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同窓会などなど

 2月14日(月)
■昨日は八王子で小学校のときの「6年1組」の同窓会。50数人のうち24人が参加した。ほぼ半分。すでに亡くなった人もいるが、皆さん元気で、それなりに楽しい集まりだった。13時からの一次会で帰ろうと思っていたのだが、成り行きで二次会、三次会とつきあい、結局、最後の4人になるところまで合計10時間近くつきあうことになった。

■そこまでいかないと、ほんとうに「腹を割った」話はでてこない。職業柄どこかで「取材者」の意識が働き、聞き出し役になっている。昭和33年まで存続した遊郭とかかわった中学生の話等々いくつかの面白いエピソードを聞いた。今の「学園都市・八王子」ができる前の織物の町・八王子に関係した人の子弟が多いので、いわば土地の「基層」の部分に触れる話になったりする。すると、俄然面白くなる。明治はおろか江戸の前の北条氏のころからの「土豪」の末裔といっていい人の子孫もいるので、一種「横溝正史」の世界に通じることなども。

■戦前、生糸、絹織物は日本の最大の輸出品目で、その底辺労働を支える女性たちの「悲惨」さに焦点をあてた「女工哀史」というものがあった。たいていは「女子工員」つまり「女工」さんのほうに視点があてられているが、女工さんを使用し巨額の富みを築いた側についても、もっと掘り下げたものが書かれてもいい。「うちに資料がたくさんあるから、香取さん、書いたらいい」とかつての「マドンナ」にいわれた。心がやや動きはじめているが、いろいろやるべきことが多く、時間があるかどうか。

■本日はこれから足立区内にある新興の某大学、夕方からは本郷の東大での研究会。合間に予定通りにすすまない原稿執筆。そのほか、もろもろ、少々寝不足の脳にはかなり辛い。ところで、当ブログへコメント氏が、放送業界は老害だといっている大学生の言葉を紹介していた。なにをふやけたことをいっているのだ、仕事が欲しかったら「奪ってみろ」という意味の怒り。その通りである。待っていて、上から棚ぼたに「仕事」がやってくるような時代ではない。仕事を奪いとるか、別の表現の「場」をつくりだすくらいの覇気がなければ、どうしようもない。その点、孫正義氏のガッツには感嘆する。週刊ポストで佐野真一氏が孫氏についての連載をしているが、孫氏の生い立ちからハンディを逆にプラスにして立志伝中の人物になっていくプロセスが描かれていて、きわめて興味深い。

■「老害」を口にする人間は、十中八、九、そこに「害」があるならそれに立ち向かって「害」を退治し、己のものにする覇気や胆力に欠けた人である。この世の本質は「生存競争」である。戦国時代と違って、直接命を失うことはないが、ビジネスにあっては依然として「死ぬか生きるか」であることに変わりはない。もちろん、そこに「情味」もくわわり、オブラートにつつまれたりするので、本質があらわにでてこないが。「生存競争」に老若男女の違いはない。才気とやる気と運の3つを合わせもった者が勝ちをしめる。

■もっとも「大勝ち」「中勝ち」「ちょっと勝ち」「ちょっと負け」「大負け」などの違いがある。運ばかりに期待し、才気もやる気もない人に、勝利の女神は決してほほえまない。ところで思い出す。10年以上前、某先輩著名脚本家にある場所で隣り合ったとき、「ぼくはきみのために仕事を失ったんだよ」といわれた。一瞬なんのことかと思ったら、その人が常連で書いていた帯ドラマ枠ほか『ホームドラマ』の枠をぼくがつづけて書くようになったため、自分は排除され仕事がこなくなったということだった。別に非難しているわけではないようで、微苦笑で語っていたが。確かに一時期、ホテルに缶詰になったりして、のべつまくなしに書きまくっていた。くる注文は断らずに引き受けていたもので。

■自分が仕事を懸命にすればするほど、そこから押し出されていく人がいるのだ。当時、自分の仕事が他人を、それも大先輩を、排除しているなどと考えもしなかった。「若い」とはそういうことである。今は、その枠そのものがなくなってしまった。だったら、新しい枠、さらには「放送」などというケチな世界に早く見切りをつけ、新分野を開拓することである。孫正義氏の爪の垢でも飲んで。
by katorishu | 2011-02-14 09:20 | 個人的な問題