コラム


by katorishu
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

ハンセン病文学

 11月16日。
 このところ、ハンセン病のミュージカルの台本を書いているので、関連の著書を読むことに多くの時間を費やしている。
 本日、インターネットで注文しておいた「向日葵通り」(田中美佐雄)という歌集が届いた。
田中さんは明治41年の生まれだというから、すでに90代の半ば。昭和3年、ハンセン病を発病して以来、世間から隔離された人生を送ってきた。
 そんな生活の中で見たこと感じたことが、素直に短歌に描きこまれている。歌集は皓星社というハンセン病関連の著書を多くだしている出版社から出ている。
 「ハンセン病文学全集」第一期、全10巻の刊行がはじまっていることを、同封のパンフによって知った。
 編集委員として記録・随筆・児童作品を鶴見俊輔氏が、評論・評伝を大谷藤郎氏が、詩・短歌・俳句・川柳を大岡信氏が、そして小説部門を加賀乙彦氏が編集している。
 第一期の作品は、全国各地の療養所の患者・元患者たちが出した単行本から集めれたということだ。すでに絶版になっている本や私家版が多いが、日本文学史の空白を埋める文学として、もっと広く知られていい「文学」である。

 じつはぼく自身、ハンセン病に関連した文学は、学生時代に北条民雄の『命の初夜』を読んだだけだった。この作は川端康成が推挙して世にでた作品だが、読み終えたとき、清瀬にある多磨全生園に隔離された北条民雄の、鬱屈や絶望が胸に迫り、体の震えるような気持ちになった。
 世の中に、こういう現実があったのかと驚いた。島崎藤村の『破壊』を読んだのは高校の2年のときで、それまで東京に育ったぼくは、そんな「差別」があることを、じつは知らなかった。
 驚くと同時に、日本人というのは、「いやな民族だな」と思ったことを覚えている。

 ハンセン病は、戦後になっても、「らい予防法」という誤った措置によって、「怖い病気」とされ、患者は強制的に隔離され、一種の「収容所」に閉じこめられた生活を余儀なくされてきた。
 影響力のある一部仏教が、前世の因果とか、業病とかいう誤った考えを国民に植え付けたこともあり、この病気にかかると、患者は家族はもちろん、一族からも排除され、関係を絶たれた。そして、「この世になき者」として、幽閉された生活を送らなければならなかった。

 じつはハンセン病は結核などと同様の伝染病で、感染率が弱く、特効薬もできていることだし、まずうつることはない。しかし、強制隔離する必要がないとして、「らい予防法」が廃止になったのは、やっと1990年代になってからである。
 それまで、患者たちが隔離された「療養所」という名の「収容所」で、どれほど苦しみ、憤り、悲しい思いをしたか、想像にあまりある。
 根底に横たわっているのは「差別」の問題である。
 この病にかかると、徹底的に差別され、世間から排除される。そんな患者のうめきや絶望が、文学作品として結実し、独自の分野を形作っているようだ。
 
 ぼくは、ハンセン病のミュージカルを書くため、にわか勉強をはじめたばかりだが、未だに過去のものとはなっていない。「らい予防法」が廃止された今でも、元ハンセン病患者であることがわかると、結婚や就職はもちろん、いろいろなところで偏見や差別にあう。
 従って、すでに治っている人でも、以前、この病気にかかっていたことは、ひた隠しにしている人が圧倒的に多いようだ。

 ハンセン病ミュージカルでは、敢えて実名を名乗ることで「カミングアウト」をした藤田美代治氏夫妻の悲しみや憤りに焦点をあてて描くが、この問題は現在、深く静かに潜行している「エイズ」の問題にもつながっている。
 現在、新たにハンセン病にかかる人は、一年に10人に満たないということだが、この病気と、これに対する医療関係者、統括官庁の姿勢、そして世間の視線、差別の深さ……等々は、日本という国のかかえている暗部を凝縮して示しているといえる。

 表向き、日本は「自由、平等」の「民主主義社会」ということになっているが、この病気に限らず、「差別」問題の根は深く、未だ日本は「民主主義」の面では「途上国」といった印象を否めない。
 マスコミや教育現場では、「差別用語」を使わず、表向き「ない」ことになっているが、実態はちがう。厳然として「ある」ものを、言葉の上で「ない」ものとして、蓋をしているのである。
 それが日本文化の、影の部分を構成している。
 ハンセン病の患者にあったり、関係者から話しをきくと、「偏見」や「無知」というのは実に恐ろしいことだなと、あらためて感じる。同時に、今もって差別の構造が厳然として存在する現実に、溜息がでる。
by katorishu | 2004-11-17 00:31