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藤本義一文学賞、公募中

直木賞作家で、かつて「11PM」で名司会ぶりを見せた藤本義一さんを記念する文学賞、藤本義一文学賞が誕生し、現在公募中。7月末締め切り。15枚から30枚の短編。テーマは「帽子」。
ぜひチャレンジを!
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by katorishu | 2015-06-30 10:37 | 文化一般
 6月24日(水)
■西田敏行さんの「自伝」が現在、夕刊フジで月~金で連載中。聞き手は私。
西田敏行という希代の役者がどうやって「作られた」か、計40回にわたって連載予定。
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■西田さんは、対していて本当に気持ちがよくなる『人間味豊か』な役者。「スター」といわれる俳優のなかには、偏屈な人や妙に威張りたがる人もいるが、西田さんはごく自然体の人。西田さんは中学を卒業すると、福島から上京し、東京の高校にはいった。ところが、福島弁の方言が災いして、高校の雰囲気になかなか馴染めず、自然学校への足が遠のいた。かわりに西田さんは上野動物園通い。そこで思わぬ生き物と出会う。

■アフリカからつれてこられたゴリラである。西田さんは毎週のように通いゴリラと対面するうち、アイコンタクトをとることが出来るようになった。ブルブルというゴリラだった。見つめ合っているだけで、なんとなくお互いの気持ちが通い合い、心の会話がなちたつ気がした。「すくわれましたね」と西田さん。
 ブルブルはとっくに亡くなり、上野動物園長より送られたブルブルの写真は、今も西田さんの事務所に「宝物」のように飾られている。ちょっとホッとする話……。
by katorishu | 2015-06-24 13:53 | 映画演劇

東京作家大学での講義

さて、昨日は東京作家大学の講義。40人のクラスが3組。3回ほぼ同じ内容の講義をするのだが、回によって内容が微妙に変わる。
大学、専門学校等で何度か教えてきたが、こういうのは初めて。生徒も20代から80代まで。好み、価値観、美意識も違う。そこが面白いところ。
試みに創った「読む小説」を読み聞いてもらい、感想を書いてもらった。大変参考になる。
教えることは学ぶこと。
by katorishu | 2015-06-20 13:54
 6月17日(水)
■日本への原爆投下は「(太平洋)戦争を早く終わらせるためだった」と従来、アメリカ国内で原爆投下の正当性がいわれてきて、それが国民の「常識」になっていた。ところが、最近、世代交代がすすむにつれ、変化が生まれているという。
板垣英憲氏が伝えているところでは――埼玉県東松山市の「原爆の図丸木美術館」が6月13日から8月16日まで、ワシントンのアメリカン大学美術館で初めて開催を始めた「原爆の図」6作品の展覧会が、大きなきっかけとなった。
 それによると、アメリカの原爆投下は、当時、突然アメリカ大統領になったトルーマンの「私的な感情」「きまぐれ」からなされたのでは、という説も生まれているという。

◆原爆投下が、「原爆を広島、長崎に落としたのは、日本に戦争を早く止めさせるためだった」という原爆投下正当論によって後付される以前に、トルーマン大統領の「劣等感」によって決断されて、実行されたという点に注目すると、これからも、国家の最高指導者の私的な「感情」や「きまぐれ」によって原爆投下が行われることがあるのではないかという大きな課題を抱えることになった

◆ルーズベルト大統領が富豪の子弟であり、1904年にハーバード大学、1908年にはコロンビア大学ロースクールを卒業し、輝かしい名門エリートであったのに対して、トルーマン大統領は、農家の出で、高校を卒業し、その後銀行の事務職に就き、1906年に父親を手伝うために就農したことから、大学卒業以上の学歴を持たない最後の大統領だった。つまり、ルーズベルト大統領だったら、原爆投下を命じなかったのではないかということである

■国家のリーダー次第で、どうにでもなってしまう。怖いことである。よほど国民がしっかり監視の目を光らせていないと、「非常事態」だとして、とんでもないことに権限を行使し、悲惨な結果をもたらしかねない。昔の、しかも異国のことではなく、これからの日本でも起こりうるリスクである。本来なら権力監視が使命のひとつであるマスコミが果たすべき役割だが、この1,2年の大マスコミの腰の引け方は異常であり、ジャーナリスト精神を放棄してしまったようだ。憲法が「国民監視」のために使われたら、独裁国家も同然である。あくまで権力監視のカセとしての機能を強くもたせる、それが近代社会における憲法の最大の役割である。
by katorishu | 2015-06-17 09:46 | 政治
6月16日(火)
■俳優、西田敏行さんの「自伝」連載開始です。1部20回、月~金毎日、夕刊フジ芸能欄です。
当初は役者になるまでの話で興味深い。
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西田さんとは僕がテレビ局にいたころからの付き合い。人間の良さと芸の上手さを合わせもった貴重な存在だ。近年では「つりバカ日誌」のはまちゃん役で人気を呼んだ。僕が関係した大河ドラマ「山河燃ゆ」(共同脚本)で、兄弟でありながら敵・味方にわかれて闘う悲劇を演じた。兄役は松本幸四郎。

■久々に顔をあわせた西田さん。生来の人間の良さはかわらない。楽しい雰囲気の中でのインタビューで、聞き手のこちらの気持ちもなごんだ。お読みいただけましたら、幸いです。
by katorishu | 2015-06-16 02:20 | 映画演劇
6月15日(月)
■早くも半年以上すぎてしまった。予定の半分もこなせていないのに、時は非情に過ぎ去る。愚痴になるが「少年老い易く学成り難し」である。といって、落ち込んでもいられない。幸い「長生き」の遺伝子はもっているようなので、あと20年くらいは執筆の仕事ができるのでは、と楽観している。
 さて、本日からタブロイド紙の夕刊フジの芸能欄で俳優・西田敏行さんの「自伝・第1部」の連載がはじまります。1部、2部あわせて20回。聞き手は私です。

■西田さんとはテレビ局に在勤中、ドラマのスタッフであったときに知り合い、大河ドラマの「山河燃ゆ」(共同脚本)では、ホテルに缶詰めになりながら西田さんの台詞をどれほど多く書いたことか。山崎豊子さんの原作があるとはいえ、小説とドラマは本質的に違うところもあり、オリジナルで書いた台詞のほうが多い。日米戦争で兄弟が敵・味方にわかれて戦う物語である。背景には東京裁判もあり、今思うと骨太の作品だった。ああいう見ごたえのあるドラマをどうして今やらないのか、という声もよく聞く。

■西田さんは本当に「気配り」の人だ。役者は一般的に「我儘」なほうが演技がうまいものだが、西田さんは「我儘」でなく演技力、存在感が抜群の人だ。過日、久々にあい、率直に話を聞いた。病気をされて、以前のようなパワーは薄れているが、柔和で愛らしい眼の底に鋭いものを秘めている。西田さんを世に送り出したのは、舞台の「写楽考」である。経営的に厳しくなった青年座は、あの作品で立ち直ったといってよい。
 1部は金曜から月曜まで毎日、計20回連載です。お読みいただけると嬉しいですね。

★ついでながら朝日新聞のウェブマガジン「WEBRONZA」に長期連載の「昭和エロ・グロ・ナンセンス」も、おかげさまで好評です。お読みいただけましたら幸いです。半分は無料で読めます。無料で読める回もあります。

★更に、ついでながら、この度「麻布十番アカデミア」という「寺子屋」と「サロン」をかねた「学び舎」を、元新潮社編集者と元ランダムハウス講談社社長氏と設立しました。特別講師として例えばミリオンセラーとなった「人は見た目が9割」の著者・竹内一郎さんや、女性ならよく知っているフェイラーを日本に定着させ事業として大成功させた山川和子さん、元テレビレポーターで現在、アンチエイジング講座を担当している井波ゆき子さん等々。
「麻布十番アカデミア」で検索してくださればと思います。(エキサイトブログは、1クリックでサイトに飛べる機能がないようです)

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by katorishu | 2015-06-14 23:26 | 映画演劇
6月13日(土)
■麻布十番アカデミアの授業はじまっています。本日は脚本を書きたい人と、書くとどうしても童話風になってしまう生徒2人。90分の予定が180分に。

■何しろ少人数制の寺子屋でもあるので、時間も伸縮自在。テキストのひとつは、以前雑誌に発表した映画と小説の切っても切れない関係。永井荷風の「濹東綺譚」とそれがどのように映画化されたか、について。

それにしても教えるたびに思う。教えることは学ぶことであると。
by katorishu | 2015-06-13 22:06 | 文化一般
 6月4日(木)
■チェーホフの「かもめ」を日暮里駅近くの倉庫を改造した劇場で見た。演出は文学座のホープ、松本祐子氏。狭い空間をうまく使い、チェーホフの人間劇をうまく描き出し、魅せた。アルカージナ役の村松恭子さんの熱演が華を添えた。女優役をやると村松さんは光る。
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終わって劇場から出てきた若い女子二人が「すごく面白かった」「ドキドキした」と語っていた。
6月3日より7日まで。問い合わせは勝田演劇事務所☎080-9556-0079

■「かもめ」について、チェーホフは友人への手紙ので、「舞台の条件に背いて恐ろしくデタラメをならべてはいるのですが、いささか満足するところがないでもなく、書いています。[…]文学についての会話が多く、動きが少なく、5プードの恋愛あり」と記す。
 戯曲の中で、登場人物の口を借りて、「現代」の演劇の陳腐さ、古さ、月並みさをののしり「新しい形式が必要」と説いているのだ。

■この作、いまやチェーホフの代表的戯曲だが、初演で失敗に終わった。この戯曲のもつ新しさを当時の帝室劇場の役者では表現できなかった。2年後、モスクワ芸術座での公演で絶賛された。
本質的に新しいものは、時代の「常識」と相容れず、理解されない。そこで常識や世論に「降参」しては、たんに風変わりで終わってしまう。ここで発揮するのは「粘り」で、「常識」に敢えて挑み、これを打ち壊したとき、新しい文化が生まれる。科学などでも同じ。世界の科学史を読むと、「常識」との戦いの連続といってよい。
by katorishu | 2015-06-04 18:13 | 映画演劇
 6月4日(木)
■笹川平和財団笹川中東イスラム基金が6月2日、中東情勢を専門のジャーナリスト、ムハンマド・ダラグメ記者の講演会を行った。そのなかで、ダラグメ氏は、米欧軍の力で「イスラム国」を壊滅させることは出来ないと語ったそうだ。
以下は板垣英憲情報局からの引用――

◆米軍が3月2日、イラク治安部隊や警察、シーア派民兵、スンニ派部族兵、さらにイラン革命防衛隊を加えて、総勢兵力3万人がイスラム過激派「イスラム国=ISIL」に支配されている北部サラハッディーン県のティクリート(フセイン元大統領の出身地)奪還作戦を開始させ、米軍も空爆を続けて、ティクリートを奪還したものの、「イスラム国=ISIL」の勢力は衰えるどころか、ますます勢力を拡大しようとしている。
 ムハンマド・ダラグメ記者によると「イスラム国=ISILは、シリアの半分、イラクの3分の1を支配下に置いて、地域住民の支持を集めている。米国は、イラク戦争に失敗しているので、中東から出ていくしかない。英仏など欧州も中東を平和にすることはできない」と断言している。従って、メルケル首相がいかに懸命に呼びかけで、「G7」が結束して、「イスラム国=ISIL」の殲滅を試みても成功しないということだ。

■それが「事実」に近いのだろう。日本のメディアが報ずる「一部の切り抜き」のような報道では、中東の本当の姿が見えてこない。
 4人に1人といわれる膨大なイスラム教徒と共存共栄をはかるしか、危機の回避はできない。「カリフ制」の復活を企む「イスラム国」とは、なかなか共存共栄をはかることが難しいにしても、これを殲滅することは、もはや不可能。どこかで折り合うことしか道はないのでは?

★「寺子屋」と『サロン」をかねた「麻布十番アカデミア」オープンしました。以下のURLか、「麻布十番アカデミア」のキーワード検索で、おたちよりくだい。
http://literakraft.co.jp/academia/
by katorishu | 2015-06-04 10:23 | 政治
 6月3日(水)
■昭和初期、大不況のもと台頭するプロレタリア文学に対抗して『新興芸術派』が旗揚げされ、さらに『新感覚派』と称される川端康成等が輩出。当局の検閲等を戦い表現の幅をひろげた。稲垣足穂とならんで日本の文壇の異端児ともいうべき龍胆寺雄も、ナンセンス文学を積極的に評価した。龍胆寺は『文芸時代』の出身ではなく雑誌『改造』の懸賞募集に当選した「放浪時代」で世に出た。旺盛な筆力と批判精神で、この時期の文芸雑誌を攪乱したといってもよい。
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■『タンバリンを抛つ』(『文藝春秋』昭和4年5月号)から、龍胆寺雄の文学世界を覗いてみよう。
これは、金持ちのパトロンの慰みのため、ブルジョア階級の住む避暑地に、金のためにダンスを披露しにいった男(僕)と女(瑠美)の不安定な心理を描いた短編小説である。

 瑠美の手紙は匂い入りの薄い絹紙の半ぺらに、鉛筆を嘗め畳みのおもての凹凸をたどって、こんなことを述べて居た。
 ――ねんぢゆうおしッこばかり出たくて、ご不浄へ行っても出ないの。早く帰って、ネ。
 僕は絹紙をいきなり揉み苦茶にして、手のひらで垢の様にまるめて、――力一杯床へ弾まして、絨緞の中へスリッパで踏みにぢってしまった。胸の中が変にガラン洞になった様で、嬉しくって悲しくって、愉快で、涙が出そうで、小鼻のあたりをピクピクさせながら、
 『誰が帰るもンか!』
 今にも洪水で堤の切れそうな眼をわざとみはって、壁掛け時計に僕は云った。大きな樫の錘をゆるゆると振って、陰気な魂の音を立てて居る壁掛け時計に。

■瑠美は妊娠しており、いずれ東京にもどって乳牛を育ててミルクを赤ちゃんに飲ませる夢をもっている。が、今は二人ともパトロンのブルジョア婦人を慰める芸人の存在だ。やがて、「僕」はパトロンを振り切り、瑠美とともに避暑地から出立する。そこまでの経緯をエネルギッシュに描いている。

■随所に「新感覚」にあふれた文体がちりばめられている。一部を紹介すると――。
 【僕の頭が蒼空の様に僕の方から晴れてきた】
 【桃色のクッションの中で真珠貝の様にうたた寝をして居た羽根扇の奥さんに、肩を揺すぶって僕は云った】
 【浴衣のようにサラリと僕は彼女から立った】
 【風は死んで天と地とがこっそりと闇の中で唇を寄せ合って居た】
 登場人物の個性、性格にあわせてシンボリックに描いた文体で、ユーモラスでもあり、なるほどこういう表現があるのかと、新鮮な感覚に打たれる。

■エロ・グロ・ナンセンスがはやり、新感覚派の文学がもてはやされた時期、龍胆寺は年間6冊も単行本をだすなど極めて旺盛な筆力を発揮した。
 プロレタリア作家として出発し、やがて転向した作家、平林たい子は龍胆寺の『魔子』をひきあいにだして、なぜ龍胆寺作品にそれほど需要が多いかについて分析し、一番目につく特徴は「何と言ってもこの形式である。この形式を特徴づけているものは、そのセンテンスの長さと、ある基準によって一定の狭い限界をもつ言葉の種類とである」と指摘した。

■当時、龍胆寺はもっとも売れっ子の「流行作家」ではあったが、新感覚派の勢いが潰えるにつれ、執筆意欲をなくしていった。
 そして、川端康成などとの確執もあってまもなく文壇から完全に身をひき、後半生はサボテンを育てることに情熱を注いだ。
 龍胆寺があのまま書き続けたら、横光利一や川端康成とはまたちがった、独特のナンセンスでエロティックな文学世界を築いたのではないか。
http://webronza.asahi.com/culture/articles/2015032700008.html

★麻布十番アカデミア、オープンしました。以下のURLでホームページに飛びます。
http://literakraft.co.jp/academia/
by katorishu | 2015-06-03 17:29 | 文化一般