをかけることになり、似たことがインドや人口の多い開発途上国に及び、さらにブーメランのように先進国に還ってくるだろう。江戸のエコ社会を体験している日本こそ率先して、危機回避の新しい社会運営システムを提言いくことが、今ほど大事な時はない。
by katorishu | 2013-01-23 17:39 | 社会問題
1月21日(火)
■人はみんな平等。それはいいとして、個人差、能力差は如何ともし難い。長生きも個人差であり、走ったり、歌ったり、演じたりの優劣も、頭の回転の善し悪しも究極のところ個人差である。別の言い方をすれば能力差である。長年脚本家や物書きの志望者を指導してきて改めて感じるのだが、何年たっても進歩しない人と急速に力をつけていく人がいる。前者が圧倒的に多く9割以上、後者は1割にも満たない。後者の1割の中から更に1パーセントくらいが「一人前」のプロになる。根底には持って生まれた才能がある。誰もがプロになれるという風潮が広まったせいか、才の乏しい志望者が激増し、そのため倍率は増える一方である。

■1作や2作発表したからといって「プロ」とは言い難い。少なくとも3年くらいは、「筆一本」(最近はパソコンだが)で継続的に仕事をしてきた人を「プロ」と言っている。スポーツや音楽、絵画などだと、能力のあるなしが比較的はっきりするのだが、文筆の場合、素人目からみて優劣の差がわかりにくい。そのため、自分にも才能があると思い込みがち。しかし具眼の士からみると、あるなしは歴然とする。

■問題なのは具眼の士が少なくなったこと。「金の卵」であるのに「金」であることに気づかず、登場の舞台をあたえず、あたら才能を埋れさせてしまう。そんな編集者、プロデューサーなども少なからずいる。具眼の士にぶつからなかったのも運の悪さで、運も才能のうちと言えば言えるのだが。さらに問題なのは、プロの芸が尊敬されず素人芸がまかり通っていること。「ヘタウマ」ということもあり、素人でも感動を与えることはある。が、多くは学芸会や運動会で我が子の動きに親が感動するのと大同小異。ある種の「仲間褒め」なのである。「村社会日本」の仲間褒からは、世界に通用する本物のプロはなかなか育たない。
by katorishu | 2013-01-22 20:37 | 文化一般
1月21日(月)
■昨日、自転車で旧東海道を強風の中走った。1時間足らずであったが、かなりきつく、いい運動にはなった。疲れた時は映画を見ることにしているが、昨夜はコタツでテレビを久々に2時間以上続けてみた。大河ドラマ『八重の桜』3回とそのままチャンネルを変えずにNHKスペシャル『老年漂流社会』。

■『八重の桜』はまだ助走段階で、主人公の八重の活躍よりペリー来航で揺れ動く幕藩体制の動揺ぶりの描写が多い。核心に切り込んでいかないもどかしさが残る。いっそ橋田壽賀子さんの『女太閤記』のように、ヒロインに引きつけてフィクションをメインに大胆に展開する手もあるのにと思ったりした。ただ、幕末・明治物は資料がそれなりに残っているので、難しい。次のステップに期待しよう。

■『老年漂流社会』は身につまされる話だ。老齢人口(65歳以上をさすらしい)が3000万人を超えているという。僕もその中に入るのだが、自分を「老人」と思うことはほとんどない。考えていることは2、30歳の頃とあまり変わらないし、「未熟」のまま現役を続けている。ただ、仕事をうしなったり、病気に あったり、事業に失敗したり、人にだまされたり・・・一口に高齢者といっても様々で、総じて老いることが難しい社会になっている。システムを変えない限りこの問題の解決はないなと思った。

■戦後、アメリカ占領軍の命令で「家族制度」が破壊されたことも影響している。家族制度の桎梏から解放されて人はより自由になったが、物事には常に両面がある。代わりに「何か」を失った。見ていて暗鬱な気分になったが、考えさせられる番組だった。
by katorishu | 2013-01-21 12:19 | マスメディア
1月19日(土)
▪いわゆる「韓流ドラマ」はあまり見ないが、韓国映画には見るべきものが多いので、時折みる。マスコミ試写で見ることも多いのだが、料金を払って街の映画館で見るのも大事なことだ。昨日銀座のシネスイッッチで『拝啓 愛してます』を見た。野暮ったいタイトルなので、気にはなりながら足が向かなかったのだが、遅れていたWEBRONZAの連載原稿5回分を悪戦苦闘の末しあげたので、「脳休め」に、とりあえず銀座へいこうとカミサンを誘ったら、韓国映画『拝啓 愛してます』が面白そうだという。b0028235_19823.jpg

▪定年後に牛乳配達のアルバイトを始めた男が、リヤカーを引きながら古紙回収をしている年配の女性と坂道で擦れ違い、ふとした偶然で転んだ彼女を助ける。この男女に元タクシー運転手で今は駐車場の管理人を勤める男と認知症の妻が絡む。
韓国の人気漫画を原作にしたもので、あざとい作りではないかとやや懸念していたのだが、案に相違して、淡々とした作りで静かな感動を呼び起こす。男女4人が懸命に生きながら淡い恋をしたり、さり気ない友情を示したりしつつ、人生の黄昏を懸命に生きる姿が、素直に胸に迫るのである。

▪お客の多く(といっても10数人)は)笑ったり泣いたり。大変感動している様子が伝わってくる。『王になった男』のチュ・チャンミンの監督作品。平凡な人々を主人公にして淡々と描きながらこれだけの感動を呼び起こすのは相当の技だ。『レ・ミゼラブル』が感動作として評判だが、僕はこの作のほうに感動し、「すごいな」と思った。同時に「こういう映画が日本に少なすぎる」と思った。2月8日までの単館上映です。お勧めの1作。
by katorishu | 2013-01-19 19:10 | 映画演劇
1月17日(木)
▪以前は新聞を数紙とるほか会員制の雑誌などもとっていた。その他寄贈されてくる雑誌類もあって、毎日郵便受けがいっぱいになるほどだった。インターネットの普及で新聞雑誌等の購読習慣がかわった。一方変わらないもももある。以前数度寄稿したことが縁で毎月送られてくる雑誌に「望星」がある。東海大学出版会で出しているもので、紙の雑誌の持ち味を良く出していて、特集がおもしろい。

▪2月号は「病気にならない食事」。糖分をとりすぎで肥満になっている人が30代にまで及び、それが高血圧や糖尿病など多くの疾患のもとになっている。ノンフィクション作家の桐山秀樹氏によれば、『長く続き過ぎたデフレの中で、大勢の男たちが働き、疲れ 、そして結果として安くて満腹になる外食産業に健康と直結する自分の食生活を絡めとられ、結果としてアメリカの下層階級に見るような「デブ」を量産していた』とのこと。桐山氏自身「デブ」で血糖値が上がるなどいつ倒れてもおかしくない状態であったが、糖質を減らす食事で20キロ減らし危機を脱した。その体験を「おやじダイエットの奇蹟」という本にした。

▪同誌には東海大学文学部教授の水島久光氏が「メディア分光器」というコラムを連載している。今号では、「ニコニコ動画」を運営するドワンゴが、昨年12月20日に発表した「ニコニコニュースポリシー宣言」に触れている。そこで同社の経営陣は「われわれはジャーナリズムではないというスタンスに立つ」と宣言したとのこと。原則として独自の報道は行わず、情報プラットフォームに徹する、と経営陣はいっているそうだ。情報を媒介する機能を担うのであれば、それこそジャーナリズムではないか、と水島氏は批判している。水島氏にはシンポジウムにゲストできてもらったりしたことがあり、信頼出来るメディア評論家の一人と思っている。
この雑誌、全体的なトーンとして「アナログ」の重要性を打ち出しているところが、かえって新鮮である。
by katorishu | 2013-01-17 11:27 | 新聞・出版
1月13日(日)
▪大河ドラマ『八重の桜』第2回をみた。最近テンポとリズムのあるアメリカのテレビドラマ「ライ・ツー・ミー」などを比較的よく見ているせいか、テンポが遅い気がする。綾瀬はるかが登場して、ようやくドラマの本筋にはいってきた。それにしても、綾瀬はるかの登場まで30分というのは感心しない。15分くらいから登場させないと。説明的部分はナレーション処理でねがいたいもの。

▪大人の綾瀬はるかの登場で画面が引き締まり、大河ドラマらしくなってきた。武器を軸に焦点を絞っての展開はわるくない。さらにダイナミックな展開と深い葛藤、滋味深い台詞等を期待したい。気になるのは照明。いつのころからか、照明マンが少々存在を誇示し、凝りすぎの印象。機材の性能の向上で逆に ドラマにおける重要なものが失われないよう望みたい。

▪昼間は品川駅周辺で「昭和エロ・グロ・ナンセンス」関連の資料読みと執筆で5時間ほど過ごす。女を三つで姦しいという文字になるが、コーヒー店で、3、4人の女性たちのうるさいこと。ま、息抜きになっているのだろうが、話の内容、もう少し気の利いたことを話せないものか。大きな声を出さずに静かに話している女性たちもいるが、彼女たちの会話は内容豊かな印象。そんな会話を耳にしながら、執筆ができるのは「特技」といってよいかもしれない。気持ちが集中すると周囲の音が聞こえなくなる。最近、集中力が落ちてきているので、あえてうるさい環境に身をおいて見るのです。
by katorishu | 2013-01-13 21:09 | 映画演劇
1月13日(日)
■昨日久々に三軒茶屋に。以前この近くに住んでいたことがあり、懐かしい町だ。古いものと新しいものが混在している。老若男女が程よい率で存在するのが、街でも組織でも必要である。小さな路地を30分ほど歩き回りながら思ったことだった。世田谷線の改札口で若い脚本家とまちあわせ、ちょっとした打ち合わせのあと、松陰神社ちかくのスタジオARへ。

■レクラム舎の公演「それはさておき恋はくせもの」(小松幹生作、喜一朗演出)である。老人虐待を繰り返す家族とお隣の家の夫婦がからんだブラックなホームコメディ。 別役実の世界をちょっと垣間見させるような台詞のやりとりに、喜一朗こと劇団主宰者の一功さんの独特のクセのある演出が組み合わさって、笑って楽しめる舞台に仕上がった、と思う。1月18日(金)まで世田谷区のスタジオARで上演中。

■住宅街のなかにある小さな劇場だが、いろいろとユニークな舞台を見せてくれる。不景気風の吹く なか、小劇場に限らず劇団の運営も楽ではないと聞く。そんな中ですでに30年以上劇団を運営してきたレクラム舎。アングラ的要素のある内容なので、ワケがわからないという人もいるが、アングラは「アンチ・テアトル」にも通じる。時代の激変期でもあり、旧来の型をいかに崩し、壊して、新しいものを「創造」していくか、そこに有為な才能が集まらないと、日本の文化・芸術は衰退に向かう。文化・芸術は社会の「土壌」でもあり、これの枯渇は国力の減退にもつながる。
by katorishu | 2013-01-13 14:03 | 映画演劇