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<   2013年 06月 ( 11 )   > この月の画像一覧

 6月28日(金)
■いつだったか「最近は歯医者も経営が大変なんですよ」とある集まりで聞いた。年収300万円ほどの歯医者がごろごろしているとのことだ。個人の歯科医院でその程度の売り上げしかないという人もいるらしい。医療機械等の設備投資もしており、赤字続きではいつ倒産するかわからない。ひところ、歯医者はボロ儲けをしているといわれたものだ。じっさい、ちょっとした歯の治療に100万円以上ふんだくる歯医者も多かった。そのころに比べると「正常」にもどったともいえるが、経営難でつぶれてはよろしくない。
 本日、ひさびさに歯医者にいったが、かなりすいていた。感じのよい女性院長の歯科クリニックで、患者としては嬉しいことではあるが。つぶれては困る。ぼくのいった歯医者は、極めて「良心的」で医師たちもみんな感じよく、つぶれる心配はなさそうだが。
どこもかしこも、暗い話が多い。あれもこれも、若者人口の減少が理由のひとつかもしれない。

■ひところは「かっこの良い」職業の典型例であった弁護士も、例の法科大学院の設置により大量の弁護士が生まれてから、タイヘンな状態になっているらしい。何人かの弁護士から直接聞いた。ひところ弁護士は年間500人ほど誕生していた。それが一挙に3000人に増えたため「供給過剰」になり、大きな弁護士事務所や著名な弁護士はともかく、弁護士としての仕事が急減しているらしい。事務所もなく携帯で仕事をとるため、「携帯弁護士」なる言葉も生まれているとか。

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by katorishu | 2013-06-28 20:16 | 社会問題
  6月25日(火)
■激変の時代である。幕末から明治維新、太平洋戦争後の昭和の激変に匹敵する事態が、日本でも現在進行中である、と理解するのが正しい時代の読み方、見方である。社会の変化に大きな影響をあたえるのは「メディア」である。スペインの哲学者オルテガによれば、世の中を動かしているのは「マス(大衆)」であり、どんな強力な指導者、独裁者が現れてもマスの意向、動向を無視しては時代を動かせるものではない。近代以前は集団が小さく「マス」としての力を持ち得なかった。近代にはいって、マスメディアの力もあって「マス」が良くも悪くも圧倒的力をもってきて、マスこそが時代を動かしていく。
それを今風の言葉では「民主主義」という。

■さて、メディアである。b0028235_112379.jpg 長いことテレビ・メディアにかかわり、そこで禄を食んできたが、メディアも今、激変の時代を迎えている。今回は電子書籍に焦点をあて、自ら電子書籍を出版してみたことの実感に触れてみたい。
この一ヶ月弱でアマゾンのkindleで自分の小説を(長編・短編をあわせて)本日までに12冊出した。オリジナルもあれば、昔だして絶版になったものや雑誌掲載で単行本に載らなかったものもはいっている。2日に1冊程度だしたことになる。試行錯誤の連続で、なかなか思うようにいかなかったが、「見る前に飛べ」の精神で、まずはスタート。

■ミス等があっても電子書籍の良いところは、すぐに訂正が可能なことだ。その日のうちに訂正したものをアップできる。この迅速性と可塑性がすごい。紙の本の場合、ぼくはノンフィクションがおおいせいもあり原稿を版元に渡してから、本になるまで平均3ヶ月かかった。書店に並んでも1,2週間で返本になり倉庫に氷詰め。よほど奇特な読者がいない限り、その本は日の目を見ることはない。ただし、図書館にはたいていぼくの本がはいっているので、そこで多くの読者の目に触れることはある。ただ、いくら図書館で読まれても、著者には一円の収入ももたらさない。

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by katorishu | 2013-06-25 15:16 | 文化一般
b0028235_9385718.jpg 7月23日(日)
■昨日は早朝から仕事をし脳が疲れたので、例によって夕方、近くの品川プリンスシネマで映画を見た。ウッディ・アレンの脚本・監督作品『ローマでアモーレ』だ。このところヨーロッパを舞台に新境地を開いているウッディ・アレンの多彩な才能をあらためて確認する、極上のエンターテインメントに仕上がっていた。

■ウッディ・アレンとしては初めてローマを舞台に描いた群像ラブコメディだそうだ。
【イケメンのローマっ子と婚約した娘のもとへやってきた元オペラ演出家、恋人の親友で小悪魔的な魅力を振りまく女優に恋した建築家の卵の青年、純朴な新婚カップルの宿泊先に現れたセクシーなコールガール、ある日突然、大スターに祭り上げられた平凡な男など、それぞれの人物が織りなす恋模様をユーモアたっぷりに描き出す】との解説。ジェシー・アイゼンバーグ、エレン・ペイジ、ロベルト・ベニーニ、ペネロペ・クルスら達者で個性的な役者のほか、アレン自身も出演し、複数組の男女関係の綾を、ラテン的明るさ、いい加減さ、アバウトさの手法で、上質なコメディタッチに仕上げている。

■アメリカ・イタリア・スペインの合作とのことだ。スカーレット・ヨハンソンを主役にロンドンを舞台につくった「マッチポイント」(2005)でウッディ・アレンは新境地を開いたといってよい。あれで改めてウッディ・アレンを見直した。その時期、映画作りに行き詰まっていたようだが、あの作で“復活”したといわれる。次作のバルセロナを舞台にした「それでも恋するバルセロナ」(08)もよかった。ただ、パリを舞台にした「ミッドナイト・イン・パリ」は衒学臭が強くですぎて、ぼくはあまり楽しめなかった。「ローマでアモーレ」は「それでも恋するバルセロナ」に匹敵する恋愛コメディで、ウッディ・アレンの健在ぶりを示した。

■アレンはすでに80歳に近いが、いつも瑞々しく、皮肉っぽく、笑わせてくれる。おっちょこちょいの印象を画面で見せているが、極めて緻密、知的な人で、笑いのツボを心得ている。キャスティングもよく、役者の演技力がこの人以外にありえないと思わせるほどツボにはまっていて素晴らしい。こういう映画を見たあと、日本映画を見るとげんなりすることが多い。国民性の違いなのか、表現力の差なのか、教育の差なのか。下品な「お笑い」は日本のテレビなどにあふれているが、知的なユーモアをまぶしたコメディは(ゼロとはいわないが)我が日本では極めて少ない。残念なことである。
by katorishu | 2013-06-23 09:39 | 映画演劇
 6月22日(土)
■昨日、一昨日と集まりがあり、そのあと懇親会。ひとつはぼくが「会長」をしている異業種交流をかねた勉強会。渋谷での集まりで30人以上が出席し、懇親会もかなりもりあがった。昨日は脚本アーカイブ推進コンソーシアムの理事会。こちらはテレビ業界の関係団体の代表や学者弁護士等が参加し、六本木で。テレビ番組の台本をアーカイブしていかに保存し、公開していくかについて建設的な意見がでた。みなさんボランティア精神で参加し、ようやくある成果をだしつつあるところ。終わってさらに理事以外の参加者をまじえて懇親会。こちらも和気藹々、いろいろと情報交換ができ有意義であった。

■このところ朝方の生活がくずれ夜型にもどってしまったが、今日からまた朝方にもどった。6時ごろ起きて、ちょっと仕事をして朝日のさすなか、自転車で運河の脇をとおって目黒川をさかのぼって大崎あたりまで走った。スポーツサイクル車に毛の生えたような自転車だが、スピードがでて風を切って走る感覚が心地よい。自転車に乗ると、その日の体調の善し悪しがよくわかる。悪いときはペダルが重いし、スピードがでない。人にぶつかりそうになったりもする。調子のいい時は、ペダルが軽く、とにかく風を切るのが心地よく、いろいろな憂さを忘れる無心になって走るときの気分に似ている。
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by katorishu | 2013-06-22 11:10 | 文化一般
 6月19日(水)
■最近喫茶店の中などで、ノートやメモをもっている若い人が目につく。携帯やスマホ、パソコンが普及し、手で文字を書く習慣がなくなり、簡単な漢字をどう書けばよいかわからなくなることが多い、といった声を聞く。ぼくもIT機器にかなり頼っているのだが、2年ほど前からノートを持ち歩き、ヒントやちょっとした心覚え等々、鉛筆でノートに記すことを心がけている。ときに色つきのペンをつかって強調したり。そのノートが現在、10冊目になっている。

■キーを押して文字に変換することもいいが、手で書くことが脳にあたえる影響はバカにならない。手で一字一字刻み付けるように書くことが、脳の記憶に刻みつけることにつながる。じっさいノートを持ち歩き、ちょっとした思いつきや、感想、人の言葉などを鉛筆で記すことで、脳機能がずいぶんよくなったと実感する。記憶の定着率がいいのである。

■人は動物の一種であり、この宿命から逃れることはできない。このことを忘れている人もいるようだ。ITが脳のかわりをするようになり、英語の単語など記憶装置を額にぺたっとはりつければ辞書一冊分が脳にはいったようなもの。つまり脳機能のアウトソーシングができるなどと、某大手の何とかバンクの社長が得意げに語っていたことがあったが、仮にそうなったら、それはもう人間ではなくなる。そんな人間の増殖する社会が、まともな人間にとって住みやすいとは、とても思えない。

■デジタル化の進展の一方、アナログがますます必要になってくる。筆記の習慣をとりもどしたことで、あらためて思う。そのことをいち早く悟った賢い人たちは、ノートをIT機器と同様に使っている。ノートに筆記する人が以前に比べ増えたことは、ややホッとする現象だ。こういう人が増えると、もう少し暮らしやすい社会になるのではないか。IT機器に向かう時間が長い生活をしているだけに、ことさらそう思うのである。アナログの文化を絶やしてはいけない。アナログ文化が消えることは、人間の文化的退歩につながる。
by katorishu | 2013-06-19 12:31 | 文化一般
 6月13日(木)
■児童ポルノ禁止法改正案について御存じでろうか。5月29日、自民・公明・日本維新の会の3党が法案を国会に提出した。この法律で、今後深刻な事態を招来しそうなのは児童ポルノの「単純所持の禁止」が追加されたことである。この改正案が成立すると、かなり大変なことが起こる。

■6月12日発売の週刊プレイボーイが報じているところによれば、例えば、「単純所持の禁止」をうたう以上、18歳未満のアイドルの水着グラビアが掲載されている写真を持っているだけでも逮捕される可能性がある。また、イヤなヤツを陥れようとしたら、そうした画像をカバンの中やノートパソコンに仕込んでおくだけで犯罪者に仕立てあげることができるのだ。

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by katorishu | 2013-06-13 22:40 | 社会問題
 6月10日(月)
■このところ韓国映画を見ていなかった。邦画にこれといって見たいものがなかったので、レンタル店で借りたものをパソコンで見た。サスペンス仕立ての見事な人間ドラマに仕上がっていて感嘆した。原作は東野圭吾の大ベストセラー小説。日本でテレビドラマ化もされたこともあって、小説は200万部を超える売り上げとか。東野圭吾の名を知らしめた、記念碑的作品といってよい。

■僕は原作を読んでいないが、日本で制作した『白夜行』の映画は見た。堀北真希主演で、見応えがあった。当初、2005年に舞台化され、ついで2006年にテレビドラマ化。それをうけて2009年に韓国で映画化され、さらに2011年、日本での映画化となった。大阪で質屋が殺され、何人もの容疑者が捜査線上に浮かぶ。しかし、決定的な証拠がないまま事件は迷宮入りに。時効の迫るなか一人の刑事が執拗に犯人をあぶりだそうと試みる。被害者の息子と容疑者の娘のその後の人生を描きつつ、次第に「犯人」をあぶりだしていくのだが、その手際、構成がうまい。チャイコフスキーの白鳥の湖の音楽も効果的で、人生の悲しみと同時に深い感動をもたらす傑作である。

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by katorishu | 2013-06-10 19:56 | 映画演劇
6/8

■疲れたときの疲労回復は、人それぞれであるが、僕の場合は映画がもっとも手っ取り早い。もちろん、最高の疲労回復は睡眠だが。
 気楽に見られる映画ということで、たまたま選んだのが、『探偵はBARに居る』。東直己の「ススキノ探偵シリーズ」で、去年であったか上映された同名の作品は大ヒットであったという。私立探偵の大泉洋と研究者でありながら喧嘩が滅法強い松田龍平が主演で、コンビを組んで札幌のススキノを舞台に、殺人事件の解決に挑む。私立探偵ものである。

■前作の第1作が大変面白かったので見たのだが、柳の下に2匹目のドジョウはいなかったようで、第1作にまるで及ばない。原作はどうなっているのか知らないが、素材がなんだかテレビの2時間ドラマ風で、その域をでていない。アクション場面は派手で一応見せるが、結末がいかにも2時間ドラマの焼き直しという印象なのだ。内容に関係しているのかどうかわからないが、品川プリンスシネマでの入りはざっと数えて10名前後。金曜の夕方であった。品川駅界隈はたいへんな人出で活気があったのに。

■本当はウッディ・アレンのイタリアを舞台にしたロマンティック・コメディを見るため足を運んだのだが、明日から(すでに本日)。あまりけなすのも申し訳ないので、気楽に居眠りをしながらでも見られ、あとに何も残らない。エンターテインメントのひとつの方向を見せていた‥‥ほめるつもりが、そうではなくなってしまった。ともあれ、映画は映画館で見るものである。映画館で見る人がもう少し増えなければ、日本映画は浮上しない。
by katorishu | 2013-06-09 00:34 | 映画演劇
 6月7日(金)
■以下、少し長くなりますが、最後までお読みいただけましたら幸いです。
【酒縁社会】
■古代日本のことを記した中国の書物、『魏志倭人伝』には「人性、酒を飲む」と記されており、日本人は昔から酒がことのほか好きであった。その伝統は今に尾を引き、ビジネスや政治の場にも酒は色濃くはいりこんでいる。今は「死語」になりつつあるが、「料亭政治」などという言葉があり、「接待」という慣行があった。
 酒なしでは政治もビジネスも人間関係も、うまく機能していかない。こうした慣行、習慣をマイナス面ととる人もいるようだが、先行き閉塞感がただよう時代、むしろ積極的に評価してもよいのではないか。

■じっさい、会社の人事異動の話ひとつとっても、居酒屋などでの「腹を割った懇意な」まじわりの中で決まることが多い。根回しなどもたいていは酒の席で行われる。酒が縁をもって成り立つ社会、つまり「酒縁社会」である。良くも悪くもこれが「日本 らしさ」の象徴の一つであったのだが、アメリカナイズの進展の結果なのかどうか、このごろ、どうもこの伝統が崩れつつあるようだ。やっと欧米並になったと肯定的に評価する人もいるが、果たして「欧米並」に近づくことが本当によいことなのかどうか。

■よく知られているように、日本社会にはホンネとタテマエがあり、昼間の会議等ではタテマエをいいながら、夜の酒席でホンネを言い合って、重要なことが決まったりする。欧米的観点からは「日本的なずるさ」「曖昧さ」「無原則」と見えかねない。 そのため、「ボーダレス化」「グローバリゼーション」の時代だから、酒も欧米にあわせてプライベートな面に限るのが「正しい」という「常識」が世間に流布されている。
 断っておくが酔っぱらって仕事をせよなどといっているのではない。 欧米ではビジネスでの重要な決定などは酒の席では行われず、酒宴はあくまでビジネスの折衝が終わったあとに行うものとされている。
筆者は以前、日米合作ドラマに日本側の脚本家として加わり、ロサンジェルスのテレビ局で打ち合わせをしたことがあるが、打ち合わせの合間の食事は局舎内にある自動販売機のサンドイッチとコーラであった。仕事中なのだから、それが当たり前えというのである。一方、東京での打ち合わせの際は、昼食も高級なステーキハウスでとったと記憶する。

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by katorishu | 2013-06-07 11:33 | 文化一般
 6月5日(水)
■5日の朝日新聞デジタル版によると、厚生労働省が5日に公表した2012年の合計特殊出生率は1・41で、前年を0・02ポイント上回ったという。過去最低だった05年の1・26を底に緩やかな上昇傾向が続く。ただ、人口を維持できる2・07と比べるとまだ低い水準であり、死亡数から出生数を引いた人口の自然減は21万9153人で、過去最多を更新した。

■民族の興亡という観点から見ると、極めて由々しい状態が続く。現在の「日本問題」の多くは、つきつめると少子高齢化にいきつく。逆ピラミッド型の人口構成は恐らく人類史はじまって以来のものではないのか。年寄りを尊敬しなければいけないことは、民主主義社会にあっては当然のことで、まったく異論がないが、人口構成の不均衡は率直にって、大問題である。まだ序の口であることが、怖い。

■子を産む(持つ)生まないは、民主主義社会にあっては個人の自由であるし、国などの組織が強制すべきものではない。ただ、ほっといて良くなるものではなく、やはり政治の出番だろう。自発的に子供を産み育てる環境を整備していくことが、今ほど重要な時はなく、それを促すのに最も力があるのは政治である。子を産み育てることは動物の一種である人に備わった本能である。今、その本能が壊れつつある、といってよいだろう。社会が極めて人工的になり、動物本来の本能が正常に働くなくなっていることも、一因だろう。かといって、歯車を逆転させて「昔」にもどすワケにはいかない。

■少子化を防ぐ手立ては、たったひとる。子供を産み育てることが、素直に生きる喜びにつながる、そんな社会を構築することだ。そのために、例えば、小中学生はもちろん、公立の場合、高校卒業まで学費等は一切免除。更に子供を3人以上もった親には、子育て支援金を支給する。それだけでも、ずいぶんと少子化の環境はかわる。財源はたいして役だっていない道路建設や土地改良事業等々を、見直すことでいくらでも捻出できる。人口減は民族の滅亡に直結する。このことをしっかり把握して、ダイナミックに政策を打ち出せる議員を選ぶこと。それが今ほど大事なときはない。7月の参議院選は、日本が良くなるか更に悪くなるかの分水嶺となるのではないか。
by katorishu | 2013-06-05 23:20 | 社会問題