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攻撃的人間は攻められると弱い

 8月5日(木)
■国会審議をテレビの断片的映像で見る限り、管直人総理の元気のなさ、歯切れの悪さが目立つ。市民運動出身の管氏は、この種の運動をやっている人特有の「攻撃精神」にあふれている。「ここがおかしい」「謝罪しろ」など他を批判、攻撃するときは舌鋒するどく迫り、われこそは正義――という姿勢を全面に押し出す。

■そういう人間が逆に他から攻められる立場になると、とたんに歯切れが悪くなり、終始弁解をするか、キレたりする。国民の多くは清心なイメージで政界に登場した管氏の過去を記憶の一部にとどめていて、鳩山内閣退陣後の管内閣に支持を表明したのだが、それで気が大きくなったのか、あるいは財務官僚の洗脳に見事はまったのか、選挙で消費税値上げを公言し、結果として参議院選に惨敗した。

■その後の管氏の姿勢は終始弁解ばかりで、清心さからはほど遠い。攻める自民も、もともとこういう「劣化」の元をつくったのであり、今更何をと感心しないが、政権交代した民主党も、これでではダメだ。政治がこんなテイタラクでは、やっぱり優秀な官僚にまかせておけという声も出てくる。今は滅多にない激変期であり、経済的にも社会的にも日本は危機の崖っぷちにある。少子高齢化の中、お先真っ暗であり、出口がまるでみつかっていない。前例踏襲が習性になっている官僚では、こういう危機を乗り越えるための、思い切った政策をうちだせない。だからこそ、政治に期待がかかっているのだが。

■世界経済の先行きがきわめて危なくなってきた中、政治がこんな状態では、やってくる可能性の強い「大津波」にうまく対処できないのではないか。困難な状況につきおとされるのは、マスメディアの情報操作に簡単にのってしまう、人の良いマス(庶民)である。弱いようでいて、集団となると強いマス。ぼくもマスの一員なのだが、マスというのはとらえどころがなく、じつに扱いにくい存在である。世の中は高揚したマスによって発展し、同じマスによって滅びる。そう思いたくなる今日この頃である。

■ところで、「戦後ニッポン」をささえたマスの象徴的存在がテレビであった。テレビによって欲望を刺激され、それが「発展」を促したものの、今や阻害要因にもなっている。テレビの影響はいろいろあるが、ひとつあげれば人々から想像力を少なからず奪ったこと。みんな同じの画一化傾向をあおり、個性的な人間が減った。さらに欲望むきだしの「文化」の形成に貢献した。もともとテレビは「日本をアメリカ化」するアメリカの占領政策の延長上にできたメディアである。それが見事に成功した――ということである。日本の伝統文化、慣習は見事破壊され――いきつく先が、今である。因果はめぐる、という言葉を思い出した。
by katorishu | 2010-08-05 01:08 | 政治