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  9月24日(金)。
 清瀬市にあるハンセン病の療養所、多磨全生園にいく。「アバ音楽の森」というNPO代表で作曲家の高橋如安さんと午後3時、西武池袋線の清瀬駅で待ち合わせた。
 多磨全生園の退所者で、ハンセン病であったことを実名で記した本『証言・日本人の過ち』(藤田真一編著・人間と歴史者)の証言者、森元美代治氏と夫人の美恵子氏に会って、いろいろとお話をきくためだった。
 藤本氏は現在、66歳。2年前、療養所を退所し、清瀬市内のアパートで、夫人の美恵子氏(59歳)と一緒に暮らし、ハンセン病への、いわれなき差別の問題に真摯に取り組んでいる。
 氏はハンセン病であることを実名で公表し、この病気に対する誤解、偏見、差別などを訴えた。ほとんど初めての試みで、そこに踏み切るまでの氏の苦悩は深かった。なにより、家族親族が猛烈に反対し、氏は何度も窮地にたたされた。
 
 氏は喜界島の生まれで、中学生のとき発病した。「らい予防法」によって強制隔離されてから今日に至る氏の歩みは、「聞くも涙、語るも涙」の物語である。
 「アバ音楽の森」で、森元氏の体験をもとに子供向けのミュージカルをやろうということになり、その台本をぼくが書くので、ご夫妻のお話をうかがうことにしたのである。
 ハンセン病は「らい病」「レプラ」などといわれ、つい最近まで極めて恐ろしい業病として、恐れられてきた。「らい予防法」という法律によって患者は、社会から強制的に隔離され、地域社会ばかりでなく家族からも「絶縁』同様のあつかいを受けてきた。
 ようやく患者や関係者の努力が実り、8年前「らい予防法」は廃止され、ハンセン病は「ごく普通の感染病」のひとつと認められた。感染力は極めて弱く、21世紀になってから我が国で新たに発生した患者は年に5人ほどだという。
 現在13ある国立の療養所と2つの民間施設に計3600人ほどの入所者がおり、平均年齢は76歳を超えているという。ただ長年、社会から隔離されていた上、高齢でもあり、社会復帰は容易ではない。
 特効薬の開発や生活環境の改善で、我が国では感染者が激減し、すでに過去の病になりつつあるが、海外ではインドなどを中心に例えば2002年度だけでも72万人もの新しい患者が発生しているという。

 森元氏の夫人の絵美子さんは太平洋戦争で、日本がインドネシアを占領したとき、日本兵と現地インドネシア女性とのあいでにできた混血児で、日本に留学しているときの昭和42年、ハンセン病を発症し、多磨全生園に入所。そこで出会った森元氏とやがて結婚した。
 絵美子氏によると、インドネシア でのハンセン病への偏見、差別は日本以上で、今もなお夫婦が元ハンセン病患者であったことは、現地では明かしていないという。

 一族からハンセン病患者がでると、親族の結婚、就職などにさしつかえるからと、家族はひたかくしにしてきた。病気というより患者そのものの「抹殺」を主眼にしてきた「らい予防法」や関係機関の無知、無理解がこの傾向に拍車をかけたようだ。
 じっさい、森元氏の語る差別の実態はすさまじいもので、病の苦しみの上に更に、偏見、差別と戦わねばならなかった。
 そんな偏見、差別の重圧をのりこえ、家族の猛反対を押し切って「カミングアウト」した森元氏。勇気ある行動を土台に、「家族からも切り離される」患者の悲しみと、これを克服していく勇気を土台に、台本を書いてみたい。
 ハンセン病といえば、学生時代に読んだ北条民雄の『命の初夜』という作品が思い出される。川端康成の推薦で文芸雑誌に掲載されたもので、当時「らい病」といった病に冒された青年の絶望がひしひしと伝わり、慄然とした気持ちになったことを、覚えている。
 この問題を主題にすえ松本清張は『砂の器』を書いた。映画化もされたが、主人公の苦悩がせつせつと伝わってくるいい映画だった。最近TBSで放送された連続ドラマ『砂の器』は、ハンセン病という主題を敢えてはずして描かれたもので、森元氏は「あれは……」とまったく評価していなかった。

 森元氏は人にいえない苦悶に50年以上にわたってさらされてきたのだが、患者の中では比較的軽症のほうで、外見からはハンセン病の患者であったとは感じられないほどだ。しかし、森元氏は右目は失明しており、一時は耐えきれない痛みに懊悩し、一方、ひたすら病を隠し、住所をも隠す生活をつづけていた。
 氏がカミングアウトしたことで、兄姉たちからの反発、怒りをかい、ようやく今年の5月に、兄姉たちとの完全な「和解」が成立したという。それまでの氏の苦しみはどんなものであったのか。氏の境遇に身をおいて想像すると、言葉を失ってしまう。
 どのようなミュージカルにしあがるか。基礎となる台本をどう書くか、そう簡単には書けないなと、さまざまに思いめぐらせながら、3時間近く、お話をうかがった。
「最後は明るい光が見えてくるものにしたいですね」
 とぼくがいうと、森元氏も同じ意見だった。フィクション部分も付け加えることになるかと思うが、さて、どんなものができあがるか。ぼくも含めて、関係する多くのかたがたは、ほとんどボランティアである。
# by katorishu | 2004-09-25 00:51
9月23日(木)。
 東京にもようやく涼しさがもどった。これからは「読書の秋」で、最も脳が活性化する時だと想うが、残念なことに本を読まない人が年々多くなっているようだ。マスコミで仕事をしているぼくの知り合いの中にも、ほとんど本を読まず、「読書」といえば週刊誌程度といった人もいる。
 ひどいのは、新聞、週刊誌もほとんど読まず、情報jはテレビから……という人もいる。それなりの業績をあげた人で、特に目が悪いわけではない。読書は根気がいるので、それを厭うのだろう。話題の本は誰かに読んでもらって、そのエッセンスをあたかも読んだように人に語る。過去の「成功体験」によりかかっている人に、この類の人が多いようだ。

 読書は抽象度が高い知的体験で、人間だけがもっている固有の習慣であり、これが文明を発展させてきた。そもそも、人がものを考えるのは、言語を獲得したからである。これは水尾比呂志という美学者からの受け売りだが、「花はなぜ美しいのか」。大学の講義のはじまりなどで、ぼくは学生にそんな問いを発する。
 「花って、きれいだから」「真っ赤だから」美しいのでは……といった答えが返ってくる。じつは「花が美しい」のは「美しい」という言葉があるからなのである。言語をもたない動物には、花の美しさは感じられない。抽象的な概念はすべて言語があるからこそ存在するのである。
 「悲しい」という言葉があるから、われわれは「悲しい」のであり、「切ない」という言葉があるからこそ「切ない」感情を抱けるのである。「わび」や「さび」にしても同じである。欧米には「わび」も「さび」もない。なぜなら「わび」や「さび」という言葉がないからである。

 それほどにも言葉は大事なのであり、人間と動物との違いを一言でいうなら、言語をもっているかいないかである。イルカやコウモリなど、「信号」はもっているものの、言語まで高まっていない。言語の特性は、抽象的な表現ができるという点である。
 そんな言語がぎっしりつまった本。これが軽視されつつあるのが、現下の悲しい状況である。言語駆使能力の貧しさは、思考力や想像力の貧しさに直ちに通じる。
 読書の習慣が身につけば、読書は決して苦労がともなうものではなく、知的に興奮するし、快楽に通じるものなのだが。
 考え想像し、創造することの楽しさ、充実感を味あわずに、国語を単に受験のための技術として処理し、、学校を卒業後は本とは無縁の生活を送る人も多い。ぼくにいわせれば、愚の骨頂である。

 なにも読書などしなくても、その道一筋の職人などがインテリなど足下にも及ばない寸鉄人を刺す言葉をはくこともある。 そういうひとは、日々の仕事の中で自己研鑽し、そこから凝縮したものをつかみだしているだろう。しかし、10代や20代で、そんな境地に達せられるものではない。
 精神の土壌を肥やすのに、一番お金もかからず、誰でもがとりかかれるのが読書である。幸い図書館も至る所にあり、本も比較的安く手にはいる。新古書店などというものもできており、今のように読みたい本が手軽に手にはいる時はなかった。
 若いときの読書はその後の人生に決定的な役割をおよぼす。このことを銘記してもらいたいものだ。

 ゲームや音楽もいいが、精神や思考力の基礎になるのは、なにをおいても読書である。読書、読書、読書。プロ野球を騒がしたスト問題で、活躍したヤクルトの古田選手のことを「報道ステーション」で取り上げていたが、野村元監督が、「ヤクルトの選手には珍しく、古田は移動のとき、列車や飛行機の中でよく本を読んでいた。頭がいいんです」と語っていた。
 ひいでる人間は、スポーツ選手であっても、よく本を読んでいるのである。

 それにしても、本の価値もさがったものだ。同業者への配慮もあって、ぼくはなるべく新刊本を買うことにしているが、ブックオフにもときどき足を運ぶ。 本日、コーヒー店にいった帰り、ブックオフで3冊本を買った。
「イスラームとアメリカ」(山内昌之・中公文庫)、「風俗学」(多田道太郎・ちくま文庫)。「外圧国家ニッポン」(ポール・ボネ・角川文庫)。この3冊でしめて200円である。セールということであったが、いかにも安い。安すぎる。この3冊にどれほどの知識、見識がつまっていることか。
 テレビ関係者の中で「本は高いですね」といったバカがいたが、本ほど安くて豊饒なものはない。今時、本を読まない人は、ぼくにいわせれば、愚かとしかいいようがない。現実主義的、功利主義的に考えても、若いときに本を読む読まないで、その後の人生は変わっていくだろう。今後、世界は一部の「創造的な人間」と、多数の「消費的な人間」に分化されていくにちがいない。
「創造的人間」の部類にはいるなら、まず読書。一にも二にも、読書である。断っておくが「創造的人間」が上で「消費的人間」が劣るといっているのではない。
 ただ、ぼく個人としては、せっかくこの世に「知恵をもった「人間」として生まれてきたのである。「創造的人間」であり続けたいし、そうでなかったら、ほとんど生きている甲斐がない。
# by katorishu | 2004-09-24 00:14

異常気象の行く末

 9月22日(水)。
 東京は今日も真夏日。単なる自然の気候変動とはちがうものを感じてしまう。
 昨日、テレビで新橋周辺の気温が以前と比べ数度上昇していると報じていた。学者のコメントでは、東京湾ぞいにたてられた高層ビル群が海風をさえぎることに加え、ビルそのものが熱の放射源になっていて気温の上昇をもたらしているのだという。

 深刻に考えている人は少ないようだが、アメリカのペンタゴン文書でも温暖化の影響はテロより深刻……と指摘している。
 有限の地下資源を大量に消費する文明をこのまま続けていけば、どういうことになるのか。
 急増する人口を考えると、行く手には恐ろしい事態がまちかまえており、心ある科学者などはしきりに警告を発している。しかし、大きな世論となっていかない。
 世の動きに大きな影響力をおよぼす政官財の人たちが、そもそも我が身のこととして真剣に考えていないのである。真剣に考えているとしたら、彼らの中で一人ぐらい徒歩、あるいは自転車で国会や会社にやってくる人がいていいのに。
 昔、国鉄の総裁であった石田礼助は、ハイヤーなどに乗らず、湘南電車で通勤していた。政府臨調で大きな役割をはたした土光敏夫も、目ざしの朝食に象徴されるように、質素な生活ぶりであったときく。現在の政官財のリーダーで、石田礼助や土光敏夫に恥じない行動を自ら実践している人は果たして何人いるだろうか。
 
 まるで年中行事のように繰り返される「汚職」や「不祥事」。リーダー層のなかに、下の者に範をしめそうとする人間が少なさ過ぎるのである。驕り、慢心、傲慢……といった形容詞があてはまる人ばかりで、それが特権であると思っている人もいるようだ。
 リーダーとは、そういう驕慢さをより強くもった人……といいたくなる。「下は上を見習う」のは世の常である。上を見習わない部下は排除されがちだ。かくて、「ミニ・金正日」「ミニ・ミニ・金正日」がいろんなところにはびこって、世の中を住みにくくさせている。
 
 環境の劣化のあとに、いずれやってくるのは、食料難である。すでに食料を自給自足できる国は急速に減ってきており、一方で人口は急増し、資源を大量消費する文化がはびこっている……。
 この果てになにがあるか、小学生でもわかる。先進国の人間が傲慢さをあらため、危機を自覚し、文明のシステムを変える努力をすれば、まだ引き返せるのだが……。
 しかし、彼らこそ「便利さ」「快適さ」になれきった人間である。そう簡単にこのシステムを手放しはしない。
 
 「公害」が問題となったときのように、環境が劣化し、いきつくところへいかないと、多くの人は動かないのだろう。異常気象は世界的規模で起きており、「公害」問題のときのように、短期間で解決することはむずかしい。釜の水にはいったカエルは、じょじょに熱せられると、熱くなったことに気づかず、たまらなくなって飛びだそうとしたときには、すでに茹でられてしまっているという。
 同じようなことが、今、地球規模で起こっているのだが、それにしては、ぼくもふくめて、みんな暢気なものである。このままで文明が50年、100年続いたら、お慰みである。
# by katorishu | 2004-09-22 22:14

不眠の効用

 9月21日(火)。
 15時半、新宿京王プラザホテルの「樹林」で、映画の打ち合わせ。といってもまだ企画の段階で、今後どういう展開になるか。原作、監督、主演女優は決まっており、実現すればぼくがシナリオを書くことになるはずだが。この役は誰それ、この役はあの人に……とそれぞれが思っている「希望」を話すときが、一番楽しいときかもしれない。2時間ほどが瞬く間に過ぎた。まずは実現にむけての第一歩。

 朝の5時、6時まで起きていることがしばしばで、そんなときは、なかなか眠れないので、睡眠薬を飲む。子供のときから「不眠症」気味で、ぼくは自分の「宿痾(しゅくあ)」であると思っている。目下、ほかはどこも悪くはないのだが、これだけは治らない。

 普通に眠れたら、おそらくぼくは違う道を歩いていただろう。明日が試験とか重要な会合、打ち合わせがあるとなると、気持ちが冴えてしまって、なかなか眠れない。受験のとき、英語の試験で突然、睡魔に襲われ、困惑したことがある。もちろん、前夜ほとんど眠れなかったからなのだが、あのときもし睡魔に襲われなかったら、合格していたかもしれず、その後の自分の人生は大きくかわっていたはずだ。
 不眠による注意力散漫で、これまでどれほどミスを犯してきたか。主に不眠が原因で、今でも週のうち三日ほどは「時差ボケ」状態であり、そんなとき書いた原稿は誤字脱字も多い。以前、あるプロデューサーに「香取さんは出来不出来の波がある」といわれたが、不眠からくる時差ボケが主な原因のはずだ。

 不眠症などとは無縁の人が、羨ましく、かつ憎らしい。
 日本人一般の通弊として、睡眠薬を飲むことはなにか悪いことのように感じている人がまだまだ多い。あれほど不眠に悩んだぼくが睡眠薬をはじめて利用したのは、15年ほど前のことである。それまでは眠るためにアルコールを飲んでいた。これがじつは、睡眠不足をもたらす元凶だったようである。アルコールの力で比較的容易に眠りにつくものの2,3時間で目がさめてしまい、以後眠れなくなる。アルコールには、そういう作用があると医師から聞いてた。 以後、アルコールに頼ることをやめたのだが、どうしてもっと早くこれに気がつかなかったのか。気がついていれば、過去に犯した数々のミスも半減していたであろうに。

 ただ、睡眠薬を飲めばいいというものでもない。以前、アメリカにいってドラッグストアでいろいろな睡眠薬を買いこみ、服用するうち、一種の「中毒」症状にかかってしまったこともある。常用していると、薬の常でだんだん効かなくなって量が増える。すると肝臓にも負担をかけるし、夕方、突然、ものすごい睡魔に襲われることもある。心臓にも悪いようで、医者にいき睡眠薬を処方してもらうことにした。
 しかし、一般の開業医や内科の医者だと、どうもおざなりで、自分の体質とあわない。診療もせず、受付で頼むと自動的にだしてくれた医院もある。副作用もそれなりに強く、昼間、呂律がまわりにくくなったり、知らない人には、「いい加減なやつだ」とか「昼間から酒を飲んでいる」などといわれたりした……。

 数年前、若林の神津クリニックにいき、睡眠薬では比較的軽いレンドルミンを処方されてから、副作用もなく、今はこれを飲んでいる。といっても、毎日飲んでいるわけではなく、根をつめて仕事をしたときとか、朝まで起きていて眠るときなど。時間の効率化のためにも、レンドルミンは欠かせない。
 引っ越しをしたあと、神津クリニックが少々遠くなったので、一時、三軒茶屋病院にいったことがあるが、レンドルミンまがいのへんな薬をだされ、口のなかが苦くなるとともに、頭が昼間でもぼーっとすることが多く、やめた。行くたびに医者がかわり、ぼくのような「軽症」の患者には、どうもおざなり……といった印象を払拭できなかった。

 再び神津クリニックにいくようになって、今はなんの副作用もない。日本人の5人に1人は不眠症とか、なにかの記事にでていた。アメリカはもっと比率が高く、不眠とどう向き合うかは、現代人にとって大きな問題である。横になればすぐ眠れる人には、理解できないかもしれない。
 ただ、不眠症がマイナス面ばかりかというと、そうでもないところが、人生の面白いところである。ぼくなど、不眠のおかげで、いろいろとミスも犯したものの、どれほど多くの本を寝床で読み、どれほど多くの妄想をたくましゅうしたことか。それらは、フィクションを書く上で、かなり役だっている。一日を思い返し、ああでもない、こうでもない……と思い悩み、こう有りたい自分、こうあって欲しい自分などを、さまざまに思い描く作業は、そのまま創作の作業につながるものだ。

 勤めている時期、眠れないので、夜中に起きて原稿に向かったことなど、しばしばだった。おかげで、勤め先にいったときは疲れきって、居眠りをしたりミスをしたり。「いい加減なヤツだ」と思われていたにちがいない。たしかに注意力が散漫になるので、いい加減になってしまい、そのためにも一日でも早く作家という自由業になろうと、それなりの努力はした。
 不眠症であったからこそ、おかげさまで、作家になれた、といってもいいかもしれない。
 世の中、プラスだけのことがないのと同様、マイナスだけのこともない。光があれば影があり、逆に影があれば光がある。マイナスのカードをあつめると、強力な手になるトランプ遊びのように、状況が逆転する。さらにまた逆転、そして逆転。これがなくてはゲームは面白くない。人生航路というゲームも同じである。
# by katorishu | 2004-09-22 00:10
 9月20日(日)。敬老の日で国民の祝日だが、フリーの物書きで、年など忘れているぼくには関係がない。もう何10年も前から「生涯一書生」を貫こうと思い決めている。
 人を管理したくもないし、されたくもない。まさに「自由業」であるが、これは今のような世の中になると、かならずしも自由で楽な生き方ではない。
 学生時代の友人で50歳をさかいに日本での仕事を一切やめてマニラに移り住んだS氏が、「自由業とは不自由業なんだよね」といつかいっていた。いわんとするところは「仕事をほされる自由」「お金がはいってこない」つまり「貧乏になる自由」も充分すぎるほどあるということだ。

 ぼくは「日本放送作家協会」というところに所属している。放送に関係する台本などの執筆を主な仕事としている人の集まりで、一種の「貧乏」文化団体である。一定の業績があり会員2名の推薦があれば、月に会費1000円で誰でも会員になれる。会員は現在1000人前後いるが、このうち「文筆」で「食べられる」だけの仕事を常時している人は(平均的サラリーマンの収入を得ている人)、おそらく3分の1もいないのではないか。
 金銭という面から考えたら、労多くしてむくわれない仕事である。出版不況の折り、活字の分野で「文筆」を業としている人も大同小異だろう。業界の実態を知らない人は、本を出したり、テレビ画面にクレジットで名前が出たりするので、「さぞ、おいしい思い」をしているにちがいないと考えているムキも多いようだが、実態を知ったら唖然とするにちがいない。

 活字の分野でも映像の分野でも同じだが、「良心的で」「誠実な」仕事をすればするほど、収入は低下し、「やっと食べている」という人が、ほとんどである。
 一握りの「売れっ子」が目立つので、「優雅な印税生活」などと冷やかす人もいるが、それは実態をまったく知らない人の言葉である。
 分野はちがうものの、ひところ「日本映画監督協会」の会員の平均年収が300万円であると、ある監督から聞いたことがある。多くの作家、脚本家も、その程度のものである。組織で保護されている人たちのほうが、はるかに「高給」をはんでいる。

 そんな「自由」という名の「不自由業」ではあるが、仮にもう一度生まれてくるとしたら、ぼくは、また「文筆業」を選ぶにちがいない。まちがっても、毎朝ネクタイをしめて同じ場所に通う仕事にはつかないだろう。
 例えば小説。仕上がった結果の出来、不出来はともかく、すくなくとも書いているときは自分が世界の中心におり、一種「神の立場」にたって「一つの世界」を創造している。時間を忘れるほど熱中することもあり、そういうときは「もう一つの現実」に立ち会い、その世界を「生きて」おり、人物とともに怒り、泣き、喜んだりして、興奮する。
 いつもそういう状態にあるわけではなく、その場にふさわしい文章や台詞が出てこずに、呻吟し、冷や汗をかき、懊悩するのであるが、壁を抜けて瞬間、作中人物になりきることがある。そんなときは筆が走り、精神が高揚する。たまさか訪れる、あの瞬間は、なにものにも代え難い。それと完成したときの達成感。

 よく役者と乞食は三日やったらやめられないといわれるが、作家にもあてはまる。もっとも、ある程度、自分の思っていることを自分の好きなように書ける限りであるが。
 ひたすら自分を殺して「注文主」の気にいるよう、気にいるように……と書いていたのでは、よほどの収入をもらわない限り、割にあわないし、ストレスも多く、文字通り「割に合わない職業」である。

 別途収入や不労所得があるひとは別だが、筆一本で「食べて」いる人は、注文主の意向を無視することは直ちに「無収入」に直結するので、意向にそった方向で書きながら、随所に自分の書きたい要素をいれていく。自分の書きたい要素こそ、その作家の個性であり、持ち味なのだが、そちらを前面に押し出すと、おうおうにして注文主とぶつかる。そのへんの微妙なせめぎ合いは、体験した人でないとわからないかもしれない。
 もっとも、一握りの「売れっ子」は別で、とにかく「我が儘」がきくので、自分の書きたいものを書きたいように書ける。
 ただ、「売れる」ものを数多く書く人は、今の時代、なにを書けば売れるかを、よく知っており、自然に「消費者」の意向にそって書く「クセ」がついているようだ。

 本当は自分の切実に訴えたいもの、書きたいものを最優先で書くべきなのだが、「職業」となると、そうもいかない場合がある。何十人もの個性がかかわる映画やテレビドラマなどは特にそうで、いろいろな条件、注文にがんじがらめにされて、極めて不自由さのなかで書くのである。
 あれもだめ、これもだめ、と手かせ、足かせをはめられて、それでも限られた条件のなかで何を表現できるか。ぎりぎり追求して思いがけぬ効果をあげたとき、そこに喜びも生まれる。
そんなことに喜びを見いだせないひとは、プロの文筆家にならないほうがいいだろう。

 サービス精神などを一切排し、「自分の書きたいものしか書かない」と断言している人もいるが、皮肉なことに、それで傑作ができるかとなると、必ずしもそうでなはい。
 世界的な文豪のバルザックやドストエフスキーがある時期、借金返済のために短期間にしゃかりきになって書きに書いた。つまり「お金」のために書いたのだが、それらの作が駄作かというと、そんなことはない。
 じつは書く上の動機や経緯などは、どうでもいいのかもしれない。要は書き上げた作品が面白いか、面白くないかである。「面白さ」の定義はむずかしいが、「面白くなさ」の定義は簡単である。それを読んだ(見た)人が、「ああ、時間を無駄にした」と思えるような作である。もっとも、人によって面白さの位置づけが違うので、ややこしい。
 25年近く文筆業をやってきたが、他人の感ずる「面白さ」の意味をはかりかねる。ぼくの作に限っても、ある人の面白いと思うところが、ある人にはつまらない部分であったり、作品の評価はわかれる。願わくば、ぼくの「面白い」と思う部分を面白いと思ってくれる、編集者やプロデューサーや監督などと組みたいものだが、これがなかなか一致しないことも多い。
 かくて「不自由」さという重荷からなかなか解放されない。
# by katorishu | 2004-09-21 00:31