コラム


by katorishu
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第32回、邂逅忌

3月28日(月)。
 夕方、明治学院大学で行われた第32回の「邂逅忌」にいく。第一次戦後派を代表する作家椎名麟三をしのぶ集まりである。
 作家の小川国夫さんの講演があるというので、出かけた。小川さんとは30年以上前、ぼくの文学仲間を通じて知り合い、何度か一緒にお酒を飲んだり、旅行にいったりもした。
 第32回、邂逅忌_b0028235_2355758.jpg小川さんが同人誌「青銅時代」に連載した「アポロンの島」を、作家の島尾敏雄が朝日新聞の書評で激賞して間もないころだった。
 パレスティナやギリシャなど地中海沿岸を単身バイクで旅行した小川さん自身の体験にもとずいた短編集で、それまでの日本文学にはない乾いた文体で、青年の心象風景などをおりまぜて描いていた。
 その後の純文学畑での小川さんの活躍はめざましかった。地味なので、あまり一般ウケはしないようだが、熱烈な小川文学ファンが今もいる。
 ギリシャ彫刻を彷彿させるような端整な顔で、とつとつとした感じでしゃべる。ぼくが最初にお会いしたとき、こちらは20代半ば、小川さんは40過ぎていた。当時から「永遠の文学青年」という雰囲気をもっていた。 27,8年ぶりにお会いしたが、無駄肉がなく、いまも「永遠の文学青年」の雰囲気は失われていない。

 邂逅忌の講演では「復活」について話されていた。
 小川さんは去年の正月、大腿骨を骨折したとのことだ。朝五時ごろまで酒を飲んでいたひっくりかえったらしい。酒好きに小川さんらしいエピソードだ。
 埴谷雄高など「第一次戦後派」作家とのつきあいもあったようで、その延長線上に椎名麟三がいる。小川さんはカトリックなので、昭和22年、キリスト教に改宗した椎名麟三と共通点があるようだ。

 詳しくはいずれ記す予定のエッセーにゆずるが、小川さんがここで話された柱のひとつは、人間は「弱きによって強くなる」ということである。大腿骨を骨折したとき、小川さんは「神が私にとげをさした。とげがわたしを苦しめ、痛くさせた。しかし、この痛みは神があたえてくれたもので、その痛みによって、私は強くなった」といった意味のことを語っていた。つまり、弱点をもっているから、強くなる、というのである。
「文学や宗教も同じ」と小川さんはいう。
 人生においてマイナスの価値、たとえば事業の失敗、病気、失恋など……を体験することによって、つまり逆境にたつことによって、人生の境地がわかり、それが作品などに結晶するというのである。
 マイナスの条件を乗り越えて、すばらしいものに結びつけてくれる、それが文学であり宗教である。ほかの領域ではそういうことはない。椎名文学とはそういうものであり、ぎりぎり追いつめたれた者、死んでしまいたいと思う心境、死と同然になった者が「復活」したところに生まれる文学である……といった意味のことを話された。
 さらにキリストの「復活」論にはいり、聖書をほとんど読んでいない「無宗教」のぼくなど、よくわからないことがあったが、小川さんのいいたいことはよくわかった。

 科学文明万能の時代であり、人間は自分の脳ですべてを「わかった」気分になっているが、とんでもないことであり、宇宙のこと、永遠ということなど、人間はほとんど何もわかっていない。  ところで、現代人は「永遠」という概念をもっていない。一方、古代の人には永遠という概念が生きていた。永遠があるからこそ、復活があり、そこに宗教がうまれたのだろう。
 人間の脳髄で理解することをこえた大きな存在、それが「カミ」というものなのだろう。
 
 講演とオルガン演奏が終わって、会場の二階でワインなどを飲みながら懇親会が行われた。
 激しい雨にもかかわらず、40数人が参加した。
 椎名文学を知る人は、やはり高齢の人が多かったが、なかには若い人もいた。
 文学が「不当に」軽視されている現在、貴重な集まりであった。
 人間が人間であることの土台にあるのは、言葉、言語である。その言語を縦横に駆使して創り出した芸術が、文学であり、映像時代とはいっても、それでは味わえない深いものを、優れた文学はもっている。

 ドストエフスキーが椎名文学の基本にあるとのことだが、ぼくもロシア語専攻で、多少ともドストエフスキーほかのロシア文学を読んでいるので、よくわかる。
 そういえば「悪霊」を去年の末ごろ再読した。
 今の日本の混沌とした社会に、あてはめて考えることができる。
 小川さんの講演を聞いて、欧米の文化、文学の基底にあるキリスト教について、もう少し勉強してみようと改めて思ったことだった。
by katorishu | 2005-03-29 23:14