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東北巨大地震、とりあえずの「応急措置」のあと、日本は変わる。劇的に変わなければだめになる。

 3月13日(日)
■テレビも新聞も連日、巨大地震の報道で埋め尽くされている。他にも伝えるべきことがあるであろうにとの批判もあるが、この数日は仕方がない。国民の最大の関心事であり、未だ被災者、被害の実態が明らかになっていないし、福島の原子力発電所のトラブルも解決したわけではない。場合によってはさらに惨事の拡大もあり得るのだから。

■一方で、70%の確率でマグニチュード7クラスの地震がやってくると専門家が警告している。恐ろしいことだ。日頃、現代人は自然を克服したという驕りにひたっているので、自然が牙をむいたときの怖さを忘れている。自然の営みの前では人はかくも弱い存在なのかということを、あらためて痛烈に思い知らされた。こう事態に直面すると、人のつくりだす社会とは、人の営みとはなんなのか、深く考えざるを得ない。

■哲学的瞑想にひたるのは、ま、物事が落ち着いてからにして、とにかく救援を待つ人を助けること。これこそ現下の国家的緊急の課題である。当初、管政権は自衛隊に2万の出動を求めたが、それでは足りないと気づき5万に増やした。それでも駄目と気づいてさらに10万名ほどを動員する予定のようだ。臨機応変に対応するのも結構なのだが、遅すぎる。





未曾有の国難であるとの認識があれば、危機的状況にある多くの命を救うためにも一挙に10万でも15万でも自衛隊や消防隊、警官隊を全国動員するくらいのことをしないと。軍隊で最悪の戦術は「逐次投入」である。場当たり的に少数の兵を投入し、駄目と分かると、もう少し増やし、さらにまた増やしといった具合に、逐次的に投入する。戦術としてもっともやってはいけないもので、旧日本軍が失敗例をいくつも提示している。

■もう遅いかもしれないが、自衛隊の最高司令官の総理の命令で「15万人の自衛隊を投入する」と宣言して実行に移せばいいのに。「責任が私がとるから、やれ」と命令するくらいの迫力をださないと、こういう危機にはトップリーダーとしての責任をまっとうできない。1時間、2時間の遅れが致命的になる。この際「慎重に」などという官僚言葉を使わないでもらいたい。被災者には国として出来る限りのことをして欲しいもの。一方で、一人一人が出来る限りの援助をする必要があるだろう。

■土日で仕事が休みの人も多いだろうが、明日からの仕事が心配になる。ぼく自身は、やらなければいけないことが山積しているのに、巨大地震のことが気になって仕事が手につかない。携帯パソコンを膝において、久々にテレビの前に10数時間居続けた。事件発生から24時間、数時間をのぞいて、テレビの前にいた。そこで食べ、眠った。もっとも炬燵で見ているので途中何度も寝たりしたが。

■マスコミの報道と同時に、スマートフォンを手元におき、ツイッターやブログを見ていた。現場の出来事はツイッターが早く、マスコミは後追いが多い。もっとも、ツイッターほかインターネットには心ないデマ情報などもあるにはあるが。常識をもっていれば、おかしな情報はわかる。玉石混交でも、インターネット上の情報は生の体験者からの情報も多く、真実をいち早く伝えたりする。この惨事で一段とインターネットの力が示されたといっていいだろう。

■旧来のマスメディアと新しいWebメディアが、突発した巨大地震をどのように伝えているか。その効果はどうなのか。そして海外のメディア、BBCとCNNなどがどう伝えているか。CATVという便利なものができたので、比較して接することができる。被災者には申し訳ないが、メディアの実験の場としても見逃せず、つい24時間見続けてしまう。被災者のためには他にできることを、黙って実施するつもりだが。

■一方で、心配なことがある。この巨大地震が疲弊した日本経済にもたらすマイナスの影響である。電力不足のため東京電力が停電のお願いをはじめたようだ。東北地方にある部品工場などが壊滅したり、輸送経路が駄目になったため、すでに部品に頼る車産業そのほかが機能不全になっている。また、ああいう悲惨な映像を繰り返し見ると、消費者の気持ちも冷え込んでしまう。みんな家でテレビを見て「大変だ、大変だ」といって縮こまってしまっては、物も売れなくなるし、経済はシュリンクする。国の財政難のおり、巨額の復興費をどうひねり出すのか。ほかを削減してもってくるしかないとすると・・・考えるだけで、憂鬱になる。

■テレビは震災一色だが、そろそろ明るい話題の番組を放送しないと、ますます暗い空気が日本を覆う。それは決して多くの日本人を幸せにしない。だからといって、従来の安手の「情報バラエティ」の類の羅列では、被災者に対して失礼であるし、だいいち人の心をなごませることはできない。心にしみいる番組が是非とも必要である。

■いずれにしても、3月11日という日は日本の歴史に強く刻印されるだろう。今後「3月11以降」という言葉が人の口にのるかもしれない。「9.11」でアメリカが変わったように(良い方向には変わらなかったが)、多分この日を期して、日本は変わる。日本人のマインドも変わる。願わくば、犠牲者のためにも良き方向に変わってほしいものだ。変えていくのは最悪の事態を避けられた「生者」である。
by katorishu | 2011-03-13 21:24 | 社会問題