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川端康成の『片腕』をNHKハイビジョンで見たが……

8月23日(月)
■NHKハイビジョンで川端康成の小説『片腕』の映像化作品を見た。文豪の怪奇作品云々とこのシリーズの総合タイトルにあったが、ちがうだろう。「妖美」で「アバンギャルド」な作品であるが怪奇という枠でくくると間違う。この作が発表されたのは昭和38年。発表当時、文壇では話題になった。「作家志望者」であったぼくはほどなく単行本になった作品を読み大変感銘をうけた。

■当時はアンチロマンの文学やヌーベルバーグの映画にいれこんでいたので、「片腕」には大変惹かれ5、6回は読んだと記憶する。刺激されて似たような創作を試みたことがある。数枚書いたところで、恥ずかしくなって破り捨てたが。幻想というか夢と現実のはざまのイメージの世界を描いたもので、活字表現ならではのシンボリックな作品であった。リアリズムの映像で描こうとしても無理と思っていたが、今回NHKが実験精神を発揮して、映画監督に脚本監督を依頼して映像化したというので、外での仕事をきりあげ帰宅して見た。

■見始めてすぐ、これでは原作の域に達すべくもないと思った。リアルに描きすぎであるし、平田満氏が演じるのにも無理がある。相手役の女優も声がだめ。後半、なるほどというシーンもあったが、抽象度の高い作品を具象的な動画でつくったこと自体に失敗の原因がある。映像が中身の「説明」になってしまっているのである。大胆に脚色をしないと、この作の神髄は動画の実写ではつたわらない。

■映像であったらスチール写真でやるべきものだし、もっと有効なのは絵で表現すべきであった。平田満氏とは何度か酒を飲んで意見交換をしたことがある。「蒲田行進曲」の映画など出色の演技であり、大変な演技者であるが、「片腕」の主人公としては違うなと思った。別のジャンルのたとえば人形師の四谷シモンなどがふさわしい。唐十郎が状況劇場をたちあげてまもなく唐作品に四谷シモンがでていて、ぼくも新宿で夜中の11時から見たことがあるが、その妖美な雰囲気は今も記憶に残っている。四谷シモンであったらもっとぴったりきたかもしれない。

■『片腕』の作品のあとドキュメンタリータッチで川端康成の人と文学について30分ほど解説していた。こっちのほうが数倍おもしろかった。小説『片腕』については強い思い入れがあるので、厳しい感想になったかもしれない。それはともかく、静止画と声、そして活字の力について番組制作関係者はもっと強い思いを抱いて欲しいと思ったことだった。いずれも受け手の「想像力」とともに作品世界を一緒になって作りあげるものである。

■こういう作品の場合、受け手の受容力、想像力に応じて、作品は姿を変える。映像関係者は最低限、こういうことを骨身にしみてわかっていて欲しいものだ。実験作、新しい道を開きうる創作は、受け手の想像力をまきこんだ作品である。もっとも「想像力」に乏しい受け手に対しては「猫に小判」となってしまうのだが。説明過多、解釈の押しつけの多い作品、番組が、今のテレビにはあまりに多く、辟易する。そうしないと「不親切」という思いがしみついてしまっているのだろうか。今、実験的な作品をつくれるテレビ局はNHKしかないといった状況であり、この芽は絶やさないで欲しい。意欲は大いに買うし、今後とも実験作にチャレンジして欲しい、とつけくわえておきたい。
by katorishu | 2010-08-24 00:03 | 映画演劇