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<   2013年 02月 ( 9 )   > この月の画像一覧

b0028235_19355862.jpg 2月28日(木)
■スカーイツリー近くにはじめて行った。近くの「すみだパークスタジオ」での扉座公演『つか版・忠臣蔵』を見るために出向いたのである。この芝居、故つかこうへいの代表作のひとつだが、ぼくは見ていなかった。今回、劇団扉座が「スカイツリー編」と銘打って横内謙介の脚色・演出で公演するとの案内があったので見に行った。扉座の舞台を見るのは初めてである。予想していた以上にパワフルでリズムがあり楽しめた。「妖」がある舞台や映画はたいていヒットするものだが、この作および演出には「妖」の要素が満載で、満員盛況であったのもうなずける。大衆演劇的な見せ場も随所にあった。これでなくては、今のお客はお金を払って見に来ない。

■「エロ・グロ・ナンセンス」の骨法にのっとった典型的なナンセンス・コメディである。昭和初期に浅草の玉木座に『プペ・ダンサント』という劇団があり、当時大人気役者であったエノケンが座長で盛況をほこった。文芸部に「神武以来の不良少年」といわれたサトウ・ハチローなどがいた。「小さい秋」など数多の作詞家としても知られる。当時は検閲があり、初日の10日前に警視庁の保安係に脚本を提出しないと上演が許可されない。サトウ・ハチローは酒ばかり飲んでいて前日になっても一枚も書いていない。これでは初日があかないと関係者は焦った。サトウとエノケンは文芸部の雑用係であった菊田一夫を呼び、一晩で忠臣蔵を書けという。

■菊田は「無理です」といったのだが、師匠のサトウ・ハチローがいろいろとナンセンスなアイディアをだし、とにかく書けというので菊田は書かざるを得ない。サトウと菊田一夫の間でこんな会話がかわされる。「序幕はどうします」「かぶとあらためをシャッポあらためとしよう」「よかろう。刃傷のところはどうします」「雀を打つパチンコでねらうとしよう」「切腹は?」「安全かみそり」「山崎街道はどんな具合にやりましょう」「猪のかわりに豚を出して、定九郎はニッカボッカをはかして、勘平もゴルフパンツではどうだろう」まさにナンセンスな内容であった。青年菊田一夫は73枚を一晩徹夜して仕上げた。
題して『阿呆擬士迷々伝』。当時としては破天荒な舞台で、これが大うけにうけ、菊田一夫は一躍人気作家となった。当時語り草になったエピソードである。

■昭和初期に「エロ・グロ・ナンセンス」がブームとなり一種の「社会現象」になったが、そこに見事はまったのである。現代の「アングラ」も「ナンセンス・コメディ」も「バラエティ」も、原点はほとんど昭和初期の「エロ・グロ・ナンセンス」にある。歴史は繰り返すのである。この方面に興味のある方は朝日新聞のWEBRONZAに連載の拙作「昭和エロ・グロ・ナンセンス」をご覧になってください。3月から「演劇編」がはじまります。何かの参考になるはずです。
by katorishu | 2013-02-28 19:29 | 映画演劇
2月27日(水)
■ハリウッド映画『世界にひとつのプレイブック』を見た。妻の浮気で心のバランスを崩し8ヶ月入院した男と夫を亡くし心が壊れてしまった女。2人を中心に少々タガの外れた愛すべき人達を心憎いばかりのうまさで描く。美男美女も出ず派手なアクションもないが、魅せる。構成、脚本は長編映画に初挑戦のデヴィッド・ラッセル。主演のパットにブラッドリー・クーパー。相手役のティファニーにジェニファー・ローレンス。パットの父親でスポーツのギャンブルを生業としているパット・シニアにベテランのロバート・デニーロ。

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 ■みんな神経がたかぶっていて、少々ハチャメチャの人物ばかり。どこかおかしいのだが、壊れかかっているものの完全に壊れてはいない。庶民の哀歓をちりばめながら、別れた妻に思いを残すパットと、パットにダンスを習わせることで立ち直るきっかけをあたえようとするティファニーの接近と反発をユーモラスな味付けで描いていく。ティファニーもどこか壊れていて、過剰に過激に反応する。彼女の「爆発」ぶりがユニークで面白い。最後は「シャル・ウイ・ダンス」ばりのダンス競技で、父が全財産をかけた「賭け」を勝にみちびき、予想通りパットとティファニーが結びついて「ハッピーエンド」。ハリウッド映画のお定まりの映画といえばいえるが、細部の描き方と展開が卓抜で、なにより登場人物一人ひとりの個性がよく描かれていて、面白い。

■大した脚本術だと思った。演出術もうまい。たるいところ、かったるいところがなく、最後までリズミカルに引っ張っていく。いわゆる「芸術派」の作品ではないが、極上のエンターテインメントに仕上がっている。
 手紙等の「小道具」の仕掛けも心憎いまでに上手い。男の相手役のジェニファー・ローレンスの演技に感嘆した。悔しいけれど、日本映画は脚本、演技ともに見劣りしてしまう。今年すでに7,8本映画を見ていると思うが(劇場に限る)、僕としては今までのところベスト1か2に入る。日比谷や渋谷のTOHOシネマズ系でしかやっていないようなので、多くの人の目に触れないのは残念。おすすめの1作です。
by katorishu | 2013-02-27 14:19 | 映画演劇
 2月25日(月)
■寒い日が続く。国会図書館に朝から行き、昭和初期の世相、演劇、映画などについて夕方まで調べもの。ところで、「アベノミクス」で株価があがり一部に景気回復の風が吹いてきたらしいが、あくまで「ごく一部」である。圧倒的多くの国民は長引く不景気等で、前途に明るいものを見いだせていない。本日、また気の毒というか、いやなニュースが目にはいった。「尖閣問題」で日中共同映画制作が頓挫し、配給会社が破産したという。

■読売電子版によると、民間調査会社の帝国データバンクは25日、映画配給会社「プレノン・アッシュ」(東京・港区)が20日付で、東京地裁から破産手続きの開始決定を受けたと発表した。尖閣諸島問題の影響を受け、企画・製作を手がけた日中共同製作映画「一九〇五」が事実上頓挫し、資金繰りに行き詰まった。負債総額は約6億4300万円。関係者の落胆は想像にあまりある。昔、映画制作を手掛けたプロデューサーがバブル崩壊の余波で資金繰りに行き詰まり、映画は頓挫、当のプロデューサーは自殺してしまった。ぼくもその映画にかかわっていたので、嫌な気持ちになる。

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by katorishu | 2013-02-25 20:28 | 映画演劇
  2月13日(土)
■昨日、九段にあるホテルグランド・パレスで畏友、村上直哉氏を偲ぶ会に出席。村上氏は朝日出版社副社長で、「飲み仲間」の一人であった。享年67。彼とは『テレビ芸能職人』という本をだしている。村上氏は英語の教材や英語の辞書などの編集にたずさわり、社に大きく貢献した人だが、写真集などのほか、斬新なアイディアの本を数多くだしている。

■以前、写真家の篠山紀信氏と組んで宮沢りえの中学生のころの「ヌード写真集」をだし大ベストセラーになったが、その仕掛け人も村上氏。村上氏をふくめた10人ほどでよく「飲み会」を開いていたが、そこに村上氏は「宮沢りえ写真集」の確か「見本」を2冊もってきた。きれいな写真集だった。じゃんけんで勝った人がもらうことになり、僕のほか某女優が勝った。今ではあの写真集も「児童ポルノ」に抵触する恐れがあるとして、絶版になっている。まだぼくの仕事部屋のどこかに埋まっているはずだ。石原知事が提唱した条例が通ると保持しているだけで「罪」になる、困ったことだ、といつか村上氏が話していた。あの条例はその後、どうなったのか。

■写真は村上氏が小学校4年のときに書いた作文で全国児童生徒作文コンクール入選作。一読して、そのうまさ、巧みさに驚いた。
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接続詞など一切なく最後まで論理的に的確に表現し、読ませる。早熟で大変な読書家であったと、高校の同窓生の挨拶。入社したころ出張の際などいつもスペインの哲学者オルテガの著作集を持ち歩き読んでいたという。最近、あらためてオルテガの「大衆の反逆」を読んでいるので、そうか彼も愛読者であったのかと思い、感慨新た。

■村上氏のお父さんは「脚本家」で一時、女剣戟の大江美智子一座の座付き作者もしていた。NHKのラジオドラマも書いていた。その血もあるのか。文才があり、しかも私生活では、今や数少なくなった「無頼派」。それも命を縮める原因になったのではないか。僕などと飲むときは終始穏やかに微笑して聞き役に回っていたが、偲ぶ会であらためて村上氏の「もう一つの顔」を知ることとなった。因島で生まれ育ち、いわゆる「村上水軍」の末裔でもある。惜しい人を亡くしたとあらためて思った。
by katorishu | 2013-02-23 15:46 | 文化一般
  2月20日(水)
■原発事故も大変だが、中国の大気汚染も極めて深刻だ。日本は風下にあるので直接被害をこうむる。すでに中国では首都北京の汚染がひどいので、瀋陽などへの首都移転案もでている。汚染度があまりにひどいので、そう簡単に改善できない。経済発展に急ブレーキをかけることもできず、このまま汚染が強まる可能性が強い。未来のある子供たちへの影響が心配だ。

■エコ技術では日本は世界のトップレベルである。中国での「反日」の空気をやわらげるためにも、技術協力で大気汚染を劇的に改善できれば外交にもプラスする。なによりこの汚染をとめないと、日本の多くの国民が深刻な被害をうける。車の販売など中国の急激な経済発展に日本企業も相当程度、手を貸しているので、汚染に無関係とはいえない。日本の10倍もの人口をかかえる中国の動向が、軍事、経済ばかりでなく、環境にも密接に関係してくるとは、「グローバル化」もここまできたか、あらためて思う。

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by katorishu | 2013-02-20 00:24 | 社会問題
2月15日(金)
■昨日は午前9時半に虎ノ門の文科省に。ここの3階講堂で開催するシンポジウムの準備のため。主催は脚本アーカイブズ推進コンソーシアム。【脚本アーカイブズは「誰のため」「何のため」?ーー『記憶』を『記録』し、構想する】というタイトルで3時間半にわたって脚本アーカイブの意味や意義について、一種の「デモンストレーション」を行った。

■第一部の基調講演は、脚本家で脚本アーカイブ推進コンソーシアムの代表理事の山田太一さん。自らの体験をふまえ創作とは先人たちの業績の上に成り立つもの。従って先人たちの「記憶」を記録し後世につたえることの意味についてユーモアある味付けで語った。当初、脚本アーカイブについて消極的であった山田さんと何度も話し合ううち、アーカイブの意味を理解してくださりコンソーシアム代表についてくださり、脚本アーカイブズ推進に大きな役割をはたしてくださっている。故市川森一さんの意思を引継ぎ、ある時期推進の責任者となってやってきたので、僕としても感慨深かった。

■冒頭、文化庁長官の挨拶に続いて国会図書館の館長の挨拶があり、過去7年余り放送作家協会で収集した5万点ほどの脚本・台本のうち2万7千点が、この3月国会図書館に寄贈されることになったとの報告。実質的に「脚本アーカイブズ」がスタートしたわけである。一般公開 までは著作権処理や分類等でまだ時間がかかるが、国家機関が責任をもって保管することに踏み切った意味は大きい。アーカイブズが「文化土壌」の涵養に今後大きな役割をはたすことになるはずである。

■その他、同じコンソーシアムの理事で吉見俊哉東大副学長の『文化リサイクルーー生産・消費社会から循環再利用社会へ』との講演があった。2部では著作権に関し内外での評価の高い福井健策氏と演出家の今野勉氏を交えたパネルディスカッション。『脚本は誰のものーー何のための脚本アーカイブズなのか?』。司会は吉見教授。テレビのドキュメンタリストとして多くの 名作を作ってきた今野さんの話もおもしろかったが、福井弁護士の明晰でわかりやすい話が印象に残った。

■福井弁護士の話にはいつも感心する。いずれも脚本アーカイブズ推進コンソーシアムの理事で何度も会議、研究会でご一緒しているが、 難しい話をやさしく語る技量は大したもの。東大法学部卒で頭脳明晰だが、一方ユーモアもあり、映画・演劇などもよく見ている。この日、僕は年の功で山田さんや福井さんたちへの「応対係り」という役回りなので、始まる前の1時間半ほど打ち合わせを兼ねパネラーたちと雑談した。ここでの話も大変興味深く、物書きとして得るところが多かった。
会場は定員400だが、8割は埋まっていた。これまで何度か開いたシンポジウムのうち最上のものであったのではないか。
「縁の下の力持ち」になってくだすったスタッフの皆さん、本当にご苦労様でした。
by katorishu | 2013-02-15 09:28 | 文化一般
2月13日(水)
■以前は数紙新聞をとっていたのだが、年末から2か月ほど紙の新聞をとらなかった。初めての試みである。もっとも電子の新聞は一部購読しているが。巷では紙の新聞を購読していない家が増えているときく。じっさい新聞が朝晩配達されないと、どのような不利益があり、一方どのような利益があるのか、実体験しようという狙いもあった。家のなかが資料や雑誌本等であふれかえり、文字通り足の踏み場もなく、なんとか整理をしなければと年末とりあえず大掃除をした。捨てるにもったいないものばかりで、結局2割弱の削減しかできなかった。新聞もたまると相当量になるので、思い切って定期購読をやめてみた。必要があればコンビニやキオスクで買えばいいと思った。

■やめてみて確かに部屋はすこしきれいになった。新聞には織り込み広告のチラシがはいり、この量もばかにならない。ただ、やめてみて、朝起きてなんとなく何かが欠けている気分から解放されなかった。以前だと、喫茶店にいくつもの新聞が置いてあり、モーニングコーヒーを飲みながら数紙を読むこともできたのだが、最近は新聞雑誌をおいている店が極端にすくない。スマホやタブレットでは目が疲れるし、これは相当情報遮断に貢献するなと思ったことだった。長年購読している朝日新聞の販売店から無料で1週間とってくれないかとの申し出でがあり、本日早朝、新聞が配達されていた。一面は北朝鮮の核実験関連。二面、三面もその関連記事だ。自転車でちょっと走りコーヒーを飲みつつ眞新しい新聞を開いた。30分ほどでざっと世界で何がおき何が問題であるかが、よくわかる。大半はネットでもわかる内容だが、短い時間にかいつまんで情報を把握するには、やはり新聞が一番だと思った。

■朝日新聞のWEBRONZAで連載をしていることだし、また新聞の定期購読を再開しようと思い始めた。テレビも新聞も、接しなくとも暮らしに支障がでるわけではないが、効率的に資料をあつめたり、情勢把握するうえで、紙の新聞はすぐれている。あえて2か月間、接触を断ってみて実感した。本についても電子書籍が出回ってきたが、紙の本のほうがずっと見やすく、あつかいやすく、まだまだこちらに軍配をあげたい。ただし、使いようによっては電子の新聞や本の利用価値があることは否定しない。それなりに月々の支払があるにしても、旧来のメディアもまだまだ捨てたものではないとあらためて思ったことだった。あとは内容です。記者諸氏、「強きをくじき、弱気を助ける」姿勢だけは忘れずに。権力迎合の提灯記事が目立つようなら、また購読をやめるつもり。
by katorishu | 2013-02-13 09:05 | マスメディア
2月8日(金)
■「ゲキシネ」という言葉がある。舞台で演じたものを録画して公開するもので、従来の言い方だと「舞台中継」であるが、最新のデジタル技術や音響効果などもいれ7、8台のカメラで撮り、それなりの加工をしたものだ。歌舞伎のゲキシネは何度か築地の東劇などで見ているが、伝統劇でない劇団のゲキシネを初めて見た。「劇団☆新感線」の『髑髏城の7人』で、品川プリンスシネマで去年からやっていて気になっていた。

■「最新のデジタル技術により映画化した「ゲキ×シネ」シリーズの記念すべき第10弾」との触れ込みだ。PR文によるとーー
《織田信長が没した後、天下統一を成し遂げようとする豊臣秀吉の行く手を阻もうとする関東髑髏(どくろ)党と、その野望に立ち向かおうとする者たちの宿命の戦いを描く。主人公を小栗旬が演じ、関東髑髏(どくろ)党を率いる天魔王を森山未來が好演する。そのほか早乙女太一や小池栄子、勝地涼や仲里依紗らが豪華共演》

■確かに殺陣の場面はハリウッド映画のアクションを想起させるほど迫力があり音響効果も良く、見せる。特に天魔王を演じる森山未来と小池栄子の演技が光っていた。主役の小栗旬も悪くはないが、迫力の点で前の二人が際立った。ヒットしているらしいが、これはある「法則」にのとった作であると見始めてすぐに思った。激変期や時代閉塞が強まる時にはエロ・グロ・ナンセンスが流行るという「法則」といっていいものだ。『髑髏城』はこの三つの要素をすべて満たし、テンポとリズムでラストまでもっていく。昭和初期に流行ったこの社会現象を想起させてくれ、僕としては別の興味を持って面白く見た。

■エロ・グロ・ナンセンスの中に案外時代の閉塞感を打ち破るものが込められているのである。現在朝日新聞のWEBRONZAに「昭和エロ・グロ・ナンセンス」を連載しているので興味のある方は立ち寄ってみてください。『髑髏城』に話を戻すと、アクションやリズム等はいいのだが、深みに欠けていることが惜しまれる。ハリウッド映画の「大作」を見たあとに感じる不満と同じものを覚えた。不満が残るにしても、これはこれで新しい表現であり、更に面白くて深みのある作品、例えば井上ひさしの作のレベルのものがゲキシネとして映画館で上映されるようになることを期待したい。
by katorishu | 2013-02-08 18:53 | 映画演劇
2月5日(火)
■先日の日曜日、埼玉県川口にあるNHKアーカイブにいき、「アーカイブ映像はみんなの宝だ!」というシンポジウムに顔をだした。そこで1975年放送の単発ドラマ『落下傘の青春』をみた。なかなか立派なホールでちょっとした映画館並みである。夭折した山川方夫の短編『軍国歌謡集』を友人の矢代静一が脚色した作品。大学生である「私」(山本學)が映画俳優の大ちゃん(財津一郎)の下宿に居候。大ちゃんはその下宿の下の道を毎晩のように軍歌を歌って通り過ぎる女性(仁科明子)に密かに恋をしている。勘違いから、「私」と軍歌を歌う女性がデートをすることになり。さらに勘違いから感情がこじれーーといった「行き違い」で、面白く展開する青春コメディといったもの。

■山川方夫は僕の愛読していた短編作家で、20代のころ繰り返し読んだ。そのため一層興味深く見た。このビデオ、じつはNHKに残ってなく、仁科明子の父の岩井半四郎が録画していて、それが仁科宅の地下室で見つかりNHKに寄贈されたもので、日本でただ一本しか残っていない貴重な作品。冒頭の2分が欠けていて全体にノイズが入り画面もきれいではないが、充分鑑賞に値する佳品である。

■オールスタジオ撮りで、セットも4杯程度。出演者も限られているが、全編に「手作り」の良さがあふれており、引き込まれた。お金をかけなくとも、良い脚本、良い演技者、良い演出などのスタッフがいれば、人の心を打つ作品は作れる、と改めて思ったことだった。会場には仁科明子さんがきていて収録当時の思い出を含めインタビューに答えていた。デビュー時代の初々しかった仁科明子さんがすでに還暦ときいて、ああ時は流れたのだなと改めて実感。財津一郎の若々しい演技、山本學の今も変わらぬ誠実な演技等々。あまり技巧を使わずごくまっとうな撮り方。いまでも、こういうドラマのつくりは充分存在価値をもつと思ったことだった。

■後半はスペシャルゲストのトークショー。漫画家の里中満智子さんの卓見が印象に残った。同時にアーカイブの必要性、重要性を改めて感じた。知り合いの脚本家がいたので帰路、赤羽でおりて、知る人ぞ知る「まるます屋」に行ったが、日曜日なのに満員。仕方なく近くのホルモン焼きに入り、近頃のテレビドラマ等について率直に意見交換、歓談して帰宅。過ぎた日々を懐古する日であったが、時に立ち止まって過去を振り返ることも大事であるな、と思ったことだった。
by katorishu | 2013-02-05 11:00 | 映画演劇