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<   2014年 01月 ( 9 )   > この月の画像一覧

1月29日(水)
■昨日、自由が丘に行く用事があった。都知事選で細川候補と小泉首相の街頭演説が18時からあるとのこと。選挙演説などちゃんと聴いたことはほとんどなかったが、二人の元首相が連日街頭演説をしている「異例の事態」である。聴かない手はない。やや遅れて選挙カーが到着するころには聴衆は数百人にのぼっていた。やがてまず小泉氏、ついで細川氏が防寒服姿で到着すると、拍手がわいた。最初に細川氏が演説。76歳とは思えない歯切れのよb0028235_1445673.jpgさで声もよく通る。当初「原発ゼロ」にふれず、東京都のかかえている問題やオリンピック開催を機に、東京をエコシティとして世界に発信していくことが大事と訴えた。

■良くも悪くも東京都は官僚組織がしっかりしているので、「誰がやっても」それほど大きな違いはない。違うのは「原発稼働」か「原発ゼロ」か。これこそ政治家が決断することと力説する。聴衆の食いつきはいい。次第に数も増えてきた。ついで小泉氏の演説がはじまった。間のとりかた、声のだしかた。笑いを誘う言葉をまじえて、わかりやすく、時に力強く、身振り手振りをまじえての演説で、ベテランの名役者でもかなわない。小泉氏の演説は初めて生で聴いたが、聴衆を引きつける技術は大変なものだ。脚本家として感嘆した。

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by katorishu | 2014-01-29 13:47 | 政治
 1月22日(水)
■本日、朝日新聞のWebマガジン、WEBRONZAで【昭和エロ・グロ・ナンセンスに見る現在――第2章 演劇篇(9)】  バラエティの元祖 ,配信です。以下のURLです。http://astand.asahi.com/magazine/wrculture/special/2014010900005.html …
現在の世相、芸能、流行の原点のほとんどは、この時代にあります。

■出だしの部分を以下に記します。

「レビュー」の基盤は「ナヤマシ会」

 無声映画の時代、映画は「活動」とよばれ、活動弁士、略して「活弁」が台詞入りで独特の名調子の語りをいれて盛り上げた。人気活弁になると映画の入りを大きく左右するほどの大きな存在で、観客はモノクロ画像以上に活弁の名調子を聞くのを楽しみに映画館に通ったりした。

 彼ら人気者の活弁が中心になって半ば「遊び心」ではじめた「隠し芸大会」といったものが、ナヤマシ会である。このナヤマシ会こそ、浅草を中心に起こった「レビュー」や「バラエティ」の「さきがけ」であると、山地幸雄は1942(昭和17)年に出した『国民娯楽演芸読本』で強調する。

 「ナヤマシ会に就いて、たまに書いたり、口にしたりするものはあっても、それをナヤマシ会的とか、ナヤマ会的とかいって、軽く一蹴して涼しい顔をしています。三尺さって師の影を踏まず、彼らの健忘症には、呆れるほかはありません。われわれが、現在、見たり聞いたりしている、レビューにしろ、アトラクションにしろ、ヴォードビルにしろ、ヴァリエティにしろ、その種類と形式の大半は、ナヤマシ会に負うている、と言っても過言ではありません」

 ナヤマシ会なる集まりは1927(昭和2)年、活弁らが主導して催した。発起人は人気活弁の山野一郎で、ナヤマシ会をはじめる動機についてこう語る。

 「前説がなくなりましてから、説明者は一年中、暗い舞台で喋っています。お客はわれわれの顔を知りません。別に知らなくとも差支はないが、気分的には、なんとなく顔を知っている方がお互いに親密だ。と、そう感じたのが計画の第一の理由でした。次に、われわれの仕事が、一見、変化に富んでいるようで、平板単調、一週間同じ映画の説明ではたまらなく退屈だ。で、なんとかこれを紛らわしたいものと思ったのが、理由の第二、もう一つは、われわれにも説明一本槍ではなく、唄もうたえれば、踊りも心得る芸人はドッサリいる、その隠し芸でも公開したら存外、お客は喜んで、より親しくなりはしないか、というのが、第三の理由でした」(『国民娯楽演芸読本』)

 前説とは映画がはじまる前、活弁がお客に向かって気分をほぐすため世間話をまじえ作品の見どころなどを語ることで、今でも観客をいれたテレビの収録などで、ADがお客の気分をほぐすため前説を行っている。

名づけ親は徳川夢声

 山野一郎によると、ナヤマシ会は当時山の手随一の洋画封切館であった新宿武蔵野館の弁士室で出た話だという。発起人は山野一郎、名づけ親は同じ人気活弁としてならした徳川夢声で、「どうせ、お客はナヤまされるにきまっている。そこで名前はナヤマシ会とつけますかな」といったことで決まった。

 当初は「ビジネス」という観点はなく、あくまで隠し芸の披露という意味づけであった。第1回は1926(大正15)年、芝の協調会館で行われた。ここは演芸ホールではなく「演説会場」として使われていた。

 『喜劇人廻り舞台』によると、洋服落語の「漫談」に楽士(前田環)のバイオリン・ソロ、映画狂の学生、古川ロッパの声帯模写、正岡容の自作落語など多彩な内容だった。

大辻司郎

 漫談を演じた大辻司郎は兜町の株屋から活弁に転向した人で、頭のてっぺんから出る奇声で「胸に一物、手に荷物」とか「海に近い海岸を」とか「勝手知ったる他人の家へ」「落つる涙をコワキにかかえ」などという「迷説明」で売り出した。
 自己PRにもたけていて、ある時期から画家の藤田嗣治や流行作家の吉屋信子をまねてオカッパ頭になった。

 大辻は吉屋信子と一緒に写真を撮りたがり、それを宣伝の手に使ったので吉屋信子に迷惑がられたという。さらに銀座をはじめ市内の各浴場に自分の名前入りの脱衣カゴを預けたり、変わった服装で銀座をぶらついたりした。大辻の名調子の一例をあげると、

 「漫談はゼイタク品じゃないデス。座談の延長であるデス。漫談の家元をとっておけっていってくれる人があるデスが、ゼイタク品じゃないであるデスから、そういう必要はないと思っとるデス」

 こんな調子であった。ところで、フランスには「慈善興行シルク(曲芸団)」なるものがあった。パリの一流の芸人が、その領分以外の隠し芸を披露して高い入場料で見せるもので、俳優が歌ったり、歌手が軽業をやったりする。劇場がハネたあと行われ通常夜の12時ごろにはじまり、午前3時ごろに終わる。帰りは車で帰る客も多く、貧乏人には無縁の催しだが、これが大変な人気で、純益は芸人の養老基金にあてられた。

 金儲けでなく「慈善」というのがミソであり、ナヤマシ会も当初この形をとった。第1回公演では、出演者へのギャラは石鹸1ダースで、大辻司郎など、「ハハア、顔を洗って出直せという洒落だよ」と話していたとか。だが、慈善では長続きしない。予想外の人気がでたことから次第に営利をも目指すようになった。

by katorishu | 2014-01-22 12:29 | 文化一般
 1月20日(月)
■1964年、東京オリンピックが開かれた年、東京都の65歳以上の「高齢者」は4,2%だった。お年寄りの比率は長い間、ずっとこんなものだった。ところが今度オリンピックが開かれる平成20年には65歳以上の割合は24%。4人に1人といってよい。従来の基準からすると、これがどんなに「異例」のことか。異例だとしても、現実を現実として受け入れなければならない。そのためには社会の運営システムを根本からかえていかないと社会は機能しなくなる。

■独居老人や要介護の老人も増え、少子化もすすみ、今のままのシステムだと「働き手」が激減する。人口は人の命にかかわる問題なので、戦時中のように産めよ増やせよと政府が音頭をとって奨励するわけにもいかない。アメリカのように移民を増やすことも選択肢のひとつだが、未だ「村社会日本」では抵抗が強い。では、どうしたらいいのか。僕の周囲を見回すと、70過ぎても、いや80過ぎても元気な老人は多く、働く意欲も能力も十分もっている。ところが、定年とか実質的な年齢制限があって、健常で十分働ける意欲も能力もあるのに、働く場から閉め出されているのが現状だ。

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by katorishu | 2014-01-20 10:12 | 社会問題
 1月17日(金)
■年が明けたと思ったら、早くも月の半ばを過ぎてしまった。本日は品川駅近くで今年二度目の新年会。陶芸家と現代美術のコレクターなど計6人。コレクター氏はバブル時期、十億単位の借金を背負ったが、最終的に借金をチャラにしたという。その話も面白く、「手記」でも書けばいいのにとすすめた。お父さんが戦前、戦中、満州で馬賊らともつきあい、莫大な財をなした。息子は30ちょっとで莫大な遺産をゆずりうけたが、きえてしまったという。この話も面白い。大衆居酒屋でけっこう飲み食いしたのに、一人2000円ちょっと。安い。われわれのほかは全員、ネクタイにスーツ族。

b0028235_2226182.jpg今年最初の新年会は麻布十番にある知人の事務所で。元出版社の社長や翻訳家など計5人。こちらも楽しい集まりで救われる。写真は元大手代理店勤務のI氏。彼のギターと歌を聴くのは初めて。はっぴいえんどやユーミンの歌を、渋い声で弾き語り。味がある。最後はフランスの作家でシンガーソング・ライターのボリス・ビヤンの話題でもりあがった。35歳で夭折した作家。「墓にツバをかけろ」は映画にもなった。「北京の秋」など秀逸。内外ともに多難の年だが、楽観主義でいったほうがよさそうだ。
 オプチミストは成功する、という金言がある。
b0028235_913276.jpgKADOKAWAの電子書籍ブックウォーカーで販売中です。「香取俊介」で検索し、お立ち寄りくだされば幸いです。
by katorishu | 2014-01-17 22:03 | 個人的な問題
 1月11日(土)
■今年の正月ほど、どこにもいかなかった年は珍しい。初詣は近くの品川神社に。たいてい浅草あたりまでいき、軽く飲食したりするのだが。以前は2日あたりから「新年会」をやった。昭和の40年ごろまでは「一族郎党」が何十人もあつまる新年会が恒例であったが、明治生まれの祖父が死んでからやらなくなった。高度成長によって「核家族化」がすすみ「家族制度」のもとで暮らした経験をもたない層が増え、次第に昔の行事、慣習もすたれた。生活は便利になって物質的には豊になったが、代償として失ったものも大きい。

■今年は縁あって「エネルギー」という新しいテーマに取り組む予定で、その関連図書、資料等を取り寄せたり、図書館で関連図書を借りたり、すでに10数冊が手元にある。まずこれを読破して基本的な知識、基本構図を構築してから取材等をすることになる。そのほか去年から引き続く「著名人インタビュー」。これは僕の好みで選ばせてもらっている。すでに山本陽子さん、三田佳子さんにじっくり話を聞いた。ほかに候補は俳優を中心に10数人。僕の好みで選ばせてもらっている。そのほか、諸々、ま、こういうの「貧乏暇なし」というのでしょうね。b0028235_12252088.jpg

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by katorishu | 2014-01-12 12:33 | 映画演劇
  1月9日(木)
■某新聞社で某ベテラン大女優にインタビュー。興味深い話を聞いた。彼女は台本をうけとると、紙の裏に一字一句すべて書き写すという。手で書き写すと書き手(脚本家)がこの台詞を書いたときの思いや呼吸、リズムがよくわかるし、なぜここに句読点がついているのかなどもよくわかり、作品世界の理解がすすむという。納得である。手で一字一句記すことで、書き手の「気」が伝わるのである。自分の台詞だけでなく相手の台詞も書き写すことで更に理解が深まる。なかなか出来ないことである。

■この言葉、若手の俳優などに聞かせてやりたい。台詞がいいにくいからと、言いやすいように勝手に直したり、またそれを認める演出家や監督。脚本家がどんな思いでその台詞を書いたか、すこしは思いを馳せて欲しいものだ。もちろん、書き手の思い違いなどもあり、実際に生身の俳優がしゃべるのを聞いて、変えたほうがいいこともある。それはいいとして、台詞を勝手に自分の都合のいいように、自分だけが目立つように言い換えてしまう役者が、結構多い。

■テレビドラマの現場で、以前は「本読み」や「リハーサル」をきちんとやっていて、本読みなどに脚本家も顔をだした。そのためその場で勝手に直す役者に脚本家がNOをいうことも多かったのだが。今は、そんなていねいな創りをしない。「経費節減」「効率化」「時間の節約」のため、稽古なしに「いきなり」収録が当たり前のようだ。それで良いものが出来ることもあるが、どうも機器に頼りすぎで、心をうつものが少ない。

■書き手も、「直される」のだからと、一字一句をゆるがせにしないという気構えもなく、ま、この程度で――という姿勢になっているのではないか。そんなドラマが多いという気がする。(僕自身、ひところドラマを量産していたとき、そんなやっつけ仕事もやっていたことを白状するが)。本日のインタビューで「大女優」は、やはり心構え、気構えが違うな、と思ったことだった。一芸に秀でる人は、どんな職種、仕事でも気構え、心構えが違うものである。
by katorishu | 2014-01-09 19:16 | 映画演劇
1月6日(月)
■世の中は仕事始め。ぼくのような「自由業」には始めも終わりもなく、仕事だか遊びだかわからない時間がだらだらと続く。それでも生活を比較的規則正しくしようと心掛けている。午前8時ごろには起きて、晴れた日には運河ぞいの道などを自転車で走ってコーヒー店にはいり、資料を読んだり、携帯パソコンで原稿を書いたり。ぼんやりしたり。

b0028235_185324.jpgそれにしても、今の時代の流れに素直にのっていけない。何かが違うのである。世の中間違っているとはいわない。いつだって人間は間違えてきた。勘違いをしてきて、多くの人を追い詰め、殺してきた。その最たるものが戦争である。依然として東アジア情勢は一歩間違うと局地戦になる可能性が消えない。日本、中国、韓国、そして北朝鮮。厄介な関係である。遡れば、日本も韓国(朝鮮)も中華帝国の強い影響のもと、一種の属国的あつかいだった。

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by katorishu | 2014-01-06 18:10 | 文化一般
1月5日(日)
■A級戦犯として3年間巣鴨プリズンですごした岸信介元首相(安倍晋三現首相の祖父)は郷里の山口から離れる前に、旧制1高の恩師から「自決」を促す短歌をもらった。それに対し岸信介はこんな歌を返した。
 『名にかへてこのみいくさの正しさを来世までも語りのこさむ』
「みいくさ」とは聖戦であり、岸信介はあの戦争に反省さえしていない。祖父の政治哲学を引き継ぐ安倍首相も国会で「侵略戦争の定義は定まっていない」と答弁し祖父から同じ歴史認識を受け継いでいる――とみられる。本日の東京新聞社説にのっていたものです。

■東京新聞は、マスコミのなかでかなりはっきり憲法改正反対の論陣をはっており、この点、産経新聞や読売新聞と対照的です。最近僕のよく読む新聞は東京新聞でコンビニで買います。一方で、じつは僕は産経新聞の前の論説委員長も読売新聞の前の西部本社社長も学生のときからの友人です。ホームレスから大会社の社長まで「友人・知人」にいれているので、宗教や政治信条がちがってもつきあいをやめることはありません。黒いなかにも白があり、白いなかにも黒がある。人間は白か黒か、そう簡単にわりきれるものではない。日頃からそう考えているので、脚本アーカイブズ委員長をやっていたとき、右といわれる産経から左の赤旗まb0028235_12254580.jpgで取材をうけました。文化欄ですが。僕を評して「香取は曖昧だ。何を考えているのかわからない」「ヌエみたいだ」などという声も聞こえてきそうですが、ぼくの中ではまるで矛盾していません。
 ★鉛筆画はよくいく品川図書館の脇の銀杏。神木といっていい威容です。

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by katorishu | 2014-01-05 12:36 | 社会問題
 1月元旦
■2014年という新しい年である。夢や希望は青年のころと変わらずにあるが、「持ち時間」が限られているので、欲張ったことは出来ない。毎年、元旦にはいちおう1年の計を考えるものの、計画通りにいったタメシはない。1割程度実現できればいいほうだ。で、今年は計をたてず、去年から継続していることの実現に力をいれたい――と思うのだが、さてどこまで実現できるものやら。

■大晦日の夜、というより正確には元旦になってから、久々にテレビを長時間見た。テレビ朝日の『朝まで生テb0028235_1135424.jpgレビ』である。今年80歳になる田原総一郎氏が司会で、もう20数年つづいている。田原氏と組んでこの番組を立ち上げた故日下プロデューサーと話をしたこともある。番組がはじまって間もないころ、『ゆく年くる年』の構成を担当したことが思い出された。当時はNHKをのぞく全民放が同じ『ゆく年くる年』を放送したのである。東京のキー局が毎年交代で制作することになっており、「みんな同じ」が好きな日本人らしい傾向であり、見方をかえれば「古き良き時代」だった。

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by katorishu | 2014-01-02 11:36 | 文化一般