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里見弴の【極楽とんぼ】を読む。「人間一般を知ることは、一人の人間を知るよりもたやすい」

 11月9日(月)
■よほどの「文学好き」でないと、里見弴という作家を知らないかもしれない。
志賀直哉と並んで、「日本の近代文学」の頂点を極めた作家である。志賀直哉などと共に吉原などで遊蕩し、大阪の芸妓・山中まさと結婚した。その経緯については代表作『多情仏心』に詳しい。
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「文学の神様」などといわれた志賀直也の代表作『暗夜行路』冒頭に出てくる友人・阪口は弴がモデルだ。女性編集者と心中した話題になった小説家の有島武郎や画家の有島生馬は実兄である。

■たまたま本棚にあった「極楽とんぼ」を手にとり寝床で読み始めたのだが、なかなか面白い。最後まで読んだわけではないが、僕が尊敬している評論家の秋山駿(故人)が解説を書いているので、途中からそっちを読み、「確かに」と同感した。

■「人間一般を知ることは、一人の人間を知るよりもたやすい」というラ・ロシェフコーの箴言集をひいて、秋山駿は書く。
『人間一般を知ることと、一人の人間を知ることとでは、どちらが大切であるか、どちらがより深奥に達するか、と、そう自問自答しない作家はいない。答えは決まっている。一人の人間を知ること。人間一般を知るより困難だが、真実へ到る道である。この一点を見失えば、作家が芸術家ではなくなる。
 ところが、作家が、社会の中で知識人の役割を演ずるようになって以来、人間一般への理解と知識から人間を描く、主人公を造形し登場人物間の葛藤を解析する、といった小説が多くなっていった』

 里見弴は、こういう潮流への断乎たる敵手であった、と秋山は記す。
アンチロマンや新感覚派に興味を持つ僕には志賀や里見を、あまり評価しなかった(若気の至りで否定したかった)が、読み返して、日本語表現の極地にあるなとあらためて思った。

 里見弴の本名は「山内」。松竹映画の名プロデューサーであった山内静夫は里見弴の息子さんで、小津安二郎作品の制作者としても映画史に名をとどめている。

■電車の中で本を読んでいる人は希で、このまま(実用書以外の)本は消滅してしまうのでは、と危惧を抱いたりしているが、それが杞憂であることを願いたい。
本でしか味わえない、人間の心の深みや面白さ、面妖さ等々が、確かにある、ということを、「極楽とんぼ」などを読み始めて、あらためて感じる。

■以前、外国人が日本にきて驚くのは、電車の中で多くの日本人が本を読んでいることであると。僕自身複数の外国人から聞いた。国民全体の「知力の高さ」、それが戦後日本の「奇跡の原動力」のひとつになっていた。いってみれば「無用の用」である。それがじつは大事であると思う。
ITも結構だが、ITの「情報遮断」が大事、と長年、IT関連の仕事をしてきたITのプロ中のプロが、以前、ある「勉強会」で強調していた。
by katorishu | 2015-11-09 10:28 | 文化一般