夢でよかった
2005年 04月 13日
約束がバッティングして焦りに焦る夢を見た。以前、何度か足を運んだ「異業種交換会」でぼくはなにやら講師を務めることになっていたらしい。一方で、ぼくは福島方面に旅行にでていた。詳細は忘れたが、こちらもなにか重要な仕事がらみであったようだ。
旅先でなにか宴会があり、それに出席しようと旅館を出たとき、携帯に電話があり、「どうして何もいわずに欠席をしたのか」と異業種交換会の幹事役の人に糾弾された。前回も突然、休んだようで、これで二度連続であるし、信用問題だと顔見知りの老人も一緒に難詰する。
その集まりは横浜であり、福島から出かけていくのは時間的に不可能である。
「手帳に記すのを忘れて……このところ、昼夜逆転の生活をしているので、記憶力が薄れていて申し訳ない……」などと弁解しているうち、その異業種交換会の出席者が、いつの間にか福島方面にいるぼくの周囲に姿をみせ、ぼくを取り囲むようにして厳しく非難する。
ぼくの理屈はまったく顧慮されず、いい加減で、無責任な人間だとして嘲笑される。一方、重要な宴会はすでに始まっていて、こちらに行かないとまずいのだが……。
にっちもさっちもいかない状態で、焦りに焦っているとき、ふっと目がさめた。
「夢でよかった」と安堵したが、妙にリアルな夢で、しばし呆然とした。
単純に怖いという意味では、もっと残酷で怖い夢をいくらでも見たが、最近見た夢の中では妙にリアルであり、これが夢であってくれたら……と焦りの底でひたすら願っていた。
夢を見ていてこれが夢であってくれたら……と思うことは、ぼくには珍しいことだ。本日は仕事をしながらも、ずっとこの夢が脳裏を去らなかった。
夢というのは不思議なものだ。誰であったか、「夢の中では誰もがシェークスピアである」といっていたが、映像に迫力はあるし、真に迫っているし、下手な映画など遠く及ばない。
フロイトやユングが夢の意味を分析しているが、まだ仮説にすぎず、夢のメカニズムは科学的に完璧に解明されたわけではない。
脳の中の未知で、不思議な領域に属する作用なのだろう。
ところで、こういう夢を見るのは、精神状態が良いことなにか、悪いことなのか。眠る前にものを食べたことも影響していたようであるが、しばしば夢は現実とは逆の様相を呈する……ということにしておこうか。