「最後の無頼派作家、脚本家、早坂暁さん逝く。思い出をちょっと。
2017年 12月 18日
2017年12月18日
■脚本家・作家の早坂暁さんが16日亡くなられた。享年88。大往生といっても良いだろうが、多分大きな心残りがあったに違いない。早坂さんとはNHKドラマ人間模様からのお付き合いで、早坂さんが定宿兼仕事場として使っていた渋谷の東武ホテルに、僕も一時期かなり長期に滞在し原稿と格闘していたことがあるので、お話しを伺う機会が多かった。コヒー店から出て来た時、公園通りの坂道で早坂さんがつぶやいた言葉が今も耳に残る。
「この頃アホがいなくなったねエ。アホがいないと世の中面白くないよね」その通りだと思った。「アホ」にはいろいろ寓意を込めている。
■10年ほど前、早坂さんとお会いしたとき「キミ、協力してくれないか」と言われた。「僕はガンだけど、あと5年は生きられると医者に言われている。死ぬまでに書きたい事が5つある」と、シナリオ、アニメ、SFばりの奇想天外の物語、小説等々 を数時間にわたって聞いた。僕も時間の余裕がなく、直ちに「協力します」とは言えず、曖昧に言葉を濁したと記憶する
5つの中でもっとも強く印象に残っているのは、広島の原爆で死んだ「妹の春子」のこと。実は妹は捨て子だった。家族ではそれを秘し「実子」として育てた。春子は「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と早坂さんを慕っていた。早坂さんが呉の海軍兵学校に入ったあと、一時帰郷するとの連絡。妹は待ちきれず1人で松山から呉に向かった。一方、早坂さんは 松山の実家に帰った。翌日、ピカドン。手違いで行き違いになってしまったのだ。早坂さんはすぐ広島に急行し廃墟の中、広島市内を探し回ったが、見つからず。「市街電車につり革につかまった黒焦げの死体があったんだよね。もしかして春子かと思った」と早坂さん。
ま、こんな話を聞いた。早坂は大変話の上手な人で、「春子の春」の話に引き込まれた。他の4つの話も面白かった。
それから10年、どれも実現していないようだ。
■さらに、早坂さんは、都道府県別の犯罪ドラマ「黒の風土記」を放送作家協会の事業として提案され、僕も責任者の1人であったのだが、実現しないまま終わってしまった。
僕としても大変心残りである。
早坂さんを一言でいえば「最後の無頼派作家」。
ご冥福をお祈りいたします。