コラム


by katorishu
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気持ちが沈んだとき読む書物――『「狂い」のすすめ』(ひろ さちや著) 

10月26日(土)
■台風がさって一気に寒くなった。まだ一年を振り返る時ではないかもしれないが、振り返って、ああ良い年であったと思えるひとが日本国民のなかで、どのくらいいるのだろう。ぼくの山勘では10人に1人いればいいほどではないか。経済的に困窮に陥っている人も多いであろうし、そのほか加重労働で神経をすりへらしたり、気持ちが沈んだとき読む書物――『「狂い」のすすめ』(ひろ さちや著) _b0028235_2359776.jpg人間関係のもつれで死にたいと思っている人もいるだろう。さらに、社会に目をむければ、福島の原発問題ひとつとっても日本のかかえる大問題で、今後ここにどれだけの税金が投入されるかわからない。

■阪神阪急ホテルやリッツカールトンホテルの食品偽装問題をはじめ「大企業」のモラル低下も甚だしい。儲かればなんでもいいという悪しき拝金思想がはびこり「清貧」など死語になってしまった。他人への関心が弱まり自分さえよければという人が老若男女をとわず増えている。南海トラフなどの大地震も必ずやってくるが、その備えもまったく不十分。少子高齢化社会への対策もできていないし、このまま日本は奈落の底に沈んでいくのではないか、と思ってしまう。





■「香取さんは悲観的すぎる」と友人にいわれたが、どう考えても楽観的になれる状況ではない。悲観を回避する手立てがなくもないのだが、政治家も官僚も財界も、思い切った策をうちださない。軍隊でいえば「逐次投入」でその場しのぎをしているばかり。こんなとき、ひろさちや氏の『「狂い」のすすめ』などという本を読むと気分がスカッとする。

■著者によれば、世間の「常識」にしたがい、それを信じたばかりに口惜しい思いをしている人が多いはずで、そんな「常識」を後生大事にもつことをやめなさい。「狂者」の自覚をもって生きれば、かえってまともになれるという。人生に意味などを求めず、現在の自分をしっかりと肯定し、自分を楽しく生きよう。「狂い」と「遊び」こそ大事であり、人生に意味なんてありませんよ、と呼びかけている。

■サマセット・モームが『人間の絆』のなかで言及しているアネクドート(逸話)紹介しているが、「人間の歴史」を知りたいと思ったある国の国王が賢者に命じて500巻の書物を集めさせた。政務に忙しい国王はそんな膨大な書物を読む暇がないので、賢者にそれを要約するよう命じた。20年後、学者は500巻の書物を10分の1の50巻に要約して持参した。国王はある程度政務から離れていたので、それを読む時間があるが、こんどは気力がない。それで、もっと短く要約するよう命じた。さらに20年がたち、賢者は1冊の書物をもって王宮にやってきた。ところが、国王は臨終のベッドにいて1冊の本さえ読むことができない。そこで賢者に「人間の歴史」を1行に要約してくれといった。
賢者が要約した1行は『人は、生まれ、苦しみ、そして死ぬ』であった。
みんな同じ道をたどって苦しみ、死ぬだけのこと。そこに意味などはない。「人生の意味」や「生き甲斐」など、世の中がわれわれを誑(たぶら)かすためにつくったペテンである。『人間の絆』の主人公フィリップはそこに気付いた。そのとたん、彼は楽になったという。
どうです、この一事をとっても、この本の面白さがわかるでしょう。一読をおすすめします。集英社新書で読みやすい。
by katorishu | 2013-10-26 23:58 | 文化一般